第五十二話 ぬいぐるみ作りの会、始動
こうしてあっという間に手筈が整い、三日後には色とりどりの布と糸、そしてぬいぐるみに詰めるふわふわの綿や可愛いボタンにレースまで揃ってしまった。
待って、このレースって……今王都で人気のドレスショップ御用達のレースじゃない? 綿だって、最上級のものじゃ……いいえ、深く考えてはいけないわ。考えないようにしましょう。きっとその方がいいわ。
「ふわあ……! キラキラしてきれい!」
ずらりと揃えられた最高級品たちを前にして少し頬がヒクヒクしてしまう。そんな私に対し、フィーナは目を輝かせながら布をあれこれ手に取っている。
「髪にはこの色がいいかしら? ううん、こっちの方が近いわね。色選びから妥協できないわ。糸だってこんなにあるんだもの。燃える……燃えるわ!」
目が本気だわ。そんなにぬいぐるみ作りを楽しみにしてくれていたのね。そう思うと嬉しい気持ちになる。
「私も選ばなくっちゃね」
フィーナと並んで目についた布を手に取って質感や色味を確かめていく。
今回は無難にくまのぬいぐるみ――テディベアを作るつもりだ。生まれてくる赤ちゃんと同じぐらいの大きさも可愛いけれど、初心者だしまずは手のひらサイズのものを作ろうと思っている。色違いでいくつか作って並べてもきっと可愛い。
「ふふっ」
出来上がりを想像して、思わず笑みが漏れてしまう。まだ布選びの段階なのにとても楽しい。
「うーん、クロエ様の髪色に近いのはこっち? それともこっち? 光に透かして見るとまた印象が変わるわね……いやーん、悩む!」
茶系の布を前に身悶えているのはミランダ様だ。
今回ぬいぐるみ作りの会に参加するのは、私とフィーナ、そして講師のクロエと特別講師のセバスチャン。さらに、クロエに教えを乞えると聞きつけたミランダ様がこの場に集まっている。
随分と賑やかになってしまったわ。せっかくだしリューク殿下にもお声掛けしたのだけれど、ぬいぐるみを作るより剣を振っていたいと断られてしまった。
最近は剣の特訓が楽しくて仕方がない様子で、嬉々として訓練場に足を運んでいるのをよく見かける。やりがいを感じているようで見守っているこちらもとても嬉しい。
「お嬢様がお作りになるのはやはり……?」
「ふふふ、もちろんよ。セバス、しっかり教えてちょうだいね!」
「このセバスチャン、持てる知識と技術の限りを尽くしてご助力いたします!」
フィーナとセバスチャンが何やらこそこそと身を寄せ合って話している。並々ならぬ熱量を感じ、私も負けていられないわとやる気が湧き上がる。
赤ちゃんが触れるものだから、肌触りはとっても大事。色味も優しくて柔らかいものがいいかしら。
せっかくたくさん集めてもらったのだから、じっくり選びたい。
「フィーナはどんなぬいぐるみを作るのかしら?」
テディベアの目に使うボタンを選びながらフィーナに問いかけると、フィーナは悪戯っ子のようにニンマリと口角を上げた。
「むふふ……かんせいするまでのおたのちみです!」
「あら……ふふっ、分かったわ。楽しみにしているわね」
フィーナは絵も上手だし、どこか職人気質なところがあるから、きっと手の込んだぬいぐるみを仕上げてしまうのでしょうね。
フィーナの部屋には大きなうさぎのぬいぐるみがあるから、その周りに小さなうさぎを置いてあげても可愛いのではないかしら。去年の誕生日にもうさぎの精霊と戯れていたし、うさぎのぬいぐるみに囲まれたフィーナはきっとたまらなく愛らしいわ。
それとも、ウォルのぬいぐるみかしら? よく一緒に遊んでいる精霊のぬいぐるみの可能性もあるわね。いずれにせよ、完成が楽しみね。
頬を紅潮させながら材料を選ぶフィーナを微笑ましく見守りながら、私は材料選びを無事に終えた。
「布が決まりましたら、型紙を用意いたしましょう。職人からいくつかのパターンを取り寄せておりますので、作りたいものに近しいものをお選びください」
みんながそれぞれ布やボタンを選び終えたことを確認し、セバスチャンがおもむろに数種の型紙を取り出してテーブルに並べた。
動物を模ったものをはじめとし、二頭身の人型のものまである。用意周到すぎて感心してしまう。セバスチャンの本気度合いが窺える。
みんな迷うことなく思い描いた型紙を選び、ようやく準備が整った。
セバスチャンを中心に半円状に作業机と椅子を並べ、各々着席する。
「では、早速始めましょう」
ぐるりとみんなの顔を見回したセバスチャンの瞳がギラリと輝いた。
こうして、ふとした思い付きをきっかけとしたぬいぐるみ作り(若干スパルタ気味)の会が始まった。




