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304 いちばんの、おともだち


「ハァ~……、漸く終わりましたね~!」

「緊張しました……」

「いやぁ、本当に……! でも、気に入ってもらえて良かった!」


 急に始まった試食会も無事に終わり、カビーアさんとゲンナイさんと三人でホッと安堵の息を漏らす。

 バージルさんはユウマの“皆でお菓子を食べたい”発言のせいか、ずっとユウマの傍で楽しそうに話をしていた。

 気付いた時には予定よりも滞在時間が延びてしまった様で、クッキーとケーキを食べ終わるとイーサンさんに急かされながら馬車に乗って王宮へと帰っていった。


 ローレンス商会の職員さん総出でその馬車を見送った後、一気に疲れが……。


「皆様、お疲れ様でした」

「いえ! ネヴィルさんも、お疲れ様です!」

「私は眺めていただけですからね。この通り元気ですよ」


 そう言いながらも、ネヴィルさんもどこかリラックスしている様に見える。


( ……それにしてもバージルさん、最後まで慌ただしかったなぁ…… )


 チョコチップクッキーとガトーショコラ、それにベイクドチーズケーキ。

 この三種類を全て気に入ってくれたみたいで、僕がチーズを見せると興味深そうに眺めていた。

 ネヴィルさんとイーサンさん、フレッドさんにはハワードさんの牧場で作ってると伝えてあるし、もしかしたら連絡がいくかもしれないな。

 カカオも塗り薬の原料だと予め伝えてある。

 この辺りで見当らなければ、あのおばあさんのお店に行くらしい。


「トーマスさん、オリビアさん、帰るのちょっとだけ待ってもらえますか?」

「ん? あぁ、この後は特に何もないからな」

「ふふ、いいわよ? 契約もあるし、欲しかったものもあるんでしょ?」

「はい!」


 食堂の後片付けは職員さん達が引き受けてくれたので、僕たちはこのままネヴィルさんと契約の為に再び二階へと階段を上っていく。






*****


「ではまず、カビーアさんからですね」

「は、はい……! オリビアさん、お願いします……!」

「任せてちょうだい!」


 カビーアさんは文字が読めない為、代理としてオリビアさんが書類を確認してくれる事になった。そして三人はネヴィルさんの執務室に移動し、ローレンス商会との契約を結ぶ。

 その間にゲンナイさんは自分の荷物を整理しながら、僕が欲しいとお願いしていた食材を準備してくれていた。


「じゃあ~、これとこれ! あ、あとこれも買います!」

「大量だな~? よ~し……、これもユイトくんが宣伝してくれたおかげだからな。今回は大サービスだ!」


 そう言うと、ゲンナイさんは余った醤油(ソーヤソース)や豆腐、おから等、帰りの分の食糧だけを残して全て僕に安価で売ってくれるという。


「え? え? 本当ですか!?」


 目の前にはきな粉に枝豆(ソーヤタック)、さっき試食で作った油揚げまである。


「あぁ。契約したらすぐにでも帰って、また商品作らないといけないしな!」


 母ちゃんも喜ぶぞ~! なんて嬉しそうに目を細めるゲンナイさん。

 義弟さんをどうやって驚かせようかと楽しそうだ。


 すると、コンコンと扉をノックする音が。

 どうぞと声を掛けると、そこにはシャノンさんが立っていた。


「ゲンナイ様、執務室へお越しください」

「分かりました! すぐに……!」


 行ってくるな、と少し緊張気味のゲンナイさんの背中を見送る。

 そうだよな。考えたら、一気に色んな所に自分の商品を置いてもらえるんだもんな……。イーサンさんはお城でも使うって言ってたし、凄い事なんだよなぁ……。


「……トーマスさん」

「ん? どうした?」

「あぅ~?」


 名前を呼ぶと、メフィストを抱えながらこちらを振り返るトーマスさん。僕の顔を見つめ、不思議そうに首を傾げている。


「……なんか、緊張してきちゃいました……」


 “オリーブの樹(お店)”での契約はあったけど、“僕”個人としての初めての契約。

 成人前だからオリビアさんが一緒についていてくれるけど、ちゃんと出来るか正直不安だ……。


「ハハ! 大丈夫だろう。ユイトのはタレのレシピだったな?」

「はい。あと、他のレシピも追加で色々と……」

「なに、そんなに心配しなくても大丈夫だろう。 箔が付くと思って胸を張っていたらいい」

「は、はい……」


 トーマスさんはそう言うけれど、僕の心臓は簡単には落ち着いてくれない……。

 ここは一旦、メフィストのほっぺを触って落ち着こう……。


「メフィスト~、今日ももちもちだねぇ~?」

「あぷぅ~?」


 両手で頬を撫でられながら、メフィストはつんと唇を尖らせる。その小さな唇も、上から見るとすっごく可愛くて癒されるんだよなぁ……。

 しっとりもっちり吸い付く赤ちゃんの肌と、僕の手を掴もうとするその小さな指先を見て、少しだけ緊張が和らいだ気がする。

 すると、自分でも意図せず深い溜息が……。


「ハハハ! そんなに緊張してるのか! ユイトもまだ子供だな、安心したよ」

「何で嬉しそうなんですか……!」


 トーマスさんは左腕にメフィストを抱えたまま、右手で僕を抱き寄せる。そしてそのまま、よしよしと頭を撫でてくれた。

 むぅ……。恥ずかしいけど、ちょっと気が紛れるかも……。


 トーマスさんに撫でられながらふと隣を見ると、何やらライアンくんが困った様に眉を下げている。


「らいあんくん……、かえっちゃいますか……?」

「もぅ、ばいばぃ……?」


 ハルトとユウマにきゅっと手を握られ、ライアンくんの顔が凄い事に……。

 フレッドさんもサイラスさんも無理に離そうとはせず、少し離れた場所から見守っている。


「そうですね。この後は自室に戻って勉強を……」

「あえたのに、さみしいです……」

「ゆぅくんも、しゃみちぃ……」


 シュンと肩を落とし目を潤ませる二人を見て、ライアンくんも困っているのが分かった。


「はるくん、ゆぅくん、こまらせちゃだめだよ?」


 僕が注意しようかなと思っていたら、レティちゃんがそっと二人の横に立つ。トーマスさんもその様子を静かに見守っている。

 

「らいあんくん、いそがしいのに、きてくれたんだよ?」

「ん……。でも、さみしいです……」

「ゆぅくんも……」

「それはらいあんくんも、みんないっしょ。だから、わざわざあいにきてくれたんだもん。ちゃんと、がんばってっておうえんしなきゃ」


 ね? と優しく二人を諭すレティちゃん。

 目からぽろぽろと涙を零しながら、二人も漸く頷いた。


「らいあんくん、おべんきょう、がんばって……」

「ゆぅくんも、おぅえん、ちてるね……」


 全く応援してる感じではないのに、瞼をくしくしと擦り自分を見上げる二人に、ライアンくんは苦笑い。


「ふふ、何だかヤル気が湧いてきました」

「ほんとう……?」

「二人の応援のおかげですね!」

「げんきでたぁ……?」

「はい! 頑張れそうです!」


 ん! とにっこり頷くユウマと、すんすんと鼻を啜るハルト。

 いつもはユウマとメフィストの頼りになるお兄ちゃんなのに、今日は少しだけ違うみたいだ。


「ハルトくん、今日はもう終わりですが、城に来たらまた一緒に遊びましょう?」

「うん……。いっぱい、あそべますか……?」

「はい! その日は休みなので朝から遊べますよ!」

「ほんとう? やくそく、ですか?」

「はい。約束です」

「ん……」


 涙をゴシゴシと拭い、ハルトは漸く笑顔を見せる。


「らいあんくん、いちばんの、おともだちです!」

「え?」

「いっちゅもいっちょ! うれちぃもん!」

「「ね!」」


 そう言って、ハルトとユウマはライアンくんに抱き着き、とびっきりの笑顔を向ける。

 これはまた唸ってそうだなと思いつつライアンくんを見ると、両手で顔を覆ったまま微動だにしない。


「殿下……?」

「どうされました……?」


 フレッドさんもサイラスさんも心配してそろそろと様子を窺いに近付いてきた。トーマスさんもいつもと様子の違うライアンくんに困惑気味。


「らいあんくん?」

「どぅちたの~?」


「ハァ……」



「連れて帰りたい……」



 ライアンくんから漏れたのは、この国の第三王子らしからぬ発言……。

 それを聞いていたフレッドさんもサイラスさんも、部屋の隅にいたユランくんもギョッと目を見開いている。


「らいあんくんの、おうちですか?」

「おとまり、しゅる?」


 うふふ、と笑う二人をぎゅうっと抱きしめ、次はたくさん遊びましょうとライアンくんは悔しそうに呟く。



「らいあんくん……、ふたりのこと、だいすきだから……」



 しょうがないよね……。

 レティちゃんのやれやれという溜息だけが、静かに部屋に響いていた。



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