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この街に『勇者』はいない【絶筆版】  作者: 田神 へいき
第一部 ■■■ to ■■■■■■■
24/36

第二章[表]祠

「おいマサ!!」


「おっ、来たか!!」


 石の階段を軽快な足音とともに駆け下りてくる影を、やたら元気な声が歓迎した。

 裕也はそんな反応に安心の溜め息をついた。自分の行いの重要性なんて露ほども感じていないといったご様子。相も変わらず元気でよろしいことで。わりと本気で思ってる。


 ーーそう、これは重要なことだ。


 一周くるりと見回して自分たちがいる場所を確認する。


 石の洞穴。


 階段の先に広がるこの空間に名前をつけるなら、これが最も的確であろうか。


「お前どうやってここ入ったんだよ」


「あぁー、なんかさっきの場所から入った」


「そりゃ知ってるよ」


 誠人は驚いた。まさに驚天動地と言うべきほどの迫真。お前は僕がどこから入ってきたのか見てないのか。裕也は落胆のおもむくままに呟いた。


「生きた人間は普通、壁を透過出来ないんですよ」


「は? そりゃそうだろ」


「お前は本当に…………いややっぱいい。なんだか安心したよ」


「は! オレは安心感と安定感の男だからな!!」


「で、ここ……あの入口はどうやって見つけたんだ?」


 誠人はふふんと鼻を鳴らした。そして唐突に始まる前衛的な踊り。しかし、裕也は微塵も動揺はしない。

 どうやらこれは全身を余さずに使った渾身のジェスチャー、ボディランゲージの類なのであろう。彼は状況を肉体言語で解説しているのだ。

 色々と言いたいことは募るが、とりあえずほとんどの動きが無駄であることだけは分かった。顔がムカつく。


「どうだ!!」


 ただただムカつくが、裕也は大人なので「ダセェ」の一言で終わりだ。


「まあとりあえずオレからの解説は以上!」


「いや何も分からなーー」


「ところでユウ。しのかと智紀はどしたん?」


「ーーっっ…………智紀は一旦戻って、部長様の方ならもうそろそろ来るとーー」


「ーーふぁぁぁぁぁ!!!! すっご、すっごぉぉぉぉい!!! えぇっ!??? なにこれ?? 何でできてるの??? さわ、ささ触ってだいじょーーいやもう触ってるけど!!! すっごい!! 感触うっすい!! マサ君の発言ぐらいペラッペラ!! え!? どうしよう!!!?? 入っていいの!? この中入っていいの!!? 今もう右半身全ーーふぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「……来たな」


 中にまで軽やかに響く声を間違えることは有り得ず、なんだかとても久しぶりに聞いたような気がした。


「オレなんかディスられてなかった……?」




 ーーーー




 謎の入口から少々下って謎の空間へ。


 ()()と上下を石で囲まれたそこは、立っているだけで適度を上回る圧迫感が胸にズシリと響く。

 広さはだいたい十五メートル四方の正方形型で、どう見ても人工物にしか見えない。

 凹凸のない壁や床はタイルにも見えるし、どことなくおしゃれなフローリングにも見える。汚れ一つなくホコリすらすら浮いていない。非常に不自然で無機質な空間だ。


 ここまでの情報だけで十分すぎるほど個性的な隠し部屋。ゲームならば宝箱が三つほど置いてあってもおかしくない。そしてそこそこ使える装備か、希少なアイテムが眠っているのだろう。クリア後に一定数余る超効能の薬草とか。


 しかし、その個性を(かす)ませるほどの大玉が二つあった。


「は! にしてもユウがそんなに信心深ぇとは思わなんだ。ずいぶんと真面目な顔で長かったけど、なんかおもしれぇことでも祈ったんか?」


 のそりと立ち上がる裕也に、誠人はそんな台詞を投げかけた。若干いつもより偏差値高めな台詞だ。


「……とりあえず、見つけたから祈っただけだよ。神様とか、なんだか好きじゃないし」


「んだぁそれ? オレはカミサマ大好きだぜ!!」


 高らかに宣言するが、裕也にとっては正直どうでもいい。


 隠し部屋に入ってすぐ。空間のちょうど真ん中にこれ見よがしに一つの木造物が鎮座している。


 小屋。もう少し付け加えるなら犬小屋。

 大きさを表すならばそのぐらいで、しかし、恐らくや多分と修飾することになるが、その本質は別にあるのだろうと裕也は当たりをつけていた。というより勝手にそう感じた。


 (ほこら)だ。


 奇妙な程に小綺麗な世界で、唯一で無二の色彩。

 今にも腐り落ちて崩れてしまいそうな、濁った木材で組まれた小屋は、覗いて見たが何も入ってはいなかった。

 どこぞの祖先や神様の偶像も、それに類した供え物も装飾も。どうして自分がそれを祠だと認識出来たのか疑問に思ってしまうぐらい、何もないのだ。


「しのか。なにか見えるか?」


「う〜〜ん。……残念ながらなんにも見えないね〜」


 件の珍妙厄付きカメラ『呪ルンです』を構えて覗き込むが、()()()()()()は映りこまないらしい。室内を見渡してもこれといった成果はない。


 何も祀られていない、空白(からっぽ)の祠。


 ーーただ。


「ん〜、なんだろうね〜これ……?」


「オレにはただのキズに見えっけどな」


「……なにかを書いたような……変な跡だな」


 (ほこら)もどきの側面に、鋭利なもので切りつけたような跡がグチャグチャと縦に刻まれていた。かなり乱雑だが、文字に見えなくもない。

 まるで水をかけて滲んでしまった筆文字をそのまま形にしたものーーを雑に書き写したような。字が汚い友人のノートを拡大コピーしすぎて読めなくなったような。

 どちらも(たと)えとしては違うような気がするが、とにかく文字に見えないことはないのである。


「……この文字数だと、名前かな〜……?」


「ここのカミサマの名前とか書いてんじゃねぇの?」


「……四ーーいや三文字、が二つ……かな」


 裕也はその形状からだいたいの文字数を推測するが、識別できないのであまり意味はないだろう。


 ーーいや、そうでもないか。


 なぜなら彼女なら、しのかならば、この場所のことをこう推測するはずだからだ。


「『ソラガミ様信仰』……! そう、ここはきっと関係してるんだよ!! これは信仰のための偶像を祀るための祠なのかな。……もしかしたら幽霊の話とか先月の地震のことも、この場所がなにか関わってるのかも。というか()()()()とか()()()()見せられたら、ここを無視なんて出来ない! 何かがあるに違いないんだよ!!」


 しのかは謎の異空間風の入り口(あんなの)へ向かう階段を指さし、続いて左方向(こんなの)に向かってぐるりと転換した。


 立方体の一面。出来損ないの祠と向かい合ったそれはーー


 ーー滝だった。


 遥かな上方から流れ落ちているのであろう激流は十分な運動エネルギーを含み、青色というよりは透明。透明というよりは白色だった。

 目の前にあるのに水の音ひとつとして入ってこない不可思議が、この部屋をより異様に感じさせる。単に防音設備完備とかなら、張り紙のひとつでもして欲しい。


 目をキラキラと輝かせる亜麻色の少女は、何を血迷ったか、その激流に向かって脚を踏み出し、手を伸ばした。

 誰も止めない。引き止めない。落ちる水の帯からは距離はあると言えども、あくまで少々だ。巻き込まれたら大怪我を負ってもおかしくはないがーー


 ーー少女の手は透明な壁を撫でるのみだった。


「……見えない壁があるんだよね」


「ったくよぉ、わっけわかんねぇなぁ!!」


 もうオレにはお手上げさ、と諸手(もろて)を無機な天井に向かって振り上げて見せた少年は、どこか楽しげだった。


「これも入り口の黒いやつと似てるけど、全然違うね……。ちょっと弾力があるね。押したら破れそう。シャボン玉みたい。……そうか、ここが妙に明るいのって外から光が入ってるからなのか…………水の音も飛沫(しぶき)も全く入ってこない。……でも、内側からは出れるんだよね。マサくん」


「そーだぜ。もうちょいグッと押せば出れる」


 百聞は一見にしかず。誠人は遠慮の欠片もなく透明な壁を拳で突いた。

 一瞬石を落とした水面のように揺らめくと、なるほど、たしかにその拳は向こう側に貫通しているようだ。


 改めて外へと視線を向けると、透明な壁の向こう側には細いがしっかりと足場があり、それが恐らく崖下まで続いているのだろう。誠人は先ほどここを通って外に出た。


「外からも入れるんだよね」


「おう。ちょっとどころじゃなく硬かったけどな」


「飛沫でズブ濡れにはならなかったの?」


「そりゃあれだ。勢いだな。人生思い切りが大事だ。抜ける瞬間にこう、バッとな。入るときもなんかビュンでドカンみたいな感じで。楽勝楽勝」


「……お前は変なとこで器用だよね」


「は! ひれ伏しやがれ!!」


「ははー。今度アイス奢ってくだせぇー」


「流石に騙されないぞ!?」


 言質を取れなかった裕也は軽く舌打ちした。


「もう一個質問。出た後、外からどう見えたの?」


 続いた質問に誠人は軽く首を(ひね)った。質問の意図を理解していないのか。記憶能力に障害を抱えているのか。今回は前者で後者は自明であった。


「マジックミラーみたいに中は見えなかったのかな〜って」


「……あぁ! たしかに!! 外からは普通に岩壁だった」


 誠人はパチンと綺麗に指を鳴らしてみせる。「じゃあこれはマジックミラーなのか?」裕也の質問にしのかは首を横に振った。


「中からは見えて、外からは見えない。外の方が明るいからマジックミラーは一応成立するけど、そもそも岩肌みたいに加工出来ないと思うな〜。まあないとも言いきれないけど」


「……そりゃそうか」


「それに、なんでここに滝があるの?」


「は? そりゃお前なんでって、滝があるからに決まってんだろうが。そこに山があるから登り、そこに飯があるから貪り、そこに女子更衣室があるから覗くんだ。当然だろ?」


「マサ、今そんな話してないし一回死んだ方がいい」


「……わたしたちはさっきまでマサくんが縛らーー待っててくれてた場所から下に降りたんだよね」


「だな。それがどうしたんだよ?」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。場所も高さも全然違うんよ」


「ーーすっげぇ!! てことはオレたちワープしたってこったな!! なんでもありだな!!」


「うん。……ホントにすごいところなんだよ。今わたしたちがいるのは……」


 この台詞が最後だった。


 まとまった会話はなくなり、しばらく三人でこの部屋に何かないか調べていく。これと言ってめぼしいものは見つからない。

 こうなればあとは考えること、思考運動をしてみるしかないだろう。まだ部屋の中に何かがないか手探りのしのかを横目に捉え、裕也は足りない頭を不得意なりに捻ってみる。眠気になすがままにされている誠人を脳内から閉め出した分、円滑な思考環境であるだろう。


 しのかの行動は一手ずつ状況を詰める将棋のようだ。


 今を容易く打破するような、都合の良いように想像した物品が存在していれば。なんて、ご都合主義の極みみたいな奇跡だが、それを加味した上での考えをあまり良しとはしないのだろう。

 そんなことをすればミステリーは成立しない。いや、あらゆるジャンルの物語が致命的につまらなくなり、文字通り世の中に革新が起こり、果ては世界平和までも実現してしまうかもしれない。


 ーーもしもボックスはいらないってことね。


 ないものねだりはしない。今ある手札、これから手に入る手札で突き詰めてこそだ。彼女はその点しっかりしているというのが、裕也が出会った中学時代からの彼女への印象であった。肝心なところ以外は網目スカスカだが。

 ちなみにもしもボックスは裕也が最も欲しい秘密道具だったりする。どうでもいい。


「……ん?」


 一応の記録として謎の祠の写真をスマートフォン内蔵のカメラで撮っていた裕也。外見三百六十度から内部のシミまで、あらかた撮り終えたあたりで、祠の中の何かに気づく。隙間に細長いものが挟まっている。


 少し罰当たりかもしれないとは(よぎ)ったが、裕也は手を祠に突っ込んでソレを引き抜いた。


「…………木の棒……?」


 埃などなど多様な汚れがこびりついているが、それは紛れもなく木の棒。カップアイスを食べる時に使うスプーン程のサイズだと思われるものだった。


 いったいこんな所に何故?


 僅かな不快感と、そのような疑問が胸中でもやもや動く。しかし一応これは発見だ。


「しのかー。ちょっといいかー?」


 意見を仰ぐべく、振り返って少女を呼んだ。返事はない。


「……?」

 

 振り返ったそこに、何か細長いものが落ちていた。


 扇子だった。


 そして、それは裕也にとって見覚えのあるものでもあった。


「おーい、しのかー。扇子落としてるぞー」


 そう呼び掛けながら石造りの部屋をぐるりと見渡す。


 しのかの姿は見えない。


 裕也は首をひねり、滝際の謎の透明物質に五体投地で張り付いている無様な姿の幼馴染み、伊吹誠人に声をかける。


「しのかどこ行った?」


「あぁ? オレ知らねぇぞ。ここは通ってねぇから、普通に出てったんじゃねぇの?」


「……まあ、だよな」


 裕也は脳裏を過ぎる違和感をそのままに、外部を確認すべく階段へと足をかけた。

 カツカツと、軽快な音と共に登っていく。


 トイレにでも行っているのだろうか。そういえば今日は既に何時間か外に出たままで、そのようなタイミングがなかった。(もよお)しても、それは仕方の無いことだと言えるだろう。せめて部屋を出る時にどちらかに一声ぐらいかけて欲しいものである。その余裕もなかったのか。

 裕也はコツコツと鼓膜を揺らす音をBGMに、少女がトイレまで全身全霊で急ぐ姿を想像して、あまりよろしくないなと思考を打ち切る。


 カツカツ、コツコツ。


 少し、気づいた。


 ーー…………足音。……()()()()()()


 少なくとも自分たち以外の音が存在しない狭い空間。誰かが階段を上がって行ったとして、石を打つこの足音はそれなりの雑音(ノイズ)として耳に残るだろうと裕也は判断する。音が気にならなくなるほど集中した覚えもない。


 胸の奥でじわりと、それは広げたティッシュの上に落とした一滴のコーヒーのような不安。


 しかし、すぐさま二滴目が追加で落とされた。


「…………ない……!?」


 それは石の壁だった。


 黒いモヤのようになっていた入口は消え失せ、そこにあったのは無機質な石壁。すがりついて撫でても、非生物の冷たさしか伝えない。


 何かが、おかしい。


「おいマサ!! ちょっとこっち来い!!」


 何度か壁を反響した叫びは、悲痛な音を含みながらも下の小部屋まで届いただろう。


 二拍待つ。三拍待つ。


 続けて二回、三回と幼馴染みを呼び、反響して飛んでいく声音は悲痛の色を増していく。

 誠人の性格上、他人を無視するような悪ふざけぐらいは、状況を弁えられる。だからーー


 ーーだから、絶対に返事があるはずなのだ。


「ーーっ」


 石の階段を三段飛ばしで駆け下り、元の狭苦しい空間へ。

 どうしてか先ほどより暗く見える部屋を見渡し、しかし少年の視覚に映るのはオンボロな祠と、うざったい滝の壁。()()姿()()()()()()()()


 薄暗い世界はただただ冷たくて、よそよそしくて、人の匂いはどこにもなく、真っ暗闇の空白だけがここにある表情の全てだ。


 あぁ、なんで。


 なんで。どうして。



「……最悪だよ」




 ただ一つの『黒』が、少年を見ていた。




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