悪足掻きの天才
悪足掻きしてるのは、あの方です。
もうコントだと思っていただけたら幸いです。
「で、ギルはこう言ってるが? ノーマン、君の話では、悪辣で粗暴な冒険者が、君達が倒した女王アリを横取りした、だった筈だね」
「そ、そうです!」
グランドさんの確認に、ボンボンが吃りながらも頷く。
ある意味、尊敬しちゃうよ。
「虫除け香や、毒を使ってやっと甲冑アリを倒している人間が、どうやって、あの女王アリを倒したんだ? 聞かせてくれよ」
白けた空気の中、ギルバートさんがボリボリと頭を掻きながら、ボンボンへ問いかける。
「あ、それは……僕の、剣技で、です!」
グランドさんを見ながら、ボンボンが必死に弁明する。
チャラ男と女狐は他人のフリをしている。
「へぇ、それを信じろと?」
そこへ、今まで黙っていたもう一人の貴族が、ヒヤリとした声音で入ってくる。
確か、鑑定によると、名前はクーレリア。名前も何か冷ややかだ。
「そいつらが言ってることだって、確かめようがないでしょう!?」
ま、極論だけど、ボンボンの言い分にも、一理ある……いや、ないから。危うく勢いに騙されかけたよ。
言い切ったボンボンのドヤ顔に、グランドさんは困り顔、クーレリアは冷笑、その他な冒険者は呆れ顔だ。
ただ一人、ギルバートさんは肉食獣を思わせる、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべる。
あ、うちの子は、何か感心してますが、論外で。
「お前が剣で女王アリを倒したと言うなら、証明してみせろ。おい、ハル。どうせ、まだ何匹か隠してるだろ?」
別に隠してないし。非常食だし。
内心でモゴモゴ言い訳しながら、私はギルバートさんの期待に応えるため、地面へ飛び降りる。
もふっと吐き出すのは、甲冑アリの死体(丸ごと)だ。
ギルバートさんが、ボンボンに何をさせる気かは、何となくわかってる。
「……ダメ元で言ってみたんだが、本当に隠してたか」
ギルバートさんに、呆れられた。
ギルバートさんが出せって言ったのに、理不尽だと思う。
ムッとした私に気付いたのか、ギルバートさんは私を掴み上げ、ガシガシと撫でてくれる。
私だから平気だけど、普通の生き物なら、痛がって逃げ出すと思うぐらいに力強い撫で方だ。
ちょっとエヴァンを思い出した。
ホームシックに似た物思いに耽っていると、不意に何かを感じて、ゾクリと背筋が震える。
カネノとの初対面の時に似てるが、それより、さらに気持ち悪い。
私はギルバートさんの腕をすり抜けると、安全圏であるリュートの腕の中へ飛び込む。
「ハルさん?」
怪訝そうなリュートの声に、何でもない、と返した私は、そっと視線の主を探る。
やっぱり、予想通り、か。
視線の主は、クーレリアだ。
チラリと窺って確認した私は、気付いてないフリをしながらも、さりげなくクーレリアに背を向ける。
うん、初期カネノなんて、可愛いものだったようだ。
私がゾワゾワと戦っているうちに、甲冑アリの死体へ近寄る人影がある。
妙に自信に溢れた表情をし、剣を構えたボンボンだ。
あっちはまだ実害はないから、ひとまずボンボンの方を気にしよう。
ああやって甲冑アリへ近寄るってことは、ギルバートさんの挑発に乗ったんだろう。
女王アリを倒した剣の腕なら、甲冑アリなんて、一刀両断だろう、的な?
甲冑アリの巣で出来なかったことが、出来るようになるのか?
やけに自信満々だけど、ボンボン。
あ、もしかして、動かないから? そう言えば、死体をいたぶった形跡もあったか。
でも、ボンボンなら、リュートと違う意味で、期待通りになりそうだよね。
リュートの腕の中へ避難したまま、私はボンボンの鈍い太刀筋を見守る。
ガキンッと耳障りな音がし……。
「折れちゃいましたね」
リュートが心底残念そうに呟く。
「お前は、どっちの味方だよ?」
ギルバートさんに呆れ混じりで問われ、リュートはキラキラとした笑顔になり――。
「俺は、ハルさんの味方です!」
元気良く言い切った。
「……ソウカ」
ギルバートさん、片言にならないで? あと、目を反らさないで?
「おや、死体を相手にして、その腕前で、よく女王アリに勝てたものだな」
「こ、これは、そう、そうです! 女王アリと戦った時のダメージが……」
クーレリアの皮肉に、ボンボンは必死に見苦しく弁明する。
そんなボンボンの様子に、グランドさんは何故か痛ましげな表情だ。
「ま、有り得ない話ではないが、な……」
復活してニヤリと笑ったギルバートさんは、ボンボンへ近寄ると、折れた剣をひょいっと取り上げる。
「何を!?」
驚き怒るボンボンを歯牙にもかけないギルバートさんは、真ん中から折れて、半分程の長さになった剣をリュートへ手渡す。
「ハルさんのおやつですか?」
「違う! と言うか、そんな物まで食うのか、ハルは」
ジト目で睨んでくるギルバートさん。
私は悪くないし。
そんな思いを込めて、私はふいっと視線を外して、無言の抗議だ。
「……その剣で、あの甲冑アリを斬れるか?」
「え? はい、わかりました」
ギルバートさんはため息を吐き、甲冑アリの死体を指差す。何か疲れてる。
クーレリアは、面白いとばかりに、ほぅ、と洩らし、ボンボン達はリュートを罵っている。
しかし、いくらリュートでも、半分に折れた剣で、甲冑アリを斬るなんて……。
「これでいいですか? もう少し小さくしますか?」
普通に出来たよ。
しかも、特に力んだ様子もなく、ザシュッと軽く振っただけなのに。
「ぼ、僕の剣のダメージが、今さら出たらしいな!?」
もう、天晴れとしか言えない。
ギルバートさんは、何故か慈愛に満ちた穏やかな顔で、クロウへ目配せする。何か、色々と諦めたようだ。
また貧乏クジなクロウは、他の冒険者達に手伝ってもらい、ボンボン達を縄で拘束して、離れた場所へ引っ立てていった。
「ノーマンは、一体、いつからあんな子になってしまったんだ?」
ボンボンが連れていかれた後、グランドさんは、悲しそうな表情で、ギルバートさんへ話しかけている。
「グラの知り合いだったのか?」
「あぁ、彼の父親とは懇意にしていてね。幼い頃は、あんな子ではなかった……」
だから、クリスティンの事を頼んだが。
そう苦し気に吐かれたグランドさんの台詞に、ギルバートさんの表情が曇る。
「クリスティンってのは、お前の十歳になる息子だったよな? 何があった?」
「……一昨日、散歩中に姿を消した。たまたま近くを通った人間によると、数匹の甲冑アリが、何かを大きな物を運んでいくのを見たらしいんだ」
二人の話に聞き耳を立てていた私達は、揃って息を呑んだ。
つまり、クリスティンは、甲冑アリにさらわれた可能性が高い。
それで、わざわざグランドさんは、ボンボン達の探索結果を聞くために来たんだろう。
何でギルバートさんじゃなくて、ボンボン達に頼んだのは謎だけど。
「なぜ、俺に相談しなかった!?」
「ギルには、トイカを優先して欲しかったからね。それに、ノーマンはとても優秀だと聞いていたんだよ?」
誰にだ、誰に。
優秀なのは、悪足掻きだけだ。あとは、悪運。
グランドさんは、権力を振りかざして……みたいな貴族じゃないらしい。
そりゃ、ギルバートさんの親友なんだし、当然か。
逆に遠慮し過ぎだ。
「だが、俺は、頼って欲しかったよ。……おい、誰か巣の中で、子供を見たか?」
「……人の死体は、いくつかありましたが、子供ではなかったと」
代表するように、弓使いの女性冒険者が答え、残念そうに首を振る。
その意味することは、生きた人間は見なかった、か。
(リュートも見てないよね?)
「はい。奥には、卵しかなかったですよね」
絶望で表情を暗くしたグランドを、ギルバートさんが慰めている。
せめて死体でも、と私達が再び動き出そうとした時だ。
私のもふもふの中で、何かが動いている。
一瞬、ルーかと思ったが、大きさが違うし――何より、
(まま?)
うん、ルーはすっかり定位置な、リュートの頭上にいた。
ぷるぷるしてるルーの円らな瞳を見ながら、私は色々と諦める。
さっきのギルバートさんの気分が、よーくわかったよ。
(リュート、変な物、拾っちゃったみたいだから、吐き出すね。一応警戒お願い)
「了解です。ギルバートさん、お取り込み中にすみません! ハルさんが、変な物を拾ってしまったみたいなので、警戒お願いします」
「あ? ったく、食い意地張りすぎなんだよ」
ギルバートさんの突っ込みは、冴えない。
しょうがないか。親友の息子の死は、ショックだろう。
そう思いながら、地面へ降り立った私が吐き出したのは、あの妙な予感を感じた甲冑アリの卵だ。
冒険者達は、警戒して離れすぎだと思う。
かなり離れた位置から、ぐるりと囲まれている。
グランドさんは、動かなかったけれど、護衛に引かれて離れていく。たぶん、まだ息子の死が受け入れられないんだろう。
ギルバートさんは、リュートと並んで、私の吐き出した卵を驚いた表情で見つめ、って何でリュートも驚いてるんだ?
「ハルさんが、卵産みました!?」
「卵生だったのか? エヴァンの子か!?」
(違うわ!!)
全力で否定した。
いくら、表面が白い糸的な雰囲気な卵でも、私が卵を産む訳が……いや、もしかしたら、産むかもしれないけど、これは違うから!
叫んでも、リュートにしか通じないけど。
相変わらずシリアスは長続きせず、間の抜けた空気が流れる中、私の吐き出した卵は、孵ろうとするように震え――。
「あの、誰かいるんですか?」
卵の中から子供の声がした。
ハッキリと。
本当に私が産んだんじゃないから、リュートは瞳孔開かせないで。
そんなリュート以上に、子供の声に反応したのは、離れた位置で聞いていたグランドさんだった。
護衛を振りほどき、転げそうになりながら、駆け寄ってくる。
そして、卵へ向けて、おずおずと話しかける。
その表情は、期待と不安の入り混じった複雑なものだ。
「クリスティンなのか?」
「父様? 父様なんですね?」
どうやら、卵は、グランドさんの卵だったらしい。
ん? 私も混乱してますが、何か?
他の連載で詰まると、この話の筆が進むんですよね。
他の連載も、頑張ってますが、マイペースとなります。すみません。
感想ありがとうございます。やる気いただいてます。




