第四十五話 ナヴェル村へ ◆sideフィーナ
翌朝早く、屋敷の前にはナヴェル村に向かう面々が集っていた。見送りに出てくれているのは、お父様とセバスチャンだ。お母様にはすでに出発の挨拶を済ませている。もしかすると部屋の窓から見送ってくれているかもしれない。
「では、行ってまいります!」
「本当に大丈夫か? やっぱり、今からでもやめた方がいいんじゃないか?」
お父様ったら、今更になってそんなこと言われましても。
私は元の大きさに戻ったウォルの上から、心配そうにこちらを見上げるお父様に微笑みかける。
「だいじょうぶです。ひとりじゃありませんし、ウォルもいましゅので!」
「そ、そうかもしれないが……ううむ、やはり心配だ……」
落ち着きなくウロウロし始めたお父様の背中を、セバスチャンがビシッと叩いた。
「主人が毅然とした態度で見送らずにどうするのですか。お嬢様の覚悟をご覧なさい。あなたは皆の無事を信じて待てばいいのです」
「セバスチャン……ああ、そうだな。フィーナ、無理だけはしないように。アネットのことは俺に任せろ」
「はいっ! お母たまのことはおまかせします!」
二人に向かって大きく手を振りながら、私たちは出発した。
ウォルは風と同化して走ることができるから、本当は馬よりもずっと速いんだけど、私以外は馬に乗っているから速度を合わせてくれている。
まだ冬の始めとはいえ、空気は冷たく、防寒をしていなければ肌を針で刺されるような痛みが伴ったことだろう。私とミランダ、そしてリューク殿下は、しっかりと厚手のコートを着て、頭には耳まで覆うタイプのニット帽を深く被っている。
護衛してくれる騎士のみんなは騎士服だけど、アンソン辺境伯領の冬は厳しい寒さになるため、騎士服もしっかりと冬仕様で用意されているので安心だ。今回護衛についてくれる騎士たちはみんな精霊の加護を受けた優秀な騎士たちだから、ソナスの実探しもしっかり手伝ってもらう予定よ。
ミランダとリュークは、それぞれ騎士と同乗しているので、ウォルと五頭の馬が颯爽と舗装された道を駆け抜ける。軽快な蹄の音が耳を楽しませてくれる。しばらく進んだら休憩を取って、いずれ足場の悪い道へと入っていく予定だ。
「ウォル。走りっぱなしで大変だけど、よろしくね」
『ウォルッ!』
ウォルが疲れているところを見たことはないけれど、何せ半日近くかかる道中だ。ウォルだけでなく、他の馬やミランダたちの様子をしっかり気にかけておかないとね。
ちなみに、不思議なことに手綱がなくても私がウォルの背中から振り落とされることはない。恐らく、風の精霊の加護を授かっているからだと思うけど、私の身体はしっかりとウォルの背に吸い付いてくれている。それに、風が私たちの周りを避けてくれるみたいでなんだか面白い。
予定通り数回の休憩を挟み、私たちは昼下がりにナヴェルの村に到着した。
◇
「ようこそ、ナヴェル村へ。私が村長のデイルです」
お父様が昨日のうちに早馬を出してくれていたので、私たちが到着した時に村長が出迎えてくれた。畑仕事をしているからか、年齢はセバスチャンぐらいに見えるけど、ガッチリとした筋肉が逞しいおじさまだ。
「お疲れでしょう。軽食を用意しておりますので、こちらへどうぞ。馬も疲れているでしょうから、村の者が世話をします。お任せください」
村長の申し出をありがたく受け、騎士たちが馬を預けに行った。私たちは先に建物内に案内され、サンドウィッチとスープをご馳走になった。
食事をしながら、ミランダが村長にソナスの実についていくつか聞いてくれた。
「ソナスの実は、近年では幻の果実と呼ばれるほど発見が難しくなっております。我々もよくて年に数度見つけられるかという収穫頻度です。昔は群生地を見つければ、たわわに実ったソナスの実をありがたく頂戴したものです」
「そうですか……」
「領主様より連絡をいただき、今年ソナスの実が見つかった場所に印をつけました」
村長がそう言いながら取り出したのは、村近辺の地図だった。ところどころに赤い丸が付けられている。
「この村の近くの森は深いですのでお気をつけください。森を抜ければ隣国との国境です。小さなお子様もいらっしゃることですし、あまり森の奥深くには入り込まれぬように」
「わかりました。ありがとう」
ミランダが終始にこやかに対応してくれたけれど、子供達と言われて少しだけドキリとしてしまったわね。
リュークはあまり社交にも出ず、行事ごとにも最小限しか参加してこなかったので、あまり顔を知られていない。ここは辺境の中でも国境沿いに位置する村なので、リュークを知る者はいないはず。だから、リュークの本当の身分をあえて知らせる必要はないのだ。
そもそもリュークがアンソン辺境伯領に滞在していることも、王家に近しいものしか知らない。
王都にいた頃に様々な思惑に利用されそうになっていたリュークに平穏な日常を過ごさせたいという国王陛下の計らいでもあるが、無闇に所在地を明かして政敵に狙われることを防ぐという理由もある。
チラリとリュークに視線を向けると、少し表情は硬いけれど、澄まし顔でスープを口に運んでいる。
「すでにご存知かと思いますが、現在我が村では貯水湖の公共工事を進めておりまして、村の外の者にも希望者を募って作業を進めております。ソナスの実については村の者でなければ詳細を知りませんので、気になることがあれば遠慮なく私にお尋ねください」
「助かります」
村長は深々と頭を下げると、奥へと下がっていった。
今回の探索はウォルを中心に行うことになっているので、基本的には私たちだけで探す予定なのだ。
騎士たちも含め、全員が食事を終えて一息ついてから、私たちは早速広大な森へと向かった。




