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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
三章 幼年学校で勉強します!(一年生編)

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20.ワイバーンステーキ

 ワイバーンの捌き方。

 そんなものを私もお兄ちゃんもファンヌもヨアキムくんも、知るはずがない。カミラ先生とビョルンさんも同じだったようで、地面に血を流しながら息絶えているワイバーンに困り切っていた。

 急遽オースルンド領の領主の屋敷に連絡を入れて、料理人に来てもらう。長い首を伸ばし、力なく腕と一緒になった翼を伸ばして倒れているワイバーンを見て、料理人も驚いたようだった。


「新鮮なうちに食べないと臭みが出てきますからね……どうしましょうか」

「捌き方を教えてくださると嬉しいんですが」

「初心者には難しいですよ。お屋敷に持ち帰りましょう」


 料理人でも一人では捌き切れないと判断して、ワイバーンはオースルンド領のお屋敷に運ばれた。潰れた庭の草花や血で汚れた庭を後で掃除するのが憂鬱だが、ワイバーンの料理はしたことがないので、若干私はワクワクしていた。

 血まみれのファンヌを着替えさせて、カミラ先生が全員を移転の魔術でオースルンド領のお屋敷に連れて行く。庭に大きなシートを敷いて、その上で解体が始まっていた。


「肝臓と心臓はとくに美味しいんですよ。このワイバーンは大きいから、心臓も肝臓も大きいですね」


 さすがに料理人はプロである。大きな鉈のような刃物を振るって固いワイバーンの皮を剥ぎ、内臓を取り出して洗い、血抜きをして肉を骨から外していく。

 大量の肉は早めに消費しなければ臭みが出てしまうという。


「カミラ、ビョルンさんから聞きましたよ。赤ん坊ができたそうですね」

「本当に良かった。今日は領主の屋敷の庭を開放して、ワイバーンのバーベキューでお祝いしよう」


 さすがカミラ先生のご両親、慣れた様子でワイバーンが捌かれるのを受け入れてしまった。


「オースルンドのドラゴンの祠ですが、ファンヌちゃんが伝説の武器を引き抜いてしまって、それをイデオンくんが手伝ったようで、二人を守護するとドラゴンが言っているのですよね」

「ルンダールには得難い守りとなるでしょうね」

「ドラゴンの常識とひとの常識が合わずに困ることがあるだろうが、その辺はカミラが頑張るしかないだろうな」


 小さなファンヌや私では、ドラゴンを説得することはできない。

 お兄ちゃんのお祖母様とお祖父様はちゃんと分かってくださって、カミラ先生を信頼して任せていた。

 夏の蝉時雨の中で汗びっしょりになってワイバーンを捌いてくれた料理人さん。

 捌かれた肉が分厚いステーキとなって、炭火の網の上で焼かれる。オースルンド領領主の庭が開放されてワイバーンが振舞われると聞いて、人々が集まって来ていた。


「ワイバーンだって?」

「一生に一度食べられるかどうか分からない、高級食材だぞ」

「本当に食べられるの?」


 厨房の他の料理人と協力して捌いていた料理長も、次は慌ただしく焼きに入る。塩コショウをして香草を散らして焼くだけで、充分美味しいし、栄養価も高いというのだ。


「カミラ様とビョルン様とオリヴェル様とイデオン様とファンヌ様とヨアキム様には、屋敷の中で特別メニューがあります」


 促されて屋敷に入ると、お兄ちゃんのお祖父様とお祖母様と食卓に着く。

 ワイバーンの心臓のステーキはシンプルに塩コショウと香草だけ、肝臓、つまりレバーはワインビネガーと香草で臭みを消して小麦粉をはたいてソテーしてある。

 巨大な腕が翼になった首の長い竜型の魔物を食べる。抵抗がなかったわけではないが、お肉になってしまうと、あの恐ろしい乱食いの牙も、濁った眼も忘れてしまう。

 初めに食べたのはファンヌだった。


「おいしい! ステーキ、こりこりしてるの!」

「おいちーねー」


 心臓のステーキを私も食べてみるが、独特の歯ごたえがあって臭みも少なく、とても美味しい。


「心臓は常に動いている筋肉ですから、歯ごたえが良いんだよ」

「ワイバーンなんて久しぶりに食べるわ。カミラが獲って来てくれなくなったから」

「私がワイバーンを軽々しく捕縛していたような言い方はやめてください」


 お兄ちゃんのお祖父様とお祖母様の言葉に、カミラ先生が真っ赤になっている。さすがはワイバーンを一撃で仕留めると噂された「魔女」だけはあって、過去にワイバーンを捕えて来たことがあるようだった。


「あのときも料理長たちが大変で」

「おかげで、今は慣れたものよね」

「ビョルンさんの前でやめてください」


 お兄ちゃんのお祖父様とお祖母様の懐かしそうな会話は、カミラ先生にとっては恥ずかしいもののようだった。怯えるどころか、ビョルンさんは目を輝かせて聞いていると言うのに。

 レバーはワインビネガーの酸っぱい味付けがアクセントになっていて、どれだけでも食べられそうだった。

 ソースまでパンにつけて食べ終えたファンヌは誇らしげな顔をしている。


「わたくしのでんせつのぶき、おじいたま、おばあたま、みる?」

「見せてくれるの?」

「じゃーん!」


 子ども用の菜切り包丁に鞘が付いているようにしか見えない伝説の武器でも、ファンヌが自信満々に見せるとお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様は驚いてくれていた。


「イデオン、またドラゴンさん来たらどうしようね」

「カミラせんせいがいるときならいいけど……」


 カミラ先生がいないときや、お腹が大きくなって動けないときにドラゴンが来たらどうすればいいのか。お兄ちゃんに分からないことが、私に分かるはずがない。

 帰ったら庭の片付けがあるというだけで、陰鬱な気分になってしまうのに。

 食べ終えると料理長にお礼を言って、残りの肉の処理は任せて、私たちは別荘に戻った。

 もうすぐ帰るつもりだったからこそ、血まみれで草花の踏み潰された庭をそのままにしておくことはできない。

 血は洗い流して、草花は修復できそうなものはして、できないものは一度刈ってしまう。借りた別荘なのだから綺麗にして戻さなければいけない。家の中ではビョルンさんがファンヌの血まみれになった服と格闘していた。


「染みが抜けないなぁ……」

「ごめんなさい。つぎは、エプロンをつけてやります」

「次がないといいんだけどね」

「よーも、エプロンつける」

「ヨアキムくんは、挑もうとしないでね?」


 聞こえてくるファンヌとヨアキムくんとビョルンさんの会話に、不安にならずにはいられなかった。

 ワイバーンの肉のローストビーフならぬローストワイバーン。庭の片付けが大変だろうと料理長さんがお土産に持たせてくれたお肉でサラダを作って、それをお昼ご飯にした。片付けや洗濯でお昼ご飯を作っている暇がなかったので、料理長さんの心遣いは非常に助かった。

 なんとか庭も見られる状態にして、部屋の片付けも終わって、私たちは夕方のお茶の時間にオースルンド領のお屋敷のお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様に別荘の鍵を返しに行った。

 お屋敷の庭では、まだバーベキューが続いていて、ワイバーンの肉を食べたいひとの行列ができていた。肉はまだまだあるようなので、みんなに行き渡るだろう。


「波乱はありましたが、楽しい新婚旅行でした。ありがとうございました」

「嬉しい報告も聞けたし、私たちも良い時間を過ごせたよ」

「またいつでも遊びに来てね」


 お兄ちゃんは実はもう一人で移転の魔術が使える。だからいつでもオースルンド領に行くことができるのだが、私の手を握って答えていた。


「イデオンとファンヌとヨアキムくんとまた来ますね」

「孫たちの顔が見られるのを楽しみにしてるよ」


 私たちのことも孫と思ってくれる優しいお兄ちゃんのお祖父様とお祖母様。二人に感謝と「またきます」ということを告げると、順番にハグされた。抱き締められて胸が暖かくなる。

 両親はアンネリ様を毒殺したような大罪人で、私は両親には恵まれなかったようだが、こんなに優しいひとがいてくれる。その有難さを忘れないようにしなければいけないと心に誓った。

 お屋敷に久しぶりに戻ると、リーサさんが待ちわびた様子だった。


「ファンヌ様もヨアキム様もいなくて、寂しかったんですよ」

「リーサさん、ただいま」

「たらいま、リーサたん」


 私が幼い頃には両親にも邪険に扱われて、子どもを産んだこともないのに押し付けられた乳母の仕事がつらくて泣いている姿をたくさん見たリーサさん。それが今はファンヌとヨアキムくんの帰りを待ちわびてくれるようにまでなっている。


「あのね、カミラてんてー、あかたんができたの」


 ヨアキムくんに耳打ちされて、リーサさんの表情が変わった。


「では、わたくしは、お二人の赤ちゃんの乳母になれるのですね」


 元はお兄ちゃんのメイドで、貧しい家から買われて来たというリーサさん。リーサさん自身のことをそんなに聞いたことがなかったが、ずっと私たちに尽くしてくれているし、リーサさんの幸せがあってもいいのではないだろうか。

 ほんの少しだけ考えて、6歳の私にできることがないかと、私はお兄ちゃんに相談してみる気でいた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 初めまして、つい昨日読み始めたばかりの新参読者です。 実は以前から気付いていたのですが、ファンヌちゃんがかっこよくて非常にときめいてしまいます。勿論イデオンくんも最高にプリティーで繊細な機…
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