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act.15 幸せな結婚式

またも更新の間が開いてしまいましたこと、お詫び申し上げます。








 それから数カ月が過ぎた。

 戻ると約束した以上、セシリアはあまり長く領地に引っ込んでいることをやめ、王都へ戻ることにした。

 何しろ式までにやらなければならないことはたくさんあるのだから、いつまでたっても逃げてばかりもいられない。

 王都に戻ってきたセシリアをクレイグは歓迎をし、時間の関係から王宮の一室に住まうこととなった。もちろん未婚の女性ということを考慮して、ロレッタが住まう離宮に案内された。

 そして始まったのが式で執り行うための作法の勉強と練習であった。

 貴族としての作法を一通り習っているセシリアであっても、厳格な王族の式のやり方など分からない。そのため一番まじめに取り組んだのは、やはり礼儀作法やダンス、そして式の段取りの打ち合わせだった。

 元王族としての記憶を持っているだけでなく、前世でカミラとして式を経験していたセシリアだったが、やはり現代とはやり方がだいぶ違うと認識させられた。まして、王族から遠ざかり、不自由なく暮らしてきたセシリアにとって、多くの民衆が見ている中に行われるため、頭だけでなく体にも叩き込まなくてはいけなかった。

 もう嫌だと、何度もくじけそうになるセシリアを精神的に支えてくれたのは、実はクレイグではなかった。

 同じように王族へと嫁いでいたロレッタの助言があったからこそ、セシリアは何とか結婚式当日を望むことが出来たのであろう。だからであろう、セシリアはロレッタであればどんな内容でも相談することが出来るほど親密な仲になった。

「無事に明日、結婚式を執り行えそうですね」

 にっこりと微笑んだのは、宰相であるラングレーだ。彼の指導のもと、セシリアはクレイグとの婚礼の準備を行ってきた。

聞けばロレッタも同じようにラングレー直々に指導を受けており、厳しい彼のレッスンのおかげで無事に皇太子妃として迎えられたらしい。しかし、あまりの厳しさに涙がこぼれたのはいうまでもない。

当時の記憶も思い出したらしく、普段とは違いロレッタの感情が高ぶることで、二人の意思が重なり、愚痴をこぼしてしまったセシリアはきっと悪くないだろう。

「ありがとうございました」

 ぐったりとした表情を隠せず、セシリアは目の前のラングレーにお礼の言葉を乗せる。

「午後からはゆっくりとお休みください。さすがにその顔色で式に臨まれるのは、民衆が心配いたしますからね」

「そうですね」

「では、失礼します。明日は早朝より準備に取り掛かりますので、そのつもりでよろしくお願いします」

 宰相としてもともと忙しいラングレーは、セシリアのこともかかりきりになり、時間に追われるようになっている。何しろ普段から分刻みに行動していたとロレッタから聞いていたので、最初は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

しかし、これも仕事のうちだと忙しさを見せず、厳しい中にも情を感じさせるラングレーに好感を持ち、立派な淑女として恥をかかないようにと指導をしてもらい、少しだけ淑女として自信を持つことが出来た。けれど、ラングレーとの濃い時間を過ごしてきたセシリアは、彼が先生として接するときは苦手になっていた。

「セシリア様、お茶をお持ちいたしました」

「エミリー、ありがとう」

 退室したラングレーと入れ替わりに部屋に入ってきたのは、ともに王城入りを果たした侍女のエミリーだ。一人だけ侍女を連れてもいいというクレイグに、セシリアはエミリーを選んだ。

「お疲れのようですね。午後は少しだけ午睡をされますか?」

「そうね、ええ、そうしようかと思うわ」

 連日の忙しさから、セシリアは夜が眠れなくなっていた。まだ昼のほうが仮眠をとれるので、エミリーも時間を見つけるたびに休憩を促している。

 温かいお茶を飲みながら、ついに明日が来てしまうのだとセシリアは緊張してきてしまう。日に日にとらえようのない感情がセシリアの胸を脅かす。

 そこへ、ノックが聞こえてくる。対応したエミリーが華やかな笑みを浮かべているところをみると、相手は。

「皇太子妃様です。どうぞ」

 本日の装いも華やかなロレッタが顔を見せた。

「緊張をされているのではないかと思い、休憩中とは伺っていたのですが来てしまいましたわ。お時間は大丈夫ですか?」

 自身も時間がないだろうに、それでも不安の押し迫るセシリアのためにちょくちょく顔を見せてくれるロレッタの優しさが嬉しくて、先ほどの疲弊を押し隠し立ち上がる。

「ありがとうございます、皇太子妃様。どうぞこちらへ」

「すぐに帰りますから、お茶はいいですわ」

 エミリーにそう伝えてから、ロレッタはセシリアに進められたソファーに座る。

「やっと宰相様から及第点を頂けましたの」

 そう切り出したセシリアに、ロレッタが苦笑する。

「あの方は厳しいので、大変でしたでしょう」

「もしかして、皇太子妃様もですか?」

「もちろんですわ。式の当日までいただけないのかと不安になり、夜も眠れなくなりましたもの」

「まあ、同じです」

 品の良い笑みを浮かべるロレッタに、セシリアも口元を緩める。

「失敗をされても大丈夫ですわ、クレイグ様がしっかりとフォローしてくださいますもの。だから完璧にこなそうとはなさらないで下さいね」

「はい」

「それから、はい、こちらをセシリア様に」

 立ち上がったロレッタが、セシリアへ近づくとふわりと頭に何かをかぶせられた。

「これは?」

「花冠ですわ。花瓶の花を見つめていたら、急に作りたくなりましたの。ふふふ、実はセシリア様がクレイグ様に内緒で色々と画策されていると聞いて、いてもたってもいられずに押しかけてしまいましたの」

「お聞きになられましたの?」

 顔をこわばらせるセシリアに、ロレッタが膝を折り曲げて顔を近づけてくる。まるで内緒話をするように。

「ごめんなさい。でも、クレイグ様には知られていませんわよ」

「皇太子妃様でしたら知られてもかまいません。ただ、私のやろうとしていることを理解はできないとは思いますが」

「大丈夫よ、理解しようとは思っておりませんもの。ただ、お手伝いをしたいなと思いましたの」

「まあ」

「この花冠があれば、そうやすやすとベールが飛ぶことはないと思いますの。だから」

 いいたいことがわかり、セシリアは意地の悪い笑みを浮かべる。

 厳重な緘口令を出してクレイグにだけは花嫁衣装を見せることを拒否した。当時の楽しみに取っておいてほしいと誤魔化して。けれど、ロレッタにはそんな指示は出していないので、見ることは可能だろう。

「ありがとうございます。使わせていただきますわ」

「あら、嬉しいですわ。ところで、宰相様はお気づきなのですか?」

「いいえ、秘密なのです。さすがに女官長にはお話しているのですが、悪乗りをして下さったみたいで宰相様のお耳にまではいかなかったようです」

「ふふふ、皆さまの反応が楽しみですわね」

 何をするつもりなのかわかっていないけれど、内緒の企みに加担できたようで、ロレッタは明日が楽しみで仕方ないようだ。

「では、そろそろお暇をさせていただきますわね」

「もうすですか?」

「ええ。明日のお式、楽しみにしておりますわ」

 祝福を、と手を握ったロレッタの温かい気持ちをもらい、セシリアは少しだけ気持ちが落ち着いてきたことに気づく。

「ありがとうございます」

 優しさを受け取ったようで、明日は気負いせずにセシリアは式に向かうことが出来そうだった。


 次の日。晴天で迎えた結婚式の当日は、眠りは浅かったものの普段よりもよく眠れたセシリアは気分よく目を覚ますことが出来た。

 女官たちに式の支度を整えられていく中、セシリアは鏡に映る自分の姿を見つめながら感嘆する。

 本当に素晴らしい出来だわ、と。

 自身が望んだこの姿とはいえ、本当に女官たちの仕事に感服する。

「素敵ですわ、セシリア様」

 口々に褒める女官たちに、セシリアはありがとうと感謝の気持ちを込める。

 分厚いベールを頭からかぶり、花冠で固定させる。これでベールが飛ぶことはないだろう。

 後は式の最後にクレイグがベールを外すまで、セシリアはこの状態でいる。

 緊張して固まった顔色を皆に見られなくて済むのは本当に助かるという気持ちでいっぱいだ。

「セシリア様、参りましょう」

 女官長に促され、セシリアは小さく頷く。ついにこの日が本当に訪れてしまった。

 絶望感はさほどなく、むしろどうなるのだろうかと高揚感で胸がいっぱいだ。

 厳粛なムードの中、滞りなく式は進む。

 先に待っていたクレイグとともに祭壇へと歩いていき、枢機卿が式を進めていく。

 そして最後、互いに誓いの言葉と署名を終えると、クレイグが白いベールを花冠とともに外していく。

 現れたセシリアの笑顔に、クレイグは息をのんだ。

 口元で小さくカミラ、と呟いたように見えた。疑ったことは一度もないが、それだけで本当にクレイグがライアンの生まれ変わりなのだとわかる。

「愛しているよ、セシリア」

 耳元で囁いてから、クレイグが誓いのキスを送った。厳粛なムードにはそぐわない長いキスに周囲は少しだけざわめいたものの、終えた二人は小さく笑いあう。

 その言葉をカミラとして受け取りたかった気持ちと、セシリア自身に向けて口にしたクレイグの気持ちに、すっと気持ちが楽になっていくのを感じる。

 記憶を取り戻していくたびに渦巻いていた多くの感情が、この瞬間に解放されたような気持ちを味わう。

 滞りなく終わった式は、最後にクレイグとセシリアが民衆に向かって王城のバルコニーから手を振って終わりを迎える。

 失敗をすることなく、セシリアはクレイグとの婚礼の儀式を終えることが出来た。


 その夜、無事に晩餐も終えて部屋に戻ってきたセシリアは、初夜に相応しい格好へと女官たちに彩られていく。

 やってきたクレイグとおそろいの夜着に着替えているのを見て、少しだけ体が強張ってしまう。

 二人だけになった部屋に、セシリアが小さく反応したことで、クレイグは少し離れた場所に立ったまま動くことが出来なくなった。

「私はセシリアを愛しているよ」

 と囁くクレイグに、セシリアも小さく頷く。今のセシリアはクレイグの気持ちを疑うことはない。

「あの日のやり直しをしていたって、気づいた?」

「勿論、すぐに気付いた。だからこそ、驚いた」

「あのときと違って、すぐに私だとわかった?」

 式の時の化粧はカミラではなく、悪だくみをしたレティスを模範したものだ。

「当然、気づいたよ。レティスに似せてはいたけれど、カミラだとわかった。だからこそ、私は君に問われていたのだとわかった」

 一歩ずつ近づいてくるクレイグに、セシリアは微笑む。

 セシリアの顔立ちはどこにでもいる平凡な作りだと思っていたが、化粧を施していくうちにレティスやカミラに似ていることに気づいたのだ。特に目元が似ている。

「試されたのだね、本当にセシリアを愛しているかどうかを」

「そんな私を、卑怯だと思う?」

「いや。正直なところ、助かったよ。私は何をしたらセシリアに愛情を示すことが許されるのかわからなかったから」

 触れるだけのキスを送られ、セシリアの瞳から涙があふれる。

「ありがとう」

 過去から解放されたような感覚を、もう一度味わう。

 それと同時に、クレイグとライアンも似ているようで似ていないのだと感覚で感じ取ることが出来た。

「――でも」

 涙を拭うクレイグの手の優しさを感じながら、セシリアは微笑む。

 今すぐにでも手を出そうとしていたクレイグは、その笑みが嫌なものにしか感じ取れない。

「私はクレイグを愛していないわよ?」

「そうだね、知っているよ」

「だから、これから私があなたを愛することが出来るように、頑張ってね」

「……努力します」

 苦笑してうなだれるクレイグ。

「君に勝てるのは、いったいいつになるのかな」

「ふふ、そんな日が来るといいわね」

 そう言いながらもセシリアはクレイグの首に腕を回す。

 本心は怖くて逃げだしてしまいたいけれど、このまま終わらせるわけにはいかない。

 この気持ちがまだクレイグにはなくても、セシリアは彼の花嫁になったのだから。

「今の俺にそれをやると、後悔するぞ」

「しないわよ、後悔は。ものすごく怖いけれど、後悔だけはしないわ」

 小さく震えるセシリアに、クレイグはどうするべきか悩む。けれど結論からいえば、このまま手を出さずにいる自信はクレイグにはない。

 せめてこれ以上怖がらせないように優しく抱きよせる。

「あの日のやり直しをさせてほしい」

 恐怖に震えながらも、これからのことをしっかりと決意しているセシリアを感じ取り、クレイグは過去を反省しながらも夜着に手を触れた。












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