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183 名前も知らない男の子


「お待たせ。さぁ、食べよう」


 僕とオリビアさんの疲労した姿を見て、今夜の夕食はトーマスさんが作ってくれた。

 今日は皆でお店のテーブル席に座って夕食だ。


「まぁ~! 美味しそうじゃない!」

「トーマスさん、料理できたんですね……!」


 テーブルに並べられたのは、スクランブルエッグにピザトースト、ブロッコリー(ブロッコリ)と茹で卵を和えたサラダに、具だくさんのスープ。

 デザートにはオレンジ(オランジュ)が添えられている。


「オムレツを作ろうとしたんだが……。スクランブルエッグになってしまった……」


 シュンと肩を落とすトーマスさんが可愛くて、オリビアさんと二人で思わず笑ってしまう。

 僕たちの為に作ってくれるなんて、すごく嬉しい。


「ハルト~! ユウマ~! 皆で食べよう!」

「「はぁ~い!!」」


 トーマスさんの呼びかけに、キッチンでピザ生地を仕込んでくれていた二人は急いで片付けをしている。

 テーブルに着いた二人の顔には、薄っすらと小麦粉が……。


「きじ、いっぱい、つくりました! しあげは、あしたです!」

「あちたもしゅるの! まかしぇて!」


 ふんふんと言いながら、二人はオリビアさんに顔を拭かれている。

 ライアンくんたちがいる間はお手伝いしなくていいよ、と伝えていたんだけど、やっぱり二人とも生地を作るの早くなったなぁ……。

 だけど、負担をかけない様に仕込みの人も雇った方がいいのかも……。


「さ、メフィストはこっちでおじいちゃんとミルクの時間だ。離乳食は作れないから許してくれよ?」

「あ~ぃ!」


 トーマスさんは僕のお腹に乗っていたメフィストを抱え上げ、頬にちゅっとキスをすると、そのまま僕の隣に腰を下ろした。


「さ、冷めないうちに食べよう! いただきます!」

「「「「いただきます(ましゅ)!」」」」


 美味しそうに湯気を立てるピザトーストに噛り付くと、チーズが蕩けてなかなか切れない。

 それを見たハルトとユウマがすご~い! と大興奮。

 二人も同じ様にピザトーストに噛り付き、手を伸ばしてチーズが伸びるのを楽しんでいた。


「ちゃんと出来てるか?」


 トーマスさんがメフィストにミルクを飲ませながら、不安そうに僕たちの顔を窺っている。

 こんなに美味しいのに、何をそんなに心配するんだろう?


「はい! すごく美味しいです!」

「ぴざ、とっても、おいしい!」

「じぃじ、しゅごぃねぇ!」


 ハルトもユウマも口の周りにトマトソースを付けながら大絶賛だ。

 スクランブルエッグもサラダも美味しそうに頬張り、皿の上は順調に減っている。

 二人に褒められ、トーマスさんは嬉しそうな口元が隠せていない。


「トーマスったら、ちゃんと料理できるんじゃない! 言ってくれればいいのに……!」


 オリビアさんは口調は怒っている様だけど、スープを飲みながらちょっと嬉しそう。

 いや、かなり嬉しそう……、かな?


「前にユイトがピザトーストを作ってくれただろう? あれなら出来るかなと思ってな」


 オムレツは失敗してしまったが……、と恥ずかしそうに笑うトーマスさんに、オリビアさんは顔がにやけっぱなしだ。


「トーマスさん、これならメフィストの離乳食も作れそうですね!」

「えっ!?」

「メフィストの場合はまだ味付けも出来ないし、野菜を茹でてすり潰すだけなんです。トーマスさんが作ってくれたら、メフィストも嬉しいんじゃないかなぁ?」


 僕がメフィストを覗きながら言うと、トーマスさんは満更でもなさそうな表情を浮かべ、そうか……、と頷いている。

 ミルクを飲み終わったメフィストの背中をポンポンと優しく叩き、けぷっと言ったのを確認すると、膝にゆっくりと抱えなおした。


「メフィスト、今度おじいちゃんが作ったのも食べてくれるか?」

「あ~ぃ!」


 トーマスさんが頭を撫でながらそう問いかけると、クリクリとした大きな目でトーマスさんを見上げ、にぱっと笑みを浮かべる。


「ふふ、食べたいって言ってるみたいね?」

「あぃ!」

「あら、お返事してくれたのかしら……!」

「あ~ぅ!」


 トーマスさんとオリビアさんの顔はデレデレだ。

 まぁ、かく言う僕もそうなんだけど……。


「よし……! ユイト……! 明日はメフィストのご飯を教えてくれ!」

「ふふ、大丈夫ですよ! メフィスト、明日は美味しいごはん作ってもらおうね~?」

「あぃ~!」


 きゃっきゃとご機嫌なメフィストを見て、トーマスさんのやる気は漲っているようだった……。






*****


「あぁ~……、体が怠い……」


 昨日はトーマスさんの夕食を食べた後、体を拭いてすぐに就寝した。

 オリビアさんも疲れていたせいか、いつもはゆっくり紅茶を飲むのに早めに寝室へ向かったし……。

 今日だけは、ブレンダさんが持ってたあのエキスが恋しいよ……。


 早く仕込みをしようとお店の方へ向かうと、扉の隙間から灯りが漏れている。

 もう起きてるのかな……?


「あ、おはようございます。オリビアさん」


 店の中には、予想通りオリビアさんが。

 しかもトマトソースとミートソースを仕込んでいる真っ最中だ。


「おはよう、ユイトくん。早起きねぇ」

「それを言ったらオリビアさんもですよ? 今日はブレンダさんのあのエキスが欲しいです……」

「分かるわ……。味はこの際、我慢する……」


 オリビアさんも昨日の疲れが取れていないのか、渇いた笑みを浮かべている……。


「今日も昨日みたいに来てくれるんでしょうか……?」

「そうねぇ、有難いんだけど、昨日は待たせちゃったし……。どう対処しようかしら……」

「「ハァ~……」」


 二人で溜息を吐き、今後の接客について考えるが、なかなかいい解決法が見当たらない……。


「とりあえず、席が埋まっちゃったらどうしようもないし、美味しい料理と丁寧な接客を心掛けましょ……」

「そうですね……、今日も頑張りましょう……!」






*****


「「いらっしゃいませ~!」」


 今日も開店と同時にお客様が……。

 仕込みも多めにしたし、ハルトとユウマがピザもたくさん作ってくれた。

 予め相席をお願いし、あっという間にお店は満席だ。

 一体、どうなってるんだろう……?


「お待たせ致しました! フルーツサンドです!」

「ありがとう~! わぁ、美味しそう!」

「チーズハンバーグのセット、お待たせ致しましたー!」

「うわっ! 美味そう!」

「ありがとうございます! ごゆっくりどうぞ!」


 オリビアさんが扉を開けたのでふと外を見ると、また列が……。


「ユイトくん、いま四組様待ちよ。二組目のお客様は子供連れだからテーブル席に通しましょ」

「分かりました! あ、外暑いけど、大丈夫かな……?」

「今の料理が落ち着いたら、後でお冷とお手拭き配りに行きましょうか」

「そうですね!」


 料理を作っても作っても追いつかないこのカンジ……。

 明日にでも募集しないといけないかも……。

 そんな事を考えていると、家へと繋がる扉が音を立てて開いた。

 お客様もオリビアさんもそちらを振り向くと、エプロン姿のハルト、ユウマ、小さなベビーベッドを抱えたトーマスさんが……。


「ぼくたち、おてつだい、します!」

「ゆぅくん、てんいんしゃん! まかしぇて!」

「この辺りなら大丈夫かな……? よし、オレも手伝おう!」

「あぃ~!」


 トーマスさんは、メフィストを入れたベビーベッドをいつでも様子が見れる様にと奥の扉の傍に置き、エプロンを着けてこちらに笑顔を向ける。

 僕もオリビアさんも、突然の事に言葉が出てこない。

 だけど、お客様たちはトーマスさんたちの登場に大盛り上がり。

 ほとんど冒険者さんたちだから、顔見知りだよね……?


「えぇ~~!? トーマスさん、接客してくれるんですか!?」

「嘘だろ!? スゲェ!!」

「こらこら、……コホン。お客様、申し訳ございませんが、赤ん坊がいるので少しだけ声量を落として頂けると有難いのですが……?」

「「あ……! すみません……!」」


 興奮していたお客様が慌てて口を押さえると、トーマスさんは冗談だよ、と言って笑っている。


「え? ホントに……?」

「手伝ってくれるんですか……?」


 呆気に取られた僕とオリビアさんを見ると、トーマスさんとハルト、ユウマは手を洗いながら任せろと言わんばかりに胸を張る。


「さ、オレは外の受付と料理を運ぼう。ハルトとユウマはご案内と注文係だな?」

「はい! だいじょうぶ、です!」

「ゆぅくん、だぃじょぶ!」


 そう言うと、三人はそれぞれお客様の席へ向かい注文やお皿を下げてくれている。


「ユイトくん、今日は三人に任せて、私たちは料理とお会計よ!」

「は、はい……!」


 オリビアさんの言葉にハッとし、僕は注文された料理を作っていく。

 その間にもトーマスさんたちの、いらっしゃいませや注文を聞く声が聞こえてくる。

 いつの間にか外にいるお客様たちにも、お冷とお手拭きを渡しに行ってくれていた。


「「「いらっしゃいませ(ましぇ)!」」」

「あぃ~!」


 僕たちの他に三人の声と、応援するメフィストの声が加わり、店内は賑やかになっていた。

 ふと気が付くと、次のお客様にユウマが声を掛けているのが目に入る。


「もぅしゅぐ、ごあんにゃぃできましゅ!」

「本当? ありがとう。とっても楽しみだわ」

「ボク、おなかすいちゃった!」

「いい匂いだもんね、何食べようか」


 オリビアさんが言ってた子供連れのお客様。

 だけど、何となく親子ではなさそう……?


「おまたせ、しました! こちらへどうぞ!」


 ハルトが案内し、テーブル席へ座った三人組のお客様。


「まぁ、ありがとう。お手伝いなの? 偉いわねぇ」


 ハルトとユウマを褒めるのは、にこにこした優しい雰囲気の年配の女性と、


「あ、ボクあれたべたい!」


 耳をパタパタと動かして、ハルトより少し上くらいのとっても可愛い犬耳の男の子。


「先生、本当にどれでもいいんですか……?」


 そして、僕より少し下くらいの、そばかすに茶色い髪の男の子だ。


「えぇ、今日はあなたのお誕生日なんだから。遠慮しないで」

「あ、ありがとうございます……!」

「にいちゃん、うれしいね!」

「うん……!」


 どうやらあの男の子の誕生日のお祝いらしい……。

 オリビアさんもトーマスさんもその様子を見ていた様で、顔がにこにこしている。


「おにいさん、おたんじょうび、ですか?」

「え? あ、うん……! そうなんだ!」

「わぁ! おめでとう、ございます!」

「おめでちょ、ごじゃぃましゅ!」


 ハルトとユウマの声に続き、周りの席の冒険者さんたちもおめでとうと声を掛けている。

 男の子は照れながらも、お礼を伝え嬉しそうにはにかんでいた。




「わぁ! これおいしい~!」

「あら、よかったわねぇ」

「うん! せんせいもたべて! とってもおいしい!」

「いいの? じゃあ、少しだけ……。まぁ、本当! とっても美味しいわ!」


 犬耳の男の子と、先生と呼ばれる女性は、仲良くミートパスタを食べている。

 そばかすの男の子もそんな二人を見ながら嬉しそうにピザを頬張っていた。


「お客様、こちら良ければお召し上がりください」

「え?」


 トーマスさんが持って行ったのは、フルーツサンドをデコレーションしたケーキもどき……。

 男の子は戸惑っていたけど、トーマスさんがお誕生日おめでとうございます、と伝えると、途端に破顔し三人で仲良く食べていた。


 まだ列が並ぶ中、男の子は今度は自分で稼いで来ます! と宣言し、先生と呼ばれている女性は、トーマスさんとオリビアさん、そして僕たちにぺこりと頭を下げ、犬耳の男の子と手を繋いで一緒に仲良く帰って行った。


「喜んでもらえてよかったわね?」

「はい! でもあの子たち、この辺りでは見ないですよね……?」


 最近増えてきたし、あの人たちも隣街の人かな……?

 僕は注文されたパスタを作りながら考える。


「ん~、あの先生って呼ばれてる人なら、どこかで見た事あるわね……」


 オリビアさんも料理を作りながら、どこで見かけたか思い出そうとしている。


「あぁ、あの人は薬師の先生だよ。カーティスの診療所にも薬を届けてるぞ」


 トーマスさんは警備兵の人にお持ち帰り用のハンバーガーを渡し終え、僕たちの話に加わる。

 接客してた筈なのに、どこから聞いてたんだろう……?


「あっ! そうだわ! それで見た事があったのよ!」

「そうなんですか……! 薬師の先生……!」


 だから先生と呼ばれてたのか……! 凄いんだなぁ~!


「確か二つ向こうの村に住んでた筈だぞ? わざわざここまで食べに来てくれたんだな」

「本当ね、有難い事だわ~!」


 それにあの男の子、僕より年下だと思うけど、今度は自分で稼いで来るって言ってたな……。


「オムレツ上がりました! お願いします!」

「あぁ、了解!」

「あら、急に元気になったわね?」

「えへへ、はい!」


 僕も弱気にならずに頑張らなくちゃ……!


 名前も知らない男の子に、僕は少しだけ、やる気を分けてもらえた気がした。


作品へのブックマークに評価、ありがとうございます。

いつも励みになっております。

これからも楽しんで頂ける様、頑張ります。

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