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この街に『勇者』はいない【絶筆版】  作者: 田神 へいき
第一部 ■■■ to ■■■■■■■
11/36

第一章[裏]『収穫』

 


「はい。はい無事到着しました。はい。大丈夫です。…………五体も問題なく満足です」


「……ホンマに、死ぬか、思ったわ」


「まあ死なないよねー。カズ君はしくじらないしねー」


「いやそんな全幅の信頼、俺と()()()()()の間には(はぐく)まれてないわ。知らんがな。………ホンマに………死ぬか思った…………」


 どうやら相当に心の臓から頭蓋の芯まで堪えた様子だ。それもしょうがないだろうと一真は思う。

 彼は通信(・・)から意識を外し、柵からちろっと眼下のを見下ろした。

 文明の明かりが灯る街。

 遠方の国道を走る自動車が、指先でつまんで潰せそうなぐらい小さく見える。


 ーー()()()()()()……だったか


 六十メートル。一見イメージしにくいかもしれないが、これはかなりの高さだ。

 一般的なビルディングが一階につき約三メートル程である、と言えば多少は分かりやすいか。

 つまり二十階建てである。

 人の恐怖を煽る条件がいくらでも転がっているのは、言うまでもあるまい。


「いやホンマに外道のすることやで、コレ……。こんなおっかない滑り台初めてや。十階下まで滑り落ちてホトケサマ見えたわ」


 茶髪で長身、左頬に縦一筋の傷跡を持つ青年。大和(やまと)大和(つかさ)は、鉄の踊り場に座り込んでうなだれていて、身につけた真新しい紺色が相当にかみ合って見える。


「階段を急に氷の滑り台に変身(トランスフォーム)させるとは……。このマンションのオーナーはなかなかにウィットに富んだ感性をお持ちのようですね」


「お ま え や ろ が!! 鬼!! ボケ!! 高校生探偵!!!」


 感心感心と腕を組んで真顔で頷くと、指を突きつけて茶髪が怒鳴った。困ったように眉が下がる。


「俺は毛ほども探偵じゃないし。もう高校生ですらないんですが……」


「そんなん知らんわ、アホ! ……一体ここ何階やと思っとんねん……」


「二十二階建てですね。グルーブタワー九野里。家賃二十万円の3LDK。街でもそれなりに名のあるタワーマンションです」


「…………えらい詳しいな。お前……」


「……高い建物。好きなので」


 どこか微妙な空気が流れる。


 一真がたった今解説した高層建築物の、むき出しになった非常階段で、彼らは風に吹かれている。

 一真は何年経っても慣れきらない階段の柵の間から、ぶらぶら脚を投げ出してみた。子供とか普通に通れそうで非常に恐ろしい。

 この非常階段は実は欠陥なのではないのか。絶対ここから下に降りようとは思えない。もうちょっと柵の幅とか高さとか、やりようがあっただろう。

 自殺の名所にならないのが不思議だ。いや事故死か。


 そんなふうに思案を巡らせていると、場が適度に落ち着くのを見計らっていたのか、常時落ち着き払った透き通る声が()()()()()響いた


『まあこれを遅刻したペナルティとしておきましょう。だいぶ(こたえ)たでしょうし』


「ハイ。まあ芯までしっかり堪えましたわ…………にしてもよう気づいたなぁ! 足音殺して上がってきたつもりやったんやけど」


 本当に反省しているか不安になるような身代わりの早さだ。頭痛じみた錯覚を感じながら、一真は答えた。


「この非常階段は人が通ったら分かります。この階までここを登ってくるモノ好きが、大和さんの他にいるとは思えませんし」


 だとしても拘束対象となる。


「……へぇ、ふむふむ、なるほどねぇ。()()()()()はホンマに便利やなぁ」


「なんかフツーに認識甘くない? ダイジョブ?」


「いや、相当に認識は甘いだろ。初めて見るわけでも無いはずだし」


「初日から遅刻してるしね」


「せめて初日ぐらいはな……まあでもーー」手に持った菓子を見せつけるように揺らし、また懐にしまった。一真の勝利だ。


 一真と千鈴の会話。その決着なぞ露知らず、大和(つかさ)は不満げに口を尖らせる。


「せやかてクドウ。俺はこの街に来たばっかなんや。立て続けに色々あったんや。詰め込みまくりや。知っとるか? 引っ越しって忙しいんやぞ」


「俺は矢車です」


 それだけ答えた。この短期間ですっかり定着してしまったやり取りだが、いつになったらちゃんと名前を呼んでくれるのか。


「そんなんはどうでもええねん」


 どうでも良くない。

 良くないついでに、様々な疑問が決壊したダムのごとく溢れ出してきて、一真はそのまま質問攻めにしたい欲求に駆られたがーー



『お喋りはおしまいよ。もう時間がないわ。ーーちゃんと全員揃ってるかしら?』



 幸か不幸か、今は叶わない。


 我らが支援官(オペレーター)瀬乃(せの)(たまき)の時間切れ宣告。それによりガチリと、緊張感の歯車が噛み合う。

 その今更言うまでもない問いは、ただの自分たちにではなく、一つの(チーム)として、その班長(リーダー)としての一真に投げられたものだ。

 深呼吸一つ。月光に照らされた大気が全身を巡り、心身共に冷却される。文字通り、身が締まる思いだ。


「第六班。準備完了しています!」


 一息でそう答えてから、一真は左腕を確認する。時刻はもう僅かで十時三十分といったところで、結局新人様への説明は並行して行わなければならないようだ。


「とにかく大和さんは。そこから街でも眺めててください」


「なんや、何が始まるんや?」


「眺めてたら分かります」


「さぁさぁ久々の出陣。腕がなりますぜい!」


「スズはとりあえず先走り過ぎるなよ」


「分かってるって隊長」


「なぁ、俺は何するか全く分からんのやけど」


「後で説明しますから、今はとりあえずーー」


「ーー街見ときゃいいんやろ? 隊長さん」


「まあフツーになんとかなるなる」


「スズちゃんが言うなら間違いないわな」


「とりあえず怪我はしないことが第一で」


「なんやそりゃ、小学生みたいや」


「でも教訓なんてフツーにそんなもんじゃない?」


『みんなーー』



『ーー始まるわよ』




 針がカチリと、十時三十分を指し示す。




 ーーーー




 大和大和は一般人だった。


 この世界の大半を占めるその他大勢だった。間違いない。再定義なんて必要ない。自明の理、というやつだ。

 だが、それは終わってしまった。


 名を挙げて著名人として頭一つ抜けた訳ではない。


 罪を重ねて大罪人として転がり落ちた訳ではない。


 その他だ。


 彼は『その他大勢』の、さらに『その他小勢』へと引き込まれて、帰り道を踏み潰して消したのだ。

 その選択を後悔しているのか、いないのか。そんな単純な(きもち)すら、はっきりとは分からなかった。

 まだ答えを、決断の先を、この目で見てはいないのだから。


 だが、それもこの瞬間まで。


 ついに来た。


 変わってしまった自分(セカイ)を、変わってしまったのだと嚥下(えんげ)する日がーー



『結界網 魔力循環(サーキュレート)異常なし(グリーン)



『起動式 稼働展開(イクスパンド)異常なし(グリーン)



 脳内に直接響く似通った二つの声。

 その声は瀬乃支援官に近しい冷たげで平坦な声と言える。ただしそこには幼さ故の無邪気さと丸みが垣間見えていた。

 透き通る氷の調べが、交互に次々と、機械的に、習慣的に、共鳴的に、その呪文めいた文言を(うた)いあげていく



『虚数域 鮮明透過(クリアライズ)異常なし(グリーン)



『深淵根 拘束解放(アンカーアウト)異常なし(グリーン)



『鏡現界 浮上捕捉(ターゲットキャッチ)異常なし(グリーン)



『対象の浮上速安定を確認。現在深度六二〇。五〇〇より秒読み(カウント)を開始します 』



『ーーーー秒読み(カウント)開始(スタート)



 数秒か数十秒か。大和は五十ずつに刻まれる秒読みの、体感的な間隔を測りかねている。自身がこれから足を踏み入れんとする世界の、その”未知”に圧倒されて。

 あの日、あの手を掴んだあの瞬間。それまでの常識は覆され、胸に刻まれた新しい舞台(ステージ)への切符。

 それが片道であることを気安く承知してしまったのは、迂闊であったと。考え無しであったと。間違いであったと。


 そして、どうしようもなく正しかったのだと。


 始まりに打ちのめされた心が訴える。これがこの(から)を満たすのだと。

 一人の戦士が胸中を沸き立たせる中、秒読みは三桁を切り、刻みが十ずつに変化する。



『………一〇〇…………九〇…………八〇…………七〇…………六〇…………五〇…………四〇…………三〇…………二〇…………一〇……』



『総員警戒。浮上します』



 大和はこの世に生を受けてから何度目かになる、心の底から自身の目を疑う現象を目撃する。



「ーーなんやあれ」




 ーーーー




「ーーなんやあれ」


 隣で目を疑うその顔を、一真は横目で確かめる。一番最初の初陣の時にこれを見せるのが、自分たちが所属する『協会』の習わしである。彼の驚く顔が見たかったというのが、個人的な本音ではあるが。

 ヒリヒリと、その存在感が全身を撫で、肌が粟立(あわた)つ。

 二ヶ月ぶりのその感覚に身も心もすっかり目が覚めたようだ。表情も自然と堅く、力強く引き絞られる。


 それだけ眼下に生じた現象は常識の範疇を逸脱していた。


 それは例えるなら”(くじら)”だ。


 空気を求めて水上に姿を現す巨大哺乳類を彷彿とさせるナニカが、地下深くから文明の光を喰らうように這い出していた。

 半径数十メートルから百メートルまでに見える球体が、大地を割いて地上へと顕現する。正しく天変地異といって差し支えない、ありえない現象だ。

 その内側は(もや)のような物質で満たされ、中に何があるのかを(うかが)い知ることは叶わない。

 それを遥か高みから、全体を完全に余すことなく俯瞰(ふかん)出来るその位置から見下ろした新人は、数秒の放心の後、ハッとして慌て始めた。


「おい、大丈夫なんかあれ!? 家とか道路とかメチャクチャなっとるやろ!!」


「だいじょぶだいじょぶー あれ、実体とかないですから」


「ーーは?」


「あれは大狩場(パスチャー)という、端的に言えば俺たちの仕事場、狩場となる場所であり、その入口です。あの球体の膜みたいなのには実体は無くて、座標と規模を示すマーカーみたいなものだと思ってもらえば」


 一真の簡潔な説明に対し大和は「あのクソジジイ本気で許さん……」と怒りを唸りに込めながらも、割とすんなり理解出来たようだ。とりあえず街が潰れてないと分かり安堵している。


 どうやら彼をスカウトし、ここ半年から一年程度は指導したであろうベテランの(にしき)さんは、このことを教えていなかったらしい。

 故意か過失か。毎度のことながら前者である。

 彼は絶対に必要なことを叩き込んでくれる反面。そんなお茶目さも忘れない。

 大和が胸をなで下ろしたところで、完全に鯨もどきの動きが沈黙した。一瞬遅れて通信が再開する。



『対象の浮上を確認』



大狩場(パスチャー)規模(スケール)は三四〇』



小狩場(インスタント)の誘発を複数確認』



『暫定数は三。規模は二十、三十、六十。座標を適応します』



支援官(オペレーター)は人員と物資の振り分けを行ってください』



『以上。開戦行程(ステップオーバー) 完全終了(オールグリーン)



『定期作戦。”収穫(ハーベスト)”を開始します』



『皆様、ご武運を』



 そのごく短い激励の後、通信が元の支援官に切り替わる。当たり前の、いつも通りが始まる。



 ーーこんな話がある。



 かつて世界には悪の『魔王』がいて、それに対抗した正義の『勇者』がいた。

『勇者』は紆余曲折、前途多難、山あり谷ありの大冒険を経て、『魔王』と相打ち、その巨悪を討ち滅ぼした。

 しかし彼らの残党は死なず、滅びず、生き絶えず。しぶとくしぶとく逃げ続け、ついにはその足は異世界へと及んだという。

 そして今もその異世界に根を張り、魔王の復活を待っていると。

 本当にあった、世界で一番新しい御伽噺(おとぎばなし)



 だがこの話には続きがあった。



 生き残った悪しき残党達を追いかけて、同じ異世界に渡った戦士達がいたのだ。

『無冠の盟約』によって限定不可侵と化した無貌の異世界、日本。

 その地に降り立った彼らは、摘出不能な程に奥深く潜り込んだ残党達の残滓を探り当て、隔離し、網を張り巡らせ、日夜生み出される魔獣を狩り続ける。

 実に百年以上の昔から、今までに連綿と続いてきた特級任務。


 風化と失意に晒されたそのぬるま湯の戦場、『勇者』と『魔王』が眠る、世界を(また)いだ辺境の地で、狩人達は未だに生き続ける。


 そして、今日は新しい節目の日。



 ーーでは改めて始めよう。



 心機を一転も二転も三転しても劇的で変わらない。


 日常の裏側に差し込まれた、この非日常な日常を。


 その軌跡(あしあと)が、とっくに意義を失っているとしても。




()()()()()()()()。俺たちの街に」




第一章 終

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