382 違和感
今回はハルトと少女たちの回です。
黒い狼の背に乗り、少女たちは変わり果てた王都の街を只々呆然と見つめていた。
普段の平和な街並みは、まるで夢だったかのように、見渡す限り崩壊した建物ばかり。
……だが、魔物の死体は転がっているのに、不思議と人が少ない。
(おじいちゃんも、お父さんもお母さんも、きっと無事でいる……!)
みんな、どこかへ避難しているのだと自分に言い聞かせながら、少女の一人、ユーリアは唇を噛み締めた。
「おおかみさん、きょうかい、もうすぐですか?」
その声に少女たちが顔を上げ前を向く。
その視線の先には、妹よりも幼い男の子。この小さな背中が自分たちを助けてくれたのだと思うと、なぜだか胸がいっぱいで泣きたい気持ちが込み上げてくる。
《…………》
「おおかみさん、おしえてください」
ハルトは怖がる素振りも見せず、狼に声を掛けその黒い背中を撫でるようにぽんぽんと軽く叩く。この速度なら、もうとっくに教会に辿り着いていてもいいはずだ。
先程から見ていると、狼がワザと迂回し時間を稼いでいるように感じた。
《……厄介なのがいる》
「やっかいなの?」
狼は後ろを振り返りもせず、速度を落とさずにそのまま駆け抜ける。
その間にも何匹か魔物を排除していたが、ハルトと姉妹は初めこそ驚きを隠せなかったものの、今では若干それに慣れつつあった。
《……その妖精に教えてもらえ》
そう言ったきり、狼はまた黙々と走り続ける。
その言葉に、ハルトは傍らにいるリュカを見やるが、リュカは難しい表情を浮かべ先程から黙ったままだ。
「りゅかくん、どうしたの?」
心配そうな声に、リュカはようやく顔を上げた。
その顔にいつもの笑顔はなく、まるで何かを覚悟したように見えた。
《はると……。そのいし、ぜったいにはなしちゃだめだよ》
「……うん!」
リュカの真剣な表情を見て、ハルトはクラウトに貰った聖灯石をぎゅっと握り締める。それを見て安心したように再び前を向くリュカ。
その横顔を見つめながら、ハルトはほんの少しの違和感を感じていた。
「あっ! おおかみさんっ! あそこ!」
ふと目の端に映った魔物たち。
その視線の先に、背の低い男たちが武器を構え必死に戦っていた。
「ドワーフさんたちだ……! 大変!」
「……あっ! おばさんもいるよ!」
少女二人の声に、ハルトは狼の毛並みを掴む。
すると、それが合図かのように、狼は深い溜息を吐きながらくるりと方向を変えた。
「きゃあっ!?」
《……これで最後だぞ》
その声は少女二人に聞こえる筈もなく……。
狼は再び少女たちの悲鳴を響かせながら、男たちの元へ向かうため速度を上げた。
(……おおかみさん、おくちはわるいけど、やさしいです!)
けれど、それを言ったらまた怒られそうだと、ハルトは口を噤んだ。




