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313 王都でデート ~朝食②~


「もうすぐ焼けるからね~!」

「はい……! 美味しそうです……!」


 鉄板で焼かれている目の前のお肉と生地の美味しそうな匂いに、さっきから僕のお腹がグゥグゥと切ない音を響かせている。


「あら、お腹鳴っちゃった? 可愛いわね~!」

「ハハ! もうちょっと我慢な?」

「は~い……」


 お肉が少し分厚くて、見るからに美味しそう……。食い入る様に眺めていると、店主さんとアレクさんに笑われてしまった。だけど後ろのお兄さん達もソワソワと焼いてるところを眺めてるし、お腹を空かせているのは僕だけじゃない筈だ。


「はい、お待たせ~! 熱いから気を付けて!」

「わぁ~! 美味しそう!」

「アレクちゃんとまた来てちょうだいね!」

「はい! ありがとうございます!」


 屋台の店主さんにお礼を言い、通行の邪魔にならない様に屋台の裏手にある建物の端に移動する。アレクさんと僕の手には、ほかほかと湯気を立てる焼き立てのクレープ……、いや、トルティーヤ……? もうトルティーヤでいいかな? 


「ほら。ここで食お」

「やったぁ~! 早く食べましょう!」


 念願の朝食に堪らず心の声が……。アレクさんは笑っているけど、さっきまでお預け状態だったから仕方ないと思う。

 いただきますと大きく口を開けて頬張ると、それだけで口の中にお肉の旨味が広がる。屋台で焼いてもらった少し厚めの生地の中には、新鮮なレタス(レティス)胡瓜(グルケ)人参(カロッテ)にオニオン。そして昨日アレクさん達が持って来てくれた牛の魔物のシュティーアカンプ。

 タレに漬け込んでいたから味もしっかりしててすっごく美味しい!


「ん~! んんん!」

「美味い?」

「んん!」


 野菜のシャキシャキした食感と、お肉を漬けていた少し甘めのタレがすごく合う。マヨネーズを少しだけ足すと、まろやかさも加わってまた違った美味しさに。

 夢中で頬張っていると、アレクさんは僕の顔を見て笑っている。どうやらマヨネーズが付いていたらしく、指先で拭ってくれた。


「あ、ありがとうございます……」

「いや、ユイトが気に入ったみたいで安心した」


 その指先に付いたマヨネーズを舐め取り、アレクさんも僕の隣でガブリと一口。モグモグと口を動かして嬉しそうに目を細めている。

 人のって、すっごく美味しそうに見えるよね……?


「アレクさんのも美味しいですか?」

「ん。美味いけどちょっと肉入れ過ぎたかも。こっちも食う?」

「いいんですか? 食べたいです!」


 アレクさんが一口食べた後の断面には、お肉がこれでもかとぎっしり詰まっていた。


「ほら、どうぞ」

「いただきます!」


 笑顔で差し出され、甘えて僕も一口食べさせてもらう。

 アレクさんのはコディア……、何とかって言う熊の魔物のお肉。

 サイコロステーキみたいにブツ切りにしたお肉を甘辛いタレで漬け込んで、こっちの方が少しだけピリッとしてるかな。これにはレティスとトマト、そして薄切りのアボカドが入っててボリュームも満点。

 ゴロッとしたお肉の塊も肉汁が溢れて美味しいなとその味に夢中になってしまう。


「アレクさん、これも食べてみてください!」

「お、いいの? じゃあ、ちょっとだけ」


 僕の分もアレクさんに食べてもらうと、こっちも美味いと目尻を緩めて頬張っている。僕が残りを食べている間に、アレクさんはあっという間に自分の分を食べ切ってしまった。


「ユイト、ちょっと()()入れてくるから待ってて」


 アレクさんがお肉を漬けていた器とマヨネーズの小瓶を手に取り建物の裏へと向かう。おそらく魔法鞄(マジックバッグ)に仕舞うんだろう。さすがにお皿を持ったまま歩くのは邪魔になるだろうし……。


「あ、僕も行きます……!」

「いいよ。すぐ戻るから」


 慌てて僕も向かおうとすると、いい子で待っててと髪を優しく撫でられる。そのままアレクさんは建物の陰へと入っていった。

 子ども扱いされるのはイヤだけど、今日のアレクさんはいつもと雰囲気が違って少しドキドキする。並んでる時もそうだけど、今だってチラチラと女の人に見られていたし……。

 アレクさんは気付いてなさそうだったけど、あんなにあからさまな視線を投げられると僕としては面白くない……。

 

( まぁ、アレクさんがカッコいいのは分かるけど! )


 パタパタと掌で熱くなった頬を冷ましながら目の前を通り過ぎる人たちを眺めていると、お兄さん三人組と目が合った。見た感じ冒険者さんかな? なんて思いながら食事を再開させていると……。


「おはよう」

「……? おはようございます……」


 お兄さん達は何かを話した後、一度目の前を通り過ぎたのにニコニコと笑顔を浮かべながらこちらに近付いてくる。知り合いだったっけ? と三人の顔を見るけど記憶にない。だけど笑みを浮かべたまま僕に近付き、そのまま手元を覗き込んでくる。


「美味しそうだね?」

「何食べてるの?」


 あ、僕の食べているのが気になったのか! 半分は食べちゃったけど、確かに美味しそうだからなぁ~。


「これですか? あそこの屋台で焼いてもらったんです!」

「へぇ~。さっき見て気になってたんだよねー」

「あ、そうなんですか? 他にも色々入れる具材が並んでましたよ! 店主さんもいい人でした!」

「そうなんだ? よかったらキミが食べてるの教えて欲しいな」

「一緒に行かない?」


 ……ん? 僕が食べてるのそんなに気になる? 教えてあげたいけど……。


「え? あ、えっと……。僕ここで人を待ってるので……」


 申し訳ないけど、勝手には離れられないし……。困っているといつの間にか囲まれ、僕の左手をするりと撫でる感触が。突然の事に、ぞわりと肌が粟立つ。思わず右手に持っていたトルティーヤをぐしゃりと強く握ってしまった。


「え~? 少しだけだよ」

「一緒に行ってもらえると嬉しいんだけど」

「あ、でも……」


 さっきまでニコニコして見えていたのに、ニヤニヤとした笑顔に変わった気さえする。


( きもちわるい…… )


 今までこんな事無かったのに、何となく怖くなってきた。身を捩じらせ手を解こうとするけど、なかなか離してくれない……。

 困っていると、お兄さん達の顔がサーッと血の気が引いた様に表情を失っている。



「……お前ら、何してんの?」



 後ろを振り向くと、僕の真後ろで無表情のアレクさんがお兄さん達を見つめている。初めて見るその表情に、僕も一瞬だけ強張ってしまう。


「え、あ、いや……」

「ちょっと道を訊いてただけなんで……」


「……は?」


 一言だけなのに一気に怒気を帯びたアレクさんの声に怯んだのか、お兄さん達は先程まで握っていた僕の手をパッと離し、謝りながら足早に去って行った。

 

「ユイト、何もされなかったか?」

「……」

「……ユイト?」


 何も言わない僕に焦ったのか、アレクさんがオロオロしだす。さっきまで怖そうだったのに、一瞬で眉を下げて困った様子のアレクさんに少しだけ優越感が……。

 触られて気持ち悪かったのも、一瞬で吹き飛んでしまった。


「……手、握られました」

「は?」

「握られた時、怖くて……」


 アレクさんは僕の言葉を聞いた瞬間真顔になり、アイツらシメてくると歩き出したので慌てて止めた。だって本当にやりそうだったから!


「……ごめんな? オレがもうちょっと早く戻ってきたら絡まれなかったのに……」


 そう言うと、僕の肩を抱き申し訳なさそうに溜息を吐く。


「いいんです。でも、手を握られただけで鳥肌立っちゃって……。アレクさんと繋ぐときはドキドキするのに」


 そう呟きアレクさんの手を握るけど、全く反応がない。不思議に思い顔を上げると、そこには怒った様な、困った様なよく分からない表情のアレクさんが。だけどその表情も、もう片方の手で覆われて見えなくなってしまった。


「……どうしたんですか?」


 僕が指の隙間から顔を覗き込むと、今度は深い溜息が聞こえてくる。


「……ユイトはオレを喜ばすの上手いな」

「……?」

「ハァ~……。いいよ、分かんなくて。触られたのどっち?」

「……こっちです」


 アレクさんと手を握っている左手をプラリと揺らすと、ハンカチを取り出し僕の手を丁寧に拭き始める。アレクさんてハンカチ持ってるんだと少しだけ驚いた。

 失礼かもしれないけど、服の裾でグイッと拭きそうなイメージが……。

 ……あ、初めて会った時の印象が残ってるのかも。


「ハァ~……。今日はオレから離れるの禁止な?」

「え~? 大袈裟ですよ~……」

「い~や、大袈裟じゃない」


 まさかこんな短時間で……、とブツブツ呟きながら僕の手を取り歩き出す。まだ食べてる途中だったけど、僕は歩きながら食べる事に。

 行儀は悪いけど、街の中を眺めながら食べるのはなかなか楽しい。


「これからどこに行くんですか?」

「今から乗合馬車で王都の南地区に行くんだ」

「南地区?」

「そ。そこにオレの大事な場所があるから」


 どうやら王都は四つの地区に区切られているらしい。確かに王都を守る城郭も見えない程遠くまで続いてたし……。

 それにアレクさんの言う大事な場所がすごく気になる。


「えへへ、楽しみです!」


 どんな所だろう? 

 行ったらアレクさんの事、もっと知れるかもしれない。


 そんな事を思いながら僕はアレクさんに手を引かれ、軽い足取りで馬車乗り場へと向かった。



いつも読んで頂き、ありがとうございます。

誤字脱字報告も、見落としていたので大変助かりました。

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