285 約束
「じゃあ、行ってくるわね」
「あぁ。オレ達もギルドに行ってから荷物を置いてくるよ」
「メフィストちゃんも、ちゃんといい子で待ってるのよ~?」
「あぃ~!」
朝食の後、僕たちは二手に分かれて行動する事になった。
オリビアさんとレティちゃん、ブレンダさんの三人は、ユランくんの体調を診てもらう為に診療所へ。
ハルトとユウマも行きたいと言っていたけど、大勢だと迷惑になるからと渋々納得していた。ブレンダさんは帰りが心配だからと一緒について行ってくれる事に。診察が終わるまで外で待っていてくれるらしい。
トーマスさんとドリューさん達は、護衛依頼の行きの分の完了報告に向かうみたい。帰りの分は村に着いてからだって。そこに僕達も馬車に乗ってついて行く。
王都の冒険者ギルド、アドレイムの街とは違うのかな? ちょっと楽しみだ。
ふと隣を見ると、ハルトとユウマがぷぅと膨れて不満顔。
「二人とも、どうしたの?」
「何でふくれてんだ?」
僕の手を握るハルトと、アレクさんに抱っこされているユウマ。
さっきまで機嫌よくホットドッグを食べていたのに……。
アレクさんもユウマの膨れた頬をつんと突いている。
「……れてぃちゃん、しんぱいです」
「おぅとにちゅぃたらね? えてぃちゃんとめふぃくんと、はなれちゃめっなの……」
その言葉に、僕とアレクさんは顔を見合わせる。
ハルトとユウマも、以前にイーサンさんが言っていた二人の“処罰”というのを覚えていた。自分たちが守ると言っていたから、もしかしたら離れるのが心配なのかもしれない。
すると、そんな二人の様子を見たブレンダさんが、ツカツカとこちらに歩いてくる。
「ハルト、ユウマ、私も付いてるから大丈夫だ。悪い奴が来ても、レティには指一本触れさせないぞ?」
「ほんとう、ですか……?」
「ほんちょ……?」
「あぁ。これでも強いんだ。任せてくれ」
ブレンダさんの笑顔に、ハルトとユウマも漸くこっくりと頷いた。
すると、話を聞いていたレティちゃんも二人の傍に歩み寄る。
「はるくん、ゆぅくん、はんかちもってる?」
「はんかちですか? もってます!」
「ゆぅくんも! ちゃんともってりゅ!」
二人はレティちゃんに貰ったハンカチをズボンのポケットから引っ張り出す。
「これね、おまじないしてるの。だから、すこしはなれてもだいじょうぶ」
「おまじない? ですか?」
「だぃじょぶなの~?」
「うん。わたしはだいじょうぶ! それに、おばぁちゃんもつよいんでしょ?」
レティちゃんはそう言うと、ユランくんと一緒にいるオリビアさんの方を振り向いた。オリビアさんはぎくりとしていたけど、すぐにいつもの優しい笑顔を浮かべている。ユランくんはその様子を、首を傾げて不思議そうに見つめていた。
「あっ! そうです! おばぁちゃん、とってもつよいです!」
「ばぁばね、ちゅちからおっきぃおててだしゅの! しゅごぃねぇ!」
「おっきいて……? そうなの……?」
「「うん!」」
興奮しながら話すハルトとユウマの情報に、レティちゃんの顔が若干、強張っている気がする。
「や、やぁねぇ……! おばあちゃんの魔法は大したことないのよ? そんなに怖がらないで……?」
ハルトとユウマの発言に、オリビアさんはかなり焦っている様子。
「おばぁちゃん、じめんに、あなあけてました!」
「おてて、どぉ~んってふってきてね? しゅごかったの!」
「そうなの……?」
「「うん!」」
二人が身振り手振りで伝えると、レティちゃんは再び焦っているオリビアさんの顔を見つめ返す。だけどその顔は、きらきらと目を輝かせている。
「おばぁちゃん、すごい……!」
「「え?」」
レティちゃんの思いがけない返事に、僕とオリビアさんの声が漏れてしまう。
オリビアさんも怖がられると思っていたのか、レティちゃんのその羨望の眼差しに驚いていた。
「こんど、そのまほう、おしえて……!」
「えぇ……? レティちゃん、私の魔法怖くないの……?」
「どうして? まもるためだから、こわくないよ?」
「そ、そうなの……? じゃあ、おばあちゃん、頑張っちゃおうかしら……」
「ほんとう!? やくそくね!」
レティちゃんのまさかの発言に、オリビアさんはウキウキと嬉しさを隠せていない様子。だって、ハルトとユウマも最初はビックリして少し引いてたもんね……。
やっぱり反応を気にしてたみたいだ。
「トーマスさん……。オリビアさんの魔法って、アレだろ? デッカイ拳で止めを刺すヤツだろ?」
「あぁ。オレも最初はビックリしたな」
「オリビアさん、そんなに凄いんすか?」
「バッカ……! お前! オリビアさんはなぁ、元Aランクパーティなんだぞ?」
「え、マジですか……?」
「しかも魔法学園の元講師だぞ!? 強いに決まってるだろ……!」
「うおぉ~……! カッコいい……!」
ミックさんは怖がるどころか、レティちゃんと同じ様な目でオリビアさんを見つめている。魔法が苦手だから尊敬すると興奮していた。トーマスさんもその様子を見て、自分の事の様に嬉しそうだ。
「さ、そろそろ行こうか。迎えに行くのは昼前でいいか?」
「そうね。もし長引くようだったらお昼は近くで食べましょ」
「分かった。ブレンダも、すまないがよろしく頼むよ」
「はい! お任せを!」
*****
オリビアさんとユランくん達と別れ、僕たちは冒険者ギルドへと足を運ぶ。
冒険者ギルドは休みなく、一日中開いているらしい。
サンプソンの牽く馬車に揺られながら、馬車の中には僕と、きゃっきゃとご機嫌なメフィスト。ハルトとユウマに、丸まって二人の背もたれになっているドラゴン。セバスチャンは幌の上から降り、僕の隣でメフィストに好き勝手に触られている真っ最中だ。
ノアたちには申し訳ないけど、家に着くまでご飯は我慢してもらっている……。テオが拗ねてそうだけど、お詫びに美味しいお菓子を作らないと……!
「アレク、今日は依頼は?」
僕がテオたちに何を作ろうか考えていると、御者席のトーマスさんが口を開く。
そう。馬車の中には、アレクさんも当然の様に乗っていた。
「あ、休みです! 明日は朝からまた行くんですけど」
「そうか。……なら今夜は、ウチで食べていくといい」
「え!? いいんですか!?」
アレクさんは驚いていたけど、トーマスさんは少し気まずそうにしながら、こちらにチラリと視線を向ける。
「……今晩は家でゆっくり過ごす予定だからな。たまにはいいだろう。色々話す事もあるだろうし」
そう言うと、トーマスさんは照れ臭そうにまた前を向いて黙ってしまった。
「ありがとうございます!」
アレクさんはそんな事言われると思ってなかったのか、やった! と、満面の笑みで僕に振り返る。
うぅ~……。久し振りに会ったけど、やっぱりその笑顔はズルい……。
今夜は何にしようか迷ってしまう……。
「あれくさん、いっしょですか?」
「いっちょにごはん~?」
「あぁ! 一緒に食べていいって!」
「「やったぁ~!」」
「たぁ~!」
メフィストはハルトとユウマの嬉しそうな声に反応し、ぱちぱちと両手を叩いている。その隣では、メフィストのヨダレでしっとりしたセバスチャンが、ジッと目を瞑って耐えていた。
*****
「うわぁ~~……! こんなに大きいんですね……!」
冒険者ギルドに入ると、中の広々とした空間に驚いてしまう。
受付もアドレイムのギルドの倍はあり、そこに冒険者さんや依頼を出す人で列をなしている。買取専用の窓口も、慌ただしく人が動いていた。
「ユイト、邪魔になるからこっち」
「あ、すみません……!」
ぼけっと眺めていたせいで、他の冒険者さんとぶつかりそうになってしまう。
慌てて頭を下げると、その人も気にするなと言って手を振ってくれた。だけど横にいるアレクさんを見た途端、その表情は信じられない物を見たかの様に驚愕の色を浮かべる。
「ほら、ハルトとユウマも。こっちな」
「「はぁ~い!」」
アレクさんに手を引かれながら、ハルトとユウマもその大きさにキョロキョロと辺りを眺めていた。何となく周りの視線を感じるけど、小さい子供連れだからかも知れない。
だってギルドの中は強そうな人達ばっかりで、子供連れは僕達しかいない。騒がない様に気を付けなきゃ……。
「きゃ~ぃ!」
「メフィスト、しぃ~……!」
「うぅ~?」
メフィストは僕の気持ちを知ってか知らずか、周りにいる冒険者さん達に嬉しそうに手を振り、愛想を振りまいていた。
「おっ! 可愛いな~!」
「ちっちぇ~!」
「やぁ~ん! 手ぇ振ってる~!」
……うん、皆さん笑顔で手を振り返してくれてよかった……。
「アレク、並んでくるからユイト達を頼めるか?」
「分かりました」
そう言ってトーマスさんとメルヴィルさんが受付の列に並ぶ。
ドリューさんとバートさん、ミックさんの三人は、外で馬車を見てくれている。やはりここでもサンプソンの大きさは目立つらしく、行き交う人は立ち止まって感心した様に眺めていた。
「はい。護衛依頼の完了報告ですね。変更無ければ、こちらにギルドカードをお願い致します」
少し待っただけで、すぐにトーマスさんは僕たちの待っている場所から一番近い受付に呼ばれる。
受付の男性職員さんに言われ、丸い水晶の様な物にカードを翳すトーマスさん。
すると、一瞬水晶がポワッと淡い光を放つ。次いでメルヴィルさんもそこにカードを翳す。
「ありがとうございます。確認出来ましたので、これで手続きは完了です。お疲れ様でした」
男性職員さんがメルヴィルさん達に向かって笑顔を向ける。あんなに冒険者さん達が並んでいたのに、手続きは一瞬で終わってしまった。待つ時間が少なかったのもあの水晶のおかげなのかもしれない。
「ありがとう。……あぁ、そうだ。すまないが他のギルドに連絡を取ってもらいたいんだが……」
「連絡ですか? 内容はご依頼等でしょうか?」
「いや……。そうだな、依頼にしておこう。西のアル・ミエーレのギルドに、ドラッヘフートの村に言付を頼みたい」
「畏まりました。では御依頼の手続きに移りますので、こちらの書類に御記入をお願い致します」
「分かった。メルヴィル、すまないが先に馬車のところで待っててもらえるか?」
「分かりました。皆、外に行こう」
「「はぁ~い!」」
「オレは依頼を出したら向かうから」
「おじぃちゃん、おそとで、まってます」
「じぃじ、はやくきてね~!」
「ハハ! あぁ、すぐ行くよ」
メルヴィルさんとアレクさんと一緒に、ハルトたちを連れて外に向かう。
そしてここで一旦、メルヴィルさん達とはお別れだ。
「みなさん、ありがとう、ございました!」
「ありぁとごじゃぃまちた!」
ハルトとユウマが揃ってぺこりと頭を下げると、ドリューさんを皮切りに、四人とも大きな手で二人の頭を撫でている。
ハルトもユウマも嬉しそうだ。すると、メフィストも撫でられたいと手を伸ばしている。それに気付いたドリューさん達は、目尻をこれでもかと下げて満面の笑みでメフィストにもお別れをしていた。
「皆さん、宿は決まってるんですか?」
「あぁ、王都に来たらいつも泊まる馴染みのとこがあるんだ」
どうやらドリューさんの顔馴染みが経営する宿に泊まるらしい。
……と、言う事は……。
「今夜は久し振りに酒盛りだな!」
「リーダー、程々にしないとまた二日酔いになりますよ?」
「つれない事言うなよ~!」
バートさんは呆れていたけど、メルヴィルさんはとっても嬉しそうだ。お酒って、そんなに美味しいのかな……?
「アレクさんもお酒って飲みますか?」
ふと気になり、隣でハルトの頬を楽しそうに触っているアレクさんに訊いてみる。
「オレ? オレは麦酒は苦いからあんまり……」
「あ、オレも! それより肉かな~!」
「やっぱそうだよな。酒より肉がいい」
「まだまだ若いなぁ~! 酒は美味いぞ~!」
意外にもアレクさんはお酒が得意ではないらしい。
それにうんうんとミックさんも深く頷いている。エールって苦いのか……。
「おさけ、ぼくも、のめますか?」
「ゆぅくんは~?」
ハルトもユウマも、メルヴィルさんが言うお酒に興味が湧いたらしい。メルヴィルさんはバートさんに注意されている。
「ん~、二人ともまだまだ先だなぁ~」
「飲めるようになったら、オレ達と一緒に乾杯しよ!」
「ほんとですか? うれしいです!」
「ゆぅくんも! かんぱぃしゅる~!」
二人が飲めるようになったら一緒に、と指切りをさせられているアレクさんとミックさん。ドリューさん達も巻き込まれ、やくそくね、とユウマに念を押されていた。
「お待たせ。終わったよ」
「あ、おかえりなさい」
依頼を出し終えたトーマスさんが戻り、皆の楽しそうな様子に笑っている。
「なんだ? 随分楽しそうだな?」
「ハルトとユウマと約束してたんですよ」
「大きくなったらお酒を一緒に飲むって」
「そうなのか? いいな。おじいちゃんも仲間に入れてくれ」
そう言うと、トーマスさんは二人の頬にチュッとキスをする。
ハルトは嬉しそうだけど、ユウマはおひげやぁ~! と言ってやっぱり仰け反っていた。そんなに髭が嫌なのか……。トーマスさんはそんな事気にせず楽しそうだけど。
「おじぃちゃんも、やくそくです!」
「やくしょくね!」
二人と小指を順番に合わせ、トーマスさんは満面の笑み。
すれ違う人達に見られていたけど、そんなの気にしていないみたい。トーマスさんが楽しそうで何よりです。
「じゃあ皆、今日はゆっくり休んでくれ。また帰りもよろしく頼むよ」
「はい! 何かあったら呼んでください」
「あぁ、ありがとう」
「二人とも、またな!」
「はい! ありがとう、ございました!」
「ありぁとごじゃぃまちた!」
ドリューさん達に大きく手を振り、ここでお別れ。
この後はイーサンさんの用意してくれた家に向かう予定だ。
サンプソンの牽く馬車に二頭の馬たちを繋ぎ、残りの三頭はアレクさんが手綱を引いてくれる。僕はメフィストを抱え、ハルトたちと一緒に馬車に乗り込んだ。
「この子もゆっくりできるといいんだがな」
「ホントですね」
「クルルル~?」
馬車から顔を覗かせるドラゴンに、トーマスさんは優しい手付きで顎を撫でる。
「楽しみだね?」
「クルルル!」
僕の声に答える様に、嬉しそうに鳴き声を上げるドラゴン。
……ユランくんも、何も無ければいいな。
「よし。じゃあ行こうか!」
「はい! 楽しみです!」
「おうち、たのしみ!」
「あしょべりゅかなぁ~?」
「あぃ~!」
これから王都で過ごす家。
どんな所か今からワクワクしてしまう。
「あれくさんも、おとまり、しますか?」
「え?」
「あれくしゃん、いっちょ? ゆぅくん、うれち!」
二人の言葉に戸惑っていると、後ろから楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「それはまた今度な!」
「ほんとう~?」
「おとまり! たのちみ!」
「あぁ! 約束!」
「「やったぁ~!」」
アレクさんの言葉に、僕もトーマスさんも顔を見合わせる。アレクさんが泊まるって事は、夜も一緒に過ごすという事で……。
同じ家にアレクさんがいるなんて、恥ずかしくて気が抜けないかも……。
でも、一緒にいたら楽しそう……。
「ユイト、まっ赤だぞ」
「えぇ~……? ほんとですか……?」
マズいなぁ。顔に出てたみたいだ。メフィストも僕の頬をぺちぺちと触ってくる。そんなに赤いかな? ……うん、触るとちょっと熱いかもしれない……。
「アレクはグイグイ来るタイプだな……」
覚悟しておかないと、と言ったきり、トーマスさんは前を向いてしまった。その横顔は微笑んでいる様にも見え、少しだけ寂しそうでもあった。
後ろではハルトとユウマ、アレクさんの楽しそうな声が響いてくる。
今日から滞在する王都の街。
たくさんの期待と少しの不安を胸に、僕たちはこれから過ごす我が家へと足を進めた。




