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156 新しいお仕事


「「「「へ……、陛下っ!?」」」」


 バージルさんの後に、イーサンさん、アーノルドさん、トーマスさんと続く。


「おや? どうしてユイトくんが頭を下げているんだ?」

「い、いや……、これはですね……」


 僕とフレッドさんたちの姿を見て、何かあったのかとバージルさんたちの眼光が一瞬鋭くなった。

後ろから見えるトーマスさんの顔が怖い……。

 四人とも慌てている様子が伝わってくる。

 心なしか、周りのお客様たちも音を立てない様に静かに食事をとっている。


「皆さん、いらっしゃいませ! すみません、僕が早とちりしてしまって……」

「ユイトくんが?」

「はい……。あ、こちらのお席へどうぞ」


 僕がカウンター席を示すと、ライアンくんの頭を撫でながらバージルさんはディーンさんの隣の席へ。

 ディーンさんは緊張からか、固まって直立不動のままだ。

 カウンター席に座ったバージルさん以外は、仕事中だからか全員立ったまま。

 皆さん大きいから、カウンターの前で立っていると店の中が狭く感じる……。


「今日は珍しいですね? 皆さんでお店に来てくれるなんて」

「あぁ、ライアンが接客すると聞いてな。この目に焼き付けねばと思って急いで来た!」

「ふふ、フレッドさんと同じ事言ってますよ」


 そう言うと、フレッドさんがギョッとした様に僕をすごい勢いで見つめる。


「ばーじるさん、おひやを、どうぞ!」

「おぃちゃ……、ん~と、ばぁじるしゃん、おてふき! どぅじょ!」

「おぉ! ありがとう! 可愛い店員さんたちだな!」


 ハルトとユウマの頭をよしよしと撫で、バージルさんの顔はとても嬉しそう。

 後ろに立つイーサンさんとアーノルドさんにもお冷とお手拭きを手渡し、また頭を撫でられている。

 そしてハルトとユウマは、トーマスさんがいて余程嬉しかったのか、何食わぬ顔をしてトーマスさんの手を繋いでいる。

 トーマスさんの顔が凄い事になっているが、仕事中だから言わないでおこう。


「いま皆さんと、騎士団の寮で募集している料理人の事で色々意見を出してたところなんです」

「ほぉ~? それで? 何かいい案は見つかったか?」

「はい。ユイトさんが専属ではなく、短時間勤務の人間を交代制で雇ってはどうかと」

「交代制か。後で詳しく聞かせてもらおうか」

「はい、畏まりました」


 フレッドさんたちは何故か、あれからずっと立ったままだ。

 オリビアさんも肩を竦めて笑っている。


「父上、ご注文はどうなさいますか?」


 ライアンくんは店員さんらしく注文のお伺い。

 バージルさんもそんなライアンくんが可愛いのか、目を細めて微笑んでいる。


「そうだなぁ~……、差し入れでくれた煮物? あれはあるかい?」

「あ! 気に入っていただけましたか?」


 四日前に差し入れして、感想を訊きたかったけどなかなかチャンスがなかったんだ。


「あぁ、とても美味かった! イーサンとアーノルドも自分の分を多めに取り分けていたぞ?」

「はい、とても味わい深く……。お酒が進みそうですね」

「あれは酒飲みなら誰でも好きそうな味だな。また食べたいと思っていたんだ」


 皆さんには好評みたいでホッと胸を撫で下ろす。

 バージルさんたちの警護をしている騎士団の方にも好評だったようだ。

 だけど、イドリスさんだけはサンドイッチを黙々と食べていたって!

 忙しくて来れないみたいだから、用意してよかった!


「わぁ! よかった! だけどあれは来週から出す予定で、今日は用意してないんです……。すみません……」

「そうか、残念だが仕方ないな」

「そうですね、こればっかりは……」

「帰る前にもう一度食べたかったが……」


 余程気に入ってくれたのか、無いと分かり少し寂しそう。

 何となく、悪い事をしてしまったような罪悪感が……。

 結局、バージルさんたちは照り焼きチキンのピザと、マルゲリータを注文してくれた。

 しかも一人一枚。

 もちろんライアンくんに注文を頼んでからね。


「父上! あの食材は何か分かりましたか?」


 他のお客様の接客も器用にこなしながら、ライアンくんは楽しそうに話しかける。


「あ~、あれか! 皆で考えたんだが、なかなか答えが出なくてなぁ……。鳥肉というのは分かったんだが、何の鳥か……」

「わぁ~! 惜しい! ライアンくん、正解を教えてあげて!」


 僕がキッチンからにこやかに言うと、フレッドさんたちはギョッとした顔をしてバージルさんたちを見た。

 しかもこの四人は、まだ立ったままなんだよね。


「はい! 父上、アレは鶏もつ煮込みと言って、鶏の内臓を使ったお料理です!」

「「「「な、ないぞう……!?」」」」

「「はい!!」」


 僕とライアンくんがにこやかに頷くと、バージルさんたちは目を見開いて固まってしまった。

 フレッドさんたちはそっと目を逸らし、オリビアさんだけがお腹を抱えて笑っている……。


「あ、あれが内臓……? あんなに美味いものなのか……?」

「魔物の内臓と同じで、てっきり捨てるモノだとばかり……! 勉強不足ですね……」


 アーノルドさんとイーサンさんはショックを隠し切れないようで、二人でブツブツと呟いている。

 その隣では、ハルトとユウマに囲まれて我慢できずにデレデレしだしたトーマスさんが。


「いやぁ~! ユイトくんの作る料理は面白いな! アレが内臓とは恐れ入った!」

「そうでしょう? 私も美味しくてお替りまでしちゃったのよ~!」


 オリビアさんも食器を洗いながら会話に参加。

 ジェームズさんと一緒に黙々と食べていたからなぁ~。


「父上は珍しいものがお好きなので、絶対気に入ると思ったのです!」

「いやぁ、これは食べないと勿体ないな! 今まで食べれるものを廃棄していたとは……」


 すると、バージルさんが僕を見て珍しく真面目な顔をしてこう切り出した。


「ユイトくん、キミのレシピ、いくらなら売ってもらえるだろうか?」

「レシピですか?」

「ちょ、陛下……!」


 それを聞いて、オリビアさんとイーサンさんが慌てだす。

 前にイーサンさんにも同じ事を訊かれたなぁ……。


「お金は必要ありませんよ? レシピなら手紙でフレッドさんに送る予定なので……。あ、すぐ必要なら明日に間に合うようにいくつか書き出しましょうか? ライアンくんの好きな料理のレシピもありますし……」


 プリンの作り方はもうアーロさんとフレッドさんに教えているし、ハンバーグや鶏の唐揚げ(フライドチキン)、ミートボールに角煮、あとピザやアヒージョも……。

 たくさんあるから、明日には間に合わないかも……。


「ふ……、ハハハハ! ユイトくんは欲がないなぁ! これだけのレシピなら、遊んで暮らせる程の大金が入ってくるかもしれないんだぞ?」


 その発言に、トーマスさんとオリビアさんはほんの一瞬だけど少しムッとした表情を浮かべていた。

 子供に大金を持たせるのは心配だから仕方ない……。


「う~ん……、そりゃあ、お金は欲しいですけど……。僕の作る料理も誰かに教わったり、作っていたレシピを使わせてもらっているだけなので……。それに、美味しい料理を皆で広めて、色んな所で美味しいものを食べれた方が楽しくないですか?」


 その土地土地で作る郷土料理も気になるなぁ~。

 あ、海の近くなら海鮮料理も豊富なんだろうなぁ~! いいなぁ~!


 すると、バージルさんは呆気にとられた顔をして、降参だと肩を竦め笑っている。


「いやぁ、参った! 試すような事をしてすまないね、ユイトくん。キミの本心はどうなのか知りたかったんだよ」

「本心? なぜですか?」

「この前皆と話したんだが、是非キミを我が城の専属料理人……ではなく、メニューの考案者に推薦しようと思ってね!」

「考案者……? 僕がですか?」

「あぁ、ユイトくんの作る料理はどれも素晴らしい! 是非城に住む家族にも食べさせてあげたいんだよ!」

「私も! 賛成です! 母上と兄上たちにも食べて頂きたいです!」


 ライアンくんも興奮した様に、テーブルに手を置いて僕を見つめている。


 考案者……、僕が最初に作ったわけでもないし……。

 なんか違うんだよなぁ……。


「それは……、僕がここから離れないといけなくなりますか?」


 ここから離れて暮らすなら、ライアンくんには悪いけど僕にはムリだなぁ……。


「いや、レシピを伝授してほしいんだ。出来れば何ヶ月かに一度城に来て、料理長たちに伝授してやってほしいんだが……! 他にもいい刺激になりそうだしな! それにちゃんと給金も出す!」

「それは別に……」


 このレシピだけでお給料を貰うのは、あまりにも気が引ける……。


「あら、ユイトくん? コレも立派なお仕事なのよ? それをタダで引き受けてしまったら、次にする人がお給料貰えなくなっちゃうわ」

「それもそうですね……。でも僕、考案者って言うのがイヤで……。あ、監修……! いや、ちょっと違うかな……」


 どういうのがしっくりくるかなぁ……?


 あ、そうだ!


「“お料理教室の先生”みたいな感じなら引き受けます!」

「お料理教室の……」

「せんせい……?」

「はい!」


 料理を教えてくれる先生がいて、料理を学びたい生徒がいる。

 それならちゃんと教えてるって感じがするし、何よりトーマスさんにピザを教えたとき楽しかった!

 ブレンダさんの時はハラハラしたけど、最後は達成感があったし……!


「あぁ、“ユイト先生”だな?」

「あぁ~、それね! いいんじゃない? 面白そうだわ!」


 トーマスさんもオリビアさんも、それなら、と頷いている。


「二人とも知ってるみたいだが……、その“ユイト先生”というのは……?」

「以前にトーマスさんにピザ作りを教えたんです! その時にトーマスさんが僕の事をそう呼んでて……」


 バージルさんたちはトーマスがピザを……? と驚いているが、トーマスさんは飄々としている。


「教えてもらっているからな、いいだろう? ユイト先生。ピッタリじゃないか」

「おにぃちゃん、せんせい、ですか……?」

「にぃに、おちえるの? しゅごぃねぇ……!」


 ハルトとユウマも、僕の事をキラキラした目で見つめてくる。

 その視線が少し擽ったい。


「ハハハ! これはいいな! ユイト先生、是非ともお願いしたいんだが……。引き受けてくれるかな?」

「う~ん……。オリビアさん……、どうですか……?」

「えっ? 私に訊くの?」


 オリビアさんは本気で驚いている。


「だって……、何ヶ月かに一度は来てほしいって……。お店を休む事になるから……」


 ハルトとユウマも心配だし……。

 オリビアさんたちと離れるなんて、今の僕には考えられない。


「ふふ、ユイトくんは心配性ねぇ~! なら、皆で一緒に行っちゃえばいいのよ!」

「えっ!?」

「王都ならトーマスが三、四カ月に一度行ってるし、その時に合わせて行けば寂しくないでしょ?」

「わぁ! おでかけ! ぼくもいきたいです!」

「ゆぅくんも! いくぅ~!」

「い、いいんですか……?」


 意外な返答に、今度は僕の方が驚いてしまう。


「あら、いいわよね? トーマス、バージル陛下?」


 オリビアさんが話を振ると、ピザを頬張っていたトーマスさんたちがうんと頷く。


「オレは一緒に行けるならいいぞ? オリビアの体調が心配だが……」

「ふふ、そんなに歩かなければ大丈夫よ」

「私も城に来てくれるなら大歓迎だぞ?」

「そうですね、あと宿泊場所の心配は不要ですよ。こちらで手配しましょう」

「馬車ならこちらから手配しよう。トーマスとオリビアがいるが、護衛も兼ねてな」

「そ、そんなにして頂かなくても……」


 至って真面目に言う大人たちに、さっきから僕は恐縮しっぱなしだ。


「いえ! これは私共が勝手にする事ですので、ユイトさんはお気になさらず」

「あ、ありがとうございます……」


 何だかだいぶ大事になっている気がしないでもないんだけど……。

 そんな僕を尻目に、ハルトとユウマはライアンくんと手を取り合ってキャッキャと大喜びだ。


「王都に来たら、街を案内します!」

「すっごく、たのしみです!」

「ゆぅくんも! たのちみ!」


 そんな可愛い三人を見て、僕は頑張ってみようかなと決心した。


「じゃあ……、至らぬところはありますが……。皆さん、よろしくお願い致します……!」


「「「……!」」」

「「「「やった……!」」」」


 バージルさんたちとは別に、フレッドさんやアーロさんたちも何故か喜んでいる。


「ユイトさん! 是非、我々騎士団の寮にもお越しください!」

「寮で美味い料理が食える!」


 ……ん? なんか寮でもご飯を作る流れなのかな……?

 まぁ、いっか!


「はい! あ、でも仕込みはちゃ~んと手伝ってもらいますからね!」


 百人以上のご飯なんて、一気に作った事なんてないからね!

 それまでに寮に勤務出来る人が見つかってるといいな。


「「はい!!」」


 アーロさんとディーンさんの嬉しそうな顔を見て、バージルさんたちは皆で笑っていた。


 あ、それなら大きい炊き出し用のお鍋とかあるかな?

 あるなら準備しといてもらおうっと!


 ここに来て一ヶ月以上が経ち、僕にも新しいお仕事が見つかりました。


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