第六十九話 家族が増えました ◆sideクロヴィス/フィーナ
「さあ、いそいでかえりましょう!」
「ああ! ウォル、疲れているところすまないが、頼めるか?」
『ウォル!』
応援に国境を巡回していた騎士たちも砦に到着したため、その場を彼らに任せて俺たちは屋敷に戻るべくウォルの背に乗った。
行きと同じく風と同化したかのように目まぐるしく周囲の景色が流れていく。
「お父たま、とってもかっこよかったです! フィーはほれなおしました」
「ん? ははっ、そうか」
惚れ直すとはまたおかしな表現をする。だが、そう言われて嬉しくないわけがない。
「フィーナとウォルが付いてきてくれたおかげで、最短で敵兵の駆除をすることができた。ありがとう」
「むふふ、おやくに立ててよかったです!」
「さあ、アネットが待っている。早く帰ろう」
「はいっ! ウォル、全速力よ!」
『アオーン!』
グンッと身体にさらに重力が乗る。一層速度が上がったようだ。
そうして俺たちはウォルのおかげで、あっという間に家へと帰還することができた。
◇
空気を読まない不届きな悪者たちをお父様が華麗に一掃し、私たちは屋敷に戻ってきた。
それにしても戦うお父様の姿は、それはもう素敵だった。
精霊の力をあそこまで引き出せるなんて、彼らとの信頼関係がなせる技よね。
この地は古くから風の精霊との親交が深いし、私もいつかお父様みたいに彼らの力を借りられるようになりたいわ。
脳裏に焼きついたお父様の勇姿を思い返しながら、お父様に続いて廊下を駆ける。
お母様の部屋の前に辿り着き、勢いよく扉を開け放ちたくなるのをグッと堪え、扉の前で控えていた侍女に扉を開けてもらった。彼女は心底ホッとした様子で、私たちの顔を見て目に涙を滲ませていた。
「アネット!」
「お母たま!」
部屋に滑り込むや否や、音もなく背後に現れたクロエによって白衣を着せられ、両手を清められた。うん、衛生管理大事!
ベッドサイドに駆け寄ると、私の代わりにお母様のそばに寄り添ってくれていたリュークが場所を開けてくれた。びっしょりと汗をかいたお母様が声にならない声を上げながらいきんでいる。
「お母たま、フィーとお父たまがもどりましたよ」
「アネット、脅威は去った。俺たちも怪我一つなく無事に戻ったぞ」
お母様は返事をする余裕がないのか、視線だけをこちらに向け、ホッとした様子でわずかに身体の力を抜いた。
そして、ベッドの支柱に巻いたタオルを掴んでいた手をこちらに伸ばした。
お父様がその手を力強く握り、私も身を乗り出して両手を添える。
「アネット、もう一踏ん張りだよ! 次の陣痛が来たら思い切りいきむんだ」
お母様の足元に控えるジュエンナたまが鋭い声を上げる。ミランダも今まで見たことがないぐらい真剣な
面持ちでジュエンナたまの後ろでタオルを両手に広げて控えている。
「はぁっ、はぁっ……ううんぅっ!」
「お母たまも赤ちゃんもがんばって!」
お母様がお父様の手をギュウッと握りしめ、お父様も同じように力強く握り返す。その上から私も目一杯の力で二人の手を握る。
お母様が一際大きな声で叫んだ後、フッと脱力した。続けて甲高い泣き声が部屋中に響いた。
「あ……」
声がした方を振り向くと、泣き声の主はジュエンナたまの両手に抱かれていた。
「アネット、よく頑張ったね。元気な男の子さ」
「はぁっ……はぁっ……」
生まれたばかりの赤ちゃんは、ミランダが素早く身体をタオルで拭き取り、綺麗なタオルで包み込んでからお母様の枕元まで連れてきてくれた。赤ちゃんは真っ赤な顔で元気に産声を上げている。
ミランダってば必死に堪えているけれど、目が真っ赤だわ。
お母様も。元気に泣く赤ちゃんを見つめる目から涙が伝い落ちていく。
ズッ、と鼻を啜っているのはお父様ね。まだ握ったままの手から震えが伝わってくるもの。
クロエも感極まった様子でハンカチに顔を埋めているわ。
壁際に控えていたセバスチャンなんてバスタオルを使っているわよ。
気丈にこの場を取り仕切ってくれていたジュエンナたまの目にも光るものがある。
壁際に控えていた侍女たちも、抱き合って喜びを分かち合っている。
みんな、母子共に無事であることを確認し、新たな生命の誕生を心から喜んでいる。
「あれ……?」
赤ちゃんが無事に生まれたら、喜びのあまり飛び上がって踊り出してしまうかもなんて思っていたんだけど……
なんだか視界が滲んで、お母様の顔も、可愛い弟の顔も見えないわ。
ポロポロと涙が溢れて止まらない。
「う、ふぅっ……よかったあ〜……」
出産の壮絶さを目の当たりにし、私はうまく感情を消化できなくなっているらしい。
新しい命の誕生。それは奇跡にも近しいこと。
こんなにも大変で、命懸けで、感動に打ち震えるものだなんて知らなかった。
唇が震えて涙が止めどなく流れてくる。
そんな私の様子に気づいたお父様が、ギュッと私を抱きしめてくれる。
慰めの言葉はない。だって、お父様も言葉を紡げないほど泣きじゃくっているから。
わんわん泣く私たちを見て、お母様は困ったように力無く微笑んでいる。
その時、ふわりとカーテンが揺れてたくさんの精霊たちが部屋に雪崩れ込んできた。
『アネット、みんな、おめでとお〜!』
「わあっ……!」
精霊たちは室内を旋回しながら、ポポポポンッと可愛らしい花を出してくれた。お祝いのつもりなのだろう。
ひらひらと踊るように花弁が舞い、キラキラ輝く精霊たちの羽の美しさも相まって、とても幻想的な光景だ。
あまりの美しさに涙も引っ込んでしまい、私とお父様、そしてお母様は涙でぐちゃぐちゃになった顔を見合わせると、照れ笑いを交わした。
その後、ジュエンナたまと助産師さん、それからミランダの三人で産後の処置をしてくれていたけれど、あまりよく覚えていない。
ようやく涙が引いてから改めて見た赤ちゃんはふにゃふにゃしていて小さくて、突けば壊れてしまうのではと思うほどに儚かった。
髪色はお母様に似て薄紫色をしている。目はまだ開いていないので色は分からない。
恐る恐る手のひらを指で撫でると、少しだけ握り返してくれた気がする。
私の手もまだまだもちもちで小さいけれど、それよりもっとずっと小さな手。
「あなたのことは、お姉ちゃんが守るからね」
推しカプであるお父様とお母様の愛の結晶。
この子を愛おしく思うのは、単に推しカプの子供だからというわけではないだろう。本能的に、この子を守らなくてはという思いが込み上げてくる。
こうしてこの日、私たちに家族が増えたのだった。




