甲冑アリの巣にて。終。
別に最終回じゃないですよ?
甲冑アリの巣にて、の終了です。
いやー、予想以上にボンボンが足掻いちゃって、足掻いちゃって……。
もうボンボンですらなく、小悪党にまで堕ちたか。て言うか、この面々を前に、よくそんな台詞を吐いたな。
その自信は、何処に?
「はいどうぞ、とでも言うと思ってんのかよ!?」
粋がった若者の髪型みたいなラインでハゲたマリオンが、苛立ちを隠さず怒鳴り返す。
毛がなくなって、怪我ないみたいで何よりだ。
それはさておき、マリオンの言葉に、他の皆さんも、頷いて同意してる。
リュートは、普通に討伐部位を渡そうとしてたので、私とルーで止めてある。女王アリの討伐部位は、触角らしい。
向こうの行動も謎過ぎるけど、リュートもかなりの謎行動だよ。
「その時は、アリと一緒に死んでもらうだけだ」
リュートの謎行動にほっこりしていたら、ボンボンが悪役じみた台詞を口にする。
そうだった、悪役なんだよね。
ぷぅ、と不思議そうに鳴くルーは、いつものサイズになってリュートの頭上へ戻っている。
「……討伐部位は渡せないが、多少の報酬は出そう」
ギルバートさんが、ボンボンを刺激しないよう、そう提案する。
いくらギルバートさんが本調子でも、今の立ち位置では、ボンボンより先に動く事は無理だろう。
私達は、女王アリの死体の側で、部屋の真ん中。
ボンボン達は部屋の出口側で、間には残りの冒険者達がいる。
期待を裏切らず、ボンボン達は彼らに何かしでかすはずだ。
冒険者だから、自分の身は……とも思うが、ボンボン達は卑怯だからね。
「うるさい! これが見えないのか!」
叫ぶボンボンの手には、絵に描いたような見事な爆弾がある。
丸くて、天辺からちょろっと導火線が出た、携帯の絵文字で見たような、まさに爆弾って感じの。
ほーら、相変わらず卑怯だね。
本能的な恐怖で凍りつく面々。
ニヤニヤ笑うボンボン達は、そんな都合の良い未来を描いてたのかもしれない。
現実は、
「あ゛ぁ?」
ヤのつくご職業な方が降臨しただけでした。
どうするんだよ、この空気。
ま、確かにそうだよね。
ボンボンは気付いてないんだろうか?
あの絵に描いたような見事な爆弾には、導火線がある。
つまりは、火をつけなきゃ、爆発しないはず。
いくら、女狐の魔法があっても、ライターみたいな器用な事は難しいだろう。と言うか、ファイアーボール的なのでは、手元で爆発する未来しか見えない。
万が一、火をつける手段を用意していても、ボンボン達の足じゃ、逃げるのも間に合わないと思う。
リュートとか、エヴァンなら、何とかなりそうだけどね。
で、どうする気なんだ?
「一応訊くが……お前ら、その爆弾を爆発させて、自分達が巻き込まれない術は、用意してあるんだろうな?」
私の疑問を、ギルバートさんが口にしてくれた。
他の冒険者達も、同じ疑問を持ってたらしく、うんうんと頷いている。
リュートは小声で、
「え? 走れば間に合いますよね」
と、不思議そうに呟いてる。
うん、やっぱり、間に合うんだね。規格外で、可愛いじゃないか。
もふもふっと、リュートを愛でておく。
(るーも)
自己主張してきたルーも、もふもふっと、愛でる。
(良いではないか、良いではないか〜)
(ぷぅ?)
悪戯心からやってみた悪代官ネタは、ルーに通じなかった。当たり前だよね。
誤魔化すため、ぷるぷるボディをもふもふっと捏ねくり回したら、喜ばれた。うむ、何よりだ。
私がうちの子を愛でている間にも、話は進んでいく。
「よ、用意してあるに決まってるだろう! さっさと寄越せ!」
あ、これは、用意してないと言うか、考え付かなかったみたいだね。
動揺がバレバレだよ、ボンボン。
「さすが、ノーマンですね」
うちの子は、騙されてるけど。
騙されるのなんて、リュートぐらいだからね?
「……あー、そうか。クロウ、どうにかしろ」
「え? えー、はい、わかりました」
クロウは苦労人なようだ。
ボンボンの手近にいたため、ギルバートさんに丸投げされて、苦笑混じりで頷いている。
「とりあえず、これは、もらうよ?」
「なっ、離せ!」
クロウは普通に歩いてボンボンへ近寄り、爆弾を取り上げて拘束する。
「あーあ、だから、逃げれば良かったのになぁ」
「あ、あたしは、関係ないですから!」
相変わらず素晴らしいナカマタチだね。吐き気がするくらいだ。
「お前らの言い分は、後で聞いてやる」
「おとなしくしようね」
別の二人の冒険者が、それぞれチャラ男と女狐を拘束し、喚いているボンボンを連れたクロウの後を追い、外へと向かう。
女狐の方は、ちゃんと女性冒険者が拘束してる。
じゃないと、女狐に誘惑されちゃう可能性があるからね。
騒がしい三悪党が消え、奇妙な静けさが辺りを支配する。
「……あー、甲冑アリの討伐は、無事終了だ。トイカへ帰るぞ!」
「「「はい!」」」
何とか気を取り直したギルバートさんの号令で帰り支度をする頃には、女王アリの死体は、素材と討伐部位を残して、綺麗に無くなるという怪奇現象が……。
その脇で、何かをモグモグとしている、私とルー。
「犯人はお前らか」
すぐにバレて、ギルバートさんに揃って鷲掴みにされました。
「……卵も無いようだが?」
地の底から這うような声に、鷲掴みにされたまま、ルーがバイブレーションしてる。
だから、それでバレるって。
「食ったのか?」
何個かもふもふ収納してるけど、あとは私とルーで美味しくいただいた。
気分的には、テレビで良く見た『あとでスタッフが美味しくいただきました』っていうテロップだ。
どうせ燃やしちゃうなら、問題ないと思ったし。
という訳で、開き直ってドヤ顔をして頷いておく。
「ハルさん、ルー、いつの間に……」
(リュートが見てない間に、かな)
(たまご、うまうま)
「手間が省けて良かったと言うべきか。これだけの巣なら、燃やすのも一苦労だからな」
ギルバートさんは色々諦めた表情で、鷲掴みにしていた私とルーを離してくれる。
卵と言えば、一個だけあった明らかに妙な卵、どうしよう。
何か食べちゃいけない気がするんだよね。
女の勘か、モンスターな勘かはわからないけど。
今現在、私のもふもふ収納で、丁重に保管しているから何事もないはずだ。
外に出てから、ギルバートさんに聞けばいいか。
「ハルさん、行きましょう。今日中に、トイカまで帰るみたいですよ」
(なら、またお風呂でゆっくり出来るね)
「はい!」
(ぷぅ)
頬を染めたリュートに抱き上げられながら、私は主を失った空間を振り返る。
あちこち溶けたり、ひび割れたり、激闘だったとわかる空間を。
出会いが違えば、話し合う余地もあったかもしれないけれど、ボンボン達のおかげで、それは無理だった。
さよなら、女王様。
少しだけしんみりと。
私は最後まで勇ましく戦ったアリの女王へ、心の中で挨拶をする。
あなたのお腹は、美味しくいただくんで!
モンスターは弱肉強食だし。
●
「……外が騒がしいな。あいつらがイラムに絡んでるのか?」
外まであと少しというところで、確かにギルバートさんの言う通り、ガヤガヤと騒がしい。
人間より鋭敏な私の耳には、初めて聞く複数の人物の声も拾い上げている。
(なんか、違うみたいだけど……)
私の呟きをリュートがギルバートさんに伝えると、ギルバートさんは、盛大に怪訝そうな顔をしながら、進む速度を上げる。
ギルバートさんに続き、残りのメンバーも速くなり、あっという間に出口だ。
「戦闘とかはしてないようだな」
確認するようにギルバートさんが見てきたので、もふっと頷く。
そういう危険は無いと思う。
(それ以上に面倒臭そうではあるね)
私の呟きはリュートとルーにしか聞こえないから、ギルバートさんは気にせず、普通に脱出だ。
数時間ぶりの、日差しが眩しいぜ。夕日だけど。
「ギルバートさん、ちょうど良かったです」
安堵を滲ませて駆け寄って来るのは、入り口で待機していた冒険者の一人だ。
冒険者が示す方向にいるのは、ボンボン達とイラム。
言い争う彼らの側には、貴族らしい男性が二人。片方は壮年のダンディなおじ様で、もう一人はカネノと同年代だろう。
顔面的にはカネノに勝ってる。
性格は、なんか、悪そう。爬虫類ぽいというか、粘着質な雰囲気だ。
見た目は良いのに残念だ。
ま、リュートの方が美少年ですけど!
あとは、貴族らしい二人の護衛かな。三人の男性が周囲を固めている。
「お貴族様のようだな。何事だ?」
ギルバートさんは、ポリポリと頭を掻きながら、先ほど駆け寄って来た冒険者へ尋ねる。
「あの、それが、どうやらノーマン達は、指名依頼を受けていたようで……」
指名依頼って、あなたにお願いするわ、ってやつだよね。
よくボンボンに頼んだよね。
あちらさんも貴族みたいだから、知り合いだったのか?
「あー、もしかして、依頼内容は、女王アリの討伐か」
「すごいですね! ノーマンは有名なんですね」
すごく嫌そうな顔で納得するギルバートさんの隣で、リュートはキラキラとした笑顔だ。
相変わらず、お馬鹿で可愛いな、うちの子は。
「それで、討伐部位を奪おうとした訳か」
うわ、ちょー短絡的。
私とギルバートさんは、言葉が通じないながらも、思わず目で語り合ってしまう。
でも、今現在、揉めてるってことは、ボンボンが依頼を失敗したってバレて……。
ん? ボンボンがこちらを指差してるようだな。
「あいつらです! あいつらが邪魔をしたせいで、クリスティン様を探せなかったんです! あいつらは、僕が倒した女王アリを横取りして、無理矢理追い出したんですよ!?」
おやまぁ、また何か言いがかりをつけてきたよ?
あのよく回る舌を、切り取ってやりたいもんだ。
「あの舌、切り取ってやるべきか?」
思いがけず、またギルバートさんと通じ合ったよ。
しかし、ボンボンは何処まで自分に自信があるんだか。
きっと、あの貴族二人は、自分の味方をしてくれると信じてるんだろうなぁ。
けどね、私は鑑定したから知ってるんだよねぇ?
とりあえず、貴族の一人は、ボンボンの一方的な味方にならないこと。
「ギル、彼の言っていることは?」
「んな訳ないだろ、グラ」
「え?」
ボンボンの間抜け顔に、ちょっとスカッとした。
『鑑定結果
名前 グランド
種族 人間(男)
職業 貴族
かなりの偉いさんよ。それと、そこにいるギルバートって人の無二の親友だから』
今回の墓穴は深そうだね、ボンボン。
そろそろボンボンは、首ぐらいまで墓穴に入ってそうですね(笑)
それでも這い出して来そうですが(爆)
次回で甲冑アリの話は終わりで、久々にノクへと帰れそうです。




