391 悲憤
ご無沙汰しております……。
久し振りの本編更新です。
ライアンとウェンディが教会周辺の魔物を一掃した後、ブレンダとマイルズと共に教会を離れて大通りへと足を進める。
息絶えた魔物たちを確認しながら通りへ出ると、運良く逃げられた魔物たちが一斉に襲い掛かってきた。
あちらもズブズブと沈んでいく魔物を見て学習したのか、テオが仕掛けた罠を避け四方から飛び掛かってくる。
だがこちらも高ランクの冒険者。マイルズとブレンダはそれを難なく蹴散らしていた。
しかし、それらは囮だったのだろう。
他の魔物に気を取られている間、大きな影がライアンのすぐ間近に迫っていた。
「うわっ!?」
《らいあ……!?》
「殿下ッ!!」
にゅるりとした感触がライアンの体をぎゅるりと締め上げる。それは力を強め、口元まで覆っていた。ウェンディは一瞬の出来事に反応が遅れ、小さな体ごとその得体の知れない何かにライアンと共に巻き込まれる。微かに隙間はあるが、光魔法の攻撃は強い閃光を放つ。ここで魔法を放てば、間近にいるライアンも何かしらの後遺症は免れない。
それにライアンも、口を塞がれ詠唱を唱える事ができずにいた。
「……鋼鉄カメレオンか……!!」
「マズいぞ、あれは毒を持っていたはずだ」
徐々に姿を現したのは、目玉をぎょろりと動かす巨大なカメレオン。木に同化し、獲物が来るのを静かに待ち構えていたのだ。
下手に手を出せば殿下の身に何が起こるかわからない。それに、動きこそ鈍いが、その体の表面は剣をも弾く鋼鉄を纏っている。
ブレンダとマイルズは魔物の攻撃を躱しながらその頭をフル回転させた。
コイツの弱点はどこだったか。
そう考えている間にも、ライアンが苦しそうに藻掻いている。
分厚い舌を伸ばしたその口からポタポタと唾液が地面に落ち、じゅわりと音を立てて煙が上った。
「……マイルズ! 舌だ! 舌なら斬り落とせる!!」
「……わかった。何とか動きを封じよう」
だが、近付こうにも目玉をぎょろりと動かし、周囲を警戒している。
尻尾も触覚の役割を果たすと聞いた。前方もダメ。後方もダメ。
……なら、その死角は?
そうしている間にも、ライアンのくぐもった呻き声が聞こえてくる。
……そこから微かに、髪と皮膚の焼ける匂いがした。
襲ってくる魔物を斬り倒しながら浮かんでしまった最悪の考えに、ブレンダとマイルズはその表情を強張らせる。
背中にひやりと汗が伝った瞬間、シュタール・カメレオンの足下から黒い触手が溢れ出た。
そしてその大きな体と舌をぎちりと動けないように拘束したかと思うと、地面から鋭い剣先が飛び出し、一瞬にしてその舌を斬り取ってしまった。
触手に拘束され動けずにいる魔物の絶叫。
汚い声を上げながら、その大きな体は逃げることも出来ないままズブズブと土の中へと沈んでいった。
「らいあんくんっ!! うぇんでぃちゃんっ!!」
必死に駆けてきたレティとユウマの姿を見て、ブレンダもハッと我に返る。
「──殿下ッ!!」
襲ってくる周囲の魔物の首を斬り飛ばし、急いでライアンの元へと駆け寄るブレンダとマイルズ。体に巻き付いていた大きな舌がずるりと外れ、ようやく助け出すことができた。
……だが、二人はライアンとウェンディのその姿を見てハッと息を呑んだ。
追いついたレティとユウマをそれに近付けさせないように、そっと片手で制す。
「ら、ぃあん……、くん……」
「どぅちてぇ……? どぅちて、おけが……、ちてりゅの……?」
ユウマは堪らず泣き出し、助けるのが遅れたせいだと、レティは心のなかで自分を大きく責めた。
「……マイルズ! 殿下とウェンディを頼む……!」
「……あぁ!」
ブレンダは唇を食いしばりながら周囲の魔物を警戒する。
その後方で、マイルズは渾身の力を込めて治癒を発動させた。
絶対に助ける。助けてみせる。
その一心で、ありったけの力を込める。
だらりと倒れ込んだライアンの服は所々溶け落ち、顔の右頬と体は大きく焼け爛れていた。
そしてそのライアンの左頬を庇うように、自分の体で覆っていたウェンディの背中の羽と両足は酷く損傷し、美しかった金色の髪も塵じりに焼け落ちていた。
妖精に自分の治癒が効くのかなんてわからない。
だが、助けたい。
その一心で、マイルズは自分のありったけの力を二人に注いだ。
その傍らで、泣きじゃくるユウマとレティ。
そして妖精のニコラとテオは、ウェンディの変わり果てた姿をただ茫然と見つめていた。
沸々と湧いてくる今まで感じたことのないどす黒い感情に、目の前が真っ赤に染まった気がした。
「うわっ!?」
突然目の前で起きた激しい突風に、ブレンダは思わず顔を背けてしまう。
しまった……!!
そう思い慌てて剣を握り直す。
だが、目の前にあるのは氷柱で串刺しになる魔物と、ピシピシと石像のように固まった魔物の姿。
何が起きたのかわからずにブレンダはマイルズたちのほうを振り返る。
そこには、怒りに震え、髪を逆立てた二人の妖精の姿があった。




