甲冑アリの巣にて。2
まだ甲冑アリの巣にいます。
ご都合主義って素晴らしいですよね(笑)
「ちっ、固まるな!」
ギルバートさんの号令で散開した冒険者達に、赤い甲冑アリ達が突っ込んでくる。
赤いせいか、動きが速い。
いや、深い意味はないよ?
(リュート、特殊個体は美味しいらしいから、よろしく)
「はい!」
リュートならこれで通じるだろう。
特殊個体な甲冑アリの相手も、かなり余裕そうだし。
リュートの方に来たのは、ちょうど一匹で、残りは冒険者達の方へ分散してる。
向こうは、少し苦戦してるみたいだね。
(ルー、お手伝いしてあげて。魔法には巻き込まれないよう気を付けてね)
(あい)
ぷぅ、と一声鳴いたルーが、ぷるぷると気合を入れて跳ねていく。
向かう先は、明らかに苦戦してる、クロウパーティーだ。
ギルバートさんは、魔法使いの援護を受け、いい勝負してる。と言うか、楽しそうだ。
戦闘狂なんだね。
向こうではルーが、甲冑アリの後ろ足へとまとわりつき……うん、溶かしてるみたいだね。
(あし、おいし)
良かったね、ルー。
戦っていたクロウパーティーが、体勢を崩した甲冑アリに驚いてるけど。
「ルーか! 助かるよ!」
クロウからお礼をいただいた。
これでタコ殴りすれば、特殊個体でも、何とかなるだろう。
「ハルさん、ハルさん、倒しました!」
そして、見てないうちに、リュートが特殊個体倒してました。
早すぎ。
(さすがリュートだね)
見てなかったとも言いにくいので、私は誤魔化すように笑って誉めてから、リュートの肩から飛び降りる。
(回収しとくね)
特殊個体なら、素材も高く売れそうなんで、つまみ食いは我慢だ。
もちろん、特に美味しいという腹部は、きちんと確保してある。
さて、ルーは頑張ってるかな?
甲冑アリを収納し終えた私は、もう一人のうちの子を探す。
リュートはと言うと、視界の端で、増援の甲冑アリへ駆けていくのが見える。
今度は特殊個体ではなく、通常の個体だ。
まぁ、リュートなら問題ないだろ。
私はもふもふっと移動しながら、ルーの取りついた特殊個体を目指す。
特殊個体なだけあってタフらしく、足が一本無くでも、激しく抵抗し、クロウパーティーは苦戦している。
あと、ギチギチ鳴る顎が恐ろしい。
リュート(偽)は、拘束されたまま、ガタガタ震えてるし。
思わず見守っていたら、特殊個体が、クロウパーティーの包囲を抜け、なかなかの速度で何処かへ一直線へ向かう。
進行方向にいるのは、甲冑アリと戦うには攻撃力に難ありで、リュート(偽)の拘束役になった弓使いの女性冒険者だ。
それでも、冒険者だけあって、弓使いの女性は、短剣を構えて、特殊個体を迎え撃つ。
リュート(偽)は、腰が抜けたのか、壁を背に座り込みながら、ガクガク震えている。
うん、それだけなら、まだ良かったのに。
「う、うわぁ!」
パニクったリュート(偽)は、慌てて逃げ出そうとし、あろうことか、自らの前に立つ弓使いの女性へ、背後からぶつかったのだ。
狙った訳ではないだろうが、最悪なことに、真っ直ぐ向かってくる甲冑アリの方へ。
「お前ぇっ!?」
「逃げてくれぇ!」
リュート(偽)への怒鳴り声、弓使いの女性への懇願するような吠え声が重なり合う。
後者は、弓使いの女性の仲間かもしれない。
弓使いの女性は、必死に立ち上がろうとするが、目前には死の顎が迫る。
「い、やぁ……え?」
恐怖に染まる、弓使いの女性の表情。それが、きょとんした表情になる。
(やらせる訳ないし……っ)
すぐに違う理由で顔を青くし、弓使いの女性が叫ぶ。
「ハルさん? リュートくん! ハルさんが、あたしを庇って……っ」
「え?」
増援の甲冑アリを叩き斬ったリュートが、不思議そうな顔で振り返り、私の状態を確認した瞬間、怒りを露わにする。
顔が整ってる人が怒ると、怖いよねぇ。
そんな呑気な事を考えている私が、今現在どうなっているかと言うと……。
「ハルさんを、離せぇっ!」
剣を構えて、一直線に向かってくるリュートを見ながら、特殊個体な甲冑アリの顎に挟まれてますが、何か?
(ままぁ)
(大丈夫だよ。変形してるけど)
弓使いの女性を庇ったら、見事に挟まれたんだよね。
痛くはないけど、かなり変形してるんだ、これが。ただ今、ひょうたん型してます。
「ハルさんを返せぇ!」
いや、別に奪われてないから。
内心で突っ込みながら、リュートの見事な太刀筋を眺めていると、対処しきれなくなったのか、特殊個体は私を離す。
ポトッと地面に落とされた私は、コロコロと転がり、弓使いの女性の足元まで進む。
「ハルさん、助けてくれた、のよね? ありがとう」
気にしないで、と言う代わりに、私は変形したままの体を揺らす。
……何か、なかなか戻らない。
「……戻るの?」
(たぶん)
弓使いの女性に、心配そうに撫でられてます。
まだ戻らないけど、大丈夫だろう。
「ハルさん!」
二匹目の特殊個体な甲冑アリを始末し、リュートが駆け寄ってくる。
チラと背後に見えた甲冑アリの死体は、原形を留めていないので、素材とかは無理だな。
と言うか、ルーがぷぅぷぅ怒りながら、食べちゃってるし。
そう言えば、しでかしちゃったリュート(偽)は、どうしたかと思えば、手が空いたマリオンに捕獲されてた。
マリオンがドヤ顔してるのは、ちょっとイラッとするけど。
リュート(偽)は、壊れたように謝り続けている。
悪気はなかったんだよね? ただ、どじっ子属性なだけで。
「ギルバートさんの方も、終わったようですね」
ひょうたん型になった私を直してくれながら、リュートはギルバートさんの方を見て、感心したように呟いている。
ちなみに、まだ直らない。
甲冑アリは、リュートより怪力だったようだ。
段々、リュートが涙目になってきているのは、気のせいかな?
「ハルさんが……へこんで……もどらない、です……」
(ままぁ〜)
リュートも、ルーも涙声だよ。
気合入れたら、戻るか?
ふんっ、と乙女らしからぬ気合を内心で入れ、私はリュートに抱かれたまま、全身に力を入れる。
数秒は変化がなく、駄目か、と思った途端、もふっと体が膨らんで、いつもの体型な私に戻る。
何とかなるもんだね、気合で。
「ハルさんっ、良かったです!」
感極まったリュートに、ぎゅうぎゅうと抱き締められる。
また、ひょうたん型に戻ったのは、しょうがないよね?
「うぅ……ハルさん……」
リュートにトラウマを与えてしまったようです。
リュートは、私を抱き締めて、半泣きだ。
幸いにも、甲冑アリの増援は無く、皆さん、休憩したり、リュート(偽)の尋問をしている。
(まま、つおい)
(ありがと、ルー)
ルーは、ひょうたん型から戻る、一連の流れが気に入ったらしい。
ぷぅぷぅ、嬉しそうに鳴いている。
いつもは、リュートに抱き締められても、体の形が変形したままになったりしないから、たぶん、さっきのダメージのせいだ。
(今日は、念のため、抱き締めないでね)
明日には治るだろうと、シュンとしているリュートへ念押しし、もふもふな体をリュートの頬へ擦り寄せる。
「はい!」
リュートのいい子な返事を聞きながら、私は尋問されているリュート(偽)へ、視線をやる。
リュート(偽)は、ハルバートを構えたギルバートさんの前で、正座をさせられている。
本名も判明した。
イラムだ。
「あれ? リュートじゃないんですか?」
本気できょとんしているリュートに、色々と心配になるが、可愛いので良しとする。
皆さん、リュートの発言をスルーし、リュート(偽)ことイラムの尋問をしている。
イラムの話を整理すると、彼は駆け出しの冒険者だったらしい。
ある日の依頼帰り、絡まれたところを助けにくれたのが、ボンボン達だったそうだ。
エヴァンがいたら、
「あ゛? お前らが絡んだの間違いだろ?」
と、突っ込んでくれるだろう。
うん、私も突っ込みたい。きっと、金で雇って、タイミングを見て、絡ませたんじゃないか、って。
その後の展開を見れば、疑いは濃厚だよね。
あいつら、こういう人を見る目はあるんだよ、無駄に。
純粋というか、他人を信じやすい人を。
リュート然り、デブリ然り、このリュートの偽者にされたイラム然り。
一方的に、リュートの悪口を吹き込まれたイラムは、リュートを誘き出すために、偽者となる事を了承した。してしまった。
小さな悪事を繰り返す事も、リュートを陥れるためだと、すっかり慣れてしまい、偽者生活が板についた頃、ついに本物が現れた。
最初は、特に疑わなかったらしい。
俯きながら、イラムはポツリポツリと洩らす。
しかし、本物のリュートと出会い、ボンボン達の話に違和感を抱いたそうだ。
どう見ても、リュートはボンボン達が話すような……。
弱いクセに態度が大きく、笑顔で他人を騙す。見た目はそこそこ良いから、周囲はリュートが悪人だと言っても信じない。
そんな人間には見えなかった。
そして、昨日の襲撃の後、決定的な亀裂が出来て、イラムはボンボン達の仲間から抜けたいと言った。
ボンボンは笑顔で承諾し、明日の依頼だけは付き合ってくれ、そう頼まれて、ここへ一緒に来た。
てっきり、私達に協力するのだと思っていたイラムの前で、ボンボン達は虫除け香を焚きまくり、向かってくる甲冑アリは毒で始末し、奥へと向かう。
途中までは、順調だった。
けれど、奥へ行くほど、虫除け香の効果は薄まり、甲冑アリは凶暴化する。
そこで、あの特殊個体な甲冑アリと遭遇してしまったらしい。
ボンボン達は、イラムへ、
「何とかするから、時間を稼いでくれ」
と、言って、巣の奥へと走り去った。
もちろん、戻っては来なかった。
残されたイラムは、ただただ死ぬ気で逃げ回っていたようだ。
ここで私達と会えたのは、幸いだろう。
喋り終えたイラムは、正座をしたまま、深々と頭を下げる。
「先ほどの件も含め、ご迷惑おかけしました」
反省してるようだけど、信じても良いのか。
鑑定してみればいいか。
名乗った名前も嘘じゃないし、肩書きとかも嘘じゃない。
『リュートほどじゃないけど、悪い子じゃないわ。
いい仲間に出会えれば、大丈夫』
そっか。ちょっと、安心した。
これで全部演技だったら、人間不信になりそうだよ。
とりあえず、叫んでいいだろうか――。
諸悪の根元はお前らかよ!?
悪人は、あの三人だけで十分です。
イラムに悪気はありません。
世紀末な救世主の、ザコ敵な扱いをしようか悩み、止めました。




