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369 地上へ②



 ──あの少年が去った後の、一瞬の静寂。



 まるで世界から音が消えた様に、自分の胸の鼓動だけが体中に響いている。




「……トーマスッ!」


 それを断ち切るかの様に、オリビアが左腕を押さえるオレの元へと、足を引き摺りながら駆け寄ってくる。

 その声をきっかけに、周囲も俄然として慌しくなった。

 後ろにいた侍女達にも大きな怪我はない様だ。ホッと胸を撫で下ろす。


「あぁ……! トーマス、あなた、腕が……! 早く止血を……!」


 いつも気丈な彼女の声は、微かに震えていた。顔色も血の気が引いた様に青白い。安心させようと、その泥だらけの頬にそっと右手を伸ばす。


「大丈夫だ……。見た目程、酷くはない。……オリビア、君は? 怪我はないか?」


 その顔を覗き込むと、じわりと瞳が潤んでいくのが分かった。

 触れた頬はひんやりと冷えていたが、指先に伝っていく涙が温かい。その涙をそっと拭い、抱き寄せた。


「……ッ、えぇ、私は大丈夫……。大丈夫よ……!」

「そうか……、よかった……」

「……でもっ! ……子供達、が……」


 腕の中で泣いているオリビアを強く抱き、自分を落ち着かせる様に深呼吸を一つ。ユイト達が消えてから、どれくらい経ったのだろうか……。

 未だ土煙が立ち込める周囲を見渡すと、敷地内には瓦礫が散乱し、魔物の死体がそこかしこに転がっていた。



( 何が冒険者だ……。また子供達を巻き込んでしまった…… )



 早くあの子達を探し出さねば……!



 オリビアの手を借り立ち上がると、王宮の方がにわかに騒がしい。振り返ると、バージル陛下がイーサン、アーノルド、そして数人の騎士達を従えてこちらへと歩みを進めていた。



「陛下! 外は危険です! お戻りください!」

「案ずるな。腕は鈍っておらん。それに王宮(ここ)も母上とレイチェルが結界を張っているだろう」

「ですが……!」

「易々と城に侵入されているんだぞ!? ライアンも消えた……! 現状の把握が先だ!」

「……ッ! 陛下!」


 陛下のその表情は険しく、怒気を抑えている様にも見受けられる。

 そしてオレの目の前で立ち止まった。


「……トーマス」


 命じられた屋敷の探索の失敗。

 ……そして何より、ライアン殿下を巻き込んでしまった。


「バージル陛下、この惨事は私の不徳の……」


 謝罪で済まされる問題ではない。そんな事は重々承知の上。

 頭を下げようとすると、陛下の腕がそれを制す。


「……これは、私の非でもある……」

「陛下……?」


 その言葉の真意が分からず、オレもオリビアも顔を見合わせる。

 そして深く息を吐き、陛下はオレを真っすぐに見つめ返した。



「……トーマス。ノーマンの屋敷で、一体何があった?」






*****





 

「……ここは?」

「教会……、のようだな……」


 足元に閃光が走ったと思った次の瞬間。私達は先程までいた場所とは違う、別の場所へと飛ばされていた。

 マイルズとあの鉄格子の中にいた男性達も、あまりに突然の出来事に困惑の表情を浮かべている。それに、何やら建物の周囲が騒がしい。


「──……!? これは……、警鐘、か……?」

「何だ? 何があった……?」


 王都で有事の際に鳴らされる警鐘。私が知る限りでも、フェンネル王国が建国されてから一度足りとも鳴った事は無い筈だ。

 アレクと知り合いらしい、あの黒髪の男が言っていた“大変な事”……。

 トーマスさん、エレノアにステラ、リーダーも……。皆、無事でいてくれ……!


「……ユウマ、大丈夫か?」

「ん! ぶえんだちゃんいっちょ! ゆぅくん、だぃじょぶ!」

「フフ、そうか……」

「ん!」


 私の腕の中でふわりと笑みを浮かべるユウマを見て、少しだけ肩の力が抜ける。そのユウマの傍らには、初めて見る黒髪の妖精。

 いつも一緒にいる妖精達とは違い、随分と大人びているが……。

 私の視線に気付いたのか、その妖精はこちらを見やり、ニコリと笑みを返してくれた。私とは初対面の筈だが……?

 そして何やらユウマに話し掛けると、そのまま姿を消してしまう。


「……あ」

「あ~! ておくん、きえちゃった……!」


 しゅごぃねぇ~! と感心した様に呟くユウマを抱きながら、その言葉を頭の中で反芻する。


「……ユウマ? 今、テオと言ったか?」


 私の聞き間違いでなければ、確かにテオと……。


「うん! ておくん、せいちょうしたの! かっこいぃでちょ!」

「せ、成長……?」

「りりちゃんもねぇ、きれぇなの!」

「そ、そうなのか……」


 テオと言うのは確か、トーマスさんのお宅に皆でお邪魔した時はまだ愛らしい子供の姿をしていたと思うのだが……? りりちゃんと言うのも、メフィストを可愛がっていた妖精……。

 妖精は数日で成長するものなのか……?


 そんな疑問を頭に浮かべていると、ふと背中に視線を感じた。

 後ろを振り返ると、そこには私達を遠巻きに見つめる子供達と、その子供達を庇う様に立つ数人の修道女(シスター)。そして年老いた住人達と、冒険者らしき人物の姿が。


「あ、貴方達は……? 一体、どこから……?」


 突然現れた私達に、大人達は困惑の表情を浮かべ、子供達は警戒しているのが見て取れる。だが、大人の数人は喜んでいる様にも窺えるんだが……。


「そ、それは……」

「説明……、は難しいな……」


 つい先程まで、ダンジョンらしき場所にいたとは言っても信じてはもらえないだろう。

 私だって見た事はあるが、転移を体験したのは初めてなんだから……。


「な、なぁ! アンタら、冒険者なのか……!?」


 子供達を庇っている様に立っていた男性が、意を決した様に口を開いた。


「あぁ、私と彼女は冒険者だ。彼等は違うが」

「無理を承知で頼みたい……! どうか、外の魔物を倒してくれないか……!」

「魔物……!?」

「突然現れたんだ……! この周辺はもう囲まれちまってる!」

「近くにいた冒険者が、ここを守ってくれているんです……!」


 あの喜んだような表情を浮かべていた数人が、男性の言葉を皮切りに一斉に口を開いた。どうやらこの警鐘は間違いではないらしい。

 よく見れば、シスター達以外の大人は皆、どこかしら怪我を負っている。


「……すまないが、暫くの間、この子を任せてもいいだろうか?」

「え? ……わ、分かりました……!」


 一緒に転移してきた男性達に、抱えていたユウマを預ける。


「ぶえんだちゃん……?」

「ユウマ、私は外に行ってくる。私が戻るまで、この人達の傍を離れないでくれるか?」

「……ん。わかった……」

「よし、いい子だな」


 ユウマを男性に託しマイルズと共に外に向かおうとすると、一人の冒険者が慌てた様子で中に駆け込んできた。


「……シスター! け、結界……ッ! 結界が張られてるッ!」

「えぇ!?」

「結界……!?」


 シスター達も困惑した様子でその冒険者の話を聞いている。結界を張れる力を持つ者など、この教会にはいないらしい。


「それに! 魔物が勝手に泥の中に沈んで行って……!」

「泥?」

「泥の中って……」


「うわぁッ!?」

「きゃあああ!!?」


 すると突然、ユウマの周囲が光り出した。

 あまりの眩しさに、咄嗟に腕で顔を覆う。




「────ゆぅくんッ!!!」



「えてぃちゃん!! にこちゃんも~!!」



 眩い閃光の中、ここに居る筈のないレティの声。



「ユウマくんッ!! 無事で良かった……!!」



「あぁ~! らぃあんくん!! うぇんでぃちゃんも~!!」



 そして同じく、居てはならないライアン殿下の声……。


 光が治まり、恐る恐る目を開けると……。

 そこにはユウマを抱き締めるレティとライアン殿下、そして二人の妖精の姿が……。



「それにしてもレティちゃん……。転移の途中で結界を張れなんて、人使いが荒いです……」

「だって、ゆぅくんがしんぱいで……。ごめんね?」

「ん~、ゆぅくんのせぇ……? ごめんなしゃぃ……」

「ウッ……。まぁ、私も勝手について来てしまったので……。それはユウマくんに免じて許しましょう……」

「ふふ、ありがと」

「らぃあんくん、ありぁと!」




「……ど、どういう事なんだ……」



 呆気に取られる私達を余所に、そんなほのぼのとした光景が繰り広げられていた。



感想にブックマーク登録、ありがとうございます。

誤字脱字報告も、自分では見落としている箇所があるので大変助かります。

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