甲冑アリの巣にて。3
あと一話で、巣から出れるかなと思います。
今回、シリアル……シリアス成分多めです。(当社比)
「ご迷惑おかけしました。ご武運を……」
私達を見送るイラムは、疲労と精神的ショックのため、ここで戦線離脱だ。
元々戦力としては期待していないし、鑑定出来ない他の面々は、裏切りとかも心配しちゃうしね。
あ。でも、普通の鑑定では、性格とかはわからないのか。
何気に女神様鑑定って、チートってやつ?
「ここまでの道の甲冑アリは全て倒してある。楽に出られるはずだ。出入口に待機している冒険者と合流して待機していろ」
「はい」
ギルバートさんの指示に、イラムは殊勝な顔で頷いている。
幸いというか、ここは甲冑アリの巣なので、他のモンスターはいない。
その甲冑アリも、掃討しながら進んできたから、イラムは無事に脱出出来る……はず。
冒険者なんだから、あとは自己責任で。
私達の目的は、あくまでも甲冑アリの駆除だから。
ついでに、巣の奥へと走り去ったっていうボンボン達も、駆除したいけど。
チラチラとイラムを振り返っていたら、ヤキモチを妬いたリュートに、ぎゅうぎゅうと抱き締められる。
また、ひょうたん型になりました。
今日はもう抱き締めるなって言ったのになぁ。
アワアワしてるリュートと、ぷぅぷぅ楽しそうなルーを見ながら、私はため息を吐き、フンッと気合を入れて原型を取り戻す。
ホッとしたリュートは、今度は力加減に気を付けながら、抱き締めてくる。
抱き締めないという選択肢は無いの?
こういう時に限って、生きてる甲冑アリはいないから、皆さんの生暖かい眼差しが……。
諦めましたけどっ!
イラムは何気にストッパーだったのかもしれない。
巣の奥へと進む道すがら、私はリュートの肩で、そんな事を考えていた。
イラムがいなくなったボンボン達は、なかなか無茶をしたようで、油を撒いた跡があったり、死んだ甲冑アリをいたぶった形跡もある。
死にきれず苦しそうな甲冑アリに止めを刺しながら、私達は女王がいる巣の奥を目指す。
「胸くそ悪いな」
私の内心の声と、マリオンが吐き捨てた声が重なる。
皆さん一様に表情が険しいが、特にギルバートさんの顔はヤバい。二・三人殺ってますよね、って確認したくなる。
実際、ベテラン冒険者なんだから、それ以上に殺ってはいるだろうけど。
雰囲気だ、雰囲気。
どっちが悪役かわからなくなりそうな人相だけど、見るのはボンボン達と甲冑アリだけだから、問題ないよね。
そうこうするうちに、巣の様子が徐々に変わっていく。
土が剥き出しだった巣の壁は、何か白くテラテラしてきた。
(何かテラテラしてるね)
「女王の部屋……産室が近いんだと思います」
「その通りだ。卵は薬の材料にもなるが、今回は焼き払う。そのつもりでいろ」
答えの代わりに、ギルバートさんへ向けてリュートと一緒に頷いておく。
へい、親分! って、言いたくなったのは秘密だ。
あと卵は、気になる。
『甲冑アリの卵は、美味しいし、滋養たっぷりなのよ?
焼くなんてもったいないわ』
何か出たなぁ、と思ったら、女神様通信だ。
このウィンドウ、私にしか見えないみたいから良いんだけど。
鑑定と言うより、最近女神様の通信手段だよね、これ。
隙があれば、確保しときますから、心配しないでください。
「ハルさん?」
不思議そうなリュートに、もふっと膨らんで誤魔化しておく。
誤魔化せたのか、リュートに撫で回される。
うむ、苦しゅうない。
「……緊張で動けないのも困るが、お前ら、気を抜き過ぎだろ」
「気は抜いてません!」
ギルバートさんの呆れ混じりの言葉を、リュートが力強く否定する。
「そ、そうか? ならいいが……」
リュートの力強い否定に、ギルバートさんは少し引き気味になり、私は感動していたのだが……。
「俺は全力でハルさんを愛でてます!」
一瞬、静寂が辺りを支配し、ギルバートさんは、ソウカ、と何処か遠くを見ながら片言で相槌を打つ。
あ、マリオンがずっこけてる。
何か、うちの子がすみません。
結局、リュートのおかげ(?)で、無駄な緊張感は消え、私達はサクサクと進んでいく。
用意した毒が切れたのか、見かけた甲冑アリの死体は、かなり傷だらけだ。
やったのは、ボンボンじゃなく、チャラ男か、女狐の魔法だろうけど。
ボンボンの腕前じゃ、剣の方が折れそうだ。
もうすぐ終点っぽいが、適度な緊張感で、喋る声は無く、歩く音だけが……。
「く、来るなぁ! 虫けらが!」
歩く音だけが――。
「ノーマン! どうにかしなさいよ!」
本当に、歩く音だけが……。
「何で毒使いきっちゃう訳? ちょーピンチだし」
雑音うるさいわ!
「ハルさん? あの、明らかに歩く音だけじゃないですよ?」
(うん、現実逃避してただけ)
申し訳なさそうなリュートの言葉に、私はため息を吐いて頷く。
ギルバートさんは、とてつもなく嫌そうな顔で一同を見渡し、
「…………助けに行くぞ」
とだけ言って、先陣を切る。
「はい!」
キラキラとした瞳で張り切って駆け出すリュートに、躊躇いを見せていた残りの冒険者達も続く。
しれっとマリオンが一番前にいるけど、死亡フラグじゃないよね?
この戦いが終わったら幼馴染みに告白する、とか。
戦闘前に「必ずみんなで帰って、ギルバートさんのおごりで飲もうぜ」って宣言してたり、とか。
この依頼に不安そうな女性冒険者に、「このお守り貸してやるよ。これのおかげで、何回も命拾いしたんだぜ?」みたいな甘酸っぱいことしてたり、とかしてないよね?
うん。止めよう、考えるのは。
何かマリオンなら、全部してそうだし。
リュートなら、同じことしても、フラグを全部バッキバキにしそうなんだけどね。
「帰ったら、ハルさんとお風呂入りたいです!」
(るーも)
これぐらいなら、死亡フラグにはならないか。
なったとしても、リュートなら、バッキバキだから。
そんな事を呑気に考えながら、私達は女王とのご対面をするため、ギルバートさんを先頭に、騒音の発生源へ飛び込んでいった。
行き止まりになっている空間で、まず目に飛び込んできたのは、多数の甲冑アリの死体。
次に目立つのは地面から生えるように真っ直ぐ立ち並ぶ、カプセルみたいな白いモノ。大きさはリュートの腰ぐらいまであり、繭のような雰囲気もあるが、あれが甲冑アリの卵だろう。
そして、奥にいるのが怒り狂う甲冑アリの女王。
サイズは特殊個体より二回りは大きく、色はさらに鮮やかで、メタリックな赤。腹部は、普通の甲冑アリに比べ、二倍ほどの大きさがある。
ガチガチと鳴らされる顎の音は大きく、私達を敵として見ているのは明らか……というか、当たり前か。
女王アリから見れば、私達は子供達を殺した侵入者だし。
「でか……」
思わず、そう洩らしたのはマリオンだ。
その声が引き金になったように、私達と女王アリの死闘が始まる。
先手は女王アリだ。
グッと腹部を持ち上げられた女王アリのお尻から、何かの液体が発射される。
「避けろ!」
ギルバートさんの号令で、左右に別れて、私達は吐き出された謎の液体を避ける。
あ、私とルーは、リュートっていう優秀な土台に乗ってるので、ただしがみついているだけなんだけど……。
で、そこそこ余裕のある私は、女王アリが発射した液体のかかった場所を確認する。
うん。溶けてるね。ドロドロだね。あいつらも溶かされたのかね。
私のささやかな期待は、すぐ打ち砕かれる。
最初から気になっていた、多数の甲冑アリの死体。
それを盾にして、ボンボン達は生き延びていたらしい。
残念だ。とても残念だ。
とてつなく、残念だ。
(ざんねん?)
女王アリとの睨み合い中なリュートはともかく、ルーには駄々漏れた声が聞こえてしまったらしい。
(何でもないよ。私達も、女王様の相手、頑張ろうね、ルー)
(あい)
でも、私のもふもふでも、あの液体が防げるか、少々不安なんだけど。
とりあえず、鑑定だ。
『甲冑アリ(女王)
母は強しよ。気をつけて』
確かに。
『甲殻は、通常よりかなり堅いわ。下手なら剣なら、あっという間になまくらだから』
あー、リュートの剣も、ギルバートさんの一撃も防がれてるね。
弾かれた反動で、ギルバートさんが体勢を崩し、そこに女王アリの顎が迫る。
「ギルバートさん!」
リュートが叫ぶのと同時に、複数の魔法と弓矢が女王アリの頭へ当たり、怯ませる。
後衛からの援護だ。
さすがって感じの連携だよね。
女王アリが怯んだ隙に、立て直したギルバートさんのハルバートが、女王アリの足を切り払う。
ちっ、体勢を崩したけど、すぐ持ち直したよ。
魔法も弓矢も、怯ませただけで、ダメージは与えてないみたいだし。
何か弱点無いのかな、弱点。
山々ナメクジの麻痺粘液は、普通の甲冑アリにも効かなかったから、女王アリに効く訳ないよね。
『ハルのもふもふなら、あの酸の体液にも耐えられるわ。
ルーも、大丈夫。
弱点はほとんどないけど、強いて言うなら、触角が弱かったはずよ』
私もルーも、大丈夫らしい。
いざという時は、皆さんの盾ぐらいにはなれるだろう。
巨大化出来るし。
ひとまず、リュートに情報伝達だ。
(リュート、触角弱点だから!)
「触角ですね! 了解です!」
相変わらずいい返事だ。疑いの欠片もない。
居酒屋みたいだなぁ、と思ったのは内緒だ。
女王アリの懐へ飛び込むリュートの邪魔にならないよう、私はルーと共にリュートから飛び降り、女王アリの足元を転がり抜ける。
あ。いつの間にか、ボンボン達が、保護されてるよ。
死んでも良いけど、何か悪巧みされたら困るもんね。
あいつらなら、油撒いて、火を点けて逃げるぐらいしそうだし。何だったら、あいつらに油かけて、女王アリと蒸し焼きにしたい。
転がって女王アリの気を引きながら、私は器用にも真っ黒なことを考えていた。
ふふふ、こっそり卵は何個か確保しちゃいました。
どうせ焼くんなら良いよね。ちゃんと、中身が出来てないのを選んだし。
……何か、妙なのも一個あったけど。
女王アリの遠距離攻撃は、あの酸攻撃だけだから、端でただ今休憩中だ。
リュートとギルバートさんの連携も危なげないから、ちょっと気を抜いてたら、ルーがぴょんぴょん戻ってくる。
女王アリの前足を奪ったらしい。
ドヤ顔で足を取り込んでいて、可愛い。
ほのぼのしていたら、女王アリの方から、パキンッと何かが砕けるような音が……。
え? と、そちらを向くと、女王アリに剣を砕かれたリュートが、思い切り弾き飛ばされるところだった。
(リュート!)
リュートとルー以外聞こえない私の叫び声が、空しく響く中、壁に叩きつけられたリュートは、そのまま地面へ崩れ落ちた……。
私のシリアスはエセで、ハッピーエンド至上主義なので、心配しないでください。
感想ありがとうございます。
返信遅れていてすみません。
執筆の励みにさせていただいてます。




