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エピローグ


「もう……クロヴィス様ったら、大丈夫ですから」



 赤ちゃんが生まれてから早くも一ヶ月。そろそろ外に出てもいいと医師には言われているけれど、どこに行くにもクロヴィス様が付いてくる。


 産後、どうにもクロヴィス様の過保護っぷりが増しているような気がする。

 赤ちゃんが産まれてしばらくは少しの移動も横抱きにして運ぼうとするから困ってしまった。


 無事に生まれた赤ちゃんは、ヘリオスと名付けた。


 乳児を育てるのは初めてのことなので、ちょっとしたことですぐに慌ててしまって毎日が戦場だ。数時間ごとに授乳をするために寝不足にはなるし、出産で疲弊した身体の回復もままならず、赤ちゃんが寝てくれている間は私も気絶するように眠る日々が続いた。


 ちょうど二ヶ月前に出産をしたばかりの侍女が乳母を申し出てくれたので、どうにも体調がすぐれない日や夜通し眠ることができなかった日は頼らせてもらっている。


 無理をしないように。それがクロヴィス様との約束だから。


 そういえば、ヘリオスのお風呂――沐浴について少し困ったことが起こったのよね。

 屋敷の侍女たちみんながヘリオスのお風呂担当に立候補してくれたのだ。


 沐浴も私が主に進めていきたいと思っていたのだけれど、フォローしてくれる人は欲しい。

 けれど、まさかあんなに手が挙がるとは思いもよらなかった。ついにはジュエンナ様やミランダ様、それにフィーナまで名乗りをあげて収拾がつかなくなってしまった。


 最終的に頭を抱えたクロヴィス様が当番制とすることに決めて、毎日二人ずつ、順番に私のフォローに付いてくれることになった。


 みんな自分の番が来るのを心待ちにしてくれているようで、順番が回ってきたらそれはもう蕩けた顔で

「はぁ〜坊っちゃまは天使です」「可愛いの権化です」「最推しだわあ」と独特な言い回しで感嘆の息を吐いていく。


 なんだか最近、屋敷の侍女たちからフィーナと似た匂いを感じるのは気のせいだろうか。



 そして今日は、長らくアンソン辺境伯領に滞在していたマティアス様が王都へ帰還される日だ。


 玄関まで見送りに行こうと部屋を出たところでクロヴィス様に捕まってしまい、腰をガッチリ支えられながら見送りに来てしまった。



「相変わらず仲睦まじいことで」


「おかげさまでな」


「だが、逆に歩きにくそうだったよ?」


「何⁉︎ そうなのか、アネット⁉︎」



 マティアス様はさすが周囲がよく見えていらっしゃる。


 すっかり気の置けない関係となったクロヴィス様とマティアス様の様子を微笑ましく思いながら、くすくす笑って頷いてみせる。



「ええ。正直に申しますと、歩きにくかったです」


「そ、そんな……」


「でも、気持ちは嬉しかったですよ?」


「アネット……!」



 落ち込んだり喜んだり忙しない人ね。


 クロヴィス様は嫁いだ当初と比べると、随分と表情豊かになった。昔の凜としたクロヴィス様も大好きだったけれど、今の親しみやすいクロヴィス様はもっと好きだ。



「国王陛下にもよろしく伝えておいてくれ」


「もちろん。君のおかげでラッセル子爵の身柄を引き取ることができたからね。きっと褒美を取らせることになるよ」


「ベビーグッズでいい」


「ははっ! それも伝えておくよ」



 私の出産に合わせた襲撃は、クロヴィス様とウォル、そしてフィーナの頑張りにより、被害を出すことなく収めることができたと聞いている。


 その後、少しでも情報を吐いて刑を軽くしようと判断したのか、傭兵たちが次々に口を割った。

 彼らの供述により、ラッセル子爵が国境に面した領地に潜伏し、領主と共謀して傭兵を集めていた事実を掴むことができた。


 リューク殿下がアンソン辺境伯領に滞在していると偶然知った傭兵の一人が手土産として持ち帰った情報を元に、着々と戦力を集め、決戦の日まで息を潜めていたのだとか。


 第二王子の身柄を拘束し、隣国の国王に我が国との交渉材料として献上し、報酬と新たな地位を得ようと考えていたという。


 我が国との戦争の意思がない隣国王は領主の暴走に激怒し、領主は島流し。領地は王家が回収して管理することになった。


 多額の賠償金を申し出てきたそうだけれど、我らが国王陛下は領主の独断による暴走としてその一部のみを受け取るに留めた。その代わり、輸入量の調整と、関税率の交渉の余地を与えてもらったそうだ。



「これでようやく去年の事件の幕引きだな」


「ええ。長かったですね」



 クロヴィス様に少し体重をかけて寄り添っていると、背後の階段を慌ただしく駆け降りてくる音が聞こえた。



「マティアス! 帰ってしまうのか⁉︎」


「おお、リューク! ああ、溜めてきた仕事もあるし、陛下や父上に報告を上げなくては」



 リューク殿下はマティアス様に飛びつくように抱きついた。マティアス様はリューク殿下を抱き留め、背中を優しく撫でている。



「……寂しくなるな」


「また来るよ。それまでリュークも元気で」


「ああ」



 そっとリューク殿下を下ろしたマティアス様は腰を落とし、リューク殿下の耳元に口を寄せた。



「領地に滞在している間に、少しは異性として認識してもらえるように頑張るんだよ」


「な、何の話だ⁉︎」



 何の内緒話をしているのか、リューク殿下の顔が一気にりんごのように真っ赤に染まった。



「ししょ〜!」



 一体何を言ったのかしら、とクロヴィス様と目配せしていると、トテテッと今度はフィーナが現れた。



「ああ、フィーナちゃん! 君は本当に優秀な弟子だよ。定期的に描いた絵を送ってね」


「もちろんです!」



 すっかり師弟関係となった二人は、拳を突き合わせて不敵な笑みを浮かべている。


 あの顔は悪巧みをしている顔ね。フィーナはいつも突飛なことを考えるのだから。次は何が起こるのか、もはや楽しみに思えてくる。



「ほら、置いていかれるわよ。早く!」



 そしてフィーナが視線を投げた先には、居心地が悪そうにミランダ様が佇んでいた。


 実は私の出産後、ミランダ様は王都に戻る決断をされた。

 出産の立ち合いをきっかけに、王都で助産師の資格を取ると決められたのだ。


 そう報告してくれたミランダ様はどこか吹っ切れた様子で、シャンと背筋を伸ばして未来を見据える姿はとても魅力的だった。



「ミランダ、頑張ってね」


「ええ、それは頑張るんだけど……何でマティアス様と一緒の馬車なのよ!」


「そりゃあ二人とも王都に戻る上に、僕たちは愛し合う婚約者同士だからね!」


「いつ愛し合ったのよ! 捏造しないで!」


「はは、ミランダは相変わらず照れ屋さんだね。そういうところも可愛いよ」


「ムキーッ!」



 結局我が家に滞在中、二人の関係は平行線だったように見えたけれど、少しだけミランダ様の棘が抜けたようにも感じられる。ツンとした態度を取りつつも、マティアス様が屋敷にやってきた当初のようにその場から逃げ出すことはない。


 マティアス様もミランダ様に対してはわざと軽口を叩いているように見えるけれど、彼なりの照れ隠しなのかしら。


 王都まで半月は一緒なのだから、少しは腹を割って話せるといいなと思う。



「では、長い間お世話になりました。王都にお越しの際は、ぜひおもてなしさせてください」


「ええ、次に王都に行く際は連絡しますね。またお会いできる日を楽しみにしております」



 私とミランダ様は微笑み合い、どちらからともなく握手を交わした。



「ミランダまでいなくなったら寂しくなるわね」


「あら、珍しく素直じゃない」



 フィーナの言葉に、ミランダ様は目を瞬いてから照れくさそうに微笑んだ。



「定期通信、きちんと送ってよね」


「え? あなたの妹に毎月送っているから大丈夫よ。二人で見てちょうだい」


「そうなの⁉︎ ま、まあ……あの子が喜んでいるのならいいけど……のめり込むとなかなか戻って来られないタイプだから心配だわ……」



 フィーナはミランダ様の妹であるミミリィ様と頻繁に手紙のやり取りをしている。

 その手紙の厚みが回数を重ねるごとに厚くなっているので、すっかり打ち解けているのだと思うと嬉しくなってしまう。



「やれやれ、最後まで騒がしいね」


「ジュエンナ様!」



 すっかり賑やかになった玄関に、呆れ顔のジュエンナ様がやってきた。


 彼女はもうしばらく屋敷に滞在して、産後の肥立ちが良くなるまで私とヘリオスのケアをしてくれる。彼女の存在にはそれはそれは助けられた。妊娠中も、出産の時もそうだ。今も身体のケアや乳児の世話だけでなく、精神面のケアも行なってくれている。


 次の冬を迎える前には村に戻ってしまうそうなので、また一つ寂しくなってしまうのだろう。



「では、そろそろ出発の時間だ。みなさん、お元気で!」


「お元気で!」



 別れを惜しんでいたマティアス様とミランダ様が、揃って玄関に集うみんなに頭を下げた。



「二人も、どうかお元気で!」


「とても楽しい日々だった。ありがとう」



 私とクロヴィス様も挨拶をし、二人はセバスチャンに案内されながら屋敷を発っていった。


 広い屋敷の中から、二人いなくなっただけなのに随分と物寂しく感じてしまう。

 寂しさを埋めるように、そっとクロヴィス様に寄り添うと、彼もまたこちらに身を寄せてくれた。


 その時、遠くから愛しい我が子の泣く声が聞こえてきた。



「あら、ヘリオスが泣いているわ。急いで戻らなくちゃ」


「今日こそ俺が泣き止ませてみせる」


「ふふっ、期待していますね」


「ああ、任せろ」


「フィーもいきます! 推しカプの子育て奮闘記、しっかり記録しなくっちゃ!」


「なんて?」



 私たちは顔を見合わせて笑い合いながら、元気に泣く我が子の元へと向かった。


 新しい家族が増え、これからますますアンソン家は楽しく、賑やかになっていくのだろう。

 フィーナとヘリオスが中庭を駆け回り、時には喧嘩をすることだって出てくるはずだ。


 ヘリオスの周りにはいつも精霊がいるので、きっと遠からず祝福を授かることになるだろう。


 そう遠くない未来に思いを馳せながら、私はそっと愛しの旦那様と娘の手を取った。

 玄関に飾られた家族の肖像画が、笑い合う私たちを優しく見守ってくれていた。




いつもありがとうございます!

本編はここで完結です。最後までお付き合いいただきありがとうございました!


現在電子配信中の2巻には、辺境伯領を発ったミランダとマティアスの帰路のお話も書き下ろししておりますのでぜひ読んでください( ´ ▽ ` )

その他にもフィーナ六歳のお誕生日会のエピソードも収録されております!

侍女たちの本気を是非見ていただきたい……!笑


まだまだ先になるのですが、コミカライズ企画が動いておりますので、

そのお知らせの際などに番外編を更新したいと考えているので、

その際はまた遊びにきていただけると嬉しいです!


今後ともフィーナたちをよろしくお願いいたします!

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୨୧┈┈┈┈┈┈ 12月10日配信┈┈┈┈┈┈୨୧

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