書籍①巻発売記念SS④『これからも、君と。』
発売記念SS、最後はトーマス視点のお話です。
子どもたちと過ごすようになり、いちばん救われたのは……。
「──オリビア、引越さないか」
その言葉を聞いた途端、オリビアの動きが止まった。
振り返ったその何とも言えない顔に、悪いと思いながらもついつい笑ってしまう。
「……えぇと、ちょっと待ってトーマス? ……引越すって、一体どこに?」
オレからの突然の提案に困惑した様子だったが、何も急に思い付いた訳ではない。
……前々から、少し考えていたのだ。
「イドリスがギルマスに就任した街があるだろう?」
「確か……、あぁ! アドレイム! そう言えば去年からだったわよね?」
「あぁ。その隣の村に良さそうな家があったから、どうかと思ってな」
前々から「こっちに来ないか」と誘われていたのだ。
丁度パーティも解散し、ソロ冒険者になった。夫婦二人で暮らすには十分な貯えもあるし、何よりオリビアが心からゆっくりできるのではないかと思ったのだ。
「でも、王都からアドレイムまで行くのだって、結構日数も掛かるでしょう? どうしてまた急に……」
「……いや、なに。王都は便利だが、少し忙しないだろう? 君とのんびり暮らすのも悪くないかなと思ってな……」
「トーマス……」
小さく笑い、オリビアはオレの肩にポスリと頭を寄せる。
その肩を抱き寄せると、少し照れたようにはにかみ、軽く口づけを交わした。
*****
「まぁ……! とっても素敵なところ……!」
王都を出発してから約一週間。季節柄、天気も安定し過ごしやすいのもあったのだろう。オリビアの足の調子を見ながらの少しペースを落とした旅は、思いの外、彼女の心をリフレッシュさせてくれたようだ。
護衛についてくれた冒険者たちに礼を伝え、さっそく荷解きにかかる。
オリビアには部屋を確認しに行ってもらい、その間に魔法鞄から王都からの荷物を取り出す。
オリビアの気に入っている家具以外は全て、友人や知人、そして孤児院に寄付してきた。
大きな家具やベッドは、以前この村に寄った際に手配している。そのため、後はこまごました食器や服などの小物類を片付けるだけだ。
とりあえず、キッチンで使うものはこれでいいだろう。
そう思いながら顔を上げると、オリビアは窓際に立ち、庭を眺めていた。
「……オリビア、気に入ったかい?」
そっと近寄り、静かに声を掛ける。
すると彼女は顔を上げ、「とっても」と嬉しそうに微笑んだ。
窓の外には、王都では育てられなかった綺麗な花がたくさん咲いていた。
風に揺られながら咲く花の美しいこと。
しばらくの間、オレたちはそれすらも忘れていたのかもしれない。
「この家、二階は無いのね?」
「あぁ、その分スペースが広いだろう? 王都だったら豪邸だぞ?」
「ふふ! それは間違いないわね!」
オレがこの家に決めた理由。
一階部分だけで生活が出来ること。
開放的なこと。
それに、一番は彼女が気に入ってくれた、この庭だった。
王都にもある菩提樹の木。
今はまだ、さほど大きくはないが、これから先、十年、二十年。
この家で過ごすと共に大きく成長していくであろうそのリンデンを、オリビアと二人で眺めてみたくなったのだ。
学園で講師をしている時の、彼女の生き生きとした表情。
道端で泣いている迷子をあやしている時の、彼女の優し気な表情。
そして何より、親子連れを見ては、誰にも気付かれないよう少しだけ目を伏せる彼女の寂しげな表情が、オレの唯一の心残りだった。
誰にも言わなかったが、オリビアはきっと子どもが欲しかったに違いない。
……だが残念なことに、俺たち夫婦の元に可愛い家族は来てくれなかった。
けれど、愛する彼女がいる。
それだけで充分、オレは幸せだと感じていた。
*****
「それでね、あの人ったら面白いのよ~!」
この村に越してきてから半年。オリビアに目に見えて変化が訪れた。
どうやら話好きな友人ができたらしく、時折この家に招いてお茶をしているようだ。
クルクルと変わる表情に、オレが「うん、うん」と食事をしながら相槌を打つ。
「……あら、ごめんなさい。私ったら、喋りすぎちゃって……」
そう言って慌てて口を噤む彼女を見て、自然と笑みが零れた。
日に日に明るさを取り戻す彼女に、オレは昔から救われ、それに惹かれていたのだと思い出したから。
──それを言ったらまた、照れ隠しに笑ってくれそうだなと思いながら。
*****
「おじぃちゃん、ぴざ、ぼくたちで、つくりました!」
「じぃじ、いちゅもありぁと!どうじょ!」
イドリスたちを招いた開店前の食事会。
まさか、自分にこんな驚きをくれるだなんて、想像もしていなかった。
言葉が詰まり、なかなか上手く声が出せない。
「おじぃちゃん、どぅしたの?」
「じぃじ、かなちぃの?」
二人の心配そうな様子に、震える声を必死に抑えた。
「……いや、嬉しいんだよ。二人とも、ありがとう……!」
そう言うと、ホッとしたように笑顔が咲く。
涙はどうにか止まったが、まさかこんな事になるなんて……。
すぐ後にオリビアも呼ばれ、同じテーブルに腰掛ける。
二人の心のこもった手作りの氷菓に、彼女も同じように涙で声を震わせていた。
「……ふふ。ハルトちゃん、ユウマちゃん。おばあちゃんね、と~っても幸せよ……。ありがとう……!」
そう言って微笑んだ彼女の表情を見て、オレの長年の心残りがスッと晴れていくようだった。
*****
「オリビアさんですか? ハルトたちをお昼寝に連れて行きましたよ」
「そうか、ちょっと行ってくるよ」
あれはどこだったかなと物の仕舞った場所をオリビアに尋ねに行くと、ユイトたちの部屋から微かに声が聞こえてきた。
お昼寝だと言っていたが、まだ起きているならとそっと開いていた扉に近付く。
……そして聴こえてきた、やさしい歌声。
この国で、母親が我が子に歌う子守歌。
自分も幼い頃、亡き母に歌ってもらった記憶が薄っすらと残っている。
扉の陰からそっと覗くと、オレはハッと目を見張った。
ベッドで眠る二人の顔を愛おし気に見つめるオリビアの眼差し。
──あぁ、神様。
あの子たちがいてくれて、本当によかった。
オレだけではきっと、彼女を心から笑顔にすることはできなかったから。
ただただ、感謝の言葉だけが浮かんでくる。
そして、やさしく響く子守歌を聴きながら、オレの頬をそっと、一筋の涙が伝っていった。
昨日12月2日(月)、記念すべき葉山の初書籍『明日もいい日でありますように。~異世界で新しい家族ができました~』の第①巻が発売となりました。
SNSでも宣伝のお手伝いをして頂き、たくさんの方に知って頂けるきっかけになったと思います。
有り難いことにブックマーク登録も増え、いまこの時間も何人かの読者の方々がこの小説を読んでいるのだと思うと緊張してしまいますが……。
光栄な事に、店頭でも完売のお知らせを頂ける事もあり、嬉しくて嬉しくて震えております……。
今年は嬉し泣きばかりの一年になりそうです。
今年も残すところ一ヶ月を切りました。
お鍋の美味しい季節ですが、皆様、食べ過ぎないよう体調には十分気を付けてお過ごしくださいませ。
記念すべき作家デビューの日。
忘れられない、素敵なものになりましたことを感謝申し上げます。




