ルー、がんがる。
ルー、がんがりました。(誤字じゃないですよ?)
あの料理名は、私もわかりません。普通に、卵とかだったりして。
そして、帰る帰る詐欺になりそうです。
「……ハルの食い意地に感謝だな。じゃなきゃ、今頃――」
ギルバートさんは、卵へ話しかけているグランドさんを見ながら、私を抱えて小声で洩らす。
そう言えば、当初の予定では、卵は焼き払う予定だったよね。
グランドさんの息子がインしてるのは、正確に言うなら、繭とかサナギっぽいけど、焼かれる運命は変わらなかっただろうし。
他の卵は、ツルリとしてて、少し柔らかい。ワニの卵を巨大にした感じだ。
「ギル! 早く、この繭を!」
グランドさんが繭って言っちゃった。
卵じゃなくて、繭らしい。
アリって繭作るっけ?
まぁ、異世界だし、モンスターだし、ギルバートさんが、「エヴァンの子か!」って叫んでたし、何でもありか。アリだけに。
「あ、俺が斬りましょうか?」
私が親父ギャグで、内心一人でウケていると、リュートがキラキラした笑顔で手を挙げる。
「「「「却下で!」」」」
当然、一瞬で却下だったけど。
そりゃ、そうだよね。
シュンとしたリュートの肩へ移動し、もふもふっと慰めながらも、私は内心で納得だ。
折れた剣で甲冑アリを分断出来るリュートが、たぶん人の入っていると思われる繭を斬る。
うん。すぷらったーな未来しか見えない。
リュートに代わり近寄ったギルバートさんは、解体用らしいナイフを繭へと突き立てるが、ビクともしてないようだ。
一応、今さらだけど鑑定しておこう。
異世界のモンスターなアリなんだし、もしかしたら、寄生的な卵を産みつけられたり、なんてB級ホラーな展開もあるかもしれない。
元の世界でも、確かハチか何かでいたような気がするんだよね。芋虫に卵を産みつけて、孵った子供のごはんにするやつ。
自分で想像して怖くなり、慌てて女神様に呼びかけながら、鑑定を開く。
『大丈夫よ。クリスティンは、まだ眠らされていただけだから。
あのお馬鹿ちゃん達が、虫除け香を使ったから、女王アリが警戒して、ひとまず放置されてたんじゃないかしら。
肉体欠損もないし、繭を開けるだけで助け出せるわ。
繭はちょっと丈夫で、ドラゴンが踏んでも平気なぐらい?』
あっざーす。
思わず雑な感謝をしながら、私は鑑定の内容をざっくりとリュートへ伝える。
「さすがノーマンですよね! そんな、深い考えがあったんですね」
あ、そこを拾い上げちゃったか。言わなきゃ良かった。
普通、それって取り巻きなやつが言う台詞だからね? リュートが言っちゃ駄目なやつだから。
ほら、皆さん、何とも言えない顔してる。
(リュート、ギルバートさんに伝えて……)
私が、軌道修正しないとね。
「はい!」
元気良く返事をしたリュートは、ギルバートさんに駆け寄り、私のざっくりした説明をきちんと伝えてる。
ノーマンの事も、きちんと。
皆さん、余計に微妙な顔してる。あー、口が滑った。
「……どう育ったら、リュートみたいになるんだろうな」
ギルバートさんはもちろん、ボンボンがすごい、なんて事は思わなかったらしく、柔らかい苦笑で、リュートの頭をポンポンと叩く。
グランドさんだけは、少しだけ救われたような表情だ。
あんなのでも、一応、知り合いの息子なんだもんね。
「しかし、ハルの言葉を信じるなら、ドラゴンの踏みつけにも耐える、か」
どんだけ〜、って感じだよね。
「ギル、手段はないのか? 早くクリスティンを助けてくれ」
「あぁ、色々考えてはいるんだが……」
何で仲良くなったか謎な親友コンビが、卵改め繭を触りながら、深刻そうに語り合っている。
私はと言うと、一つだけ助けられそうな手段を、思い付いていたりする。
何か呆れられそうだけど、一番大切なのは、インしてる子の無事だよね。
(ルー、ちょっといい?)
(あい、まま)
私が呼ぶと、甲冑アリの死体を片付けていたルーが、ぴょんぴょんと跳ね寄ってくる。
私はリュートから飛び降り、ルーをもふもふで受け止めて、お願いを口にする。
(ねぇ、あの白いのだけ、溶かせたりする? 中の子には、絶対怪我とかさせたくないの)
(あい! るー、できう)
(ありがと。お願いね?)
「ね、見て見て、あそこ!」
「何あれ、可愛い!」
「本当、可愛いわね。モンスターなのが、嘘みたい」
真剣に話し合っていた私達だが、もふもふとぷるぷるが寄り添う姿で、女性冒険者の方々に癒しを与えていたらしい。
聞こえてきた好意に満ちた声に、もふもふを揺らして愛想を振り撒いてから、私はルーを送り出す。
(リュート、ルーが邪魔されないようにお願いね?)
「はい! わかりました」
うちの子は、いい子ばかりで何よりだ。
「ギルバートさん、ルーの邪魔しないでください!」
……馬鹿正直過ぎるのが、また可愛いよね。
リュートが、あ゛? とギルバートさんに睨まれる一幕はあったが、無事にルーは繭にくっついて、ぷるぷるしている。
さすがに、全部を体内に入れてしまうと、絵面的にも皆さんの精神衛生上にも良くなさそうなので、脱出させやすいよう上部だけだ。
(ぷぅ。かたいぃ)
ルーでも駄目か、と私が疑いそうになった時、変化はゆっくりと始まる。
万が一があったら困るから、中にインしてる子には、出来るだけ小さくなるよう伝えてある。……ほとんど、動けないらしいけど、気分だ。
ハゲになっても、恨まないで欲しい。
色んな意味の心配をしている私達の目前で、ルーがくっついた繭は、ゆっくりと、だがハッキリと溶かされていく。
中を傷つけないよう気を使っているせいか、いつもより時間がかかっている。
(ルー、頑張って、もうちょっとだよ)
(ぷぅぅ)
本人的には、気合の声かもしれないが、可愛いよねぇ。
女性冒険者達からも、黄色い声援が飛んできてるし。
全員(ボンボン達以外)が固唾を飲んで見守る中、ついに繭の上部が溶けきり、中身が見える。
(まま、できた〜)
(うん、ルーはすごいね。ありがと)
私に誉められ、ルーは嬉しそうにぷぅぷぅ鳴いて、繭から離れる。
「クリスティン!」
「大丈夫か!?」
途端に、グランドさんとギルバートさんが駆け寄り、繭の穴から中身を引きずり出す。
出てきたクリスティンは、糸まみれだけど、グランドさんと同じ金色の髪に、利発そうな面立ちの少年だ。 感動的な光景のはずだが、私が何と無く思い出していたのは、小洒落た洋風な朝食の卵料理だ。
半熟卵がカップみたいなのに入ってて、その上を切り取って、中身を食べるやつ。
料理名は知らない。
「ハルさん、良かったですね」
(うん、良かった)
(よかたー)
無邪気に喜ぶリュートとルーに挟まれ、私ももふもふと喜んでおく。
「リュートくん、ありがとう。君のおかげで、私の息子は無事だった。本当に、ありがとう」
歩み寄ってきたグランドさんは涙ぐみながら、リュートの手をギュッと握り、感謝を口にする。
この世界の貴族は、良い人ばかり……な訳ないか。
リュートがいい子だから、良縁を引き寄せてるんだろう。
ボンボン達という、例外中の例外はいるが。
逆に、あいつらみたいな最悪な災厄に出会ったから、反動っていう可能性もあるのか。
「いえ、俺は何もしてないです。気付いたのはハルさんで、繭を開けたのはルーですから」
いえ、私も食べようとしてただけですが、何か?
ルーは、我関せずで、リュートの頭の上で、楽しそうにぷぅぷぅ鳴いているし。
うむ、可愛い。
「謙虚なんだな。君のモンスターの手柄なのだから、もう少し偉ぶっても構わないと思うが……」
苦笑するグランドさんに、リュートは困った顔になると、視線でギルバートさんへ助けを求めている。
「グラ、こいつはこういう性格なんだ。諦めろ」
「……あぁ、そう言えば、そうなんだね」
頷くグランドさんが遠い眼差しになったのは、自分を罵っていたボンボンを普通に誉めるリュートを思い出したから、かもしれない。
「じゃあ、改めて。……ありがとう。ハルとルー」
(どういたしまして)
(ちまちて)
小さくだけど、きちんと私とルーへ頭を下げてくれたグランドさんに、私達もきちんと頭を下げて返したよ?
リュート以外には、言葉は通じないけど。
「ハルさんが、どういたしまして、だそうです」
「……人語を解すのかい!?」
目を見開くグランドさん。久しぶりに普通な人の反応だ。
「らしいぞ。まぁ、普通のモンスターじゃ聞かないが、人間に育てられたからかもしれないな」
驚くグランドさんに、ギルバートさんは、くく、と笑いながら相槌を打っている。
初めからです、と言いたそうなリュートを、空気を読んだルーが、物理的に口を塞いで黙らせている。
ルー、ありがとう。ややこしくなるからね。
その後、グランドさんは私を撫でて、今度は手触りに驚き、誉めてくれた。
リュートは、ルーに口を塞がれながらも、もごもごと嬉しそうだ。
「……グランド様」
そこへ、護衛の一人が近寄ってきて、おずおずとグランドさんを呼ぶ。
それでグランドさんは察したらしい。
「すまないが、クリスティンは安堵したせいか、眠ってしまってね。本当は、直接礼を言わせたかったんだけど……」
「気にするな。リュートも、そんな事を気にしたりはしないさ」
なぁ? と、ギルバートに振られ、私達は揃って頷く。
「ほら、早くクリスティンを家で休ませてやれ」
「だけど、報酬を……」
「それは、組合の方で立て替えておくさ。それより、グラには……」
ギルバートさんが意味ありげに見やる先には、ついに猿ぐつわまでされた、ボンボンと愉快な仲間達がいる。
「わかったよ。ひとまず、私が預かり、彼の父親へ引き渡そう」
あ、ボンボン達、殺されないんだ。残念。
さっき、リュートがボンボンの行動の有用性を証明しちゃったから、相殺された?
しかし、視線で通じ合うとは。親友なだけあるね。
「……悪いな。貴族相手は性に合わなくてな。正直、グラが来てくれて、渡りに船だ」
「彼の父親は、なかなかの食わせものだからね」
グランドさんは、くすくすと余裕な笑顔で返すと、護衛に指示を出し、ボンボン達を運ばせる。
その際、ボンボンが勝ち誇った顔をしたのには、本気で殺意を覚える。
ちっ、巣の中で、しれっと死ねば良かったのに。
「……脅迫だけじゃ、貴族を殺すには、罪が足りないんだよ。あの爆弾で、誰か死ねば、色々変わるが、な」
私の殺意を感じたのか、ギルバートさんは苦笑しながら、私をぽふぽふ撫でてくれる。
ま、あれだけ考えなしな事をしたんだし、もう屋敷に幽閉とかになるだろ。
今回は、父親の知り合いだっていう、貴族のグランドさんが目撃者な訳だし。
殺せないのは残念だけど、リュートに関わってこないなら、もうどうでも良いや。
リュートが、あいつらを恨んでるなら、どうにかして始末しちゃうけど。
でも、逆に父親が始末するって可能性もあるか。
私が内心ほくそ笑んでいると、ぞわり、と背筋に悪寒が。
まだいたのか、クーレリア。
近寄ってくる気配はなく、しばらくして、クーレリアは去っていく。
クーレリアとは、また会いそうな予感がする。
それはさておき、目標だった甲冑アリの駆除と、リュート(偽)の駆除は終わったね。
「明日には、ノクに出発出来そうですね」
(そうだね。何かお土産買おうか)
「はい!」
(ぷぅ)
私達は笑い合いながら、トイカへの帰路へとつく。
とりあえず、家に帰るまでが遠足です。
お決まりな台詞を、何と無く胸に刻んでおいた。
フラグジャナイヨ?
本当にフラグじゃないですよ?
ボンボンは、強制送還となりました。
まだまだ、悪役というか、憎まれ役をやってくれるようです。
一思いに殺してやれよ、って言われるぐらい酷使してやる予定です。(え?)
書きたいネタはあるのに、他二つが難産です。
お待ちいただいてる方には、大変申し訳ありません。……いないかもしれませんが。




