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109 二人だけの秘密


 僕は早速、昼食の準備に取り掛かる。


 まずは大事なタレ!

 ボウルに砂糖と醤油(ソーヤソース)唐辛子(チィリ)、そして今日買ってきたお酢を入れてよく混ぜる。

 タルタルソースは昨夜の残りがあるから、それを使い切ろうかな。


 鶏肉に包丁で切り込みを入れて、そこから観音開きにし、塩・胡椒を少し振って小麦粉を薄くまぶす。

 油を温めておき、揚げる前に鶏肉を一枚ずつ、溶いた卵にくぐらせる。


「もう、そろそろかなぁ~?」


 温度を確認して鶏肉をゆっくりと油に入れると、ジュワァ~っといい音が!

 衣がはがれない様に、そ~っとひっくり返す。


 カウンター席で僕の手の動きを目で追っていたアレクさんが、いい匂いにつられて身を乗り出しながら覗いている。

 危ないですよ? と注意すると、すました顔で席に座った。

 なんだかハルトとユウマみたいだな。


 揚がったら油を切って、用意していたタレに絡め、千切りにしたキャベツ(キャベジ)とくし切りにしたトマトを盛ったお皿へ。

 その上から更に残ったタレと、手作りのタルタルソースをたっぷりのせて、チキン南蛮の完成!


 酢豚と迷ったんだけど、タルタルが残っていたから今日はこっち!

 酢豚はまた今度挑戦してみよう。



「アレクさん、お待たせしました~! こっちで一緒に食べましょう!」


 テーブルにチキン南蛮とスープ、パンを並べると、アレクさんの喉が鳴る音が……。


「おぉ~! 美味そうだな……!」

「今日はこれが食べたかったんです! アレクさんにも気に入ってもらえるといいんですけど……」

「もちろん気に入る! 間違いない!」

「ふふ、まだ食べてませんよ?」

「ユイトの作る料理は信頼してる」

「何ですか、それ! ありがとうございます!」


 二人で笑いながらいただきます、と手を合わせ、早速念願のチキン南蛮を一口頬張る。


「ん~! おいひぃ!」


 朝から甘酸っぱいのが食べたくて……!

 ここに白米があれば最高なのに……!


「アレクさんはどうですか? このタレ、平気ですか?」


 僕は目の前に座るアレクさんの様子を窺うと、目をキラキラとさせてコクコクと頷いた。


「んん! ……めちゃくちゃ美味い! この白いのも好きな味だ!」

「ほんとですか? よかった~! 白いのはタルタルソースって言って、玉子とピクルスなんかを混ぜてあるんです。揚げ物に合うんですよ~!」


 チキン南蛮をパンに挟んでも美味しいんですよ、とアレクさんに伝えると、早速実践し目を瞑って味わっていた。

 気に入ってくれたみたいで嬉しいな。




「……ユイトって、いつから料理してるんだ?」


 アレクさんがお替りを食べ終わり、僕も一息ついていると、テーブルに身を乗り出しながら聞いてくる。

 そんなにマジマジと見られると、照れてしまうんだけど……。


「僕ですか? え~と……、おばあちゃんの家に……。あ、おばあちゃんって言うのは、僕の血の繋がった祖母の事なんですけど……。そこに母と引っ越す前からだから……、四年……、くらいかな?」


 おばあちゃんの家は暖かくて、近所の人たちも優しかったな……。

 おじさんたち、元気でやってるかなぁ?

 そんなに経ってないのに、なんだか懐かしく感じる。


「血の繋がった……? トーマスさんとオリビアさんとは……?」


 アレクさんは不思議そうな表情を浮かべ、聞いた後になにかに気付いたのだろう。

 気まずそうにごめん、と謝ってくれた。


「そんなに気にしないでください。祖母と母が亡くなってから偶然トーマスさんに拾われて、それからこの家でお世話になってるんです」


 家族になろうって言ってくれた時、本当に嬉しかった。

 考えたら、出会ってまだ一カ月も経ってないんだよな……。

 毎日いろんな事がありすぎて、ずっと一緒に過ごしていた気分になる。


「だから、少しでも恩返しできればいいなぁって、考えてるんですけど……。まだまだ道のりは長いですね!」


 へへ、っと僕が笑うと、アレクさんは少し困ったような、悲しいような……。

 そんな表情を浮かべながら、それでも僕に優しく笑顔を向けてくれる。


「アレクさんは、いつから冒険者を目指したんですか?」

「オレ? オレは……」


 僕がそう訊くと、アレクさんはう~ん……、と腕を組み、


「ガキの頃からさぁ、冒険者になったら、腹いっぱい食べれると思ってたんだよなぁ~」


 そう言って、少し恥ずかしそうに呟いた。


「オレは教会の孤児院育ちでさ、親の顔とか知らないんだ。まぁ、そんな事はどうでもいいんだけど」

「孤児院……、ですか……」

「あぁ。そこはオレの他にも子供を養ってて、食事は本当に最低限のモノしか出ないんだよ。寄付と国からの援助でギリギリの生活だったから……。それに領主様からの援助も急に少なくなってさ、だから足りなくても、お替りなんて出来なかったんだよなぁ……」


 アレクさんはその当時を思い出したのか、頬杖をつきながら一瞬だけ寂しそうな表情を浮かべるが、すぐに笑顔に戻った。


「そこにさ、いつだったかな? 匿名で大金を寄付してくれる人が急に現れて! そこから少しずつ食事の量も質も上がったんだよ!」


 シスターも喜んでたなぁ~、と嬉しそうに語っている。


「いっつも三カ月に一度、オレたちの孤児院に来る人がいて。絶対にあの人だって仲間と一緒に跡をこっそり追ったんだ! そしたらさぁ、その人! 誰だったと思う……?」


 僕の顔を見て、ニヤリと笑うアレクさん。

 その表情は、もしかして……?


「その時Aランクパーティだったトーマスさん! こんな人がいるんだ~! って衝撃でさ! いま考えるとめちゃくちゃなんだけど、トーマスさんの腕摑まえて、オレもおじさんみたいになる! って宣言して逃げたんだよ」

「え、逃げた……?」


 途中までいい話だと思ってたのに、やっぱりアレクさんだなぁと笑ってしまう。


「礼を言うつもりが、何やってんだろうなぁって感じなんだけど。そこでオレの意識というか、生活が一変したわけ。冒険者に登録出来るのは成人してからだから、それまでに鍛えて絶対Aランクになってやるってな!」


 活き活きと拳を握り、笑顔で話してくれるアレクさん。

 少し口調が違うけど、もしかしたらこっちが素なのかも……。

 だけど嬉しそうに語るアレクさんが可愛くて、そんな事は全く気にならなかった。


「その時の事、トーマスさんは覚えてるんですか?」

「いや、名前も言ってないし、覚えてないと思うぞ? 第一、誰にも言ってないし……」

「えっ!? 誰にも!?」

「あぁ、いま初めて言った」

「えぇ~~!?」


 僕が驚く姿が面白かったのか、アレクさんは上機嫌で二人だけの秘密な! と言って笑みを浮かべていた。


「アレクさんって凄いですね……。僕、そんな風に将来の事とかちゃんと考えてなくて……」


 トーマスさんとオリビアさんの役に立てる事しか頭になかったから、どうなりたいとか、自分の目標とか、何もない事に今更気付いた。

 ちょっと恥ずかしいかも……。


「それに僕、このお店に新しい人を雇うかもって聞いて、ずっとモヤモヤしてるんです……」


 僕じゃ役に立てていないんじゃないかな、とかぐるぐる考えてしまう。


「情けないですよね……」


 僕がそう落ち込むと、アレクさんはゆっくり立ち上がり、僕の隣に座った。


「モヤモヤするって、どうしてか自分で分かってるのか?」

「……はい。僕に頼ってほしいなって……、でも、一人じゃ上手く出来なくて……」


 お店のお客さんも、ハルトとユウマがギルドで宣伝してくれたおかげだし、オリビアさんを休ませるどころか、忙しくてトーマスさんがいないと待たせてしまう事もあった。

 そう考えると、僕って役に立ってるのかなぁって思ってしまう。


 ポツリ、ポツリと話す僕の言葉を聞いて、アレクさんは静かに頭を撫でてくれた。


「バカだなぁ、ユイト。ちゃんと役に立ってるよ。じゃなきゃ店の事だって任せたりしないだろ?」


 オレと初めて会った日、ユイト一人だっただろ?


 そう言われて、はたと思い出す。


 あの大雨の日、……だけどそれは、冒険者の人が来ないかもって聞いていたからで……。


「店の料理も、ユイトが考えたりしてるんだろ? それを役に立ってるのかなんて考える方がおかしくないか?」

「……」

「オレもあのハンバーグとか、今日のなんばん? だって、めちゃくちゃ美味かったのに。それを疑われてるみたいで、傷つくなぁ~?」

「……! そんな事ないです! 美味しいって言ってくれるのは、凄く……、嬉しいです!」

「だろう? じゃなきゃ客だって何回も来ねぇよ! な?」

「……はい。ありがとう、ございます……」


 僕が俯きながらお礼を言うと、アレクさんはハハっと笑って僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。

 文句を言いたかったけど、その手が心地よくて、少し照れくさくて……。


 アレクさんの手の温もりを感じながら、僕はずっと、俯いていた。


作品へのブックマークや評価、ありがとうございます。

読んで頂けてとても励みになっています。

休みの日に続けて更新できればいいなと考えているので、またお付き合い頂ければ嬉しいです。

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