ハルの花
名前の由来と、久しぶりのゆる女神様です。
相変わらずゆるゆるです。
リュートの出番は少なめです。
「誰から聞いたんですか?」
はにかんだ笑顔のまま、リュートはベッドに座る私の……うん、座ってるんだよ? 基本的にもふもふまんじゅうだから、わかりにくいだけ。
改めて。リュートは、ベッドに座る私の隣に、行儀良く腰かける。
(たまたま知ったの。ハルって名前の花があるって)
「そうなんですか。……ハルって、俺の大好きな花なんです。実物は見たことないんですが、家にその絵が飾られていて――」
そこで言葉を切ったリュートは、私を見つめて、幸せそうに笑う。
「ハルさんを見た瞬間、大好きなハルの花を思い出して、つけちゃいました。もしかして、嫌、でしたか?」
にこにこと幸せそうな笑顔から一変、今にも泣き出しそうな顔をするリュートに、私は勢い良く体を左右に振る。
(嬉しいに決まってるから! だって、リュートの好きな花の名前なんでしょ? 嫌な訳ないよ)
その勢いのまま、リュートへ突撃するが、リュートは動じることなく受け止め、ギュッと抱き締めてくれる。
「良かった、ハルさんが嫌がらなくて」
(いつか、一緒にハルの花を見に行こう? リュートも実物は見たことないんだよね?)
安堵の息を吐く可愛らしいリュートの反応に、私は軽く額(ら辺)をリュートの胸元へ擦り寄せ、目を細めて笑いながら提案する。
「はい! ハルの花は、十数年前に滅亡した国にしか咲かない珍しい花で、ちょっと大変かもしれないですけど、ハルさんが一緒ならきっと大丈夫です!」
お、おぅ。リュートの信頼が、いつものことだけど重い。
まぁ、何とかしようとか思っちゃいますけど、問題ないよね?
実際、進行形で戦争してるとかじゃないんだし、意外と何とかなるような気がするんだよね。
(リュートが一緒なら、私もなんとかなるって思うよ)
照れ臭い気持ちを押し隠し、素直に返したけど、リュートからは何のリアクションがない。
調子に乗り過ぎたかな、とリュートを見上げると――。
(座ったまま寝てるし)
座ったまま、燃料切れしてた。
相変わらず、子犬のような生態してるよね。
ギリギリまで遊び回って、パタンッて寝ちゃう感じ。
可愛いけど、外でなったりしたら、って、ちょっと心配だ。
誰かにお持ち帰りされるよね、こんな美少年。
そんなことを心配しながらも、誰も見てないから、私は人型へ変わって、燃料切れなリュートをベッドへ横たわらせる。
何で誰も見てない、なんて前置きをしたかと言うと、服を着てない肌色多めな格好だから。
エヴァンに見られたら、叱られるのは目に見えてます。
ちなみに、下着までは、人型に変わる行程の最中で着けられたけど、服までは無理だったんだよね。
何回か練習すれば、いざという時に使えるかな。
路地裏で真っ裸は、ね。さすがの私でも、想像するだけで恥ずかしい。
丸刈りされるぐらい恥ずかしいかな。
ルーをインしたまま人型に変わったけど、何事もなくもふもふな髪の中に埋もれているらしく、ぷ? と不思議そうな声だけ聞こえてくる。
地味に新発見だ。
他の収納した物も落ちない訳だし、当然っちゃ当然か。
何事もなく……はないけど、リュートをベッドへ寝かせた私は、手ブラ状態からもふもふな姿へ戻り、リュートの隣でまったりする。
すぐにリュートの腕が伸びてきて、私は抱き枕状態になる。
感触を確かめるように、捏ねくり回された後、リュートは満足げに私のお腹辺りに顔を埋める。
その手には、私の着けていたブラを握り締めて。
何回か、取り返そうとしたけど、離してくれなかった。
どんな寝相だよって感じだけど、リュートを寝かしつけた時、いつの間にか取られてた。
早業過ぎて、しばらく気付かなかったよ。
起きたら驚くだろうけど、気持ち良さそうに寝ているリュートを起こすのは、しのびない。
女性物の下着を握り締めて、もふもふに顔を埋めている美少年。
うん、なかなかのカカオ状態……違ったカボス……でもなくて、カオス状態だね。
私の脳内も、カオス……うん、私はカボス状態かもしれない。
柑橘類いいよね。
言ってて意味不明だけど。
思ったより、疲れているみたいなので、私も寝ることにする。
エヴァンが起こしてくれるだろうし。
トンネル抜けたら、そこは……じゃないが、目を開けたら、ふわふわした世界だった。
見下ろした自分の体は、薄いピンクのきらびやかなドレスだ。
買ってはいないハズなんだけど、こんなドレス。
私が首を捻っていると、しゃらしゃらと衣擦れの音をさせ、ゆる女神様がやって来る。
何故か着ているドレスは、私のドレスと色違いだ。
豊満な体付きの、美しい女神様にはよく似合ってる。
「どうかしら?」
「似合ってます」
見透かされたように訊かれたから、素直に答えたのだが……。
女神様はぷぅと頬を膨らませ、ぷんすかわかりやすくお怒りモードになる。
相変わらず、美人なのに可愛らしい。
「私の格好じゃないわよ? 久しぶりの人間の姿はどうだったって、訊いてるの!」
ぷんぷんと怒る姿に見惚れていたら、頬を軽くむにむにされる。
行動も可愛いよね、ゆる女神様。
「正直、ケダマモドキな方が落ち着く自分にビックリしました。でも、綺麗なドレスとか、可愛い服とか、楽しかったです」
「うふふ。もうすっかりケダマモドキだものね。女同士のお買い物、一緒に楽しませてもらったわ」
正直な感想を告げると、女神様は嬉しそうに笑いながら、私の髪を撫でて、堂々と覗き見宣言だ。
恥じるようなことはしてないし、女神様が相手なら、全く問題ないから良いけど。
そう言えば、見てたなら、あの事もわかるのかな?
「……あの、女神様。私がさっき鑑定しようとした相手なんですが、どうして鑑定出来なかったんですか?」
私がふと思い出したのは、キモい彼のことだ。
まさか、女神様が寝てた、とかのオチじゃないよね?
この女神様なら、有り得そうなんだけど。
「あぁ、あの彼ね。鑑定が出来なかった理由は、何個か考えられるわ。まずは、ハルみたいに神のいたず……加護があるとか」
神の悪戯って言いかけたね、ゆる女神様。私にしたのは悪戯だと? あわあわしてて可愛いから許しちゃう。
私の生暖かい眼差しを受けながら、女神様は説明を続ける。
「あとは、特殊なスキルがあるとか、魔法をかけて偽装してるとか、もあるわね。一番可能性が高いのは、魔法をかけた道具で、鑑定を妨害かしら。中には、こっそり鑑定された時にわかる道具もあるらしいわね」
人間って色々考えるのね、と感心する女神様を横目に、私はキモい彼とのやり取りを、嫌々だけど思い出す。
最後のあの感じ……。
もしかして、私が鑑定しようとしたことに気付かれた?
だとしたら、本当に、もう絶対会いたくない。
「ちなみに、その彼にもう会いたくないって、女神様にお願いしても……」
「私にはそんな力はないから無理ね。せいぜい、彼に神の加護は無い。人間ではある。この二つぐらいしか教えられないわ」
ごめんなさい、と申し訳なさそうな女神様に、ゆるゆると頭を振って返しておく。
「女神様が悪い訳じゃないし、それだけ教えてもらえれば十分です。相手が人間なら、対処の方法はありますから。そう言えば、私以外にも、人の姿になれるモンスターっているって聞いたんですが……」
女神様が、ゆるくなくなるぐらいシュンとしてしまったので、私は話題を変えるついでに、疑問だったことを訊ねる。
エヴァンが、チラッと言ってた気がするんだよね。
「え、えぇ、いるわ。強いモンスターは基本的に長命だから、長い年を経て、人間になれるようになる子がいたり、あとは、特殊なスキルや高い魔力があって、人の姿になれる子がいるわ。ハルは後者のタイプね」
「へぇ、そうなんですね。なりやすい種族とかはありますか?」
ゆるゆるキラキラを取り戻した女神様に内心安堵しながら、私は質問を続ける。
「やっぱりドラゴンね。あとは、魔狼とかかしら。虫系やスライムでは、まずないわ」
初めて聞くモンスターの名前が出たけど、魔法を使える大きな狼なんだろう。
「ドラゴンって強いんですか?」
「一匹で災害並みよ。外にいる大概の子は大人しくして、住み処さえ荒らしたりしなければ大丈夫」
「外にいる? 中にいるドラゴンって……あぁ、ダンジョンですか」
首を傾げる私の脳裏に浮かんだのは、ノクのダンジョンにいたレッサードラゴンだ。
「そう。ダンジョンの主的な子は、またちょっと生態が違うのよね」
「そういうものなんですか」
「そういうものなのよ。それより、ルーは元気かしら?」
そう言えば、女神様はルーがお気に入りだったね。
でも、残念ながら、この空間にはルーは来れないらしい。
真っ白でもふもふな手触りの髪を掻き乱しても、ぷるぷるなルーの気配はない。
「元気ですよ? お喋りも上手くなりましたし、どんどん強くなってます」
「うふふ、良かったわ。進化までは、もう少しかかると思うけど」
「……やっぱり、プレって、そういう感じのプレなんですね」
あまりに安直な名前……まぁ、私のケダマモドキってのもある意味、安直か。
「人間には、ほとんど知られてないけど、その辺にいるわよ、プレスライム。ほとんどが、進化まではたどり着けないけれど」
少し悲しそうに笑いながら、女神様は遠い眼差しで何処かを見つめている。
もしかしたら、女神様の瞳には、冒険者に狩られているスライムが見えているのかもしれな……ん? 握った拳が震えている?
「それより、進化すると、可愛くなくなっちゃう子が多いのよ! 面影無くなるの!」
違ったようだ。
そうだよね、女神様なんだから、弱肉強食とかは、当然のことか。
しかし、ルーも進化したら可愛くなくなるんだろうか?
可愛くなくなっちゃう子が多い、ということは、可愛く進化する子もいるハズ。
ルーには可愛らしく進化して欲しいけど、本スライムの自由意思に任せるべきだよね。
可愛くないスライムって……懐に入る系なモンスターのゲームのヘドロみたいなあの子? まぁ、あれはあれで可愛いよね。
「ルーには、可愛く進化するように、言い聞かせてね?」
私が本スライムの自由意思に、とか考えたのは無意味かな、と思うぐらいの圧を受けながら、私は曖昧に微笑んで――。
「善処いたします」
言い逃げしておいた。
おかげで、人の姿になれるようにしてくれたことへのお礼を忘れちゃったので、次回忘れずに言おうと思いマス。
前半、一瞬だけシリアスっぽくなりますが、結局はいつも通りでした(笑)
そして、キモい彼呼ばわりになった、レイトさん。
感想、いつもありがとうございます。




