63 夏とぷーる
「ふん、ふん、ふ~ん♪」
「なんだユウマ、ご機嫌だな?」
裏庭で洗濯物を干していると、足元からユウマの鼻歌が聞こえてきた。
少し音程を外しているが、それも愛嬌だ。とても可愛らしい。
「うん、じぃじといっちょ! うれちぃの!」
「ほぉ~? おじいちゃんも一緒にいれて嬉しいよ」
何とも嬉しい事を言ってくれる。仕事をしばらく休みにして正解だったな。
「おじぃちゃん! ぼくは? ぼくと、いっしょ、うれしい?」
「もちろん! 二人と過ごせて幸せだ!」
「「きゃあぁあ~~~!」」
二人を両手に抱え、ぎゅうっと抱きしめると、嬉しそうにはしゃぐ声が聞こえる。
ハルトとユウマと過ごす事にしたのはいいが、この子たちが可愛くて仕事を再開出来るか自分でも分からない。今一番の深刻な悩みだ。
「おじぃちゃん、きょうは、おでかけ、いきますか?」
「おでかけしゅる?」
「そうだなぁ、お出掛けか……。東方面は止めておこう、魔物が出るしな」
「まもの? こわいの、でますか?」
「あぶにゃぃ?」
東の森での魔物の討伐依頼が出たのは、ほんの二日前の事だ。
もうすぐ王都からやって来る要人に合わせての事だろう。ゴブリン一匹なら腕っぷしのある村人でも倒せるが、数が多いと厄介だからな。
そのゴブリンが出る森が王都への街道沿いにあるから、被害が出る前にと領主が討伐依頼を出したらしい。
まぁ、今回はかなりの数のパーティが向かったから心配する事は何もない。
「そうだ。兎みたいな可愛らしい魔物もいるが、ほとんどは人を襲ってくる魔物が多いんだ。怪我をする人もいるんだよ」
「いたぃたぃ……? こあぃねぇ……」
「まもの、あぶない、です……」
「そう、だから今日は東方面は止めて……」
どうしようか……。仔牛が産まれたと言っていたハワードの牧場に行こうか……。いや、さすがにこの時間は忙しいか……?
「じぃじ~?」
いや、急に行くと仕事の邪魔になるからな、今度にしよう……。湖……、暑くてもオレ一人ではもしもの時があるからな……。それにこの子たちに万一の事があったら立ち直れない……。
「おじぃちゃん?」
今日は止めておくか……。湖は今度、皆で行こう。それがいい。
あの幻想的な森を見せてあげたいが、二人にはまだフェアリー・リングの森は危ないしな……。ノアたちに会いたいと思うが、ごめんよ。少し我慢しておくれ……。
よし……!
「お出掛けは今度にして、ここで遊べるものを作ろうか!」
「おにわで、ですか?」
「なにちゅくるの~?」
「それは出来てからのお楽しみだよ。オリビアとユイトに、裏庭で遊んでいいか訊きに行こう」
「「はぁ~い!」」
洗濯物を急いで干し、二人を連れて、仕込みをしているオリビアとユイトの所へ向かう。
「あら、トーマスが付いてるなら大丈夫よ? ねぇ?」
「はい、特に心配もありませんし。遊んでもらえて助かります」
「そうか、よかったよ。オリビア、使っていないシーツも出していいか?」
「古いのならまとめて置いてあるから、好きに使っていいわよ」
「よし! ハルト、ユウマ、いまからお庭で遊ぼう!」
「「やったぁ~!」」
こうしてシーツを数枚とロープ、二人の着替え、タオルを持って再び裏庭へ。
裏庭の物置から使っていない洗濯用の桶を取り出す。大きくて運ぶのが大変だと、物置に直行した可哀そうなやつだ。埃をかぶっているので井戸の水でキレイに磨く。ジョウロも使うのでついでに洗う。
「ハルト、ユウマ、そこのシーツを一枚持ってきてくれ」
「ゆぅくん、そっち、もてる?」
「うん! だぃじょぶ!」
「転ばない様にな」
「「はぁ~い!」」
二人でよいしょ、よいしょと大きいシーツを持ってくる姿はとても可愛らしい。畳んでいても、二人にすれば結構な重さだしな。
「ありがとう、助かったよ」
「んーん、へいき、です! ねっ、ゆぅくん」
「ん! いっちょらから、へぇき!」
「そうか、頼もしいな」
シーツを桶に被せ、中の窪みに合わせてゆとりを持たせ、シーツの端をくるくると桶から外れない様にしっかりと縛っておく。
そしてその窪みに、井戸の水を何杯も汲んで入れていく。水もこの暑さだからな、少しずつ温くなっていくだろう。
そうすれば簡易の水浴びセットの出来上がりだ。
「ほら、ハルト、ユウマ、この中で水遊びしよう」
「やったぁ~! ぷーる! ゆぅくん、はいろ!」
「んー、このなか、あしょんでいぃの……?」
「あぁ、ユウマはお水が怖いかい……?」
しまったな、ユウマは水が苦手だったか……? 頭になかった……。
「ゆぅくん、ぷーる、いっしょにあそぼ?」
「んー、こわくなぁい?」
「うん! ぼく、いっしょ! こわくないよ!」
「ん、じゃあ、ゆぅくんあしょぶ……」
「やったぁ~!」
ハルトは小さくても、ちゃんとお兄ちゃんなんだな。泣きそうだ……。
「入る前に体をほぐして、少し水をかけておこうか。いきなり水に入ると体がびっくりしてしまうからな」
「はぁ~い! ゆぅくん、ぬげる?」
「ん、むちゅかちぃ……」
「こっち、むいて? やってあげるね」
「ん、はるくんありぁと!」
ハァ~~~!! 感動して泣きそうだ……!!
下手に声を掛けると水を差してしまうからな。頬の内側を噛んでグッと我慢だ。
それからユウマも裸になり、二人に少しずつ水をかけて体を水に慣らす。ハルトは嬉しそうだが、ユウマには慎重にかけないとな。
そしてハルトから水を張った桶にそうっと入れる。きもちぃー! と嬉しそうに足をパタパタさせている。
次はユウマ、緊張でオレの腕をぎゅっと掴んでいるな……。
「ユウマ……、怖いならやっぱり入らないでおくか?」
「んーん、ゆぅくんはぃる」
「ゆぅくん、だいじょうぶ?」
「ん、あしょぶもん」
「そうか……。じゃあ、こっちの足から順番に入れるぞ?」
「ん」
そう言って、ゆっくりユウマの足から順に腰まで水に浸からせる。慣れるまではそのまま抱える姿勢だ。
ハルトがユウマの左手を取り、だいじょうぶ、と言って一緒に待っている。感動で泣きそうだ……。
そして時間を掛け、やっと胸のあたりまで浸かると、オレの腕から右手を離し、今度はハルトと一緒にはしゃぎだした。
「ゆぅくん、ぷーる、たのしいでしょ?」
「うん! おみじゅたのちぃねぇ!」
オレが二人の上から雨の様にジョウロで水をかけてやると、ぱしゃぱしゃと水を浴びて楽しんでいた。
いつの間にかオレの服はびっしょりと濡れていたが、些細な事だ。問題ない。
「あら~! 楽しそうねぇ!」
「ほんとだ! ハルト、ユウマ、よかったねぇ」
「うん! ぷーる、たのしい!」
「ゆぅくんも! たのちぃよ!」
オリビアとユイトが様子を見に来た様だ。少しだけ二人にハルトとユウマを任せ、オレは木にロープを使い、シーツで簡易テントを作る。まぁ、言うなれば日除けだな。
そして庭にもう一枚シーツを広げ、プールから上がってもくつろげるスペースを作った。そして木箱をひっくり返し、簡易椅子に座る。
「なぁに、トーマス。楽しそうね?」
「あぁ、ちょっと遊びを満喫しようと思ってな」
「ふふ、僕キッチンからなにか果物、持ってきますね」
「ぼく、おらんじゅ、たべたい、です!」
「ゆぅくんもたべちゃぃ!」
「はぁい、ちょっと待っててね」
「「はぁ~い!」」
ふと空を見上げると、雲一つない青空が広がっている。
肌に照りつく日差しは、もうすっかり夏の様だ。
自分がこんなにこの子たちに絆されるとはなぁ……。
「トーマスさぁーん! 果物持ってきましたよ~!」
「おじぃちゃ~ん! たべよ~!」
「じぃじ~! はやくぅ~!」
昔の自分が見たら笑うだろうな。
あの指名依頼の前に、十分この子たちを可愛がっても罰は当たらないだろう。
「あぁ! いま行くよ!」
この子たちの笑顔を見るためなら、オレは何だって出来る気がするよ。




