第五十三話 推しのぬい ◆sideフィーナ
突如始まったぬいぐるみ作りの会。
私が作ろうとしているのはもちろん推しのぬい! つまりお父様とお母様のぬいよ!
数種の布の中から最も二人の色味に近いものを選び、瞳に使うボタンも納得のいくものが用意されていたので迷うことなく決めることができた。セバスチャンが全て見越して用意していたのでは? と思ってしまうほどの品揃えだったわ。この屋敷の使用人、レベルが高すぎる。
そんなセバスチャンだけど、ぬいぐるみ作りに一切の妥協を許さない。つまり超絶スパルタである。可愛く幼気な五歳児のフィーナちゃんに対してもなかなかに厳しい。
「お嬢様! そこはもっと丁寧に布を重ねてください! 出来上がった後の造形に影響が出てしまいますぞ!」
「それはいけないわね。やり直すわ」
「セ、セバスチャン? フィーナはまだ幼いのだからそこまで厳しくしなくても……」
「いえ! いいのです! セバス、つづけてちょうだい」
「お嬢様の心意気、しかと受け取りましたぞ」
あまりの厳しさにお母様が心配してくれるけれど、いいの。セバスの指導はいわば推しへの愛そのもの。私がお父様とお母様のぬいを作ろうとしていることは彼も承知のこと。そりゃ妥協を許すわけがない。甘んじてセバスの指導を受け入れる所存よ。受けて立つわ!
「クロエ様ぁ、ここがわからないのですが……」
「さっきも教えましたよね? 首の上に乗っているその頭はただの飾りですか?」
ぬいぐるみ制作に燃えたぎる私とセバスの隣では、甘えた声を出すミランダをクロエが冷え切った目で見ている。ミランダってばことあるごとにクロエに質問するものだから、どんどんクロエの言葉が辛辣になっているわ。見ているこっちがハラハラしちゃう。
でも、ミランダはクロエに冷たくされてもめげることなく、むしろ呼吸を荒くして嬉しそうに針を進めている。
まあ、クロエがいつも以上に冷たくなるのも仕方がないこと。ミランダが作っているのも推しのぬい。つまりクロエのぬい。それに気づかないクロエではない。恍惚とした表情で型紙を切るミランダをものすごい顔で見ていたものね。さすがの私もフォローできなかったわ。
というわけで、私はセバスチャンの熱血指導を、ミランダはクロエの氷点下の指導を受けていて、室内はなんとも奇妙な光景となっている。
「なんだか、私の予想とは違うのだけれど……もっとこう、ほのぼのとした場になると思っていたのに……」
チクチクと順調に針を進めるお母様の声は、私たちには届くことなく部屋に溶けていく。
始めこそ困惑していたお母様も、数日も経てばすっかり異様な雰囲気にも慣れたようで、楽しそうに鼻歌を口ずさみながら作業を進めている。適応力が高い。慈しむような目と手つきを見ているだけで心が浄化されるようだわ。
「ぬいぐるみになりたい」
「激しく同意いたします」
自分たちの作業の合間にお母様の様子を盗み見ている私とセバスチャンは、揃って感嘆の息を漏らした。
刺繍が得意と言っていたお母様は、あっという間にコツを掴んですでにセバスチャンの教えが必要ないぐらいサクサクと作業を進めている。根を詰めすぎると疲れてしまうので、毎日決まった時間に集まってぬいぐるみ作りを進めているのだけれど、すでに一つ目のテディベアが完成しそうだ。しっかりと綿を詰めて背中を閉じ、最後に目となるボタンを縫い付けている。
「ふう、できたわ」
そう言って掲げて見せてくれたのは、淡い水色の布で作られたテディベアだった。
「銀の布はないから、用意してもらった中から一番クロヴィス様とフィーナの髪色に近い布を選んだの。同じ色で一回り小さいテディベアを作って、後もう一つ、薄紫色のテディベアも作ろうと思っているの……」
少し照れくさそうに瞳を伏せるお母様。
お父様と私の髪色を模したテディベアと、薄紫色――つまりお母様の髪色のテディベア。
言わずとも、それは私たち家族をイメージしているのだと容易に推察することができた。
「その手があったか……!」
「え? 何? どうしたの?」
グッと唇を噛み締めて机に突っ伏す私を心配そうに見つめるお母様。
推しのぬいを作るのももちろん楽しいけれど、推しを連想させる推しカラーのぬいもまた良し。むしろ想像力を掻き立てる分、違った魅力がある。
そこで私はハッと閃いた。
「指人形サイズでお父様とお母様の色で作ったくまさんだったら、ポケットに入れていつも一緒に過ごせるのでは……?」
「お嬢様、天才ですか?」
ええ、本当に。天啓が降りてきたのかと思った。
私の閃きを聞いたセバスチャンが胸を押さえている。胸ポケットのあたりよ。きっと胸ポケットからひょっこり顔を出す推し色のくまさんを想像しているのね。分かる。分かるわよその気持ち。想像しただけで悶えて床を転がりたくなるその気持ち。執事としての矜持がセバスを踏みとどまらせてくれているのね。えらいわ、セバスチャン。
指人形サイズだったら作るのに時間もかからないでしょうし、もはや屋敷中の使用人が会員となっているクロアネファンクラブに一組サンプルを作って渡しておけば、あっという間に広がるんじゃないかしら? 侍女たちは手先が器用だし、きっと裁縫の心得もあるはずだもの。
メイドキャップやコック帽から覗く推し色のくまたちを想像してつい頬が緩んでしまう。次の会報と一緒に展開したいところだわ。私は推しぬい作りがあるからセバスにサンプル作りをお願いしましょう。きっと二つ返事で承諾してくれるはずよ。
と、ここまで高速で素晴らしいアイデアをまとめ、すべきタスクを箇条書きで脳に刻み込んだ。あとでクロエにも共有しなくては。
私の神がかった閃きをまだ知らないクロエは、依然として甘えた声を出すミランダに氷点下の視線を投げかけていた。




