289 ウチの子は天才
「えっと~、ボウルはぁ~……、ここかな」
広いキッチンの中、僕はいつもと使い勝手の違う動線にもたつきながら昼食の準備を進めていく。
お米だけ先に水に浸しておき、預かったトーマスさんの魔法鞄から普段僕が使っている調理道具を全て取り出す。
それをどこに置くかだけで時間が掛かってしまった。
麻袋に入ったままのお米に醤油、ミリンにジュンマイシュ。家やお店から持ってきた調味料をズラリと並べて、結構減っちゃったなと在庫の確認。
( 次の行商市まであと三週間はあるし……。今度はもうちょっと多めに注文しとかないと )
お城と商会に持って行く用の食材は別に保管して、冷蔵庫の中身を確認。
食材がたくさん補充されていて、これなら買い物に行かなくても十分足りる。
キッチンからリビングを見ると、ソファーにはアレクさんとノアが楽しそうに喋っていた。
……喋っていると言っても、アレクさんがノアに話し掛けてるだけなんだけど。
遠目からでもノアがこくこくと頷いているのが分かった。
コミュニケーションは大丈夫みたい。
「レンジはここに置いて~、ミキサー……。ここにしよ!」
漸く並べ終え、早速調理開始!
コンロも手前に三つ、奥に二つもあるし、オーブンも備え付け……。素晴らしい……!
ハルトたちが寝ている間に作っちゃお!
*****
「お、いい感じ~!」
小鍋に牛乳と砂糖を入れて、沸騰したら弱火にして焦がさない様に木べらでひたすらかき混ぜる。とろりとしてきたら、鍋ごと水の張ったボウルに入れて冷ましておく。
「うわぁ~、絶対甘いよなぁ~……」
かなり時間が掛かるけど、これで練乳の完成! これが美味しいんだよね。後は冷やすだけだし、これはこのまま放置。早速次の作業へ。
ボウルに調味料を入れてお肉を漬けこんでいる間に、昆布の出汁で溶いた卵液を野菜の入った小さい容器に少しだけ取り分けて右奥にセットした蒸し器の中へ。ついでに切った野菜も、適当に隙間に詰め込んでおく。
フライパンが熱したら、そこに残った卵液を流し入れ、火が通ってきたら慎重に手前手前にとクルクル巻いていく作業。少しくらい破れても大丈夫! どうせ最後に形を整えるし。
「あ、そろそろいいかな」
左奥でコトコトと湯気を立てる鍋の蓋を取り、スープを一掬い。小皿に移してそっと味見。
( ん~……、もうちょっと足そうかな……? )
何だか物足りない気がして、ほんの少しだけ塩をパラリと振って微調整。
ゆっくりかき混ぜ、もう一度味見。うん、今度はいい感じ。
残りの卵を巻き終わったら、お皿に移してペーパーで形を整え置いておく。フライパンをさっと洗い、次の準備。
ん、一番右のコンロで温めておいた油も丁度いい温度。漬けていたお肉を慎重に油に沈めていくと、ジュワッといい音が響いてくる。パチパチと音が変わり色が変わってきたら一旦取り出して、予熱で中までじっくり火を通す。
( 蓋を開けたいけど我慢、我慢……! )
真ん中のコンロでは、お米を炊いている真っ最中。
ブクブクと泡がこぼれ、鍋の蓋がカタカタ音を立てている。このまま中火で少しの間放置して、火を弱めて十分程そのままで。
( はぁ~、どうか上手く炊けます様に! )
鍋に向かって手を合わせておく。お願いすると上手く炊けそうな気もするし。
ここで、予熱で火を通したお肉をもう一度油の中へ。
こうすると、中はふんわり。外はカリッとした食感に。ジュワジュワと音を立て、美味しそうな黄金色に揚がってる。これに、後はタレを絡めるだけ。
《 ゆいと~! 》
すると、僕の元にテオが楽しそうに飛んでくる。
「あ、皆起きた?」
《 うん! りりあーなが、よんできてって 》
「分かった。すぐ行くね」
《 うん! まってる~! 》
先に揚げていたお肉を網の上にのせて、油を切って火を止める。お米の方はまだ大丈夫そうだな。だけど離れるし、お米と蒸し器は弱火にしとこう。
手を洗い、僕はハルトたちが寝ている寝室へと向かった。
*****
寝室へ入ると、ベッドの上ではハルトとユウマ、それにメフィストも既に起きて遊んでいた。メフィストは構ってもらってとっても機嫌が良さそう。
「皆、もうすぐお昼ご飯の時間だよ~。リビング行こっか?」
「「はぁ~い!」」
ハルトはメフィストが落ちない様に、起きてからずっと抱っこしてくれていた様だ。僕がメフィストを抱えると、先にベッドから降りてユウマに腕を伸ばす。
「ゆぅくん、おりれる?」
「ん~、あちちゅかなぃ……」
ユウマはシーツを掴み、後ろ向きで降りようと頑張っているけど、ベッドが高くて足がぷらぷらと宙に浮いている。僕が抱えようかと思ったけど、何となくハルトに任せてみたくなった。
「うしろから、だっこするね」
「ん!」
後ろ向きでぷらぷらしているユウマを抱え、そ~っと床に下ろす。
「はぁ~! はるくん、ありぁと!」
「どういたし、まして!」
少し照れた様にはにかむユウマと、にこにこと微笑むハルト。
あぁ~、この光景をトーマスさんとオリビアさんにも見せてあげたかった……!
「さ、リビングにアレクさんいるからね。ソファーで待っててくれる?」
「「はぁ~い!」」
「メフィストもいい子で待っててね?」
「あぃ~!」
もうすぐトーマスさん達も帰ってくるし、早く仕上げないと。
僕はメフィストを抱え、仲良く手を繋ぐ二人の後ろをついて行く。
すると、先にリビングに入った二人がソファーの前で立ち止まっているのが目に入る。
「おにぃちゃん、あれくさん、ねてます……」
近付くと、そこにはソファーに凭れてぐっすりと眠るアレクさんの姿が。
「あれ? ホントだね?」
さっきまでノアと喋ってたのに……。ノアも姿が見えないし……。どこ行ったんだろ?
「あれくしゃん、おちゅかれ?」
「ん~、かも知れないね……」
昨日王都に帰って来たって言ってたし、もしかしたら凄く疲れてたのかも……。
「二人とも、メフィストの事お願いしてもいい? 残りの仕上げて来るね」
「だいじょうぶです」
「めふぃくん、あしょぼ」
「あ~ぅ!」
三人は、寝ているアレクさんの傍で大人しく遊んでくれている。リリアーナちゃんもテオも見てくれてるし安心かな?
「よし、頑張ろ!」
キッチンに戻り、炊いていたお米の確認。一応弱火にしたけど、ちょっと予定より火をかけ過ぎたかも……。そっと確認すると、水気も飛びふっくらと炊きあがっている。
これなら大丈夫そう! 後は火を止めて蒸らしておくだけ。
蒸し器の方も大丈夫みたい。これもお米同様、火を止めて蒸らしておく。
「あとは~、これかな」
冷蔵庫から残っていたマヨネーズを取り出し、ボウルに全部出してしまう。ここに絞ったレモンの果汁と、さっき作った練乳。
そして、味の決め手となるコレを入れて混ぜれば、特製ソースの完成だ!
( アレクさん、喜んでくれるといいなぁ~…… )
そんな事を考えながら、僕は料理をお皿へと盛り付け始める。
*****
「わぁ~、とっても、おいしそう……!」
「ふふ、ありがと!」
「めふぃくん、はやくたべたぃねぇ!」
「あぅ~!」
僕がテーブルへ料理を運んでいると、ハルトたちは僕の持っているお皿を一つ一つ眺めながらそわそわしている。
「ただいま~!」
「あっ! おじぃちゃんです!」
「かえってきたぁ~!」
「あぃ~!」
すると、玄関からトーマスさんの声が聞こえてくる。その声に、大人しく遊んでいたハルトたちもメフィストを抱えて玄関にお迎えに。
ふとソファーを見ると、アレクさんはまだぐっすりと寝入っている。
面白いから起こさずにいようかな……。
「ユイトくん、遅くなっちゃってごめんね~!」
「おにぃちゃん、ただいま!」
オリビアさんとレティちゃんも、あまりの豪邸にビックリしていたみたい。中も凄いわね! と笑っている。
「おかえりなさい! ユランくんはどうでしたか?」
「えぇ、ブレンダちゃんのおかげで大丈夫みたい! ホッとしちゃったわ~!」
「やっぱりあのエキスって凄いんですね……! ユランくん、良かったね!」
「うん! ありがとう!」
少し遅れて、メフィストを抱えたトーマスさんの後ろから入って来たユランくん。ハルトとユウマに手を引かれ、凄いなぁ~、なんて呟きながら周りをキョロキョロ眺めている。
すると、その肩にニコラちゃんが座っている……。
思わず、えっ!? と声を出してしまった。
「あぁ、ニコラが家に着いた途端、気が緩んでな……」
《 ごめんなさぁ~い…… 》
玄関に入った途端、つかれたぁ~! と言って姿を見せてしまったみたい。
突然目の前に現れた妖精に、ユランくんは目がおかしくなったと思ったらしい。
「妖精って初めて見たからビックリしたけど、可愛いね」
《 ゆらん、やさしいの! 》
ニコラちゃんもユランくんを気に入ったみたい。
これで家の中で姿を隠す必要は無くなったから、ノアたちにとってはいいのかも。
「さっき軽くは説明したよ。まぁ、ユランも暫く一緒に生活するしな」
「結構知ってる人も増えてきましたね……。もうドリューさん達にも言って良さそうな気がしてきました……」
「そうだな。信頼出来るし、帰りに言ってみるか……」
ドリューさん達なら秘密を守ってくれそうだし、反応が楽しみかも。
すると、あら! とオリビアさんの驚く声が聞こえてきた。
「まぁ~、アレクったら……」
「ねてる……」
先にリビングに向かったオリビアさんとレティちゃんが早速発見。
それに続いて、なんだ? とトーマスさんも覗きに行く。
「ふふ、よっぽど疲れてたのね~。ぐっすり寝てるわ~」
「あれくさん、まつげながいね」
「ハハ! 寝顔は子供みたいだな」
オリビアさんとレティちゃん、トーマスさんがジッと眺めていると、視線を感じたのか、アレクさんがもぞもぞと動き出した。三人とも楽しそうに覗き込み、今か今かと起きるのを待っているみたい。
僕はユランくんと一緒にその様子を眺めていた。
「……ん。……あ、れ? うわっ!?」
ようやく目覚めたアレクさんは、目の前で自分を眺める三人に驚いて飛び起きた。目をパチクリさせて、三人の顔を呆然とした様子で見つめている。
「ふふ! おはよう! よく寝てたみたいね?」
「あれくさん、おはよ!」
「ほら、もう昼食だから起きなさい」
「……え? あ、はい……?」
アレクさんも最初は寝惚けていたけど、段々とこの状況が理解出来たみたいで、両手で顔を覆いながら、すみません……、と消えそうな声で呟いた。
トーマスさんは笑いながらアレクさんの頭をワシワシと撫で、オリビアさんは何だかウチの子みたいね~! と楽しそうにアレクさんの右手を引く。
アレクさんの覆った左手から覗く耳は、珍しくまっ赤になっていた。
*****
「あれ? りゅかくん、いないです……」
「ノアもいないな……」
皆で席に着くと、いつも飛んでくるはずのノアとリュカが見当たらない。
「リリアーナちゃん、知ってる?」
《 ん~、りゅかは、ねるときからいなかったよ? 》
寝る時って事は、ハルトたちがお風呂に入った後だから……。
「じゃあ寝る前……。最後に見たのは、お風呂……?」
「そうだな……。ユイトの近くにいたな……」
そう言えば、洗濯物を乾かすの手伝ってくれてから見てないな……。
「僕、ちょっと見てきますね。先に食べててください」
「オレも行くよ。オリビア、子供たちと一緒に食べててくれ」
「あら、いいの? 分かったわ」
ハルトたちの事はオリビアさんに任せ、僕とトーマスさんはお風呂場へ様子を見に行く。
あれから結構時間も立ってるし、いないと思うけど……。
そう思いながらも扉の前に立つと、微かに泣く声が聞こえてくる……。何かあったのかとトーマスさんと顔を見合わせ、慌てて扉を開けた。
「「えっ!?」」
扉を開けると、そこには一面にもわもわと真っ白な泡が立ち込めている。
《 ふぇえええ~~~ん 》
《 あ! ゆいと~! とーます~! 》
すると、泡の向こうで泣きじゃくるリュカと、慌てているノアの姿が見えた。
「え!? どうしたの、これ……!?」
「泡だらけじゃないか……!」
先に進もうにも泡で滑りそう……。ノアにお願いしてリュカを連れて来てもらうと、その瞳はまっ赤に泣き腫らしていた。
「リュカ……、どうしたの?」
《 ごめんなさぃ……、ぼく、おてつだいしようとおもって…… 》
「お手伝い?」
《 りゅかね、おせんたくしようとしたんだって! 》
「えぇ? あ、あの時の?」
《 いっぱいあったから、きれいになったら、よろこぶとおもったの…… 》
そう言うと、リュカはまたポロポロと目にいっぱい涙を溢れさせる。
あんまり泣くと溶けちゃいそうだ……。
泣いているのを見ると、何とかしてあげたくて胸が痛くなる……。
「リュカ、ありがとう。手伝おうとしてくれたの、すっごく嬉しいよ」
《 ほんとぉ……? 》
「うん!」
僕が頷くと、リュカは僕の左胸にぎゅうっと抱き着いた。
「……とりあえず、この泡をどうにかしないとね……」
僕たちの目の前には、足元から壁の半分の高さまで達した、真っ白でもこもこの泡が立ち塞がっている。
「ん~、そうだな……。いっその事、魔法鞄の中に入れるか?」
「え? これも入るんですか?」
「そりゃ入るよ。まぁ、取り出す時どうなるか分からんが……」
そう言って、トーマスさんは腕を組みながら真っ白な泡を見つめている。
「……ちょっと面白そうだなと思っちゃいました……」
「……オレもだ……」
これが浴室の中だったら問題ないんだけど……。
「わっ! それ、どうしたの!?」
トーマスさんと二人で泡を見つめていると、僕たちを心配して探しに来たレティちゃんがこの泡だらけの脱衣所を見て声を上げた。
「かたづけないの?」
「うん、どうやって片付けようかな~、と思って……」
「魔法鞄に入れようかと……」
「まじっくばっぐに……? おもしろそう……!」
案外レティちゃんも乗り気の様だ。
「でも取り出す時どうなるかと思ってな……。思案中なんだ」
「ん~、そうだ。このあわ、またつかう?」
「泡? 勿体ないから使えるなら使いたいけど……」
「じゃあ、どらごんさんのからだ、あらうのにつかう?」
「え? あ、それいいかも……」
「じゃあ、ゆらんくんにきいて、だいじょうぶだったらつかお!」
それまでは……、
「あ、おふろばにいれちゃうね!」
そう言うと、レティちゃんは浴室の扉を開けて右手を翳す。
そして左手を泡に向けて翳し、魔法陣を発動させた。
「りゅかくん、かぜでこのあわ、まほうじんにながして~!」
《 わかった! 》
さっきまで涙をいっぱい溜めていたリュカも、片付くならと嬉しそうにお手伝い。
風魔法で魔法陣の中に泡をどんどん送り込む。
「うわ……、すご……」
「便利だな……」
トーマスさんと一緒に浴室を覗くと、浴室の壁に張られた魔法陣の中からもわもわと真っ白な泡が流れ込んでくる。
ここなら泡を流しても問題ないもんな……。
「よし! これできれい! はやくごはんたべよ~!」
そう言うと、レティちゃんはリュカとノアを連れて、さきいってるね! とリビングへと駆けて行く。
「……トーマスさん、何とかなりましたね……」
「……レティは賢いな……」
「「ウチの子、天才では……?」」
二人ですっかりキレイになった脱衣所を眺め、ポツリと声を漏らした。
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