第3話
まずはアリスの様子をうかがおう。俺は右手を顔面付近に左手をお腹付近に置き、軽く腰を落として両足の母指球に体重をかける。上段中段下段全てにおいて隙が少なく、またステップで攻撃を避けやすい構えだ。
対するアリスは棒立ちでまったくやる気を感じられない。だが俺から仕掛けるのはやめておこう。攻撃のタイミングで生じる隙をカウンターされてクリーンヒットをもらったら負けちまうからな。だから逆に俺がカウンターを狙う。それまでは静かに待つ。
するとアリスは大きく息を吸ってからゆっくりと吐き、俺の方に全力で向かってきた。
来た! 勝負は一瞬だ。パンチか? キックか? 右か? 左か? 否……、
「上!?」
アリスは俺の頭上にいた。長いポニーテールを風になびかせる様子はまるで忍者だ。アリスの想定外の行動に仰天する俺は2つの理由で動けずにいた。
1つ目はアリスの頭脳に驚嘆したためである。俺のような一般人は戦闘を二次元的に捉えがちだ。そのため上からの攻撃など考えているはずもなく、急な頭上からの攻撃に慌ててしまう。さらにアリスと天井の照明が重なり、眩しさで距離感がわからなくなる。アリスはこれらをすべて計算した上でこのような行動を取ったに違いない。
2つ目はアリスが俺の頭上に来るもんだから、細くてかわいらしいふとももに挟まれた白い布切れが丸見えになってしまったからである。幼なじみとはいえ女子。女の子のパンツを見て動揺しない男子はいないぞ。これも全部計算のうちならアリスは相当悪い子だ。
アリスの蹴りがどんどん近づいてくる。だがかわいい女の子のおパンツを見せられた男子の脳みそはそう簡単に次の指令を与えてくれない。
しかし、
――後ろに避けて!
どこからともなく聞こえてきた少女の必死な叫び声が俺を正気に戻した。俺は大きくバックステップしてアリスの飛び蹴りをなんとか避ける。
ドンッ! という轟音と共に砂の地面が軽くえぐれる。おいおい嘘だろ。あんなの食らったら大怪我だぞ。頭に食えば下手すりゃ死ぬ。アリスは本気で俺を殺す気か? 真剣に俺の試験に付き合ってくれるのはうれしいんだが、マジで殺されそうだから怖い。
それにさっき声はなんだ? かわいい声で「後ろに避けて」とか言ってたよな。誰の声だ? 代々木先生……は絶対に違うし、アリスの声質でもない。2人の他にも見物客がいるのか?
俺に攻撃を避けられたアリスは目を見開いてちょっと驚いた様子だ。突然聞こえた謎の声により正気に戻され、指示に従ったら命を救われた。正直俺の方が驚いている。
しかしその声の主を考える間もなく、
「ぐッ……」
アリスは地面を蹴って砂を巻き上げ目潰しをしてきた。ちくしょう! なんでもありかよ! 小賢しいやつめ。
――右にステップ! 次はしゃがんで! 最後にジャンプ!
また声だ! 脳内に直接聞こえてくる! もしかして指示通り動けば……さっきみたいに!
目に砂が入り視界が潰された危機的状況の今、俺は謎の声の指示通りに右ステップ、しゃがむ、ジャンプをするしかなかった。そして1つの動作が完了するのとほぼ同時に体スレスレをアリスの攻撃が通過するのがわかる。
やっぱり! この声は俺の味方だ! 俺を全力でサポートしてくれている!
「あんた……見えてるの?」
「さあ……俺にもよくわからん」
涙で眼球に付着した砂が排除され、俺の視覚は回復する。目の前にはやはり棒立ちのアリスがじっと俺をみつめていた。
「今度は絶対に避けられないわよ」
さあ来い! 今度こそカウンターを決めてやる!
そう意気込んだ刹那、アリスの拳が俺の顔面に迫っていた。
速すぎる! 避けられない!
そう悟り俺は両腕でアリスの拳をガード。
ズドンッ!――
「くッ!」
なんて威力のパンチだ! クソ痛てぇ。骨折れたんじゃないか? 身長150センチもないちびっ子のパンチとは到底思えない。
アリスの左ストレートをガードすることはできたが、あまりの威力に俺は体勢を崩してしまう。
続く二撃目は逆の拳で左脇腹が狙われる。顔面への攻撃に集中しすぎてがら空きになった胴体への的確な攻撃! この体勢からは躱せない! またガードしなくては! いやガードも間に合わない! あのパンチを脇腹に受けたら確実に肋骨を持ってかれるぞ。どうする! どうすればいい!
思うが早く、アリスの攻撃に対する恐怖から自然と体が動いていた。その瞬間だけ今まで体験したことがない感覚――自分が2人重なったかのような力強さを感じた。俺は無理な体勢からも後方にステップしてアリスの右フックを避ける。
しかしアリスの方が一枚も二枚も上手だった。ものすごいスピードで後ろに回り込まれ、バックステップ中の俺の背中に横蹴りがめり込むくらいクリーンヒット。俺はうつ伏せに倒れ込む。アリスの宣言通り、俺はアリスに指1本も触れることができずに敗北してしまった。
「そこまで! 勝者アリスちゃん!」
代々木先生の声が聞こえた後、全身がぽかぽかあたたかくなる。きのう病院で感じたゆたんぽにも似たやさしいあたたかさだ。アリスがまた治療してくれているんだ。謎の能力によって。
「ありがとうアリス」
俺は仰向けになってアリスに感謝を伝える。
「べつに」
とだけ言ってアリスは真剣な表情で治療を進めてくれる。一見冷たいけど、試合が終わってすぐに治療してくれるあたりすごい優しいよなぁ。腕と背中の痛みは10秒もすれば完全になくなった。
「終わったわ」
アリスの小さな手が差し出される。俺はその手を握って立ち上がった。強く握れば骨を折ってしまいそうなほどか弱い手なのに……こんなにちんちくりんなのに…………どうしてこんなに強いんだ? 何がアリスをここまで強くしたんだ?
「いやーアリスちゃん、すっごく速くなったね」
「いえ。先生ほどじゃありません」
「まそりゃそうなんだけどさぁ。速さだけで言えばこの学園の中だったら間違いなく3本の指には入るよ。あ、ちなみに一番は僕ね」
「あなたは世界一位でしょ。あたしのことはいいんです。隆臣は……」
学園のTOP5? 世界一位? なんちゅー次元の話をしているんだこの人たち。
「そうだね。隆臣くんのクラスは……」
俺のクラスは〜?
「…………」
…………。
「……………………」
ん? すっごい考えてる。
「くかぁー」
「って寝たー!!」
立ちながら……しかも話の途中なのにいびきかきながら寝やがったぞこの先生! ヤバすぎるだろ!
「代々木先生は考えることが苦手。だからよく考えてる最中に寝ちゃうの」
「おいおい大丈夫なのかよ」
「まあいつものことよ。こういうときは……」
バァン! バァン!――
聞こえたの銃声だった。
「おっと!? あれ? 僕寝てた?」
「寝てました。それで先生、隆臣のクラスについてなんですが……」
アリスと代々木先生はあたかもそれが日常かのように会話を続けている。やっぱこの学園はおかしい。変人しかいない。てかアリスはなんで拳銃持ってんの!?
「ふむふむ。じゃあそれで!」
代々木先生は俺の方を向き、
「君のクラスを発表しよう! 品川隆臣君、君のクラスは……Aクラスでっす!」
と。
「え? A? Aって一番上のクラスですよね?」
「そだよー。アリスちゃんが隆臣君と同じクラスじゃなきゃヤダっていうから、君をAクラスにしたんだよ」
「ち、違います! あたしと隆臣が同じクラスなら色々と教えやすいし、それに隆臣はAクラスに所属するだけのポテンシャルを秘めています。あたしはそう言いましたよね。勝手に改ざんしないでください」
「あれ? そうだったっけなぁ? ……くかぁー」
また寝たー!
バンッ!――
また撃ったーッ!
「はいつーわけで隆臣君はA組に決定! それじゃあアリスちゃん、隆臣君に学校を案内してきてちょうだーい!」
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