甲冑アリの巣にて。1
甲冑アリの巣へアタックスタートです。
ハルやリュートは、通常運行です。
ガチャガチャ、ぐしゃっ。
「だいぶ数が増えてきたな」
ガチャガチャ、バシュッ。
「そうですね。巣が近いんでしょうか」
「あの二人、規格外じゃね?」
マリオンの気の抜けた言葉に、残りのメンバーは、揃ってコクコク頷いていた。
マリオンの指す二人とは、リュートとギルバートさんだ。
私はいつも通り、リュートの肩に掴まりながら、間近でその光景を眺めている。
ギルバートさんのハルバートが、甲冑アリを粉砕し。
リュートの剣が、甲冑アリを真っ二つに両断する。
二人が討ち漏らした甲冑アリは、後ろに控えるクロウ達が倒してるので、色々バッチリだ。
しかし、斥候役にしては、やけに甲冑アリが出てくる数が多い気が……。
(何か、甲冑アリ多くない?)
「やっぱり、巣が近いからでしょうか?」
「いや、それにしては、殺気立ち過ぎだ」
リュートの呟きに、少し離れた場所でギルバートさんが、首を捻りながら訝しげに応じる。
(なんかー、もくもく、おこてる)
(もくもく? 煙に怒ってる? ルー、甲冑アリの言葉わかるの?)
(ちょと)
驚く私に、リュートの頭の上のルーは、ぷるぷるとドヤ顔してる。
これは良い発見だ。リュートの助けになるかもしれない。
(リュート、ルーが……)
私が言い切る前に、リュートは力強く頷いてくれる。そう言えば、私の言葉はリュートには聞こえるんだった。
「ギルバートさん! どなたか巣に先行してますか?」
「いや、組合からは誰も出してないが……どうした?」
「たぶん、誰かが巣で虫除け香を使ったんじゃないかと……」
リュートの言葉に、ギルバートさんはハッとした表情で、甲冑アリを押し戻しながら、前方を睨む。
(虫除け香?)
私もギルバートさんをならい、前方を見ながら、体を傾げる。しっかり掴まっていないと、リュートの動きが激しいので、振り落とされそうだ。
ま、私とルーなら、振り落とされないけど。
「虫系のモンスターの嫌う匂いを出す香です。弱体化もしますが、嫌いな匂いな訳ですから……」
(そっか。それは、怒り狂うよね)
それが、ルーの言う、もくもくの正体か。
で、その弊害で怒り狂った甲冑アリが、巣から出て来て、近くにいた私達を襲ってきてるんだな。
「でも、先行している人がいないなら、誰が虫除け香使ったんでしょう?」
(確かに)
今日甲冑アリの巣を襲撃することは、通達してあるはずだから、別の冒険者が……って可能性は低そうだけど。
巻き込まれたくないだろうし。
「巣に着けば、嫌でもわかる。どうせ倒すんだからな」
ギルバートさんの一言で、不安そうに顔を見合わせていた冒険者達の表情が、目に見えて変わる。
さすがだ。
「はい!」
一番やる気になってるのは、うちの子ですけど。
「巣の入り口は、あそこだな」
リュートとギルバートさんを主軸にした力押しで、無事に脱落者もなく私達は甲冑アリの巣まで辿り着いたのだが……。
アリの巣というからには、私は蟻塚とか、地面に掘られた穴とかを想像していたのだが、違ったらしい。
目の前にあったのは、普通の洞窟にしか見えない、穴の入り口。
(洞窟だし)
「そうですよ?」
これが甲冑アリの普通らしく、リュートにきょとんとされた。
その甲冑アリの巣だという洞窟の入り口からは、まだうっすらと煙が上がっている。
たぶん、虫除け香の煙だ。
その周りには、息絶えた甲冑アリの死体が転がっている。
もちろん、私達が倒したものではない。
「どうやら、虫除け香を使った馬鹿は、一足先に巣へ突っ込んだようだな」
ギルバートさんが重々しく呟く。強面度がアップし、気の弱い人ならなら号泣必至だ。
うん、こっちが悪役みたいだよ。
「よし、少し休んだら、すぐ巣に突入するぞ」
「はい!」
リュートはまだまだ元気そうだけど、他の冒険者達はホッとしたようだ。
休憩を提案したギルバートさんも、リュート側だけど、さすがリーダーってことか。
「ハルさん、ハルさん」
他の冒険者達が休憩している中、リュートは何で私の名前を連呼してるかって?
私を抱き締めて、顔を埋めてるから、かな。
甘えん坊モードなリュートからは、あの凄まじい戦い振りなんて、想像も出来ない。
(まま、まま)
もう一匹の甘えん坊も、ぴょんぴょん跳ねて、帰ってきたようだ。
散乱していた甲冑アリの死体は、綺麗に無くなっている。
(はいはい)
生暖かい眼差しで見られてるなんて、気にしたら負けだよね。
思い切り、リュートとルーを愛でておいた。
休憩を終えた私達は、準備万端で、甲冑アリの巣へ突入する。
不思議なことに、巣から甲冑アリが出てくる気配はない。
「一応、先に入った馬鹿が心配だ。行くぞ」
「「「はい!」」」
トイカの冒険者達は、軍隊的なノリの良さで返事をし、隊列を組んで巣の中へ突入していく。
向こうはエヴァンカラーで、こっちはギルバートさんのカラーなんだろう。
類友とも言うけど。
食べ溢し……違った、取り逃がした甲冑アリ対策に、三人の冒険者が巣の入り口に残される。
内訳は戦士が二人に、魔法使いだ。
あれに僧侶とか加われば、RPGの定番なパーティーだな。
リュートの肩上から視線を送り、私はそんな事を考えていた。
「あーる、ぴぃ、じぃ?」
(ありゅ、ぴぃ、じ?)
駄々漏れたらしくリュートとルーが、揃って奇妙な呟きを洩らしている。
可愛いな、おい。
(何でもないよ。気を抜かず行こう)
「はい!」
(ぷぅ)
私達は一応先頭だ。
戦力としてリュートが期待されてるのと、ルーの感知能力があるから。
ま、巣の中では必要ないよね。
「来ました!」
リュートが一声上げ、カーブした通路の先から現れた甲冑アリへ斬りかかる。
もう一匹いた甲冑アリは、他の冒険者達の連携で倒され……。
「やってやったぜ!」
マリオンがドヤ顔して叫んでるけど、マリオンはほとんど何もしてない。
それでも、嫌な顔をされないのは、マリオンの日頃の行いなのか、マリオンの後ろで苦笑しているクロウのおかげなのか……。
うん、間違いなく後者だ。
しかし、謎の先行者はどれだけ虫除け香を焚いたのか、広いとは言えない巣の通路には、瀕死の甲冑アリが転がっている。
(虫除け香って、ヤバいね)
出番もないので、リュートの肩でまったりしながら、私は誰にともなく呟く。
誰にともなくって、聞こえるのはリュートとルーだけなんだけど。
「……虫除け香にしては、効果が強すぎる気がするんですよね」
「そうだな。その上、やけに綺麗な状態で、戦闘不能になってやがる」
リュートの不思議そうな呟きに、いつの間にか側にいたギルバートさんが応じる。
確かに、リュートの殺し方は綺麗だけど、それでも傷はある。なのに、先行者が仕留めた甲冑アリは、傷一つない。
本当にどうやったんだ?
ふと思い出すのは、先日喜劇な決闘相手となったデブリだ。
彼らが倒した山々ナメクジにも、傷がない死体があった。
彼らが麻痺薬と思って使った薬が、ちょーヤバい毒薬だったから。
(甲冑アリに毒って、効く?)
「毒ですか? 効きは悪いですが、効かない訳ではないです」
「毒、か。有り得ない線ではないな」
私の問いにリュートが答え、それを聞いたギルバートさんが、納得した様子で呟く。
ちなみに、無事な甲冑アリもいるのだが、リュートを筆頭とした冒険者によって、きちんと駆除されている。
さすがに会話してる余裕があるのは、リュートとギルバートさんぐらいだけど。
さっきから静かだと思ったら、ルーは私のもふもふに埋もれて寝ちゃってるし。
「先行者が誰か知らないが、この分なら、一日で駆除出来そうだな」
ギルバートさんの軽口に、冒険者達も頷いている。
それぐらい順調に進んでいるらしい。
私とルーの出番は無さそうだ。
そう思ってたんだけど、寝ていたはずのルーが、急に起き出してリュートの頭に移動する。
(まま、てき、いる)
ルーの円らな瞳が睨みつけるのは、緩くカーブした通路の先だ。
(リュート、何かいるみたい)
私が警告するまでもなく、ぷぅ、と鳴いて警戒するルーの様子に、全員が身構える。
通路の先から現れたのは……。
「ひぃ……っ!」
恐怖からかボロボロ涙を溢し、ついでに鼻水もダラダラな情けない顔で、半ば這うような体勢のリュート(偽)だ。
うん。間違いなく敵だね。うちの子、頭良いから。
「た、たすけてくれ……っ」
私が親バカな事を考えていると、リュート(偽)が這い寄って来る。
リュート以外は、いわゆるジト目で、そんなリュート(偽)を睨んで放置しているが、のんびりもしていられないようだ。
リュート(偽)がやって来た通路の先から、ガチャガチャという音が近づいてきて、ひぃっと悲鳴を上げたリュート(偽)は、私達の脇を抜けて、一目散に逃げ出そうとする。
まぁ、クロウに捕まって、女性冒険者達から冷めきった眼差しを向けられてるけど。
リュートは、年上のお姉さん方に好かれてるから、偽者の心象は最悪なんだよね。
それより、近づいてきてる甲冑アリの方だ。
ルーは、何かまだ警戒しているし。
やがて現れたのは、甲冑アリだけど、姿がちょっと違った。
サイズは一回りほど大きく、体の色は赤みを帯びている。
それが三匹。ゆっくりと、ガチャガチャ近寄ってくる。
「まさか、特殊個体とはな……」
ギルバートさんの呟きに、一同に緊張が走る。
私も少し緊張しながら『鑑定』してみる。
『甲冑アリ(特殊個体)
通常の個体より大きく、戦闘能力が高い。
硬度もアップしてるから、気を付けてね。
あと、通常の個体より美味しいから!』
一気に緊張感が何処かへいったよ。
女神様、最後の一言、たぶん余計だと思います。
けど、美味しいなら、ぜひ確保しようと思います。
うちの子、よく食べるんで。
やっぱりいました。あいつらです。
シリアスにはなりません。基本はほのぼのギャグなんで。
女王アリまで、頑張ります。
感想、ありがとうございます。




