書籍①巻発売前夜記念SS③『どうか、幸せであるように。』
書籍書き下ろしに登場する、母方の伯祖父(祖父の兄)視点のお話です。
それぞれが、いまでも大切なあの子たちを想っていました。
「お疲れさん! ちゃんと風呂入って寝るんやぞ~!」
「長谷川さん、そればっかりやん!」
「俺ら、もう子どもちゃうし~!」
ケラケラと笑いながら、若い新入りたちと別れ帰路につく。
まだ明るい時間帯だが、自分たちの職業柄、この時間に帰宅する事がほとんどだ。
疲れる事も多いが、窓を開け風を感じながら運転するこの時間が割と気に入っている。
「おぅ! 結子ちゃんやんか! どっか行くんか?」
その帰り道、中学生の姪の姿を見かけた。
「あ、伯父さん! えぇとこで会うた~! これ持って帰って~」
そう言って姪が差し出したのは、白いビニール袋に入った四角い箱。
「お! ……もしかして、新作か?」
「当たり~! 今日のはねぇ、めっちゃ美味く焼けたん! 早よ食べてほしいなと思って、今から持って行くとこやったんよ」
嬉しそうにはにかみながら、新作ケーキをいつも届けてくれる。
姪の趣味であるお菓子作りも、かれこれ五年は続いている。この数年はもはや趣味とは言い難く、妻も孫も結子ちゃんの作るお菓子の大ファンだった。
「そりゃ楽しみやな! どうする? このまま家まで乗せてったろか?」
「伯父さん疲れてるやろ? それにコンビニでアイス買おかなて思てるから、大丈夫やで」
「そうか! それやったら、おっちゃんがアイスとお菓子買うちゃるわ」
「ホンマに!? やったぁ~!」
「えぇで~。あの青いアイスか? いつもと違うやつにするんか?」
「青いやつ!」
助手席のドアを開け、「お邪魔しま~す」と手慣れた様子でシートベルトを締める。
ホンマにこの子はあのアイス好きやなぁと、心の中で笑ってしまう。
この子の父親である弟には相談できない事を、自分にはポツリ、ポツリと打ち明けてくれる事もある。
「お父さんとケンカした」「お父さんにこれプレゼントしようかな」「お父さん最近これが好きでな」
素直には言い出せない事も、少し離れた立場にある自分には言いやすいのだろう。
お前は娘にこんなに好かれているんやぞ、と教えてやりたいくらいだ。
……最近は娘の自慢話が多いから、これは内緒にしといちゃろ。
*****
「結子ちゃん、進学するんやろ? どこ行くか決めたんか?」
姪が高校二年生の夏。家の庭で恒例のバーベキューをしようと、近所に住む親戚同士で集まった。
最近は少し元気がないように感じ、控えめな声で訊ねてみる。
「……うん。でもな、お父さんにまだ相談できてない……」
「お母さんにもか?」
「……お母さんには、ちょっとだけ言うた……」
「そうか……」
話しをすると、どうやら地元を離れ、遠方の大学に進みたいようだ。
その少し寂しげな顔が、当時、父親の自分に相談できなかったウチの息子と同じ顔をしていた。
「一回、ちゃんと相談してみぃ。アイツは普段はあんなんやけど、自分の子どもを縛るような事はせんと思うで」
「……」
「結子ちゃんより、おっちゃんの方がアイツとの付き合い長いからな」
それから「なんせ、オムツ履いてる頃から知ってんで」と言うと、やっといつもの笑みを浮かべてくれた。
(そやそや。結子ちゃんは、笑顔でいた方がえぇ)
この子が笑うと、パッと花が綻ぶように周りが明るくなる。
自分も妻も、それを見るのが我が事のように嬉しかった。
*****
「おじさ~ん、こんにちは!」
「おぉ~! 結人くん、大きなったなぁ~!」
姪の結子ちゃんが、子どもを連れて久し振りに帰省した。
どうやら旦那は仕事で来れなかったらしい。
「きょうは、よろしくおねがいします!」
「よっしゃ! おっちゃんに任せとき!」
可愛い可愛い大甥に、おっちゃんのカッコいいとこ見せとかんとな!
……それはそうと、弟のそんなデレッとした顔、初めて見たなと少し引いていると、「腹立つ事考えとるやろ」と怒られた。
やはり腐っても兄弟。何を考えているか、何となく伝わるらしい。
そんなアホなやり取りをした後も、結人くんの可愛らしさに漁港はちょっとしたお祭り状態になった。
結子ちゃんの幼い頃に似ていて、当時を知る知り合いたちは当然だが、若い連中もチヤホヤと世話をしていた。
こりゃ、このまま地元に住んだら皆がジジババ状態でエライ事になるなと、心配になるほどだった。
*****
「結人くん、これサービスや!」
「わぁ! ありがとうございます!」
結子ちゃんが子どもたちを連れて地元に戻ってきた。
その話を聞いた連中は血の気が多く、「一発殴らな気が済まへん!」と喚いていたが、この子らと接するうちに「ここに戻って来てくれて良かった」と思うようになっていた。
「あ! 僕、これ大好きなんです! 悠人も好きだよね?」
「うん……! ぼく、これしゅき……!」
「そうか、そうか~! いっぱい食べるんやで~!」
何より子どもたちの可愛らしさに、日に焼けた男たちがデレッと眉尻を下げる様子は面白いの一言だ。
結人くんはよく、弟の悠人くんのお迎えの帰りについでに買い物をしていく。
それを漁港の連中が楽しみにしているのは、このサービスの量から見ても明らかだ。
悠人くんはなぜか、家族以外にはいつも内緒話のように小声で言うので、連中はそれをちゃんと聞こうとしゃがむのが癖になってしまった。
自分の子どもが生まれても、コイツらならきっと良い父親になれるだろうと思うほどだ。
「悠人、よかったねぇ」
「ねっ! うれしぃね……!」
小さな声で喜ぶこの子たちを可愛がるのは当然の事だと、皆の目が訴えていた。
*****
「なんて……? もう一回、言うてください……!」
茹だるような八月。警察から連絡が入った。
信じたくない言葉に、受話器から聞こえる音声がまるで機械のように冷たく感じた。
その連絡を受けてから、あの子たちを知る周囲は何となくぎこちなくなっているのが感じ取れた。
自分でも未だに信じられない。
あの時、もっと強く自分たちが引き取ると切り出せばよかった。
あの時、迎えに行けば……。
そんな後悔ばかりが何度も何度も頭の中をぐるぐると巡っている。
……それに、遺体もまだ見つかっていない。
それだけがまだ『どこかで生きているんじゃないか』『ひょっこり戻ってくるかも知れない』と、僅かな希望を抱かせた。
そんな事など、あるはずもないのに。
*****
それから少しして、不思議な夢を見た。
白く輝く空間の中で、死んだはずの弟たちが泣きながら子どもたちを抱きしめていた。
それに嬉しそうに抱き着く子どもたちを見て、自然と胸のつかえが取れた気がした。
ハッとして目覚めると、自分でも驚くほどボロボロと涙が溢れて止まらない。
横を見ると、なぜか妻も同じように涙を流していた。
「……お父、さん。……あの子、ら……ッ、笑って、たねぇ……」
嗚咽を漏らしながら、まるで自分が見た夢を知っているかのように……。
(──あぁ、そうやったんか……)
あれは、自分たちが見た都合のいい夢かもしれない。
……けれど、不思議とあの子たちが生きているのだとすんなりと信じる事ができた。
(きっと、心配要らんよって、教えに来てくれたんやなぁ……)
優しいあの子たちのことだ。
残された自分たちが心配しているのが分かっていたのかもしれない。
大丈夫だよと教えに来てくれたのかもしれない。
──そんな、都合のいい夢だけれど。
神様、どうか。
家族思いの、優しいあの子が。
嬉しそうに笑う、照れ屋なあの子が。
まだ幼い、無邪気なあの子が。
──どうか。
どうかあの子たちが、幸せでありますように。
前夜に間に合わず、もう当日になってしまいましたが……|ω・`)チラッ
2024年12月2日㈪、葉山の初めての書籍『明日もいい日でありますように。~異世界で新しい家族ができました~』①巻が発売されます。
書き下ろしや特典SSも含め、楽しんで頂ける内容になったのではないかと思います。
そして今回の発売前夜記念SSは、ユイトたちを想う周囲の大人たちの心情を書いてみました。
第三者視点で描く主人公たちの描写が好きなので、ユイトたちがどれだけ愛されていたかを描ければいいなと思い、考えたお話たちです。
読んでくれている皆様の大切な人を思い描いて頂けたらなと思います。
一日一日を大切に。
皆様の明日も、どうかいい日でありますように。




