第五十一話 ぬいぐるみを作りましょう
ご無沙汰しております!
本日より第四章を開始しますのでどうぞよろしくお願いします!
フィーナが辺境伯領の中でも国境に程近いナディル村まで赴き見つけてきてくれたソナスの実。
精霊がもたらした幻の果実と言われるだけあり、その効果は絶大だった。
つわりが始まってからずっと纏わり付いていたお腹の底が渦巻く感覚がスッと引き、日によって受け付けなかった食事も取れるようになっていった。
徐々に食事量も元に戻りつつある。とはいえ、食べ過ぎは母体にも胎児にもよろしくはないため、しっかりと屋敷の料理人たちが栄養バランスには配慮してくれている。
フィーナの努力の結晶であるソナスの実と、クロヴィス様の献身的な支えもあり、心穏やかに新年を迎えることができた。
年を越してしばらくしてから、ようやく安定期に入り、つわりもすっかり治ってくれた。
辺境伯夫人として、屋敷の管理を始めとした仕事も再開しているのだけれど、体調第一だと仕事量はクロヴィス様監修の元抑えられている。
それでも、少しでも彼の支えになれていることが嬉しい。寝込んでいた期間が長かったこともあり、これまで以上に仕事が楽しくて仕方がない。
とはいえ、仕事量が減ったことで自分の時間が増えたのも事実だ。
本格的な冬を迎え、外に出る頻度もめっきり減ってしまっている。
フィーナに付き合ってもらって屋敷内を散歩して運動不足にならないように配慮しているが、どうしても手持ち無沙汰な時間が生まれてしまう。
今日もおやつの時間の後にフィーナと屋敷を散歩して、彼女の部屋で他愛のない話をしている。
散歩の後の水分補給のため、クロエとセバスチャンがティーセットを用意してくれている。
そんな中、ふとフィーナの部屋に飾られているぬいぐるみが目に入った。
「フィーナ。ぬいぐるみは好き?」
「え? ぬいぐるみですか? はいっ! かわいくてふわふわでスキです!」
私の問いに一瞬キョトンと目を瞬いたけれど、フィーナはパッと破顔して頬を染めた。可愛すぎないかしら? ぬいぐるみよりもフィーナの方がずっと愛らしくて可愛いわ。
「むぎゅう……お母たま、くるちい……」
「あっ、ごめんなさい。フィーナが愛おしくて、つい」
「むぎゅう」
自分でも無意識のうちにフィーナを抱きしめてしまっていたわ。
慌てて解放するも、フィーナは胸を押さえたまま身体をあらぬ方向に捻っている。痛くないのかしら? すごいバランス感覚だわ。
それより、ぬいぐるみよ。
「赤ちゃんのために、ぬいぐるみを作ろうかしら……」
ふと浮かんだ考えを口にすると、百面相をしていたフィーナが目を輝かせた。
「ぬいぐるみを⁉︎ 作れるのですか⁉︎」
期待と好奇心に満ちた目で見つめられ、思わず笑みが溢れる。
「ええ、簡単なものなら作れると思うわ。元々編み物は得意なのよ。最初は帽子やマフラーを編もうかと思ったのだけれど、出産は初夏でしょう? その頃には暑いものね。ぬいぐるみだったら、季節に関係なく使えると思うのだけれど……」
あまりに突拍子もないかしら。材料も何も用意していないものね。型紙だって用意しなくっちゃ。まずはそこからだわ。
「ぬい……ぐるみ……」
これから必要になるだろうものを頭の中でリストアップしていると、フィーナが焦点の定まらない目をしながらブツブツと低い声で呟いている。
「推しのぬい……? 手作りでこの世に生み出してしまう……? え、グッズ的なものは諦めていたけど自給自足すればいいだけの話よね。そうよ、絵だってそうだもの。どうして今まで気づかなかったのかしら。え? 作るしかなくない?」
「え、ええっと……フィーナも一緒に作ってみる? 私、娘と一緒に編み物をするのが夢だったのよ。今回はぬいぐるみだけど、一緒に作るときっと楽しいわ」
「やります。今すぐはじめましょう」
少し照れながら密かに抱いていた夢を語る。するとフィーナはスンッと真顔になり、落ち着いた声音で前のめりに答えてくれた。前のめりすぎて私が少したじろいじゃうぐらい。
「えっ、えーっと、まずは布とか糸、それに綿なんかを用意しないと……」
「最高級のものを今すぐ手配いたします」
「セバスチャン⁉︎」
材料を指折り挙げていると、静かに茶器を片付けていたセバスチャンがものすごく凛々しい顔つきでそう言った。セバスチャンがこうして会話に入ってくるのは珍しいので、色んな意味で驚いてしまう。
ポカンと呆けている間にも、セバスチャンは饒舌に語り始める。
「糸と布は街の服飾店から取り寄せましょう。ぬいぐるみに詰める綿は綿花が特産の隣の領地に掛け合いましょう。きめ細やかでふっくらとしておりますので、ぬいぐるみに詰めるにはピッタリの品質かと」
「ず、随分と詳しいのね……材料のことはセバスチャンに任せるわ。それと、ぬいぐるみ作りは初めてだから、ぬいぐるみの作り方を説明した本があると助かるのだけれど」
「その必要はございません」
「え?」
今度は沈黙を守っていたクロエが口を開いた。クロエもとても凛々しい顔をしているわ。
「私が皆様にお教えいたします」
「クロエ、ぬいぐるみを作れるの⁉︎」
「侍女の嗜みでございますゆえ」
「侍女とは……?」
困惑が止まらないけれど、サポート体制は万全の様子。
「不肖セバスチャンも助力いたします」
セバスチャンがいい笑顔で胸ポケットから取り出したのは、随分と使い込まれたソーイングセットだった。
「持ち歩いているのね……」
「ほっほ、孫娘にせがまれてよく縫い物をしたものです。もちろんぬいぐるみの経験もございます」
なんてこと。ぬいぐるみ作りの経験者がこんなに近くにいたなんて。しかも複数。
「クロエもセバスも本気ね……私も負けていられないわ!」
フィーナはなぜか闘志を燃やしている。一体何に負けたくないのだろう?
第三章〜収録の第2巻が12/10に電子配信されます!
WEB版から改稿を重ねてとっても読みやすく仕上がりました!
WEB未収録のエピソードや番外編も書き下ろしておりますので、
WEBとの違いもお楽しみいただけると嬉しいです( ^ω^ )




