やっぱり忘れたようです
前半ちょっとだけシモイです。
読み飛ばしてもらうほどでもないと思いますが、苦手な方はご注意を。
目覚めは快適だった。
何せ、キングサイズのベッドはふかふかだったから。
しかし、目を開いた私は、目の前の肌色が理解出来ず、瞬きを繰り返す。
(って、エヴァンか)
夜中に何度か抜け出したのだが、無駄だったらしい。
エヴァンには抱きつき癖というか、抱き締め癖があるんだろう。
奥さんになる人は、大変だ。
冬場は暖かそうだけど、夏場にエヴァンは暑苦しいと思う。
ま、エヴァン以上に暑苦しい、全身もふもふな私が心配するのもおかしいか。
(エヴァン、起きて?)
腕の緩む気配がないので、私はエヴァンを起こそうと声をかける。
ルー?
ぷぅぷぅ可愛い寝息立ててるから、とても起こせません。
「ん……」
私の声に反応したエヴァンは、少しだけ身動ぎし、私をしっかりと抱き締め直す。
二度寝のようだ。
って、おい!
(エヴァン、朝だよ。起きてってば)
もふもふを蠢かし、エヴァンへ声をかけるが、今度は甘やかすように撫でられた。
うむ、苦しゅうない……って、だから、違う!
(遅刻しちゃう……)
のんびりしてられない。早くリュートと合流しないと。
(エヴァン、起きて!)
三回目の大声で、やっと目が覚めたのか、エヴァンの瞼が震え、ゆっくりと開かれた瞳で私を見つけると、嬉しそうに微笑む。そのまま、掠れた声が簡潔な挨拶を紡ぐ。
「はよ、ハル……」
何でだろう、何か、夜よりエロいぞ、寝起きエヴァン。
声が掠れてるせいか?
(おはよ)
挨拶を返しながら、私は動揺を押し隠していたが、ある事に気付いてしまい、少々固まる。
うん、朝だし、エヴァンは若い男性だから仕方無いよね。生理現象だ。
それで察して欲しい。
(……)
私は無言のまま、視線をチラリとエヴァンの下半身へ向け、次に顔、最後に浴室へ移す。
「あー……」
エヴァンは察したらしく、唸ってからガバッと体を起こし、浴室へ姿を消す。
(エヴァンもまだまだ若いね)
起きてきたルーをあやしつつ、私は誰にともなく呟く。
しばらくし、エヴァンはシャワーを浴びてきたらしく、すっきりした様子で戻ってきた。
裸族は止めて、ズボンだけは履いている。
バツが悪そうだし、からかったりはしないよ?
何か薮蛇な予感もするし。
「ハルも朝風呂入るか?」
(油っけ抜け過ぎたら困るから止めとく)
「そうか」
がしがしと乱雑ながら、優しく撫でられ、そのままルーと一緒に抱き上げられる。
「朝飯食ったら、さっさとダンジョン行くぞ?」
(うん。絶対、あの何だったか、名前忘れたけど、新人パーティーには負けたくないからね)
確か宇宙ゴミみたいな名前だったと思うけど、どうでも良いから忘れたんだよね、本気で。
「どうやら、ノーマン達が全く懲りてないって嫌な情報もあったからな。……しかし、ハルは本当に名前覚えないな」
相槌を打ってくれたエヴァンは、名前を度忘れした私に苦笑してる。
(好きな相手か、相当強烈な相手じゃなきゃ覚えないよ。だから、エヴァンの名前、覚えてたでしょ?)
ドヤ顔してたら、エヴァンに無言でがしがしと撫でられた。
あーれー。
うん、でもこの扱い嫌いじゃない。
簡単な朝ごはんを済ませ、私達は勝負の場であるダンジョンを目指す。
私はエヴァンの肩上。ルーは私の頭上でぷるぷるだ。
もちろん、エヴァンはきちんと服を着てるので、心配はいらない。
まぁ、あれだけ綺麗な体なら、上がるのは別な悲鳴な気もするけど。
「……何か変な事を考えてるだろ」
(イイエ、トクニハ)
何故バレた?
思わず片言になったじゃないか。
目を泳がせていると、がしがしと撫でられ、すれ違う人々からは微笑ましげに見つめられ……。
「あ、あぁ、すまない」
(ありがと)
クズ野菜をくれるおばあさんに、本日も遭遇し、クズ野菜をいただきました。
おばあさんにお礼を言った私達は、再びダンジョンへ向けて歩き出す。
朝ごはんを食べたばかりだけど、せっかくの好意なんで、私とルーはエヴァンの肩上でもぐもぐしてる。
お行儀良い私とルーは、食べ溢したりしないからね。
門にたどり着くと、門番が少し不安そうに話しかけてくる。
「エヴァンさん、今日は何があるんですか? 朝から冒険者がかなりの人数お通りですが……」
あはは。皆さん、ノリが良い。あと、朝早い。
「いや、ちょっとした依頼を俺が出したんだ。そのせいだ。別に異常事態ではないから心配するな」
組合長っぽく笑い、エヴァンが通り過ぎようとするが、門番におずおずと話しかける。
「リュートさんがお一人でお通りでしたが、まさか、エヴァンさんが組合長権限で、ハルさんを……?」
お前もか。
「預かっただけだ。今から返しに行くところだよ」
答えるエヴァンの目が死んでいる。
空気を読んだ私とルーは、エヴァンへすりすりと甘えてみせ、全力で懐いてますアピールをしておく。
「そのようですね。失礼しました!」
私とルーの姿を見た門番は深々と頭を下げて謝罪し、エヴァンは気にするなと手を振って歩き出す。
「……ハルは誘拐されても、この町の中ならすぐ助けられそうだな」
門が見えなくなった頃、エヴァンは苦笑混じりで言いながら、私の額辺りを小突く。
(確かに。この前も、すぐ助けてもらえたし)
私の笑いを含んだ返しに、エヴァンは急に険しい顔をする。
「おい、誘拐されたのか? 誰にだ? 俺は聞いてないぞ?」
矢継ぎ早な問いと同時に、私はエヴァンに掴まれ、ゆさゆさと体を揺すられる。
(厳密には、誘拐じゃなくて、投棄みたいな? 犯人は元身内だよ)
身内に括りたくないけど、一応リュートの仲間だからね。
あと、揺すられると喋りにくい。舌を噛む心配はないけど。
「ちっ、もう少し厳罰にするべきだったか」
舌打ちするエヴァンは、本気で怒ってくれてるのがわかる。
(大丈夫。リュートを失ったあいつらは、勝手に自滅していくよ。ずっと、リュートを悪者にしながら)
私は目を細め、ひっそりと笑う。
じわじわと苦しんで落ちていけばいい。
リュートはお前らの何倍も辛い思いをして、何倍も何十倍も努力してきたんだから。
(でも、エヴァンは優しいね。怒ってくれて、ありがと)
「べ、別にそんな訳じゃ……」
(うちのリュートは可愛いから仕方無いか)
「そう来たか!」
何かエヴァンが全力で突っ込んできて、脱力してる。
「いや、完全に間違いじゃないが……」
モゴモゴとしながら、エヴァンは私のもふもふをくるくると指に巻きつけて、いじってる。
ふふ。じわじわ擽ったい。
緩いやり取りをしながらも、エヴァンは早歩きで進み続けてたので、ダンジョンまでの距離はかなり縮んでる。
これなら、ギリギリ間に合いそうだ。
待っててね、リュート。
「何とか間に合ったな」
(と言うか、相手はまだ来てないね。他の冒険者もいないし)
たどり着いたダンジョン前。エヴァンの肩上で周囲を見渡すが、こちらに背中を向けたリュートしかいない。
「冒険者は、途中と四階層に配置してあるからな。入口にいたら意味がないだろ」
(それもそっか)
そんな事を話しながら、私達はリュートへ声をかけようとする。
が、直前で、リュートが勢い良く振り返って、駆け寄ってくる。土ぼこりが立ちそうな勢いで。
(リュー……)
「ハルさん! エヴァンさんの家に泊まったって本当ですか!?」
誰だ、バラした奴は。
たぶん、先にダンジョンへ入っていった冒険者達の誰かだろうけど。
(リュートは、私がモンスターだからって、外で寝てて欲しかった?)
卑怯だけど、こう言ってしまえば、リュートは……。
「そんな訳ないです……」
こう答えるよね、優しいから。
私は深紅の目をうるうるさせ、シュンとしているリュートの肩へ、エヴァンを足場にして飛び移る。
(前から約束してて、エヴァンは律儀に守ってくれたんだよ?)
「……はい、ハルさんをありがとうございます」
(お世話になりました)
きちんとお礼を言うリュートの頭をいい子いい子と撫でながら、私もエヴァンへ頭を下げ……。
そこで気付いた。
(ルー、何でエヴァンを喋らせないようにしてるの?)
いつの間にか、ルーがエヴァンの口を覆うように貼りついてる事に。
通りでさっきから喋らない訳だ。
「……たぶん、ハルとリュートの邪魔すんな、って意味じゃないか?」
あ、良かった、自力で簡単に剥がしてる。
エヴァンは苦笑しながら、剥いだルーを手のひらに乗せて差し出す。
(そっか。ありがと、ルー。でも、エヴァンは良い人だから、そんな事しなくても大丈夫だからね)
ぷるぷる、ドヤァ。なルーを、私は話しかけながら、もふもふポケットへ収納する。カンガルー再び。
「子育て中って感じだな」
「ルーはハルさんのもふもふで育ちましたから、本当に子育て中なんですよ」
(間違いではないよね)
自分の事だとわかってるのか、ルーは可愛らしく円らな瞳を瞬かせている。
(癒される)
「そうだな」「そうですね」
私の呟きに、エヴァンとリュートから同時に相槌が返ってくる。
あと、二人の視線は微妙にルーじゃない気がするけど、気のせいか。
勝負の前だというのに、かなりほのぼのしていると、やっとかなり遠くに対戦相手なパーティーが見えてくる。
ゆっくり歩いてるし、なんかニヤニヤしてるのは、もしかして、遅刻してイライラさせてやるぜ作戦だったのか?
だとしたら、とても申し訳ない。
「はっはっは、待たせたな!」
「え、全然待ってないな。ハルさんを抱き締めてたら、時間なんてあっという間だ」
すみません、うちの子、これが通常運行なんで。
逆にイラッとしたらしい、名前すら覚えていない相手へ向け、私はひっそりと微笑んだ。
通常運行なリュート。
ぶれません。
感想ありがとうございます。
鉄板ネタ好きなせいか、見事に先の展開を読まれてます(笑)
何か、すみません。
一応、ここでネタバレはしませんが。
心当たりのある方は、あと何話かで答えが出るので、こっそり笑っててください。




