188 ウェンディちゃんのお気に入り
「「いらっしゃいませ!」」
村に六時課の鐘が響き、“オリーブの樹”も開店の時間だ。
一組目のお客様は、珍しく酒屋のジェームズさん。
その後ろにも、冒険者さんたちや村の人が並んでくれている。
今日も忙しくなりそうだなぁ~……!
「ジェームズさん、いらっしゃいませ! 一番に来てくれるなんて珍しいですね?」
カウンター席に案内しながら訊いてみると、ジェームズさんは気まずそうに頬を掻いた。
「いやぁ、週が明けてすぐに来たかったんだが、毎日客人が並んでたからなぁ。店もあるから並ぶ時間も無いし……。だが、今日はど~うしてもアレが食べたくてな! 倅に店番を変わってもらって来てしまった……!」
席に着き、ソワソワと落ち着かない様子。
ジェームズさんがそんなに食べたかった料理……?
「……あぁ! もしかして鶏もつ煮込みですか?」
「そう! それだ!」
「気に入ってもらえて嬉しいです! じゃあ、ご注文は鶏もつ煮込みでいいですか?」
「あぁ、お願いするよ!」
注文し終えると、ジェームズさんは嬉しそうに笑みを浮かべ、テーブルの上で手を組み、まだかまだかとキッチンを覗いている。
「ふふ、ジェームズさん! そんなに気に入ってくれたのね?」
オリビアさんも、そんな落ち着きのないジェームズさんに笑いを堪え切れなかったみたいだ。
他のテーブルの料理を調理しながらもこちらの話に耳を傾けていたらしい。
「いやぁ~。ちと落ち着きがなかったか! 恥ずかしい……」
「いえいえ! ありがとうございます! もうすぐ出来ますからね!」
「あぁ! 楽しみだ……!」
そんなジェームズさんを見てか、他のお客様も気になっているみたいだ。
チラチラとこちらを窺っているのが分かる。
もう煮込んであるから少しだけ温めて直して、あとは小口切りしたネギを少し、と……。
「お待たせ致しました! 鶏もつ煮込みです!」
カウンター越しに、ほかほかと湯気を立てる器を差し出す。
「おぉ~……! やっと食べられる……!」
「さ、冷めないうちにどうぞ!」
「あぁ! いただきます!」
ジェームズさんは嬉しそうにいそいそとフォークを手に取り、汁に絡めた鶏もつをパクリと頬張った。
もぐもぐと咀嚼し、飲み込んだ後もジッと微動だにせず目を瞑ったままだ。
いつの間にか店中の視線がジェームズさんに集中し、店内にはレコードの音だけが流れている。
皆が注目する中、ジェームズさんがハァ……、と息を吐いた。
「やっぱり、旨いなぁ~……!」
嬉しそうに目尻に皺を寄せ、先程の姿がウソの様にパクパクと器の中の鶏もつを食べていく。
器の中身はあっという間に半分近くまで減っている。
あ、そうだ……!
「ジェームズさん、このチィリを少しだけ振りかけてみてください」
僕は小瓶に入った唐辛子の粉末をジェームズさんに手渡す。
「これを……? ふむ……。ユイトくんに勧められたら食べるしかないじゃないか……」
「えへへ、気に入ってくれるといいんですけど!」
ジェームズさんは試しにと少しだけチィリを振りかけ、パクリと口に運ぶ。
もぐもぐと味わい、パッと目を見開いた。
「コレも旨い!! 味が引き締まるな!!」
「そうでしょう? よかった、気に入ってもらえて!」
チィリは唐辛子だから、ピリッと味を引き締めてくれる。
ハルトとユウマがいるから普段の食事にはあまり使わないけど、食べるのは僕も大好きだ。
「あ、あの~……」
「はい! お伺いします」
ジェームズさんの様子を窺っていたテーブル席のお客様が、オリビアさんに声を掛けた。
「あの人が食べてるの……、俺たちも食べたいんですけど……」
「あぁ! 鶏もつ煮込みですね! ありがとうございます!」
一組が頼むと、他のお客様も自分も食べたいと注文しだした。
いつもは他の料理の方が通るのに……。
たぶん、と言うか、確実にジェームズさんが食べてるのを見て、自分たちも食べたくなったんだろうなぁ……。
当の本人はそんな事も知らずに、美味しそうに鶏もつ煮込みを頬張っている。
白い髭をもごもご動かしながら食べる姿は、とっても幸せそうだ。
こんなに美味しそうに食べてくれてるんだもんね。
他のお客様も気になっちゃうよね~。
「ん~、旨い! ユイトくん、お替りを頼む!」
「はい! ありがとうございます!」
お酒も飲みたいなぁ~、と呟くジェームズさんを見て、夜の営業も早く出来たらいいなぁと思った。
鶏もつ煮込みが気に入ったなら、角煮も牛すじ煮込みも好きになってもらえそうだな……。
まぁ、新しい人が来てくれて、余裕があったらになるんだけど……。
「すみませぇーん! 注文お願いしまーす!」
「はい! お伺い致します!」
とりあえずは、お昼の営業を頑張らないとね!
*****
「ハァ~……、終わったぁ~……」
営業を終えて、明日の生地の仕込みも頑張った。
ライアンくんとレティちゃんの退院祝いに何か作ろうと思ってたんだけど、自分たちに任せてください! と、夕食の準備はオリビアさんと一緒にアーロさんたちが手伝ってくれている。
そして僕はいま何をしているかと言うと、ダイニングのソファーでのんびりだらけている真っ最中だ。
「にぃに~、だぃじょぶ~?」
「大丈夫だよ~! ちょっと休憩してるだけ~!」
「きゃあ~!」
僕が疲れていると思ったのか、ユウマが心配そうに顔を覗き込むから、ついついほっぺを両手でうりうりしてしまう。
きゃあきゃあ言いながら楽しそうにはしゃぐユウマのほっぺは、とっても柔らかくて癒される……。
「ハルトもまた頑張ってるね~」
「ね! はるくん、ちんけん!」
真剣かな? まだ舌っ足らずなユウマが可愛くて和んでしまう。
ハルトは何をしているかと言うと、庭に出てサイラスさんと一緒に稽古中。
アーロさんとディーンさんが食事の手伝いに行ってしまい寂しそうだったのを、サイラスさんが一緒にやろうと誘ってくれていた。
ライアンくんはフレッドさんと庭のベンチに座り、稽古中のハルトを応援している。
妖精のウェンディちゃんは、ハルトたちの周りを飛び回り楽しそうだ。
「おにぃちゃん……、ゆうごはん、できたって……」
ユウマのほっぺを揉んでいると、お店の方にいたレティちゃんから声が掛かった。
まだ遠慮があるのか、そろりと近付いてくる。
「ありがと! 皆さ~ん! 夕食出来ましたよ~!」
「「はぁ~い!」」
ハルトとライアンくんは返事をし、サイラスさんとフレッドさんは分かったと手を振った。
ウェンディちゃんはライアンくんの肩に乗ると、早く行こうと言ってるのかこちらを指差し羽をパタパタさせている。
「レティちゃん、ユウマと一緒に先に行っててくれる? ハルトの着替え持ってくるから!」
「えてぃちゃん、いこっ!」
「うん……」
ユウマはレティちゃんと手を繋ぎ、とてとてと走っていく。
早くこの家に慣れてくれるといいなぁ。
*****
「わぁ~! スゴイ量ですね! 美味しそう!」
「おりょうり、いっぱい、です!」
ハルトを着替えさせ急いでお店の方へ向かうと、テーブルには大皿に盛られた料理がたくさん並べてある。
どれも出来立てで湯気が立ち、すっごく美味しそう!
ハルトとユウマ、ライアンくんは早く食べたくてソワソワしてるのが見て分かる。
「二人とも前より手際が良くなってて早く終わっちゃったわ!」
「いやぁ、美味しくなると思うと楽しいですね!」
「なかなか面白かった!」
アーロさんもディーンさんも、子供たちがはしゃいでいるのを見てとっても満足そうだ。
「これならお二人とも寮の食事当番も……」
「「それとこれとは別です!!」」
「まぁ~! 息ピッタリね……!」
そこまで頑なに嫌がるのは、やっぱり騎士団寮の人数の多さかな……?
百人以上だと、朝から晩まで大変そうだ……。
「あれ? トーマスさんとメフィストは?」
さっきから二人の姿が見当たらない。
てっきりこっちにいると思ってたんだけど……。
「メフィストちゃんが愚図りだしちゃってね、外に散歩に行ってるわ」
「私がボウルを派手に落としてしまいまして……。申し訳ない……」
アーロさんがボウルを落とした音に驚いて、泣き止まなくなってしまったらしい。
赤ちゃんだからね、大きい音はビックリするよね。
先に食べていてくれと言って、トーマスさんは楽しそうに二人で出掛けたそうだ。
「さ、皆! 座って食べましょう!」
「「「はぁ~い!」」」
ハルトとユウマ、ライアンくんは仲良く同じテーブルへ。
すると、三人はふと顔を上げ部屋の隅に立つレティちゃんに声を掛けた。
「れてぃちゃん、こっちどうぞ!」
「えてぃちゃん、はやくぅ~!」
「皆で食べましょう!」
「う、うん……!」
やっぱりまだ初日だから緊張してるのかな……?
慣れるまではやっぱり仕方ないか……。
妖精のウェンディちゃんも、レティちゃんの傍に飛んで、こっち、と教えてあげてるみたい。
子供たちの可愛い姿に、オリビアさんも目を細めている。
「じゃあ、皆? ライアン殿下とレティちゃんの一度目の退院祝いと、アーロくんとディーンくんに感謝を込めて~? いただきます!」
「「「「いただきます!」」」」
「「えっ……!? いただきます……!」」
まさか自分たちの名前を呼ばれると思わなかったのか、アーロさんもディーンさんもポカンとしていた。
いつものキリリとした表情からは想像出来ない顔に、僕たちはクスリと笑ってしまう。
「殿下、少々お待ちください。では、早速……」
毒見をするフレッドさんは、一口ずつ頬張りよ~く味わって咀嚼している。
アーロさんとディーンさんはかなり緊張している様で、フレッドさんが動く度にビクリと体を強張らせている。
「……うん、なかなかのお味ですね……。美味しいです」
「「ほ……、本当ですか!? やった!!」」
フレッドさんの言葉に立ち上がり、嬉しそうに顔を見合わせるアーロさんとディーンさん。
分かる。褒められると嬉しいよね~!
フレッドさんが食べ終わり、少し時間をおいてからライアンくんも食べ始めた。
ウェンディちゃんにも小さい味見用の小皿を用意し、そこに少しずつ料理を盛っている。
それだけでもかなりの量だけど……、大丈夫かな……?
「ん~! とっても、おいしいです!」
「ゆぅくんねぇ、こぇちゅき!」
ハルトとユウマは、目の前にあった茄子とミートソースのラザニアを頬張り、うっとりとしている。
チーズの焦げ目もこんがりキツネ色で、かなり美味しい……!
「そ、そうかい? 気に入ってもらえて良かった!」
アーロさんは照れているのか、ソワソワと落ち着かない様子だ。
「これも、とても美味しいです!」
「わ、わたしも……! とっても、おいしい……!」
ライアンくんとレティちゃんがパクパクと食べているのは、お肉をキャベツで包みトマトソースで煮込んだ料理。
簡単に言うとロールキャベツなんだけど、肉汁が溢れてキャベジも柔らかく煮込まれてる。
これもかなり美味しい……!
「あ、有難き幸せ……!」
ライアンくんとレティちゃんも美味しいと絶賛し、作ったディーンさんは目頭を押さえている。
「ウェンディも気に入った料理はあった?」
ライアンくんが訊ねると、ウェンディちゃんはコクコクと頷き、ふわふわと一つの大皿の前に飛んで行く。
「あら」
「え? ホントに?」
「意外ですね」
オリビアさんと僕、フレッドさんはその料理にビックリ。
ウェンディちゃんはにっこり微笑んで、ライアンくんにお替りをねだっている。
「ウェンディは、このパタータのフライが気に入ったようです!」
お皿にこんもりと盛られたのは、じゃが芋を薄~くスライスして揚げた、ポテトチップス。
自分よりも大きいパタータのチップスを両手で持ち、パリパリと音を立てて美味しそうに頬張っている姿は可愛い……、んだけど、ちょっとシュールかな~……?
「ライアンくん、お肉は食べれそうか訊いてみて?」
「はい!」
ノアは食べれなかったからなぁ……。
ウェンディちゃんもバーベキューに参加するから、食べれるといいんだけど……。
「ユイトさん……」
ライアンくんの声に振り返ると、ライアンくんもウェンディちゃんも肩を落としてしょんぼりしている。
あ~、これは……。
「やっぱり、食べれないみたいです……」
「(コクコク)」
ごめんなさい、と申し訳なさそうに謝る二人。
オリビアさんたちもちょっと残念そう……。
「気にしなくても大丈夫だよ? 野菜やお菓子は食べれるんだもんね?」
僕がそう訊くと、ウェンディちゃんはコクンと大きく頷いた。
「じゃあ、二日後はウェンディちゃんも気に入る料理を、たくさん準備しないとね?」
バーベキューの日はお肉以外にも野菜料理やお菓子もたくさん用意して、皆が楽しめる様にしよう!
アドルフもいるから甘さ控えめの料理も作らなきゃ。
「わわっ! どうしたの?」
そんな事を考えていると、急にウェンディちゃんが僕の周りをふわふわと飛び出した。
キラキラ光ってとってもキレイだ。
「ウェンディ、ユイトさんにありがとうって言ってます!」
「そうなの?」
手を差し出すと、そこにふわりと降り立ち、僕に向かってにっこりと笑みを浮かべてくれる。
ここにノアも、森で出会った妖精のあの子たちもいたら楽しいのになぁ……。
「どうせなら、ウェンディちゃんの友達も来れたらいいのにね?」
僕の言った何気ない一言に、ウェンディちゃんは目をパチクリさせた後、嬉しそうに羽をはためかせる。
「蒸しパンも作るから楽しみにしててね?」
言葉は分からないけど、嬉しそうな表情は見て取れる。
こくこくと何度も頷き、ウェンディちゃんは僕の頬に飛びついた。
こんなに喜んでくれるなら、当日は楽しめる様にしてあげたいな……。
「まぁ~た、何か起こりそうな予感がするわ……」
「本当ですね……。本人は分かっていないようですが……」
「まぁ、ライアン殿下もユイトくんたちも楽しそうだし……。いいんじゃないか……?」
「「そうね(ですね)……」」




