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386 混沌

「第368話 地上へ」の続きです。

ようやくアレク登場……って、さ、三年前、だと……!?


 王都の中心地寄りに存在する、とある一角。

 “ダンジョン”と呼ばれる大きく開いた洞窟の入り口付近は、冒険者以外が無断で立ち入らないよう厳重に石壁で囲われている。

 普段であれば数人の警備がいるはずだが、その周囲にはダンジョンから溢れた魔物が「ギャギャギャ」と奇声を発しながら蠢いていた。

 その中でも力の強い魔物たちは、我が物顔でその入り口を占領している。そしてその足元には、無残に折れ曲がり使い物にならない剣と、散り散りになった装備の一部が泥と血に塗れ転がっていた。


 ……ふと、その魔物たちの何匹かが違和感に気付く。

 足下が微かに揺れた気がした。

 「ギギ?」と顔を傾げながら、下を向く。その仕草はさながら人間のようだ。


 だが、少しずつ少しずつ、ズズズ……、と振動が大きくなる。 

 その揺れをその場にいる魔物たちが感知し切る前に、地面に大きな亀裂が入り逃げる間もなく洞窟の入り口が大きく崩れ去った。


 ぽっかりと開いた穴。まるで全てを飲み込もうとするかの如く、その穴の先は不気味なほどに真っ黒だ。

 好奇心に負けたのか、幸運にも生き残ったうちの一匹の魔物が穴を覗き込む。

 その次の瞬間。灼熱の炎が噴き出し、覗き込んだその上半身を一瞬で消し去った。

 辛うじて残った下半身は灰化(かいか)し、プスプスと煙を吐きながらボロボロと砂のように崩れていく。


 その大きく空いた穴から、大きな羽音を立てながら地上へと一斉に飛び立った三頭のドラゴン。

 巻き起こる突風と砂埃。その風圧に負け、周囲の木々が大きく(しな)り揺れている。

 そして己の身に一気に掛かる重力に耐えようと、アレクはその背に必死にしがみ付いていた。

 ……だが、地上に出たと思われた瞬間、頬に当たる冷たい風が一瞬のうちに消え去り、纏わりつく焦げ臭さと異様な熱気に目を開け周囲を見渡す。


「──……ッ!!!?」


 視界の先。自分の頭上には、光を遮らんとばかりに広がった不気味な黒い雲。それが王都一帯を覆い尽くすように螺旋状に渦巻いている。

 そして自身の眼下に広がる光景に、アレクは言葉を失った。


 街中に鳴り響く激しい鐘の音。方々(ほうぼう)から火の手が上がり、黒煙がそこかしこから立ち上っている。それに加え、至る所から逃げ惑う人々の悲鳴が聞こえてくる。そこには、ダンジョンに生息するはずの魔物たちが建物を破壊し、住民を襲っている姿が……。

 いつもの賑やかな王都の町並みは見る影もなく、ただただ悪夢のような光景が広がっていた。


( ……何だよ、何なんだよコレ……!? どうなってるんだ……!? )


「うわっ!?」


 呆然とするアレクだったが、ドラゴンの背にいた事を思い出し一気に現実へと引き戻される。振り落とされぬようにと翼の付け根にしがみ付くが、耳を劈くような鳴き声を上げながら暴れるドラゴンに成す術もない。

 徐々に体勢が崩れ、ずるりずるりと滑り落ちていく。


「──ッ、クソ……!」


 必死にしがみ付きながらも、ドラゴンの首元に手綱とは名ばかりのロープがぶら下がっているのが見えた。その首から先はどことなく嫌な気配がするが、どうにかそれを掴もうとアレクは必死に手を伸ばす。

 ようやく手繰り寄せた手綱を左手に絡め、強めに引っ張ってみる。簡単には解けないのを確認し、手に力を込め再びドラゴンの背によじ登る。座り心地は悪いが、やっとの思いで手に入れた命綱にほんの少しだけ心に余裕ができた。

 そして自分の視界の端に、ある姿を捕らえる。


「メフィストッ! 何だよこの状況は……!?」


 まるで闇に紛れてしまいそうな漆黒の髪を持つ彼の姿を見て、思わず声を荒げてしまう。

 だが、アレクの必死の叫びに反応したのは、彼と同じ漆黒の髪を持つ妖精の方だった。

 人差し指を唇に当て、静かにと合図を送る。

 何をしているのかと飛び回るドラゴンの背に乗りながら目を凝らすと、メフィストは自身が騎乗したドラゴンの頭に向かって手を翳し、何かを弄るような動きを見せた。

 その途端、ドラゴンが気が狂ったかのように暴れ出す。背に乗る()()を振り落とそうと必死に藻掻く姿は、どこか異様ささえ感じた。

 その傍らには暴れるドラゴンを落ち着かせようとするかのように、もう一頭のドラゴンが鳴き声を上げながら前方を塞いでいる。

 そしてメフィストが手の動きを止めた途端、まるで憑き物が落ちたかのように落ち着きを取り戻したドラゴン。キョロキョロと周囲を見回し、自身の前方を飛ぶ仲間の姿を見てその呼びかけに応じるように一鳴きした。


 そしてその二頭がこちらに振り向くと、いつの間にか背後に気配を感じた。

 慌てて振り返ると、そこにはドラゴンの背に立つメフィストと、その肩に乗る妖精の姿。あまりに突然のことに頭が追い付かないが、その指先は先ほどと同じような動きをしている。

 すると、他の二頭が前方を塞ぎ、アレクたちの乗ったドラゴンは咆哮(ほうこう)をあげながらぐるぐると激しく旋回を始めた。

 振り落とされそうになり思わず手綱を握る手に力が入るが、黒い触手がアレクの体を固定するように巻き付いていく。


 そして何度か暴れるように旋回した後、ドラゴンの動きが時計が止まったようにピタリと止まる。

 はるか上空から地上に向かって急速に落下していくドラゴンに成す術はなく、アレクは生涯で初めてその瞬間を覚悟した。

 ……だが、そのほんの数秒後。ふわりと体が浮く気配がする。

 恐る恐る目を開けると、そこには落ち着いた様子で上空を優雅に飛ぶドラゴンの姿があった。時折、首をぶるりと震わせながらまるで纏わりつく何かを払うような仕草を見せる。


(──助かった……)


 思わず強張っていた体の力が抜ける。ふと後ろを振り返ると、ふらりと体勢を崩し、いまにも倒れそうになるメフィストの姿が目に入った。

 慌ててその手を掴み、力の限り引っ張り寄せた。


「オイ! 大丈夫か……!?」

「……はい。助かりました」


 乱暴だと小言を言われるかと思ったが、予想もしなかった感謝の言葉に思わず顔を顰めてしまう。メフィストの肩にいた妖精のリリアーナも心配そうな表情から一変し、アレクのその態度に思わず噴き出してしまった。


「……アレクさん。貴方、本当に失礼な人ですねぇ」


 眉間に皺を寄せ、自身の腕を掴むアレクの手をパシリと叩く。

 そしてパンパンと埃を払うように服を直し、手櫛で髪を整える。


「……さて。少々手こずりましたが、皆さん気分はどうですか?」


 一瞬、誰に向かって声を掛けているのかと思ったが、三頭のドラゴンが一斉に鳴き声をあげた。それはまるでメフィストと会話をしているかのような錯覚に陥る。


「……ふむ。大層お怒りのようですね」


 リリアーナもそれに同調するように『うん、うん』と頷いている。

 その状況をアレクだけが理解できないなか、三頭のドラゴンが揃って同じ方向を向いた。少し離れた上空に、こちらに向かって飛んでくる鳥型の魔物の群れ。

 ザッと目視しただけでも数十はいる。こちらは上空。足場がないとアレクが少し焦りを感じた矢先、一頭のドラゴンが大きく体をしならせその魔物たちに向かって炎を吐いた。

 それに続き、もう一頭も炎を浴びせる。

 そして最後に、アレクたちを乗せたドラゴンが一際大きな炎を吐きだした。

 真っ暗だった空が、赤い炎に照らされる。

 次々と黒焦げになって落ちていく魔物を見て、アレクは少し同情めいた感情を抱いた。


「アレクさん、話が」


 そう切り出したメフィストの言葉を遮るように、ドラゴンたちが一斉に速度をあげながら同じ方角に向かって飛んでいく。

 まるで探していた何かを見つけたように。

 鬼気迫る様子のドラゴンたちに気圧され、ビリビリと体に緊張感が走る。

 しばらくすると、少しだけ速度が緩んだ。ちらりと地上に視線を向けると、馬車と数人の人影が見えた気がした。


「……! アレって……」


 アレクがその人物たちに気付いた瞬間、ドラゴンたちははるか上空からその場所に向かって猛スピードで降りていく。

 それは落下していると言った方が正しいかもしれないが、アレクには考える余地すら与えられなかった。


「は? ちょ、オイ……! ちょ、待てって……!」


「〰〰〰〰ッ!? うわぁああああ─────ッ!!!?」


 アレクの絶叫も空しく、ドラゴンたちは我先にと一斉に地上へと速度を上げた。

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