家政婦さんがいた。
本当にお久しぶりです。
生きております。
待ってくださってる方もいないでしょうが、これからもかなりのマイペースでやっていきたいと思います。
無事(?)依頼達成の話を終えた私達は、帰宅するエヴァンに連れられ、エヴァンの自宅を目指していた。
まぁ、連れられてるのはリュートだけで、私とルーはリュートに乗ってるだけなんだけどね。
楽すぎて私は相変わらず道を覚えられそうもない。
「どうしましたか、ハルさん」
それもこれも、
(リュートが可愛いのが悪い!)
「え? ごめんなさい?」
言いがかりじみた事を言う私に、いい子なリュートはへにゃりと眉を下げ、素直に謝ってくれた。
「でも、ハルさんの方が可愛いです!」
その後、笑顔で頬を染めてすりすりと頬擦りしてくるうちの子、ちょー可愛い!
エヴァンに呆れられながらいちゃついてると、リュートが唐突に足を止めて勢いよく頭を下げる。
「……あ、いつもありがとうございます!」
いつも野菜くずくれるおばあさんが現れた。
何となく某ロープレのモンスター出現風にナレーションしてみた。
もちろん、おばあさんは敵じゃないけどね。
もらった新鮮な野菜くずをもぐもぐしてると、何か視線を感じてそちらを向く。
エヴァンがこちらをガン見していた。美形の真顔は怖いから止めて欲しい。
(……野菜くず食べる?)
「大丈夫だ」
私の発言は読まれていたのか、普通に即答された。
(るー、たべう)
代わりに起きてきたルーが、私がもふもふでくわえていた野菜くずをねだり、でろんと広がって顔面(?)に貼りつかれる。
(いっぱい食べて、大きくなるんだよー)
(あい!)
これってある意味口移しかなぁ、とか思ったけど、私もルーも虫歯とか関係ないし、病気の心配もないからいいか。
「……ルー、ずるいです」
今度はリュートがガン見してきて拗ねてるけど、スルーしておこう。
口移しして欲しいって言われても……別に困らないか。
こっちの姿なら、ただのもふもふだし。
……止めておこう。町中の人からリュートへ食べ物の貢ぎ物が来そうだ。
『野菜くず食べるぐらいリュートがお腹空かせてる!』って。
うんうん、と内心で自分の想像に頷いていると、いつの間にか進行方向に人影がチラホラと増えたことに気づく。
「ほら! これ売れ残りだけど、ハルと食べな?」
「甘い物は好きかい?」
「あー、もう、野菜も食べないと体に悪いぞ?」
「…………」
あははは。遅かったみたいだー。
皆さん、両手に色々持ってにじり寄って来てるよ。さりげなく、野菜くずくれるおばあさんも戻ってきて混ざってる。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
引き気味のエヴァンを他所に、リュートは選挙演説かよって勢いでお礼を言い、キラキラな人懐こい笑顔で皆さんから色々受け取ってる。
まさしく喜色満面ってリュートのその笑顔に、色々くれた皆さんも嬉しそうに笑っている。
引いていたエヴァンもいつの間にか、困ったやつだ、と言いたげな顔で笑っていて、私の視線に気付くと肩を竦めてみせた。
その柔らかい表情に、ちょっとドキッとしたのは内緒だ。
「これはまた、ずいぶんとたくさんでございますねぇ……」
たくさんの食材と料理を前に困ったように笑うのは、エヴァン宅で私達を迎えてくれた通いの家政婦さんだ。
名前はメリーさん。執事ではなく家政婦のメリーさん。特に意味はない。
昔は品のいい美人さんだったんだろうなぁって感じの老婦人なメリーさんは、リュートだけではなく、私やルーへも挨拶してくれるとてもいい人でもある。
まぁ、エヴァンが雇ってる家政婦さんだし、悪い人の訳ないよね。
「すみません……皆さん、優しい人ばかりで……」
大量の食材と料理を抱えてしゅんとするリュートに、メリーさんは、おほほ、と上品に笑う。
ん? なんか、今ちらっと私を見た?
ちなみに、私はリュートが大量の食材を抱えたため、エヴァンの腕の中へ移動済みだ。
人目が無ければ、私が全部収納しちゃえたんだけど。
「いえいえ、作りがいがごさいます。……ですが、さすがに手が足りないので」
「俺手伝います!」
「ありがとうございます。では、リュートさんは、それをキッチンへ運んでもらえますかしら?」
「はい!」
メリーさんの言葉が終わるか終わらないかのタイミングで元気よく返事をしたリュートは、自分が受け取った物を持って素早くキッチンの方へと駆けていく。
リュートを見送っていると、またメリーさんからの視線を感じて、エヴァンの腕の中から、もふっと彼女を見上げる。
「ハルさんにも、お手伝いをお願いしたいことがございますの。よろしいですか?」
「ハルにも手伝わせる? 何か捨てる物でもあったか?」
メリーさんの言葉はエヴァンにも予想外だったらしく、見上げたエヴァンも首を傾げている。ちなみに、私は全身を傾げている。
「あらあら、もちろんお手伝いはお料理ですわ。幼妻ぽく可愛いエプロンも用意してありますから」
「な! いや、それは……」
(いいですよー。私もお料理してみたいんでー)
メリーさんの言葉は予想外だったけど、以前から人の姿になれたら料理を作ってあげたいと野望があった私は、即答してエヴァンの腕から飛び降りる。
こんな素晴らしい料理法が!? とかいう展開に──はならないね。リュートが食べてる物を見る限り、この世界の料理、美味しそうだし。実際、モンスターな味覚でも美味しいし。
というか、エヴァンは何で顔を赤くして吃ってるんだろ。
視界の端にいるエヴァンの奇行は若干気になったが、私はメリーさんと速やかに意思疎通をはかりたくて、その場で人の姿へ変わろうとし──、
「すこ、しは、危機感を持て!」
気付いたらしいエヴァンに鷲掴みされ、手近な扉の中(お手洗いだった)へ押し込まれた。
(ぷ?)
(怒られちゃったね)
人の姿になった私の胸の谷間に落ち着いたルーを突きつつ、私は動きやすい水色のシンプルなワンピースを選んで収納から吐き出し、もふもふが頭にしかなくなった体へ身に纏う。
って、この脳内説明だと、私全身禿げたみたいでちょっと嫌だな。
誰に聞かせてる訳でもないけど。
(まま、まま〜)
(ルーはお料理してる間、ぱ……エヴァンと待っててね)
危ない危ない、ルーにつられて自然にエヴァンをパパって呼びそうになってたよ。駄々漏れてないよね?
距離があるから、駄々漏れてもたぶんリュートには聞こえてはないだろうけど。
そんな事を考えつつ、着替えるスペースすら十分にあるお手洗いで身支度を整え、最後に髪をキュッとリボンで一つに括って気合を入れる。
「……メリーさん、お待たせしました」
ちょっと緊張しつつ、扉を開けて声をかけるが、何故かそこに先程までいたはずのエヴァンの姿はない。
ほほほほ、と楽しそうに笑うメリーさんだけが、ひらひらな可愛らしい白いエプロンを手に待っていてくれた。
「あれ? エヴァン……様は?」
「おほほ、旦那様もまだまだお若いですわねぇ。そのお洋服は、ご主人様からでしょうか?」
「えぇと、お金はエヴァン……様から、いただきました」
若いのと、エヴァンがいないのに何の関係性があるんだろ? とか思いながら、私がメリーさんの質問に答えていると、胸の谷間からぷるぷるしながらルーが飛び降りる。
(るー、ぱぱ、とこ、いくー)
(場所わかる? 美味しそうなのあっても、つまみ食いしちゃ駄目だよ?)
(あい!)
いい子なお返事をしたルーは、ぽよんぽよん跳ねて迷い無く廊下の奥へと消えていった。
「スライムって、意外と可愛らしいですわねぇ」
「ええ。特に、うちの子は可愛いですけど……」
ゆる女神様もお気に入りですし。
メリーさんの言葉に力強く頷いていると、何故かうふふふと楽しそうに笑われてしまった。
「ハルさん、そんなに緊張しないで、いつも通りにしてくださいな? 旦那様のことも、いつも通り呼んでくださいませ」
様呼びされる反応も気になりますけど、と冗談まで言って和ませてくれたメリーさんに甘える事にし、私はニコッと笑って頷く。
「ありがとう、メリーさん。──改めまして、ケダマモドキのハルです。よろしくお願いします」
「うふふ、元・冒険者のメリーでございます。こちらこそ、旦那様をよろしくお願いいたします」
お手洗い前で頭を下げあって挨拶をした私達は、しばらくしてから顔を見合わせてクスクスと笑う。
「では、お料理のお手伝いをお願いできますかしら?」
「はい、色々教えてください。リュートに、お料理してあげたいから」
「あら、まぁ──旦那様には、強力な恋敵がいらっしゃるようでございますわね」
リュート馬鹿が過ぎたかな? なんか、メリーさんが何ともいえない表情で、ボソッて言ったような? 気のせいかな。
「メリーさん?」
「いえ、なんでもございませんわ。美味しいお料理で、旦那様を骨抜きにいたしましょう」
「……えぇと、頑張ります?」
なんか、ハードル上がってる?
私の料理の腕前なんて、普通の主婦──よりイマイチぐらいの腕なんだけど。
自炊なんて、彼氏いた時とかにレシピ本見ながら作ってたぐらいだよ。
ま、なるようになるか。
リュートなら、謎物体Xみたいな料理でも、美味しいって食べてくれそうだし、毒耐性小もあるし。
「ハルさんが作ってくれたなら、俺は泥団子だって食べられます!」
ズザッと勢いよく駆け込んできたリュートのあまりの勢いに、ほんの少しだけ引いちゃった私は、愛が足りないかもしれない。
エヴァンはなぜ消えたのか。
まぁ、駄々漏れてたんでしょうねぇ。(笑)
そして、エヴァン推しの家政婦メリーさん。




