第六十五話 アネットと精霊 ◆sideフィーナ
「お友達を連れてくるとは言っていたけど、これは……」
その翌日、マティアス様の訪問日ではないため、お母様とおやつの時間を一緒に過ごす約束をしていた。ウキウキ気分で待ち合わせ場所である中庭のガゼボを訪ねると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
「あ、フィーナ! いいところに来てくれたわね。ええっと、どうしましょう」
「こ、これはどういう状況なの……」
ガゼボのベンチに腰掛けるお母様の周りには、昨日お話をした精霊が飛んでいた。
それだけではなく、彼のお友達もたくさんいた。そう、たくさん。
両手では到底おさまらない数の精霊が、お母様の周りを楽しそうに飛んでいる。そしてそれと同じぐらいの精霊がお母様の膨らんだお腹を愛おしそうに撫でているのだ。こんなにたくさんの精霊が一度に現れるなんて、これまでになかったことだ。
『あ、フィーナ! 早速みんなで会いにきたよお!』
「そ、そうみたいね……大人数でびっくりしちゃった」
『へへ……みんな、アネットと――この子に会いたくて仕方がなかったから』
この子というのは、お腹の中の赤ちゃんを指しているようだ。
この地は風の精霊が多く住まう場所だけれど、もちろん他の精霊もいる。火の精霊、水の精霊、木の精霊、土の精霊。いわゆる五大属性を持った精霊が存在するのだけれど、その全ての属性の精霊が一様に集まっていた。
「……用意したおやつじゃ到底足りそうにありませんね」
流石のクロエも呆然とした様子で、ぽつりとそんなことを呟いていた。
とにかく、精霊たちに害意はないため、今日はとても賑やかなティータイムとすることにした。
クロエがすぐに厨房に向かって追加のクッキーを調達してきてくれて、ガゼボのテーブルにはいつも一つだけ置かれる三段のティースタンドが五つも用意されている。
騒ぎを聞きつけたリュークとミランダまで参加して、ちょっとしたパーティ状態だ。厨房では急いで追加のクッキーが焼かれているらしい。
「それにしても、すごい量だな」
「そうね。精霊も、お菓子も」
クッキーをつまみながら、一周回って感心したようにリュークが言った。
「僕がお腹にいる時も、お母様の周りには精霊が集っていたそうだから、縁の深い家門の子のことを気にかけているのかもしれないな」
「なるほど……それにしても多いわね」
確かに、お父様は代々風の精霊の祝福を受けるアンソン家の当主だし、お母様だって由緒正しき侯爵家の出だ。木の精霊と協力して王都の夜会で活躍したことは記憶に新しい。あの時の勇姿を思い出してつい拝みたくなってしまうほどだ。
「お腹にいる間に祝福を授かることもあるのだと、文献で読んだことがある」
「えっ、そうなの? うーん、この様子だと生まれてくる赤ちゃんは随分と精霊に愛された子になりそうね」
言われてみれば、お腹の膨らみが目立つようになってから、ウォルも今まで以上にお母様に甘えるようになった。立ち上がっている時は守るようにお母様の側に控え、座っている時は足元に寄り添ったり、堂々と膝に顎を乗せて鼻でお腹を突いたりしていることもある。
「ソナスの実もたくさん食べたし、精霊と通じやすいのかもしれないわね」
「そういうもの?」
「分からないけれど」
何よそれ。根拠はないけどそれっぽいことを言うミランダの口には次々とクッキーが吸い込まれていく。
「とにかく、精霊に愛されて困ることはない。むしろこれだけの精霊が見守ってくれているのだ。きっと元気な子が生まれるだろう」
「リューク殿下……ありがとうございます。たくさんの人に愛される子になってほしいわ」
私たちの会話に耳を傾けてくれていたお母様も、ふわりと柔らかな笑みを浮かべた。女神スマイル! 正面に座っていたから、あまりの神々しさに召されてしまうところだったわ。
この日をきっかけに、毎日たくさんの精霊たちがお母様を訪ねてくるようになり、みんな決まって大事なものを扱うようにお母様のお腹を撫でていた。
余談だけど、珍しく美しい光景を目の当たりにしたマティアス様が大興奮して目にも止まらぬ速さで何枚ものデッサンを描きまくっていた。お母様をモデルにした『女神と精霊』という絵画は後に王宮に飾られるほど有名な絵画となるのだった。




