第三十五話 推しカプの赤ちゃん! ◆sideフィーナ
私は今、前世含めた人生の中で一番幸せを感じている。
「はぁ……推しカプに赤ちゃんができるなんて……この世に生まれてよかった!!!」
お母様の部屋で医師の診断結果を聞き、喜びを分かち合った後、私とクロエは自室に戻ってきていた。お母様とお父様は、今後気をつけるべきことや、心がけることについて医師から説明を受けている。
中庭に居合わせたリューク殿下とミランダが部屋の前で待っていたので、緩み切った顔で妊娠のことを伝えた。二人はアンソン辺境伯領に滞在しているので、遅かれ早かれ耳に入るだろう。それに、二人も中庭にいたのだから、隠してもきっと無駄だ。
中庭でお母様がうずくまってしまった時は生きた心地がしなかったけれど、まさか妊娠だなんて……
「あら、おめでたなの? よかったじゃない!」
「そうか、病気や怪我でなくてよかった。ふむ、フィーナに弟か妹ができるのか……」
そう、そうなの! 私に弟か妹ができるのよ! しかも推しカプの子供よ!
原作だとすれ違いにすれ違いを重ねて離縁する結末を迎える二人が、子宝に恵まれるなんて……フィーナとして頑張って二人の後押しをしてきた甲斐があるというものだ。とても感慨深いものがある。
お父様とお母様の遺伝子を受け継いだ子供が生まれる。つまり天使の爆誕!
お父様や私に似た銀髪? それとも、お母様に似た薄紫色の柔らかな髪?
瞳の色はどっちに似るかなあ……むっふう、想像しただけで可愛いが弾けちゃうわ!
でへへ、と蕩けそうな頬を両手で支えていると、なぜかぷくりと片方の頬を膨らませたリューク殿下と目が合った。
「リューク殿下? どうかしましたか?」
「いや、赤子が生まれたら、フィーナはきっと赤子に夢中になるのだろうと思ってな」
「そうですねえ〜。むふふ、だって大好きなお父様とお母様の子供だもの! 可愛いに決まっているもの!」
至極当然のことを言われて頷くも、リューク殿下が拗ねている理由がさっぱり分からない。
首を傾ける私を見かねて、ミランダが口を挟んできた。
「はあ、鈍いわねえ。殿下はね、あなたが赤ちゃんのことで頭がいっぱいになって、殿下や私と遊んでくれなくなることを危惧されているのよ」
「なっ! そ、そんなことは……!」
ミランダの言葉に、リューク殿下の顔が茹蛸のように真っ赤に染まった。
「え、そうなのですか? 心配しなくてもこれまで通り一緒におやつを食べましょうね!」
「う、うむ……」
なんだ、友達が取られる心配をしていたのね。殿下ったら可愛いところあるじゃない!
思わずニコニコしてしまうが、ミランダとクロエが残念なものを見る目でこちらを見ているのが解せない。大丈夫よ、ちゃんと二人との時間も大切にするもの。安心して!
それにしても、私は超絶可愛い天使のお姉ちゃんになるってことなのよね……
「生まれてくる子供を守るために、とりあえずは手っ取り早く武力を身につけるべき? 私がこの世のすべての脅威から守ってみせるわ! そうと決まれば、クロエに護身術でも習おうかしら」
「お望みとあらば、手加減はいたしません」
うん、手加減なしのクロエの指導に耐えられる気がしないわ。目が本気よ。獲物を狩る肉食獣のような鋭い眼光をしているわ。この案はなしね。私はまだまだ生きて推し活に励みたいもの。
やっぱり遠慮するわと伝えると、クロエは少し残念そうにしていた。すでに特訓のメニューを頭の中で組み立てていたのかもしれない。危ないところだったわ。
そんなやり取りをする私たちを見守っていたミランダが深いため息を吐いた。
「二人とも、脳筋すぎでしょ。あ、もちろんクロエ様は素敵ですわよ! とにかく、いつも通りでいいんじゃない? アネット様はあなたがいるとはいえ、初めての妊娠でしょう? 不安に決まっているのだから、あなたはいつも通り構えてアネット様の心を癒してあげなさい」
「あらミランダ、いいこと言うじゃない。ちょっと見直したわ」
「何よ」
やいやい言い合っている私たち、もとい私の顔をリューク殿下が物言いたげにジッと見つめている。
「どうかしましたか?」
このままだと私のプリチーな顔に穴が空いてしまうので、リューク殿下に視線を向ける。
殿下はハッとして少しワタワタと躊躇っていたが、意を決した様子で咳払いをした。
「以前から気になっていたのだが……どうしてフィーナは両親の前で猫を被っているのだ?」
ちょっと! 語弊しかないと思います!
私の愕然とした顔を見て、リューク殿下は慌てて言い直した。
「い、いや、言い方が悪かった。すまない。あー……どうして両親の前では幼子のような話し方をするのだ?」
「幼子だもの」
キュルン、と眉を下げて両手を顎の下に持っていく。
リューク殿下は、「うっ」と言葉を詰まらせて一歩後ろに下がった。なぜ。
「僕たちの前では饒舌すぎるほど話しているではないか。極端すぎてわざとらしくはないか?」
「はっ……!」
リューク殿下の言葉は、私に大きな衝撃を与えた。今度は私がよろりと一歩後ずさる。
「た、確かに、私はもう五歳の立派なレディだものね……フィーナちゃん、ちょっぴりお姉さんモードにバージョンアップする時が来たのかしら? そうよね、赤ちゃんが生まれたら本当にお姉さんになるんだもの!」
いつまでも舌足らずな話し方をしていたら、お父様もお母様も心配するかもしれないわ。
これを気に、少しだけハキハキと喋ってもいいかもしれないわね。気づきを与えてくれたリューク殿下に感謝だわ。
満面の笑みでお礼を言うと、殿下はフイッと顔を背けてしまった。だから何で。
そのあとは、生まれてくる赤ちゃんは男の子かな、女の子かな、と幸せな未来に想いを馳せながら談笑を楽しんだ。




