決着
勝負に決着がつきました。
少しお嬢様厳しめなので、ご注意ください。
実は聞いてました、的な。
「リュートさん! 良かった、ご無事だったんですね!」
そんな声と共に、ダンジョンから出た私達を迎えてくれたのは、目を潤ませて駆け寄ってきた美少女だ。
「キャリー様、どうして……」
「私、心配だったんです」
きゅるん、と効果音が聞こえそうな上目遣いと、弱々しい台詞で、戸惑った様子のリュートの言葉をぶった切り、お嬢様はリュートへ抱きつこうとする。
だが、リュートの肩に陣取る私とルー、それと山々ナメクジの体液が付いたリュートの服に気付き、動きを止めるお嬢様。
汚いモノ、嫌いだもんね。
「それに、私が原因なんですから……」
少しの違和感を、可愛らしく笑って誤魔化したお嬢様は、女優になれると思う。
もちろん、お嬢様は一人ではなく、護衛が二人と、ダンジョンの入り口で待機していた冒険者と一緒にいたらしい。
新人くんが、お嬢様と一緒のリュートを睨む中、リュートはお嬢様を見つめて、何故かしきりに首を捻っている。
(どうしたの?)
「いえ、キャリー様がおっしゃってる意味がわからなくて……」
(うん? 自分が原因というか、景品みたいな扱いなんだから、当然じゃない?)
「いえ、だから、その意味が……」
私を抱き締めて小声で言いながら、リュートは未だに得心がいかない表情だが……。
「リュート、勝敗を決めるぞ!」
「はい!」
エヴァンに呼ばれてしまい、会話を中断した私達は、お嬢様を連れてエヴァンの元へ。
すでに新人くん達の前には、山々ナメクジが山になっていて、立ち会いをしてくれてた冒険者によって、数えられている。
「組合長。デブリの方は十二匹です」
お、なかなか頑張ったじゃないか。
「わかった。次はリュートだ。まずは、魔法袋の分を出せ」
エヴァンはニィと笑うと、ドヤ顔をしている新人くん達を横目に、リュートへ奇妙な指示を出す。
リュートはもちろん、私達を知っている冒険者達も不審がっているが、私はエヴァンが何をしたいか、何と無くわかってしまった。
(性格悪いな)
わかっていて指摘しない私も、真っ黒だけどね。
リュートを馬鹿にする奴らは、私も許せないから、時が来るまで黙っておこう。
「じゃあ、出します」
リュートは首を傾げながら、魔法袋の口を開いて、山々ナメクジの死体を出していく。
その脇には、私達の方を見守ってくれていた冒険者がいる。
たぶん、あれは見守りと、倒した数の確認してたんだろう。
だって、魔法袋の中は時間経過ないんだし、前日の分とか混ざっててもわからないから。
リュートはそんなズルはしないけど、疑われて、ケチつけられたくはないからね。しっかり証言してもらわないと。
「こちらは、十一匹です!」
リュートの出した山々ナメクジの数を確認していた冒険者が、声を張り上げる。あ、見てて知ってるから、頬がヒクヒクして笑いそうだ。
「そ、そんな、リュートさん……」
お嬢様が崩れ落ち、新人くん達が勝ち誇った顔をする。
「はっはっは! 正義は必ず勝つんだ! お嬢様、そんな弱い冒険者は放っておいて、僕と一緒に行きましょう!」
キメキメだね、新人くん。
仲間達は一緒に高笑いしてるけど、周りの冒険者の呆れた顔は見えてないのか?
「おい、リュート。次はハルの分を出せ」
エヴァンは相変わらずの食えない笑顔で、困惑しているリュートへ新たな指示を出す。
「はい! ハルさん、お願いします」
(はいよ)
「何なんだ、勝負は僕達の……勝ち……っ」
お嬢様へ言い寄っていた新人くんが、言いがかりをつけるな、と言わんばかりの顔でリュートを見て、ゆっくりと固まった。
リュートに両手で持ち上げられた私が、もふもふからボトボトと山々ナメクジを吐き出してたのが原因だとは思う。山々ナメクジって、私とサイズ変わらないからね。
あ、一匹、ルーが食べてる。お腹空いちゃったんだね、我慢させてごめんよ。
「ハルさん、ずいぶん入れましたね」
(ほとんど倒したのはリュートだけどね)
リュートとのんびりと話してはいたが、数えてはいなかったから、内心自分でもちょっと驚いている。
「ハルの分は、十二匹です。間違いありません」
(証言ありがとうございまーす)
伝わらないけど、お礼は言っておこう。おかげで、面白いものが見れたから。
「あー、一匹、ルーが食べてるから、十一だな。ま、どっちにしろ、合計で二十二匹だ」
報告を聞いたエヴァンは、ニィと笑うと、呆然としている新人くん達を見やる。
うん、ルーが食べても影響ないぐらい大差がついたな。
新人くん達はあんぐりと口を開いて、まさに驚愕の表情で言葉もない。
いち早く復活したのは、お嬢様だ。
キラキラと潤んだ瞳を輝かせ、リュートへ駆け寄ってくる。山々ナメクジの山を避けて。
「リュートさん、おめでとうございます。本当に良かった……」
「はい。俺の大切な存在を渡す訳にはいきませんから」
「リュートさん……」
甘酸っぱい展開が始まりそうだし、私はエヴァンの方にでも……。ルーはご飯に夢中だから、問題ないでしょ。
(リュート、私はエヴァンの方にでも行こうか?)
そう声をかけたら、リュートは心底きょとんした顔になる。
「どうしてですか? 俺、ハルさんを渡したくないから、死ぬ気で頑張ったのに……」
誉めてくれないんですか? と覗き込んでくるリュートは、さっきのお嬢様の上目遣いより文句無しに可愛らしい……って、今なんと?
「はぁっ!? お前は何を言ってるんだ! 僕は、その美しいお嬢様を賭けて勝負を挑んだんだぞ!?」
はからずもリュート以外の心が一つになり、全員の気持ちを代弁するように新人くんが吠える。
「え? そうなのか? 俺は、『役立たずなお前にはその美しい女性は勿体無い。僕こそ相応しいんだ』って言われたから、てっきりハルさんの事だと思ってたな」
へらりと笑うリュートに、
「ブレねぇな……」
「おかしいとは思ったんだよ」
と、そんな声が冒険者達の方からちらほら聞こえてくる。
確かに私は女性だけど。
何だろう、ほっこりした。
新人くんとお嬢様の方は、そうもいかないらしいけど。
「じゃ、じゃあ、改めて、そこのお嬢様を賭けて、僕と勝負だ!」
いや、今さっき、完膚なきまで負けたよ?
「リュートさん……っ」
ショックを受けていたお嬢様は、まんざらではない表情になり、チラチラと期待を込めてリュートの反応を窺う。
「別に、俺はキャリー様と、友人の妹以上の関係はないから、俺に喧嘩を売る必要はないだろ。無理矢理関係を迫るなら……」
リュートは特に脅す風でもなく、ニコニコと柔らかく笑いながら素早く抜刀し、刃が通り難いと言われている山々ナメクジを一刀両断する。
新人くんの仲間が逃げ腰になったな。
お仲間は、実力差がわかったみたい。
しかし、うん、お嬢様が対象なら、喧嘩すら買わないと。
それでも、辛うじてぞんざいに扱わないのは、カネノの存在があるから、と。
お嬢様、ダブルでショックだな、これは。
「リュートさん、どうして……」
演技でなく傷ついた表情のお嬢様に、リュートは悲しげに微笑んで、私を抱き締める。
「ハルさんは俺の大切な家族です。命を賭けても惜しくないぐらいの」
(ふふ。私もそう思ってるよ)
思わず相槌を打つと、リュートの腕に力がこもる。と言うか、微妙に怒ってないか?
「それが、何か……?」
お嬢様も少し怯えている。
「だから、ハルさんを汚らわしいなんて言う方とは、話すのも嫌なんです。キャリー様は、お優しいので、ハルさんの魅力がわかれば、好きになっていただけるかと、色々話したんですが……」
あの『一晩ぐらい』で無理だと諦めました、と付け足し、リュートは深々と頭を下げる。
「あ、あの、私は……」
「失礼な事を言って、すみません。カネノ様によろしくお伝えください」
ニコリと笑ったリュートは、それ以上の言い訳を聞きたくないと示すように、お嬢様へ背を向ける。
間男になり損ねた新人くんは、仲間に引きずられ、少し離れた場所から、
「僕と勝負だ!」
って、叫んでる。
空気読めよ。
そこに、さらに空気を読まない明るい声が……。
「リュートだ、リュートがいるぞ?」
「あぁ、本当だ。あそこにいるの、デブリのパーティーじゃないか?」
声の主は、先日知り合った、ヤンチャと秀才なコンビだ。
確か名前は……。
「サム、シガー! お前らみたいに弱い奴らが、何でこんなところに……」
そうそう……って、新人くんの知り合いなのか?
もしかして……。
(二人を馬鹿にした同郷のパーティーって……)
「デブリのパーティーだったみたいですね」
お怒りモードを解除したリュートは、シパシパと瞬きをして、彼らの様子を見つめている。
半泣きになったお嬢様は、私を睨み付けてから、護衛に連れられて去っていったし、冒険者達はエヴァンの指示で山々ナメクジ片付けながら、チラチラと新人くん達の様子を見ているよ。
少し気になるのは、私達が狩ってきた山々ナメクジは次々片付けられてるのに、新人くん達の方は手付かずだ。
「俺達はダンジョンに依頼を受けて来たんだよ」
「うん、ワームの土玉狙い」
新人くん達へチラリと視線を投げて説明してから、サムとシガーは、リュートの前へとやって来る。
「ほら、見てくれよ」
「リュートのおかげで、ここまで来れた」
嬉しそうな二人がリュートへ示すのは、キラキラと輝く真新しい銅の札だ。
「俺は何もしてない。二人の実力だろ? おめでとう」
(おめでとう〜)
鑑定してみたら、レベルも順調に上がってるようだ。って、ここもボンボン達と同じ状況じゃない?
馬鹿にしていた奴らに、いつの間にか追い越される、リアルウサギと亀再び。
「嘘だろ、お前らが初級……」
新人くんは、まだボンボンより救いはありそうだ。
ショックを受けてても、イカサマとか罵倒はしないし。
「リュートに追いつきたくて頑張ったからな」
「ま、さすがに中級までは道のりは遠いけど」
「頑張れば、いつか追いつけるさ」
「そうだな、頑張ろう」
爽やかに青春しているサムとシガーは、そうお互いを励まし合ってから、リュートへ挨拶をして去っていく。
一応、サムとシガーは新人くんにも挨拶はしたんだけど、何かさっきから四人で固まって動かないんだよね。
「俺達、帰ってもいいんでしょうか?」
(エヴァン、何処行っただろ?)
新人くん達と話す事はもうないので、顔を見合わせた私達は、辺りを見回す。
そう言えば、山々ナメクジを食べていたルーも見当たらない。
(ルーもいない……)
「エヴァンさんと一緒でしょうか?」
私達がキョロキョロしていると、探し人がやって来た。
頭の上にルーを乗せて。
「おい、デブリ。お前らが倒した山々ナメクジの事で話が……」
キリッと組合長モードなエヴァンが、新人くん達へ話しかけた時だった。
ハッとした様子で動き出した新人くん達は、揃ってリュートを指差した。
「「「「中級冒険者!?」」」」
他人を指差しちゃいけませんって、お母さんに習わなかったのか?
あと、シンプルに煩い。
リュートはお嬢様を切り捨てました。
未練たらたらなんで、また来るかもしれませんが、改心しない限り、またスルーされます。
新人くんは、ボンボンほど歪んでません。ただ、素直で、女に弱いだけです。
感想ありがとうございます。
リュートについての考察は、バッチリだと(笑)




