空気は吸うものです。
読むものじゃありません。
さすがにそろそろガラケーからスマホへ登録移行しないと不味いかなぁ、と思いつつ。
巻き込まれてみた。もポチポチ打ってるのガラケーなんで、ヤバいなぁと。
「何がどうしてそうなったの?」
思わず、そう洩らした私は悪くないと思う。
孫娘ちゃん襲った疑惑のトラブルくんは、何で縄で縛り上げられてるんだろう?
そういう趣味?
「違う!」
あ、思わず口に出してたらしい。トラブルくんに怒鳴られた。
じゃあ、何でだろう。
私が首を捻っていると、無言だった孫娘ちゃんがトラブルくんの背後の方へ視線をやりながら、
「約束通り、女を連れてきたわ! これでトラクさんを離してくれるのよね!」
と、唐突に叫んだ。
……女?
女なんかおんな!
うん、駄洒落を思いついた。
でも、絶対今言うタイミングじゃないから、言わないでおく。
あー、でもでも、なかなかの出来だと思うし、場がなご……「おう、変わった毛色だが、かなりの上玉だな」まないね。
私のズレた思考をぶった切ったのは、下卑た男の声。
その声に追従するような下卑た笑い声も、複数聞こえてくる。
「さっきの二人もなかなかだったが、こっちは滅多に見ない上玉だ。俺達が味見したら、売るのも有りだな」
また追従する下卑た笑い声。
で、現れたのも、下卑たを具現化したような男達。
わっかりやすい。
おかげで、私が騙されたのもわかった。私もリュートを笑えないなぁ。
「……どちら様で?」
「どちら様、だとよ! 何処のお貴族様だぁ!」
うむ、ビックリマーク付きじゃないと喋られないのか? 耳が痛い。
答えてくれもないし。
ま、鑑定できる相手だから、遠慮なく鑑定しちゃうけど。
鑑定結果は、色々真っ黒なんだけど、それより同時進行で女神様からの緊急通信が止まらない。
『逃げて、逃げてって! 早く逃げなさい、ハル! 肉体的には無敵だけど、そういう暴力防げないのよ!? お願いだから、逃げて!』
ぴろぴろぴろぴろ。
間の抜けた音で、女神様が必死に訴えているけど、文字の流れが速くて、目がチカチカする。
何とか読み取れた文から、そういう暴力……って、あー、そういう意味か。さすがに、私わかんなーい、なんて年齢じゃないし、女神様の慌てている理由はすぐに悟れた。
いくら怪我はしなくても、そういう意味の暴力相手じゃ無意味だよね。
私は攻撃力皆無だし。
「早くトラクさんを離して!」
「いいぜぇ? まぁ、そっちの上玉と、ついでにお前を味見してからだがな」
リーダー格らしい下卑た男……面倒臭いから下卑Aでいいや、の言葉に、孫娘ちゃんの顔色が変わる。
「は、話が違うわ! 村から代わりの女を連れてきたら、私には手を出さないって! トラクさんも解放してくれるって、言ったじゃない!」
いやぁ、清々しいぐらいに自己中だね、孫娘ちゃん?
まぁ、一応トラブルくんの事も気にかけてるけど、ねぇ。
あ、孫娘ちゃんがナイフ抜いた。
「ち、近寄らないで!」
トラブルくん、空気だね。
ここは、
『彼女に手を出すな!』
『ヤるなら俺を……』
とか、格好よく言うべきだよね。
「こっちのお嬢ちゃんは、怖くて声も出ないか? 大丈夫、大人しくしてれば、殺しはしないさ」
おっと、孫娘ちゃんに気をとられてたら、下卑Aがかなり近くまで来てたよ。
「……高く売り飛ばすから?」
女神様からの緊急通信音を聞きながら、私は静かに問いかける。
もうちょっとだから。
「ずいぶん物分かりがいいな? お嬢ちゃんは、滅多に見ない上玉だからな、売るのもいいが、俺のオンナにしてやってもいいぞ?」
がはは、と下卑た笑い声と共に伸びてくる腕。
平気なフリはしてるけど、気持ち悪いし、怖いよ。
でも、私は信じてるから――。
「リュート、ルー、助けて!」
大切な仲間(家族)が、助けに来てくれるって。
私が叫ぶと、下卑Aと手下……ついでにトラブルくんと孫娘ちゃんまで、助けなんて来る訳ねぇだろ、的な表情をする。
前者はともかく、後者は期待とかするべきじゃないか、普通。
「助けなんて来る訳……なっ!?」
ない、と否定しながら下卑た笑顔で私を捕まえようとする下卑A。
と言うか、したかったであろう下卑Aと言うべきか。
最後まで言えずに吹っ飛んだし。
手下達が慌てている中、倒れて動かない下卑Aの頭から、半透明の物体がドロリと剥がれ落ち、見慣れた姿へと変わる。
「なによ、あれ……」
呆然と呟いている孫娘ちゃんを、トラブルくんが必死に呼んでいる。それを横目に、見慣れたお饅頭型ぷるぷるボディの持ち主が私の方へ跳ねてくる。
「ルー、ありがと」
(りゅ、いる。りゅ、こあい。るー、なげた)
「……でも、そのおかげで私は助かったから、あんまりリュートを怒らないでね?」
どうやら、あれはルーお得意の体当たりではなく、投擲武器として使われたらしい。
下卑A生きてるだろうか?
まぁ、死んでても問題ない。
「冒険者組合から指名手配されてて、生死問わずの賞金首なんだし」
私の言葉は結構な反応を生み出し、下卑手下達はギョッとした表情になり、トラブルくんはどさくさ紛れで逃げ出そうとして下卑手下へ捕まった。馬鹿か?
いつの間にか孫娘ちゃんがナイフで縄を切ってたらしい。
その頑張りは、トラブルくんが無駄にしたけど。
「……お前も、魔物使いだったとはな」
お、下卑A生きてた。
ふらふらと立ち上がりながら、シリアル……シリアスっぽい台詞吐いてるけど、ダラダラ鼻血が出てて間抜けだ。
ちなみに魔物使いだって事は、鑑定ですでに見てたから、別に私は驚かないよ。
展開的には、
『お前も、って事はまさかあなたも魔物使いなの!?』
って、言わなきゃいけないのかな。
ですが私、空気なんて読みません。吸うものだし、空気。
「え? 違うけど」
即否定し、近寄ってくる下卑Aから後退りで距離をとる。
怯えてる訳じゃないよ?
ルーがいるから、もう怖くない。
ただ、
「巻き込まれたくないから」
あと、邪魔になるから?
私の心の声が聞こえる訳もなく、下卑Aは下卑た笑みのまま、もう一度私を捕まえようとするつもりらしい。
助けに来たのが、見た目弱いスライムだから、完全に舐めきってる。
さっき吹き飛ばされたのを忘れたんだろうか?
まだ鼻血出てるよ?
私のジトッとした眼差しに気付く訳もない下卑Aは、茂みを突っ切って飛び込んできた人影により、再び吹っ飛ばされた。
よし! 下卑Aが、トラブルくんプラス下卑手下を巻き込んだ! グッジョブ!
心中でこっそり拍手してると、ゆらりと隣へ戻ってきた人影――と言うか、リュートの方から声が聞こえた。
「……全員細切れでいいですか?」
「え?」
ハルさん! と飛びついてくるか、心配したんですから! と怒られるかと思っていた中、聞こえたのは静かな問いかけで、一瞬意味が理解出来なかった。
「ひき肉の方がいいですか?」
「リュート?」
聞き返したけど、また意味がわからない答えで、思わずリュートの名前を呼ぶ。
「あぁ、肉の欠片も残しちゃ駄目ですか?」
「えーと……」
やっと私を見たリュートは、慈愛すら感じる綺麗な微笑みを浮かべ、可愛らしく首を傾げている。
可愛らしいのに、開ききった瞳孔と右手に携えた剣、抑揚の全く無い問いかけで色々台無しだ。
リュートが問いかける度に、小山状態で重なりあった集団がビクビクするのは、ちょっとおもしろ……げふんげふん。
女の子に優しいリュートのおかげで、孫娘ちゃんは巻き込まれず、巻き込まれたトラブルくんを心配そうに見ている。
さすがに手を貸したりはしてないけど。
トラブルくんだけじゃなくて、下卑Aと手下も混じってるからね。近寄ると危ないし、いい判断だと思う。
「生きている事を後悔して、殺してくれと懇願するぐらいに指先から切り刻んで、消し炭すら残らないぐらいに焼くんですね」
いやいや、何でどんどん悪化してるんだろう。
「とりあえず、縄で捕縛して、村長さんに突き出す一択で」
「……………………………………はい」
どれだけ不服なのか、かなりの間が空いたけど、根が素直ないい子のリュートは、瞳孔かっ開いたまま下卑た男達を縄で捕縛している。
しれっとトラブルくんも縛ろうとしてるのは何でだろう。
トラブルくんも、もうちょい抵抗しろ。
リュートに気を取られていると、私の肩へよじ上ってきたルーが、可愛らしく提案してくる。
(じわじわ、とかしゅ)
お兄ちゃんなリュートに引っ張られ……たんじゃないか、ルーはモンスターだし、ただの通常運行な食事か。でも、タイミング的に発言怖いよ。
「ルーのも却下。お腹壊すよ?」
(あい。ごぶりー、たべう)
納得してくれたらしいけど、お腹が空いているらしいルーは、私の肩の上でぷぅぷぅ鳴きながら、何処かを見つめてぷるぷるしている。
(……ルー、ゴブリン近くにいるの?)
(あい!)
ルーがぷぅぷぅと示すのは、下卑た男達がやって来た方角。
(下卑Aが魔物使いなんだから、当然魔物いるのか)
魔物いないのに魔物使いって名乗るのは、動物いないのに動物園ですって言ってるようなもんだし。
ボンボンなら言い張りそうだけど、リュートに対抗して。
下卑Aは、女神様鑑定で……って、そう言えば、緊急通信の音しなくなったけど。
私が思い出すのを待っていたように、いつもより力無い通知音がぴろ、と聞こえて、メッセージが現れる。
『は、はる、ぶじで、よかったわ……』
うん、たぶん、泣かせちゃったみたい。
ゆる女神様、文面でわかるぐらいに焦ってたし。
(心配かけてごめんなさい)
リュート達に駄々漏れないよう、そっと心中で謝ると、すぐに反応がある。
『本当に、よかった。理を破って、あの男達を殺しちゃうとこだったわ』
心底安堵した様子のゆる女神様の反応は、さらりとヤバい文面だ。
文字だけでは、ゆる女神様ジョークなのか、判断がつかないけど。
(……次からは気を付けます)
下卑Aが迫ってきた時の気持ち悪さを思い出してしまい、せめて初めてぐらいは好きな相手とがいいし、なんて、乙女ちっくな事を考えてしまう。
思わず脳裏に浮かんだのは……。
「ハルさん!」
私の思考を遮ったのは、戻ってきたリュートの声だ。捕縛し終えたんだろうか。
頬を上気させて、キラキラと笑う表情は可愛らしいけど、本当に何でトラブルくんも縛っちゃった?
孫娘ちゃん、ナイフで縄を切るのはいいけど、トラブルくんまで切りそう。
それは置いといて、私は戻ってきたリュートへいつも通り登ろうとして、自分が人型だった事を思い出し、
「……助けに来てくれて、ありがと」
と、お礼を口にして、触れる寸前ぐらいまで近寄るだけにしておく。
一応、リュートが変な目で見られたりするのは嫌だし、空気は読まないけど、気ぐらいは使うんだから! と、何と無く内心で力説してみた。
ま、リュート限定だけど。
エヴァンだったら、気なんか使わないし?
そんな私のささやかな気遣いは無駄だったらしい。
「……ハルさんが無事で良かったです」
抵抗する間もなく、問答無用でリュートにお姫様抱っこされましたが、何か文句あります?
リュート通常運行中。
女神様一番テンパってました。
こんな亀更新にあたたかいお言葉ありがとうございます。




