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お兄ちゃんを取り戻せ!  作者: 秋月真鳥
二章 呪われた子を助けながらお兄ちゃんと楽しく暮らします!

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22.男同士の内緒話

 数日後、カミラ先生に呼び出されて、セバスティアンさんに案内されて、当主の執務室まで行く。リーサさんにも伝えてあるが、今日はカミラ先生と二人きりでおやつとお茶を、そこでする約束だった。

 セバスティアンさんがドアをノックすると、中から声が聞こえてくる。


「どうか、カミラ様には寛大なお心で以て」

「寛大な心で、貴族の税を減らしたのでは、この領地はいつまでも豊かにはなりません。生活が苦しいものからは少ししかとっていないではないですか。ケント・ベルマンの時代に媚を売ってため込んでいるものほど、文句が多いのですね」


 「下がりなさい」と厳しい声がして、ドアが開いて壮年の男性が出て行った。ドアから覗いていた私に気付いて、カミラ先生は綺麗な顔を苦々しく染めていたのが、ぱっと笑顔になる。


「いらっしゃい、イデオンくん。もう休憩の時間ですね。セバスティアンさん、お茶の用意をお願いします」

「心得ました」


 椅子を持ってきてもらって座るけれど、子ども部屋に用意されている子ども用の椅子と違って、大人用の椅子は大きくて、座面が低かった。テーブルにやっと顔が出るくらいの私に、カミラ先生がそっとクッションで高さ調整をしてくれる。

 今日のおやつはビスケットのジャムサンド。ミルクと一緒に食べる私と、ミルクティーと一緒に摘まむカミラ先生。

 食べ終わってから、私は話し始めた。


「おにいちゃんのおたんじょうびおいわいのことなんです」

「えぇ、私も気にかけていたのです」

「カミラせんせいも?」

「オリヴェルは欲のない子です。育った環境が酷かったせいか、欲しいものを思い付かないようなのです。いつ聞いても、学用品か、本が欲しいと答えて……」


 まだお兄ちゃんも15歳になるくらいだから、遊ぶものや、お小遣いを欲しがってもおかしくないのに、それすらもお兄ちゃんは欲しがらないという。


「三食食べられて、おやつもイデオンくんとファンヌちゃんとヨアキムくんと一緒にできる。それで十分だなんて、15歳の言うことじゃないわ」


 私の両親に虐げられていたせいで子ども時代がなかったお兄ちゃんは、自分の欲しいものも分からないようになってしまった。それは私の両親の罪であり、許しがたいことだった。


「何でも良いのです。ボールでも、ボードゲームでも。オリヴェルの欲しいものを、イデオンくんなら聞き出せないでしょうか?」


 カミラ先生は、同じ部屋で、ずっとお兄ちゃんと仲良くして来た10歳年下の私に期待しているようだった。


「イデオンくんのことを、オリヴェルはとても可愛がっているようなので、きっと何か思いつくでしょう」

「がんばってみます」


 責任は重大だが、任されたことが嬉しくて、ミルクを飲み干して、私はカミラ先生に「しつれいします」と言って部屋に帰った。魔術学校から帰っていたお兄ちゃんが、部屋で待っていてくれた。


「今日は叔母上とおやつだったの?」

「うん……だいじなおはなし、してきたの」


 お帰りなさいを言ってハグをして、私は早速お兄ちゃんに切り出した。


「おたんじょうびに、おにいちゃん、ほしいものが、あるんじゃない?」

「誕生日に……良いのかなぁ」

「なんでも、おしえて」


 単刀直入に聞く以外、5歳児に方法など思い付かない。何より、お兄ちゃんの前で素直じゃない自分なんて見せたくなかった。何でもお兄ちゃんは真っすぐに教えてくれたから、私もお兄ちゃんに対しては隠しごとをせず、真っすぐに向き合いたい。

 しばらく迷っていたようだが、お兄ちゃんは私の両親がアンネリ様の遺品を納めていた倉庫から探し出したアルバムを取り出してきた。開くと、おくるみに包まれた赤ちゃんのお兄ちゃんと、アンネリ様とレイフ様の姿が、立体映像で映し出された。


「こういう立体映像を撮ってもらうのって難しいのかな?」

「おにいちゃん、りったいえいぞうがほしいの?」

「今、僕はイデオンがいて、ファンヌがいて、ヨアキムくんがいて、叔母上がいて、とても幸せなんだ。その記録が取れればと思って」


 欲しいものがあった!

 でも、それはあまりにも欲のないものだった。

 家族写真は私は撮ったことはないが、アンネリ様のアルバムにあるように、普通の家族ならば記念でよく撮るものなのではないだろうか。

 それ以外に、お兄ちゃん個人で欲しいものはないのか。

 更に切り込むことにする。


「おにいちゃん、りったいえいぞうは、かみらせんせいがよろこんでとってくれるとおもうけど、ほかにほしいものがあるんじゃない?」

「別に、ないよ」

「ほんとうに?」


 これからが本番だ。

 お目目をうるうるさせて、上目遣いにお兄ちゃんを見上げる。


「わたしにも、いえないこと?」

「それは……イデオン、本当にないんだよ」

「わたし、おにいちゃんに、プレゼントしたい。よろこんでもらいたい」


 泣き落としがお兄ちゃんに通じるのか。

 じっと待っているとお兄ちゃんはため息をついて、声を潜めた。


「笑わないでね?」

「わたしがおにいちゃんをわらうわけない。おにいちゃんだって、わたしのこと、わらったことないでしょ?」

「もう、イデオン、可愛いことを言って」


 椅子に座ったお兄ちゃんの膝に、私は抱き上げられた。顔を突き合わせる形で抱き上げられたので、お兄ちゃんの顎が間近に見える。顎を撫でて、お兄ちゃんは恥ずかしそうに小声で告白してくれた。


「濃くはないんだけど、僕、髭が生えるようになったんだ」

「え!? そうなの!?」

「恥ずかしいから、セバスティアンさんにお願いして、剃刀を用意してもらって、こっそり剃ってるんだけど」


 毎日剃らなくても良いくらいの薄さなんだけど、と言うお兄ちゃんは確実に大人に近付いていた。そっと手を伸ばして顎に触れると、しょりしょりと髭の感触がする気がする。


「かみそりが、ほしいの?」

「そうじゃなくてね、髭を剃った後って、ちょっと、ひりひりするんだ。皮膚も削れてるんだろうね」

「そうなの? いたいの?」

「痛いまではないんだけど、そのときに塗るものがあればいいなぁと、ちょっと思ってて……」

「それは、ふつうにおくすりじゃないのかな?」


 お薬だったら、遠慮しないで、カミラ先生に言えばいいのに、お兄ちゃんが言えないのは、お兄ちゃんが男性で、カミラ先生が女性だからだろうか。考えていると、お兄ちゃんは「そういう理由じゃなくて」と言いにくそうに切り出した。


「良い匂いがするのとか……まだ早いって言われそうだけど、香水とか、ちょっと興味があって」


 あった!

 お兄ちゃんは欲しいものがあった。

 髭剃りの後にただ塗るお薬ではなくて、いい匂いのするもの。それに、香水。お兄ちゃんは、そういうものに興味のある年なのだ。


「わかったよ! まかせて!」

「イデオン……贅沢じゃないかな?」

「おにいちゃんは、じぶんのほしいものを、おたんじょうびくらいもらってもいいとおもう」

「ありがとう……イデオンじゃなかったら言えなかったよ」


 そう言ってもらって、私は浮かれてしまう。歳は離れているが、お兄ちゃんにとって一番心許せる相手は私だという誇りに、自然と胸を張って、私はカミラ先生のところに報告に行った。

 仕事を終えていたカミラ先生は立体映像の話を聞いて、「まぁ」と目を輝かせて喜んでいた。


「家族写真が欲しいなんて、可愛いこと。部屋に飾れるように写真立てもつけましょうね」

「それと、おにいちゃん、ひげそりのあとにおはだにぬるおくすりで、いいにおいがするものと」

「それと?」

「こうすいがほしいんだっていってました」


 香水と聞いてカミラ先生は、「あらあら」と嬉しそうに相好を崩した。


「そういう年頃ですね。全然気が付かなかったわ。聞いてくれてありがとう、イデオンくん」

「いいえ、やくにたててよかったです」


 これで私の任務は終わりかと思っていたら、カミラ先生はいそいそと出かける支度をしていた。私にも出かける支度をするように言う。


「今からなら、まだお店が開いています。イデオンくん、オリヴェルのために選んでくれますか?」

「こうすいを?」


 香水と言えば匂いのするお洒落なアイテムである。5歳の私が選んで良いのか不安はあったが、お兄ちゃんが言ってくれた言葉が、私の背中を押した。

 イデオンでなければ言えなかった。

 私はお兄ちゃんの特別なのだと誇らしく、カミラ先生のお願いを引き受けることにした。

 馬車に乗ってお店まで行く。

 夕方の二人きりのお出かけは、秘密めいていて、私は胸がどきどきした。

 お店で良い香りのするクリームの試供品を匂わせてもらって、私はラベンダーの香りのものを選んだ。


「おちつくにおいです。おにいちゃん、すきかもしれない」

「クリームはこれにしましょうね。香水は?」


 香水の棚を見ると、綺麗な瓶が並んでいる。

 一目で目を引かれたのは、蓋が蝶々になっている美しい香水瓶だった。


「気に入った香水を、お好きな瓶に入れて差し上げますよ?」

「あのびん、たかいですか?」


 蝶々の蓋の美しい香水瓶を指さすと、カミラ先生が「値段は気にしないでいいです」と耳打ちしてくれた。

 中に入れる香水は、名前は分からないが、匂ってみて気に入った、爽やかな森のような香り、と書かれているものを選んだ。香水を瓶に入れてもらって、箱に入れて、リボンをかけてもらう。


「おにいちゃん、きにいるでしょうか?」

「イデオンくんが選んでくれたのですから、きっと」


 馬車の中で、私はお兄ちゃんとヨアキムくんの合同誕生日会が楽しみでならなかった。

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