甲冑アリの巣にて。4
女王アリ戦終了です。
ボス戦のわりには、のんびりしてますが、通常運行です。
壁に叩きつけられたリュートは、カハッと血を吐き出し、そのまま地面へ崩れ落ちる。
(ルー! 女王様の相手お願い!)
ギルバートさんだけじゃ、不安だ。古傷が痛むのか、明らかに動きが鈍ってきてるし。
(りょ)
うん、何故そう省略したのかな?
可愛いけども!
私は内心で悶えながら、リュートの元へ迅速に転がっていく。
(リュート、しっかりして!)
「はる、さん……」
リュートが喋る度に、ごぼ、と口から血が吐き出される。たぶん、肋骨が折れたか、内臓破裂とかか……。
慌てそうな自分を、必死に落ち着かせながら、私はゆっくりと体のサイズを変えていく。
私のリュートへの好意の大きさなら、これぐらいの傷、すぐ治せるはずだ。
(すぐ治してあげるから)
また喋ろうとしたので、遠慮なくもふっと顔面まで大きくなった体で塞ぐ。
そのまま、もふもふ内に収納し、治療開始だ。
何か、時々、背中に当たるけど、気にしな……。
「うぉぁ!?」
さすがに気になって、チラリと振り返ると、突撃したマリオンが吹き飛ばされて、私の背中にしがみついていた。
追撃されそうだったんで、ギリでもふもふ内に収納してやる。
もー、特別サービスだ。本当は嫌だけど、知らない仲ではないし。
「うぇ!? 何なんだ! 俺死んだのか? まだアイツに告白してないし、ギルバートさんの奢りで酒飲んでねぇし……あー、やっぱり、ばぁちゃんのお守り貸しちまったからか?」
マリオン、死亡フラグ、建てすぎじゃね?
女王アリの攻撃を巨大化したまま受け流していると、不意に攻撃が止む。
(ままー、まもーるー)
うん、ルーも、巨大化してたんだね。
アリと水まんじゅうの戦いが始まったよ。
ギルバートさんは、少し驚いたみたいだけど、女王アリをルーに任せて私の方へ駆け寄ってくる。
「ハル、リュートは?」
私が大きくなることも、エヴァンから聞いてたのか、驚く気配もなく、ギルバートさんは私のもふもふを掻き分ける。
何となく、マリオンを吐き出しておく。
あえて言おう!
特に意味はない、と!
ギルバートさんと、マリオンが無言で見つめ合っているようだ。
そのまま、ギルバートさんはマリオンを蹴り出し、再びもふもふを掻き分ける。
(リュート、どう?)
「はい! ありがとうございます、もう大丈夫です!」
ふふふ、私のリュートへの愛を、舐めないで欲しいね。
私が一人ほくそ笑んでいると、元気良く返事をしたリュートが、私のもふもふから出てくる。
ギルバートさんの掻き分けていた方とは、逆側から。
「あ、でも、武器が……」
「リュート、これを使ってくれ!」
折れた剣を見つめ、リュートが悲しそうに呟いていると、マリオンが自分の剣を差し出す。
「でも、マリオンさんが……」
「どうせ、俺の腕じゃ、女王アリのおみ足ですら剣が通らねぇよ。そろそろ買い替える予定だったし、遠慮なく使え」
(リュート、使わせてもらいなよ)
私が普段のサイズに戻りながら提案すると、リュートは躊躇いがちに、コクリと頷く。
「じゃあ、お借りします」
「おう。折れたってかまわねぇからな?」
「アイツを倒せるなら、か?」
ギルバートさんも合流だ。
女王アリは、まだ巨大化したルーと戦闘中なので、作戦会議へ突入する。
遠距離攻撃組も、女王アリの怒りを向けられないよう、今は攻撃していない。
何て言うんだっけ、こういうの。エイト管理?
何か、違う気が……。
そう言えば、ボンボン達は……いない? 逃げたな、あいつら。
ま、足手まといだし?
ボンボン達がリュートへ吐き続けた呪詛のような言葉を、私はお返しのように内心で吐き捨てる。
実際、足手まといでしかないもんね。
「あのまま、ルーが倒せないか?」
ギルバートさんが、女王アリと組み合う(?)ルーを親指で指しながら、リュートの肩にいる私を見る。
(ルー、倒せそう?)
(むーりー)
さっきから間延びした声なのは、巨大化してるせいかな。
それはひとまず置いといて……。
確かに、ルーの食べて溶かす攻撃も、あれだけ力強い抵抗の女王アリには無理そうだ。一瞬で溶ける訳じゃない。
(リュート、ルーは倒せないみたい)
「ルーには倒せないそうです」
私の言葉を、リュートが通訳してくれる。
(ごーめー)
(ルーは悪くないよ。足止めしてくれて、ありがと)
倒せないかもしれないけど、ルーはあの凶悪な酸まで防いでくれてる。
何処かのボンボン達に、爪の垢……ないから、体の一部を飲ませたいよ。
「そう簡単にはいかないか。弱点でもわかるか、せめて俺の腕が治ればな……」
ギルバートさんが、女王アリを見ながら、低く唸るように洩らす。
弱点、やっぱりわからないんだ。
あと、ギルバートさんの左腕か……。
実は両方とも何とか出来そうなんだけど。
(リュート、私をギルバートさんに抱っこしてもらって。で、何かあっても、騒がないよう伝えて。小声でね)
まず、戦力補強からだ。
「あのギルバートさん、ハルさんをお願いしてもいいですか?」
「うん? 構わないが……」
ギルバートさんは怪訝そうな顔で私を受け取ると……うん、小脇に抱えてくれた。
そう来たか。何気にこの抱えられ方は、初めてかもしれない。
ちょうど、左腕で抱えてくれたから良いけど。
「何があっても驚かないでください」
「お、おう」
リュートの真顔怖いから、ギルバートさんが、微妙に引き気味になっちゃったけど、気にしません。
私は私を小脇に抱えたギルバートさんの左腕を、もふっと包み込む。
強面だけど、筋が通った感じとか、好感度高いよね。
念のため、好感度プッシュしながら、私はギルバートさんの古傷を癒していく……確信はないんだけど。
何かを感じたのか、ギルバートさんは眉を寄せて、小脇に抱えた私を見下ろしている。
何となく笑っとく。
「……ハルは一体何を?」
(リュート、ギルバートさんに腕の調子を聞いてくれる?)
「はい。ギルバートさん、腕の調子はいかがですか?」
「いかがですかとか言われてもなぁ、相変わらずガタが……」
リュートの質問に、苦笑いしたギルバートさんは、私を右腕へ移動させてから、ぐるりと左腕を回しながら答えてくれたが、中途で切れる。
私を落としたことも気付かず、ギルバートさんは、信じられないと言わんばかりの表情で左腕を動かし、物言いたげな眼差しをリュートへ向け、色々と諦めたようにため息を吐く。
この様子なら、治ったみたいだね。
もっふもふと地面を移動した私は、リュートをよじ登り、定位置の肩へと戻る。
ルーが疲れてきてるから、のんびりもしてられない。
あと、地味にこの空間が崩れそうだ。
ギルバートさんが本調子になったからには、次は弱点だよね。
(ルー、ちなみに触角食い千切れそう?)
(……むーりー)
ルーは一応、女王アリを抑え込んだまま、体の一部を触手のように伸ばし、触角を狙ってくれたが、逆に鋭い顎の反撃に遭ったらしい。
間延びした声が、若干悲しそうだ。
(痛かった? 大丈夫?)
(へーきー)
ルーの間延びした声に引かれるように、女王アリの顎で千切られたルーの一部は、きちんとルーへ戻っていく。
本当に痛みはないらしい。
「ハルさん、弱点は触角なんですか?」
(そう。狙えそう?)
「何とかやってみます! ギルバートさん、女王アリの弱点は触角です!」
「よし、俺が女王アリの体勢を崩す。リュートは、その隙に……」
「はい!」
絶好調になったギルバートさんに、いつも絶好調なリュート。
もう負ける気はしないよね。
マリオンが、自分もやってやるぜって顔なのがウザいけど。
「援護を頼むぞ!」
後ろで控えている面々にも一声かけて、ギルバートさんとリュートが並んで駆け出す。
それを追いかけるように、魔法の詠唱と、矢が飛んでいく。
あ、マリオンの頭を、矢が掠った。
マリオンが禿げようが、どうでもいいけど。
「ハルさん、しっかりしがみついててください!」
(はいよ〜。ルー、ギルバートさん、きっと足狙うから、ちょっと縮んで)
(あーいー)
気の抜けたやり取りで、私はリュートへしがみつき、ルーは少し縮んで女王アリの胴体を締め付ける。
「よし! 上手いぞ、ルー」
(あいー)
ルーのスライムなボディから露出した後ろ足を、ギルバートさんのハルバートが、鋭い一撃で叩き斬る。
「思うように腕が動きやがるぜ!」
がはは、と愉しげに笑うギルバートさん。
うん、明らかにヤバい人だ。イっちゃってるね。
治したことを、後悔したよ。
たぶん、普通の甲冑アリなら、一撃で粉砕だよ、これ。
女王アリですら、ガクリと体勢を崩し……って言うか足を無くせば、巨体な分、キツいよね。
それでも、まだ女王アリの頭の位置は、だいぶ高い位置にある。
リュートの脚力をもってしても、届くかは微妙だけど……。
目に入ったのは、ルーのぷるぷるなボディだ。
ちなみに、ルーの円らな目は、さっきから、誉めて誉めてとアピールして来ている。
そうだ。良い事、思い付いた。
(ルー、硬くなれる?)
(ちょと)
時間か、硬さか……。
どちらにしろ、リュートならイケるだろう。
(リュート、ルーを足場にして)
「はい!」
リュートなら、これで理解出来るはずだ。
一瞬の躊躇いもなく頷いたリュートは、ギルバートさんの追撃でさらに体勢を崩した女王アリの体を、ルーを足場に駆け上がる。
狙うはただ一ヶ所。
女王アリの、唯一の弱点の触角だ。
女王アリも、大人しくしている訳はなく、ギチギチと顎を鳴らして抵抗するが、遅い。
凶悪な顎を避けて、鋭く一閃したリュートの剣が、女王アリの触角を斬り落とす。
女王アリには発声器官がないのか、絶叫などはなかったが、ギチギチと激しく打ち鳴らされる顎は、悲鳴の代わりかもしれない。
最後の足掻きとばかりに、女王アリは酸を吐き出す体勢をとるが、それもルーに邪魔されてしまい叶わず、ゆっくりと地面へ崩れ落ちていった。
(おやすみなさい)
――永遠にだけど。
これで、終わりかと安心した空気を、
「討伐部位を寄越せ!」
小悪党がぶち壊してくれた。
巨大アリと巨大スライムの戦いでした(笑)
長期戦に持ち込めば、ルーが持久力で勝てるかな、と。
感想、コメントありがとうございます。
返信遅くてすみませんが、やる気とネタをいただいてます!




