vsならず者
ルーがちょっとした成長をしました。
元から意志疎通してたんで、いらないような気もしますが。
ハルさんに似合う色、ご意見ありがとうございました。
(何かあったっぽいね)
叫んで気が済んだ私は、薄く開いていた馬車の扉から、外を窺い見る。
馬が逃げた訳ではなさそうだ。
馬の息づかいと、落ち着きなく地面を掻く音が聞こえる。
リュートが私を置いて何処かへ行く訳はない。
万が一、置いていくとしたら、その時はイリスさんがいる時だろう。
でも、イリスさんの姿も馬車の中にはない。
扉の隙間から窺い見た範囲にも、人影はない。
馬車が停まっている位置も変だ。
野営なら、もう少し開けた場所にするだろうし、何より道の真ん中に停まっている気がする。
(誰かに止められた?)
私は体を傾げながら、ゆっくりと馬車から飛び降りる。
降りてはっきりしたが、馬車が停まっているのは、やはり道の真ん中だ。
周囲は鬱蒼とした森。その中突き抜ける道、そのど真ん中に停車した馬車。
(リュート? ルー?)
どうせ私の言葉は、リュートとルーにしか聞こえないし、全力で叫ぶ。
しばらくすると、ガサガサと茂みが揺れ、ルーが姿を現す。
私を見つけると、駆け寄って来るが、怪我はなさそうだ。
(何かあったの?)
(てき、あった)
そうか、敵が来たんだ……って、ルー喋った?
(りゅー、あち)
うん、完全に喋ってる。拙いのが、可愛いじゃないか。
(まま、まま)
(ん、わかった。一緒に行こう)
ぷるぷる。
まだ喋るより、ボディなランゲージの方が得意らしいルーは、ぷるぷるしながら私を先導してくれる。
喋られるようになったのは、レベルが上がったからか、進化したからか。
どっちにしろ可愛いので、許す!
それはさておき、敵がいるなら、と気配を殺して進む私とルー。
元々モンスターだから、気配を殺すのは得意なんだよね。私もルーも。
森の中を進んでいくと、人の気配と火を燃やしている臭いを感じる。
(てき、あれ)
(んー、絵に描いたようなならず者だね)
森の中。木々に囲まれ、開けた場所にいたのは、私が思わず絵に描いたような、と表現した五人のならず者だ。
全員男で、ひげ面、薄汚れている。
戦利品チェックでもしてるのか、たき火を囲んで、ばか騒ぎだ。
(さて、リュートは何処かな?)
(まま、りゅー、あこ)
お利口なルーは、すぐにリュートを見つけてくれ、私へ教えてくれる。
(あー、捕まってるね)
たき火を囲んでいるならず者達から少し離れた場所に、縄で拘束されたリュートの姿がある。
イリスさんと、御者のおじさん、あと冒険者っぽい男性が二人。全員拘束されてる。
(鑑定してみたけど、そこまで強くはないよね)
(くすり、びりびり。るー、へいき)
ルーの説明で納得した。
たぶん、何らかの方法で馬車を止め、出てきたところを痺れ薬にやられたんだろう。でなければ、リュートがあの程度の相手に負けたりしない筈だ。
この流れだと、リュートには痺れ耐性が付くんだろうな、と思いつつ、私はルーをもふもふで持ち上げる。
リュートを鑑定して、麻痺が抜けてるのは確認済みだ。
リュートと冒険者から奪ったであろう武器は、価値無しと判断されたのか、拘束された場所から少し離れた所に無造作に放置されてる。
これならイケそうだ。
(ルー、リュート達を助けるの、手伝ってくれる?)
(うん、るー、てつだう)
(じゃあ、私はリュート達の方へ行くから、ルーはあの敵を、大きくなって引き付けられる?)
危険な役割だけど、ルーのぷるぷるボディなら、ならず者程度の攻撃にはビクともしない筈だ。
(だいじょぶ)
(無理そうなら、逃げ回るだけでいいからね)
ぷぅぷぅと気合を入れるルーを、ギュッと抱き締めて、私はそう言い聞かせる。
攻撃が通じないからって、痛くない訳じゃないのは、私は実体験済みだ。
(うん、まま)
ひとしきり私に甘えてから、ルーは茂みを飛び出して、ならず者達の前へ姿を現す。
私はそれを確認すると、茂みの中を突き進んでグルリと迂回し、リュート達の方へ近寄っていく。
「な、なんだ!?」
「あー、スライムじゃねぇか。しかも、幼生だろ」
「チビ相手に驚きすぎだ」
「全く、さっさと叩き潰せ」
「あぁ……って、デカくなったぞ!?」
ならず者達の慌てた声に、私がチラリと視線を向けると、ルーが巨大化して、ならず者達の目を釘付けにしている。
泉にいた親スライムより、大きい……あれ、もしかして、ルー、人間も食べるんじゃ?
私は生きてる物が食えないって言う制限があるけど、スライムなルーは元々、相手を体内に取り込んで溶解……。
想像したら怖くなった。あんな不味そうな奴らを食べて、ルーがお腹を壊したら大変だ。
(ルー、お腹壊すから、食べちゃダメだよ。食べるなら、装備までね)
私の言葉が聞こえたのか、巨大化したルーは、コクリと頷いたようだ。
ならず者達の熱い眼差しをルーが一身に受けてる中、私は拘束されているリュート達の元へと転がっていく。
私を知らない冒険者達はギョッとしてるけど、リュートとイリスさんは笑顔だ。
全員猿ぐつわされてるから、むぐむぐ、とくぐもった声で迎えられた私は、まずリュートの体に取りつく。
レディファーストとかも考えたけど、ならず者達に気付かれた時、戦える人間がいた方が良いから、リュートを優先する。
縄はかなりキツく縛られてるが、食べちゃう私には関係ない。
うむ。香ばしい。
縄がハラリと解けると、リュートは自分で猿ぐつわを取って、私をギュッと抱き締める。
「ハルさん、無事で良かったです」
(それはこっちの台詞だからね。リュートは、あっちの二人の縄を切ってあげて)
「はい!」
名残惜しそうなリュートの胸を軽く蹴って飛び降り、私はイリスさんの元へと向かう。
私はリュートへしたように、イリスさんの体に乗り上げて縄を食べ、拘束を解く。
「ありがとうございます、ハルさん」
(無事で良かった)
イリスさんは、服は汚れたりしてるが、手出しはされてないようで、本当に良かった。
女に飢えたならず者達に、イリスさんみたいな美人なんて、どうなるか簡単に想像出来て虫酸が走る。
そんな事を考えつつ、御者のおじさんの縄を食べていた私は、拘束されている人間がもう一人いる事に気付く。
町娘らしいワンピース姿の女の人だ。
さっきまでは、冒険者らしい二人の体で見えなかったのか。
そう納得しようとした私だが、何か違和感を覚える。
少し気は強そうだが、普通の町娘に見え……あれ?
普通の町娘が森の中にいるのもおかしいけど、彼女の服は綺麗すぎる。
拘束されて転がされたなら、もう少し汚れてそうだ。
(リュート、その女の人の拘束はそのままにして)
嫌な予感がする。
「はい、わかりました」
リュートは少しだけ不思議そうな顔をしたが、素直に私の指示に従う。
冒険者な二人は、不服そうだったが、私を抱えて近寄ってきたイリスさんの行動でおとなしくなる。
何をしたかって?
笑顔で、リュートの首から下げてる札を見せつけてました。
それを横目に、私は拘束されたままの女を鑑定する。
『鑑定結果
かなりの悪女。油断しちゃ駄目だからね』
(うん、やっぱりね。リュート、その女の人、たぶん、あいつらの仲間だよ)
名前より先に、悪女だって出たけど、女神様。
私には必要ないって事かな。確かにそうだけど。
「そうでしたか。馬車の前に飛び出してきた時から、おかしいとは思ったんですが……」
私の説明に、リュートは私が寝ている間に何が起きたかを話してくれた。
私が寝た後、しばらくしてから、急に馬車が停まったらしい。
訝しんでいると、御者のおじさんが、人が飛び出してきたと言い、リュートは様子を見ようと外へと出る。
そこに妙な臭いの煙が吹き付けてきて、体が動かなくなったらしい。
そして、あのならず者達がやって来て、縄で拘束されたそうだ。
イリスさんも馬車から引き摺り出され、ついでに御者のおじさんも同じ運命を辿ったらしい。
冒険者の二人は、先に捕まっていたという話なんで、同じ手で捕まったんだろう。
「何で縄を解いてくれないのよ!」
あ、猿ぐつわ外れた?
違うか、元から緩くしてあったな、さては。
(リュート、縄も外れるかもしれないから、確認して)
「はい。……縄は、大丈夫そうです」
「その人、一味だったんですね〜」
イリスさんの緩い相槌に、女はキッと睨み付けてから、ならず者達のいる方向へ向けて叫ぶ。
「あんた達! 何やってんのよ! こいつら、逃げ出そうと……」
まぁ、普通そうするよね?
コマンド的には、仲間を呼ぶ、だね。
仲間が無事でいたら、だけど。
叫んでいた女は、見事なまでに固まった。
だって、お仲間は全員戦闘不能だから。
じゃなきゃ、こんなにのんびりしてないから。
(リュート、あっちも拘束しちゃって)
「はい! 手伝いをお願いします!」
リュートに声をかけられ、一味の女と一緒になって固まっていた冒険者二人が、やっと動き出す。
「スライム、だよな?」
「装備だけで溶かして拘束してるのか?」
冒険者二人は、顔を見合わせてブツブツと言いながら、リュートの後を追い、ならず者達の元へと駆け寄る。
巨大化したルーの体内に取り込まれ、ゼリー寄せみたいな事になってるならず者達の元へと……。
お仲間の変わり果てた姿に、一味の女は真っ青になって、今にも倒れそうだ。
ん? この反応は、死んだと勘違いしてるね。
勘違いさせとこ。面白いし。
「ルーちゃん、大活躍ですね〜」
イリスさんは、相変わらずの大物っぷりで、緩く笑ってる。
アンナさんが姉御なら、イリスさんは、お姉様って感じかな。
いや、深い意味はないよ。
何と無く思っただけ。
(まま。るー、がんばた)
うん、巨大化してても、可愛いな、うちの子は。
蠢いているならず者達は、邪魔だけど。
あ。拘束したならず者達は、応援に来てくれた新たな冒険者に引き渡し(捕まってた冒険者二人を探しに来たそうだ)、私達はトイカへ向かう事になった。
もう何事もないと良いけど。
ルーの口調、最後まで悩みました。
今の幼い口調か、意外性のクーデレ系か、ギャップ萌えなオラオラか。
でも、可愛いルーには、これかな、と幼い口調にしました。
ママと呼ばれてるのを、ハルはさらっと受け入れてます(笑)




