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朝ごはん、うまうま。

エヴァンは一人暮らしが長いので、そこそこ料理が出来ます。

経験値は高いだろうに、すっかりハルに翻弄されてます。

甘く……は、ないと。

リュートは、通常運行です。

「……美味しそう」

 リュートに抱えられて食卓についた私は、並んだ料理を見て、思わず呟く。

 大したものじゃない、とかエヴァンは言ってた気がするけど、女子力的に負けてる。

 薄切りの丸パンに、厚切りのベーコンを使った、ベーコンエッグ。サラダに、野菜ゴロゴロなスープ。

 あとは、カゴに盛られた丸のままのフルーツ。

 多少の見た目の悪さはあっても、エヴァンの用意してくれた朝ごはんは、かなり美味しそうだ。

「そりゃ良かったよ。俺は先に食わせてもらったから、これはハルとリュートの……あー、ルーの分もあるからな」

 ちょっと、ムッとしてると、柔らかく苦笑したエヴァンに、ポンポンと頭を撫でられる。

 私の胸の谷間でぷぅぷぅ鳴いていたルーも、ついでに撫でてもらっている。

 うん。イケメン、もげろ。

 何処かは、乙女の秘密だ。

 私の不穏な思考に気付くことなく、私を降ろしたリュートは、隣の椅子に腰かけて、いただきます、とお行儀良く挨拶をしてから、ガツガツと食事を口に運んでいく。

 それでも見苦しくないのは、リュートの所作が綺麗だからだろう。

 逆に気持ちいいぐらいの食いっぷりだ。

 私が微笑ましく見守っていると、ピタッと動きを止めたリュートはハッとした表情で、薄く切られたパンにベーコンを乗せて、私へ差し出してくれる。

「ハルさん、あーん」

 む。キラキラした笑顔が、可愛い。

 私は一瞬のためらいもなく、リュートが差し出してくれたパンへとかじりつき、ベーコンごと、あむ、と食いちぎる。

 あ、ベーコンから油が垂れ……舌で舐めるか。

 服を汚すのは嫌だったので、私は行儀悪いかな、とは思いながらも、唇の端から垂れてくる油をペロリと舌で舐める。

「おい、ハル?」

 ん、わかってますよ、行儀悪いってんでしょ?

 モンスターなんだから、少しは大目に見て欲しいよね。

 そんな気持ちを込めてエヴァンを見たら、疲れきった表情でため息を吐かれる。

 もー、失礼だなぁ。

 エヴァンを睨みつけていると、またリュートがパンを押し付けてくる。

「ん、そんな、入らない……」

 むぐむぐと必死にパンを飲み込んでいる私の視界の端では、エヴァンがガンッと額をテーブルに打ちつけている。

 どうしたんだろ。

 うたた寝でもしてたのか?

 リュートはエヴァンの奇行を気にすることなく、次を用意して、私がパンを飲み込むのを待っている。

 ニコニコと楽しそうなのは良いんだけど……。

「リュート、私、自分で食べられるから、自分のご飯に集中していいよ?」

 たぶん、私がケダマモドキの時と同じノリで、色々と突っ込んでくれてるんだろう。

 そう思った私は、手を伸ばしてカゴに盛られたフルーツから真っ赤なリンゴを取り、そのままかじりつく。

「あ、そっか! ハルさん、手が生えたんですよね!」

 うん。間違いじゃないけど、オタマジャクシになった気分だよ?

 リュートがあまりにも無邪気な顔で笑うので、突っ込みを諦めた私は、おとなしくシャリシャリとリンゴをかじる。

 歯茎から血が出る心配は無さそうなので、私は芯までシャリシャリと噛み砕き、飲み込む。

「そこは、モンスターなままなのかよ」

 リュートは気にしなかったが、テーブルに突っ伏したままのエヴァンから、力無い突っ込みが入る。

「うん。毒物劇物、何でも来いって感じだよ? 幻滅する?」

「いや、惚れ直した」

 誉められて嫌な気はしないが、エヴァンの萌えポイントは謎過ぎる。

 エヴァンの理想の女性を追求したら、ワイルドなメスゴリラとかになりそうな気がする。

 私?

 私はマイルドなメスゴリラぐらいだよね?

 ちょっと不安になり、テーブル上でリンゴを丸呑み中のルーを見下ろすと、可愛らしく、ぷぅ、と鳴かれる。

 うむ。癒された。

「……エヴァンの好みって変わってるよね」

 リュートを真似て、パンの間にベーコンエッグを挟みながら、私は出来るだけ、普通な口調で呟く。

 べ、べつに、エヴァンの好みじゃないからって、落ち込んだりしてないからね!?

 誰に聞かせる訳でもないが、内心でわたわたと言い訳しながら、私はむぐむぐとパンを咀嚼する。

 実は、咀嚼しなくても食べ(吸収)られるけど、見た目が悪いので止めておく。

「まぁ、なかなかその辺にはいないような、いい女だな」

 バレてる訳じゃないよね?

 何か、エヴァンが無駄にキメキメな顔で、微笑ましげに見つめてきてるけど。

 と言うか、エヴァン、自覚あったんだね。



 自分の趣味が特殊だって。



「……変なこと、考えてないか?」

「特には。――エヴァンの好みって、ワイルドなメスゴリラさんだよね、ぐらい?」

「十分変だろ!?」

 ダンッとテーブルを叩いたエヴァンから、全力な突っ込みをいただいた。




「どうも、おとなしくしてると思ったら……」

 力無く呟くエヴァンは、若干燃え尽きたように、机に突っ伏してすすけている。

 ぷぅぷぅと鳴いてるルーにオモチャにされているが、気にならないようだ。

 気付いてないだけかもしれないが。

 ただ今、ルーはエヴァンの後頭部に、でろんと広がって貼りついている。

 間違って髪の毛を溶かしたりしたら、色んな意味で大惨事だけど、ルーなら大丈夫だろう…………たぶん。

 さすがに、ワイルドなメスゴリラは言い過ぎたかな、と反省した私は、カゴの中からバナナを取り出して皮を剥く。

 きちんとバナナで、ひそかに安堵しながら、私はすすけているエヴァンの顔の前にバナナを差し出す。

「エヴァン、あーん?」

 疲れてるみたいだし、疲れてる時には甘いものってことで、ご機嫌取りしてみる。

「……」

 むっ。無言のまま、私をガン見して、動かないエヴァン。

 駄目だったか、と思いつつも、私はバナナを押し付け続け……。

 しばらくして、いきなり動き出したエヴァンが、私の手首を掴み、そのままバナナへとかじりつく。

 な、なんか、とんでもなく恥ずかしい気がする。

 ただ、エヴァンは、私をじっと見つめながら、バナナを食べているだけなのに。掴まれた手首が、熱い。

「ハルさん、ハルさん! 俺も、食べさせてください!」

 固まっていると、目をキラキラと輝かせたリュートがすり寄って来そうな勢いで、乱入してくる。

 思わず、エヴァンの額を叩いた私は、悪くないと思う。

 恨めしげなエヴァンを無視し、私は掴まれていた手を引き抜いて、一口で残りのバナナを食べてしまうと、リュートに向き直る。

 リュートはと言うと、待て、と言われた犬のように、期待に満ちた眼差しで私を待っている。

 どうやら、果物以外は自分の分を食べ尽くしたらしく、リュートの前の皿は空だ。

 額を赤くしたエヴァン?

 そんな奴は見えてません。

 私はナイフでリンゴを一口サイズに切り分け、リュートの口元へと近づけていく。皮は剥いてないが、リュートなら、皮ぐらい平気だろう。

「はい、リュート。あーん」

「あーん」

 雛鳥のように口を開けて待つ可愛いリュートに、指で摘まんだリンゴを差し出すと、パクリと素直に食いつく。

 何の疑いも抱いてない仕草に、私はちょっと不安になる。

 悪いお姉さんに、変なもの食べさせられなきゃ良いけど。

 私の指に果汁が付いていたのか、リュートの舌がペロリと指先を舐めて離れていくのを見ながら、私はそんな事を……って、え?

 今、舐められた?

「甘くて美味しいです!」

 頬を染めて無邪気に笑うリュートを見る限り、気にする必要はなさそうだ。

 私は新たにリンゴを切り分け、再びリュートの口へと運んでいく。

 ――うん。また舐められたよ。リュートの、癖なのかもしれない。




 食後、リュートに抱えられてソファへ移動し、ルーと寛いでいると、エヴァンがやって来て、私の前で跪く。

 リュートは、昨日お風呂に入れなかったので現在入浴中なため、部屋には私とエヴァンしかいない。

 ルーもいるけど、ぷぅぷぅ、寝息を立てて、眠っているので、静かだ。

 私はエヴァンの行動の意味がわからず、小首を傾げて見つめている。

(まさか、踏まれたい、とか特殊な性癖……?)

「違うからな?」

 テレパシー的ないつものアレで伝わってしまったらしく、ジト目なエヴァンから、即座に突っ込みが入る。

「じゃあ、なに?」

「……買い物行くにも、ずっとリュートに抱えられてる訳にはいかないだろ? その姿のままだと」

 柔らかく微笑んだエヴァンは、裸足のままだった私の足に、何かを履かせてくれる。

 それは、茶色の革紐と言うか、細いベルトでグルグル巻いて固定するタイプのサンダルで。

 男物なのか、少しサイズは大きいが、歩く分には問題なさそうだ。

 あと、前世で似たのを見たことある。

 確か、グラ……グラビティー的な名前だった、はず。

 興味がなかったから、朧気な記憶だけど。

「ありがと、エヴァン」

 私はお礼を言いながら立ち上がると、履き心地を試すために、その場でくるりと回ってみる。

「いい感じ……って、あれ?」

「おい!?」

 久しぶりに現実世界で足を使ったら、上手く使えなかったらしく、思い切りよろめいた私を、エヴァンが慌てた様子で受け止めてくれた。

「ごめん。意外と回転は難しかった」

「ったく、気をつけろ」

 安堵を滲ませたエヴァンは、ぞんざいな口調ながらも、私をやんわりと抱き締めて支えてくれている。

 また転ぶんじゃないかって心配なんだろう。

 心配性だなぁ。

「怪我はしてないか?」

 柔らかな声で問われ、大きな手が髪を撫でていく感触がある。

 本当に心配性だ。

 私はモンスターなのに、優しく扱い過ぎだと思う。

 エヴァンも、リュートも。

 擽ったくなる。

「ふふ、私なら、ドラゴンに噛まれたって平気だよ?」

 冗談めかせて軽く応じると、無言のまま、抱き締める腕の強さが増した気がする。

「エヴァン?」

 私がエヴァンの名を呼ぶのと、背後でガチャリとドアが開くのは同時だった。

 リュートだろう、と目線だけで振り返った私の目に映ったのは、見覚えのありすぎる、個性溢れる三人の女性。

 揃って目を見張っていたけど……。

 アワアワする私を見た三人の女性は、大なり小なり、すぐに怒ったような笑顔を浮かべる。


「あら、組合長。朝からお盛んね?」


「最悪ですぅ。ハルさんが、緊急事態だって聞いたから来たんですよ〜?」


「嘘吐き……不潔、です」


 完全に誤解されている。

 エヴァンを窺うと、無駄にキメキメな顔で微笑んで、私の肩を抱いて、三人の女性――冒険者組合受付嬢の三人と向き合わせる。

「嘘じゃない。こいつが、ハルだ」

 エヴァンの言葉に、室内には一瞬の静寂が訪れ――。



「「「はぁ!?」」」



 綺麗に重なった突っ込みを聞きながら、私はひきつった愛想笑いを浮かべておいた。


タグを少し弄りました。

あくまでも、主役はハルで、リュートとルー相手のほのぼのメイン、少しだけエヴァンなスタンスですが、エヴァンはぐいぐい来ちゃって……。

あと、突っ込みは貴重です(笑)

感想ありがとうございます。返信は少々お待ちください。

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