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第六十八話 クロヴィスの戦い ◆sideクロヴィス


 ナディル村の上空に到着した俺たちは、案内役の精霊に従って国境を隔てる塀近くまでやってきた。


 精霊の力を借りて気配を探ったところ、五十人ほどの部隊が二つ、そして、その部隊から少し離れたところに五人部隊が一つ潜んでいた。武装しているのは大きな部隊の方で、少人数の部隊は真っ黒な服に身を包み、闇に紛れている。



「なるほど、大人数で砦を襲い、注意を引いているうちに騒ぎに乗じて五人部隊が国境を超えて忍び込むつもりか」


「やっぱり……狙いはリュークなのかしら」


「何?」



 フィーナがボソリと溢した言葉に、俺は思わず反応してしまった。


 いや、何もおかしなことではない。リューク殿下は我が国の第二王子だ。人質にする価値は十分すぎるほどある。


 それに、真っ黒な服は王都での事件を想起させる。あの時の実行犯たちも全身真っ黒な服を着ていた。


 第二王子派閥という名の好戦派が、今度はその第二王子を誘拐して脅しをかけようというのか。

 どこまであの幼い王子を愚弄し、利用しようというのだ。


 腹の底から煮えたぎるような怒りが湧き上がり、ギリッと奥歯を噛み締める。



「あっ、お父たま! 大きいぶたいがうごきます!」



 予想通り、まず動きを見せたのは大人数の部隊だった。キリキリと矢を引き、(やじり)に火をつけ始める。闇夜に赤い炎がゆらめいている。



「砦にも塀にも炎は効かない。だが、注意を引くにはもってこいというわけか。そうはさせるものか。ウォル、俺たちを塀の上に下ろしてくれ」


『ウォル? ウォルッ!』



 ウォルは賢い精霊だ。すぐに俺の言葉の意図を汲んで指示通りに動いてくれる。

 ふわりと砦の上に降り立ち、フィーナをウォルの背から降ろす。



「お父たま……」


「フィーナは俺の後ろに隠れているんだ」



 いつになく不安げなフィーナの頭を撫で、俺は安心させるように微笑んだ。


 そして俺は側で指示を待つウォルに向き合った。



「ウォルには重要な役目を担って欲しい。――いけるか?」


『ウォルッ!』



 耳元でウォルへの頼みを伝えると、ウォルは力強く頷いてから上空に舞い上がっていった。


 ウォルを見送ってから胸ポケットをトントンと叩くと、潜り込んでいた精霊が『プハッ』と飛び出した。

 キョロキョロと周囲を見回した精霊は、手で庇を作るようにしながら『んんん〜?』と隣国の森に視線を向けている。



『あっ! あいつらだよ! うう、すごく嫌な気を感じる……悪意が渦巻いているよ』


「ああ、そのようだ。奴らが攻撃を開始したら、敵意ありとみなして反撃を開始する」



 そう言うと、わずかに精霊の肩が強張った。


 精霊は争いを嫌う。だが、大切なものや土地を守るためならば、その力を存分に貸してくれる頼もしい存在だ。



『よおし、クロヴィス! 悪い奴らをやっつけるよお!』


「ああ、力を貸してくれるな?」


『もっちろん! 僕たちの大切な場所を、大切な人たちを傷つけるものは許さない!』



 やる気に満ちた精霊を肩に乗せ、俺はその時に備える。


 重い沈黙が流れる中、木の葉の擦れる音に紛れて微かにキリキリと弓矢を引く音が聞こえる。

 そしてパシュッという音がいくつも重なり、頭上に火の矢が降りかかった。


 弓矢を引いたということは、敵意あり。正当防衛をさせてもらおうか。



 ――さて、精霊の力を借りるのは久しぶりだ。



 俺は深く息を吸い、右手を天に掲げて叫んだ。



「彼の地を守りし風の精霊よ、我が呼びかけに応えよ!」



 言い終わると同時に、空気が変わった。


 密度が高くなったと言おうか。ただの空気なのに、与えるプレッシャーが凄まじい。

 眼前まで迫った矢の火が一瞬で消え、続いて吹き荒れた突風によって矢が天高く舞い上げられた。



「なんだ⁉︎ 一体何事だ! なぜ火が消えた!」



 状況を確認しようとしたのか、鎧を装備した屈強な男が一人、慌てた様子で姿を現した。



「奴らに俺の声が届くように拡張してもらえるか?」


『お安い御用だよ!』



 精霊の同意を取り付け、俺はすうっと深く息を吸いこんだ。



「空気が無ければ火は燃えん。真空の障壁を作り、火を消した。そして風を起こして矢を吹き飛ばしたにすぎん」



 真空の障壁を作り出す際に、俺の後ろに隠れるフィーナの周りにも風の防護壁を作った。如何なる攻撃をも弾き飛ばし、フィーナを守ってくれるはずだ。



「な、貴様は……!」



 男が後退りをしながら砦を見上げた時、ちょうど月を隠していた雲が晴れた。



「俺はアンソン辺境伯領を治める者。先ほどの攻撃をもって、戦闘の意思ありと解釈する。まずはこいつをお返ししよう」



 天に掲げていた手を振り下ろすと、ゴッと激しい風が吹き荒れ、上空に留まっていた矢が勢いよく森へと降り注いだ。あちこちから悲鳴が聞こえる。



「くそっ、領主がなぜここにいる⁉︎ 出産の時期であるはずだろう!」


「なぜそれを知っている!」



 男は部隊の方を振り向き罵声を飛ばしている。領民には無事に赤子が生まれてから知らせを出すつもりなので、アネットの妊娠について知る者は限られている。



 ――いや、唯一それを知ることができた村がある。



 ソナスの実を取りに行ったナディル村だけは、アネットの妊娠について知っていたはずだ。


 この地では貯水湖を作るため、村の外からも人員を募った。公共事業であり、雇用の創出を目的としていたこともあり、雇用の条件は緩かったはずだ。もし王都から逃亡中の傭兵が隠れ蓑として潜り込み、そこで知り得た情報を持って隣国に亡命していたとすれば、合点がいく。



「俺の管理不足だな」



 マティアス殿から中央の状況を聞いた時、真っ先に公共事業に関わった人物を洗い直すべきだった。だが、過ぎたことを悔やみ、反省するのは後だ。今はとにかくこの者たちを一掃する。


 俺の周りにはいつの間にか、危機を知らせてくれた精霊だけでなく、たくさんの精霊が集っていた。皆、この地を守るために集まってくれたのだろう。


 精霊の羽が月明かりに照らされて、幻想的な光を放っている。



「早く終わらせてしまおう。だが、殺さないように気をつけてくれ」


『うん、任せて!』


「一掃するぞ。風よ! 刃となり、彼の地を脅かさんとするものを排除せよ!」



 空気を切るように右手を振り抜くと、シュルルルと風が高密度で圧縮され、刃の形となり百人の部隊へと降り注いだ。



『あいつら捕まえるよね? それなら僕に任せてよ』


「ああ、頼む」



 足を狙って攻撃したため、歩けずに蹲る敵兵たちが風に包まれて塀の前まで運ばれてくる。そして森から蔓が伸びてきて、あっという間に全員を縛り上げてしまった。



「器用なものだな」


『へっへー!』



 褒められた精霊は嬉しそうに鼻の下を掻きながら宙返りをした。



「さて……」



 俺は眼下に転がる敵兵たちを見下ろした。敵の部隊は、カチリと鎧を装備した者と、黒い服に最低限の防具だけを身に付けた者で構成されていた。恐らくは我が領と隣接する領地の私兵と、作物の輸入の陰で集めた傭兵たちだろう。


 俺はフィーナを連れて砦に入り、中で控えていた騎士たちに敵兵の監視を頼んだ。砦の中には不法入国者やその他犯罪者を収監するための牢屋が用意されている。


 続々と捕縛された敵兵たちが砦に運び込まれる中、俺は先ほど前に出ていきた鎧の男と、傭兵の中でもただならぬ雰囲気を放つ男の前に立った。相当の手練れだろう。



「お前たちの狙いはなんだ!」


「ははっ! ここまでくれば隠す必要もねえか……この地にいるんだろ? 第二王子様がよお。半年ほど前、確かにこの目で見たからなあ! あの引きこもり王子を捕らえて、フィチアナ国王に捧げるのさ。お前らの国を揺さぶるための人質にするんだよ!」



 男はニヤニヤと下衆な笑みを浮かべ、唾を飛ばしながら凄んだ。男の腕を捻り上げれば、カエルを踏み潰したような悲鳴を上げた。だが、依然として余裕があるように感じられる。


 恐らく、彼らはただの陽動であり、騒ぎの間に本命の五人部隊が領地に潜入できたと思っているのだろう。ここで俺を煽り、自分達に引きつけるまでが役目というわけだ。



「残念ながら、お前らの狙いは読めている」


「ああん?」



 ちょうどその時、ドサドサッといくつかの鈍い音がした。


 振り返れば、尻尾を振って上機嫌なウォルが地面に転がる五人の男たちを踏みつけていた。



「ウォル、よくやった」


『ウォルッ!』



 そう、ウォルには別動部隊として領地に潜り込もうとしていた五人組を見張っていてもらったのだ。

 国境を跨ぎ、我が領地に踏み込んだら捕らえてよしと指示をしていた。



「とりあえずは不法入国の現行犯だな。余罪や今回の計画について洗いざらい吐いてもらうとしよう」



 地面に転がる五人の手足もしっかりと縛り、騎士に後を任せる。



「……ちくしょう」



 先ほどまで余裕綽々の様子だった傭兵の男は、ギリッと歯を食いしばると、力無く肩を落とした。


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୨୧┈┈┈┈┈┈ 12月10日配信┈┈┈┈┈┈୨୧

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