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第82話 月夜の下

 スーを待っていてもなかなか戻ってこない。料理を一口も食べずに待っていたのは太郎だけになった。目を擦って無理にでも起きているエカテリーナをどうにか太郎からはがしてベッドに寝かせると、危機感のないマナもさすがに気になる様子を見せた。


「スーは近くまで来ているようだけど・・・誰かと一緒にいるみたい。」


 太郎がポチを無言で見詰めると、口に出さなくても言いたい事が伝わる。


「すまんが俺には全く分からない。近くまで来ていると言われても気配も匂いも感じられないな。」

「ん~、前に行った商店街の辺りかな?」


 ポチの有効索敵範囲を超えている。


「スーの脚なら直ぐに来れる距離だな。」

「それでも来ないって事は・・・誰かと一緒と言ったけど、誰だかわかる?」

「ん゛~~、多分あのノウキン(フレアリス)じゃないかな・・・マナが薄くて良く分からないわ。」

「迎えに行くべきか・・・。」


 そう言うとポチに止められる。


「宿の周りくらいなら良いと思うが、余り離れると危険だ。特にこの辺りは狭い通路が多くて入り組んでいる。この土地に詳しい者でないと迷う危険もある。」

「スーがフレアリスさんと一緒なら安心していいかな。」

「良いんじゃない?」


 スーがいない事で不安になるのは戦力的な問題だろうか?現状としてのスーの立場は冒険者としての先輩だし、何事か用事が有ると率先して処理してくれる。しかし、それだけではない何かをスーは持っていると思う。可愛いとか胸がデカいとか、別の問題だ・・・って、今はそんな事を考えている場合じゃない。・・・そうか、参謀的な立場で考えをまとめていてもくれたのか?・・・頭の中を戻そう。


「・・・それにしても戻らない理由は何だと思う?」

「一番可能性が高いのは狙われていて身動きが取れないって事だろうな。」

「スーの周りにノウキン以外にも何人かいるけど・・・何をしているのかまでは流石にわからないわ。」

「スーの身動きを取れなくさせるほどの強さって事か。」

「あ・・・スーが動いたわ。こっちじゃなくてあっち・・・反対方向に。」


 マナの能力が回復してて助かる。視線を向けると説明を続けた。


「どうやら三人がスーを追ってるみたいだけど、こっちにも三人来たわ・・・近づいて来る!」

「俺にも分かるぞ、真上だ・・・止まったな。」

「戦う事になりそう?」

「わからん・・・たが、そうなるつもりでいた方がいい。」

「草を伸ばしても逃げられちゃうから内側を固めましょ。」


 マナの提案は受け入れやすいモノだったが、近くに植物なんてない。


「太郎のサラダ貰っていい?」


 それはまだ食べていない太郎の夕食で、何種類もの葉っぱが混ざっている。


「うん・・・いいけど、それ使えるの?」

「死んでなければね。」


 生野菜のサラダなのだから、死んではいないはずだ。マナは無造作に葉っぱを掴むと、僅かに残っていた根っこを見つけ出し魔法を掛ける。


「いつも凄いって思うけどマナの魔法には驚かされるよ。」


 それは部屋中の壁や床、そして天井までびっしりと覆われた、なにかの葉野菜だった。緑のカーテンという言葉が有ったが、これは緑の絨毯だ。


「これで簡単には入ってこれないはずよ。」

「スーも入れないんじゃ?」

「近付いたら入れるようにするからそれはダイジョブ。」

「そのスーはどう?」

「あんまり離れられると察知するのが難しいからちょっと集中するわね。上の三人はポチに任せるわ。」


 久しぶりに真面目なマナの姿は、見た目の子供っぽさは微塵にも感じられず、逞しさと信頼感に満ち溢れていた。これが本来のマナなのかもしれない。

 任せられたポチは座ったまま両眼を閉じて動かなくなったが、僅かに耳が動く。

 

「この子を巻き込ませたのも俺の責任だし、何とかしないと・・・。」


 久しぶりの無力感を前に、太郎は悔しさを滲ませた。




 スーは引き上げたと思った相手が、再び近づいて来るのを感じた。要するに、より強い敵が現れたと思って間違いないだろう。フレアリスの一撃が相手にそうさせるだけの理由を作ってしまったのだった。


「あんまりここに居ると囲まれるだけじゃ済まなくなりそうなので。」

「手を貸してあげたいし、借りを作って置くのも大事なんだけど・・・。」

「フレアリスさんはお仕事でしょう?」

「そうだけど、たまには暴れたいじゃない。」

「そんなこと言ってると、助けてくれたマギさんを裏切ってしまいますよ?それに仕事は真面目にするべきです・・・。」


 スーはフレアリスに事情を全部話したわけではない。そんな余裕もなくなったのだ。すでに関係者の一人として巻き込まれている立場なのだが、鬼人族を相手に真正面から戦いを挑めるほどの強さは無く、対象をスーに絞っているのはまるわかりだった。だからこそ、これ以上面倒になる前にフレアリスから離れた。何か言いたそうな表情を見る事もなく。


「・・・わかったわよ、でも次・・・あれ?」


 フレアリスは一瞬にしてスーを見失ったが、追手は見失う事なく、スーの背に付いてくる。太郎とは反対方向へ向かったのは、自分がどれだけ狙われているのか確認するのと、その数を確認する為でもあった。そして、それは太郎がそれなりに強いという事を信頼しての行動でもある。マナとポチも太郎の傍に居るのだから、杞憂に過ぎないのだが。




 三人の姿を確認した。夜でも月明かりが有れば十分に見えるのは猫獣人として普通の能力だ。そして、それは相手も同様だった。ただし、夜戦に特化した訓練を積んでいるのであれば、スーとしては無理して戦うことなく最後の手段で太郎の所へ向かえば良いという計算まではしている。その後の事は全く考えていない。

 この時のスーは、狙われているのは自分だけと、思い込んでしまっている。監視の対象でしかなかったスーはむやみに入り込み過ぎた為に、太郎より先に狙われているに過ぎない。結局は太郎も狙われる対象になるのだが、スーの行動によって相手側も計画の一部を狂わされていたのだった。

 後方を半包囲の態勢で追ってくる。威力の弱い魔法が何度も飛んでくるのはただの嫌がらせなのか、牽制か、逃げる方向を誘導しているつもりなのか―――

 屋根の上をいつまでも走っていられる筈もなく、港とは正反対の岸壁に近い場所、それはフレアリスの住居の近く、いわゆる町外れだ。周囲に大きな建物もなく、波の音だけが響く、静か過ぎる場所。振り返って姿を確認しようとしたが、既に二人が跳んでいた。右手で帯剣を抜き、左手で魔法障壁を作る。遠距離魔法と近距離魔法を交互に受けて、マナを維持できずに障壁は直ぐに消滅すると、振り下ろされた剣を剣が受け止める、片手では力の差で受け流す事が出来ず、膝を突きそうになるのを堪えて後方へ身体を飛ばす。黒尽くめの衣装に、黒く塗った顔。ご丁寧に武器まで黒く塗装されている。

 スーは冒険者としては強い部類に入るが、スー程度の強さを持つ冒険者はそれなりに存在している。対人戦に特化した戦闘集団ともなれば、当り前の強さだ。冒険者が活躍できるのは各国の軍隊が魔物退治よりも他国の牽制に使っている事が多く、対人戦と集団戦の訓練をしているので魔物退治に向かないという理由も有る。しかしながら個々に強い者は存在し、冒険者から軍人へ、そしてその逆も然り、強い者はあちこちに分散してしまう。協力して戦えばかなりの活躍も期待できるのだが、相当仲の良い者同士でなければいずれ分散してしまう。それは、誰が一番なのかという競争意識の高さが原因なのだから、これを回避する方法は無いと言っても過言ではない。

 そのスーの強さに匹敵する者が目の前に三人もいる。個々の強さがスーに辛うじて届かなくとも、協力して戦えば難なく勝てるだろう。暗殺者の三人が一気にスーを攻めないのは、個々の力量に自信がない所為かもしれず、連携して隙を作ろうと動いた。

 狙われていてもどこかに心の余裕が有るのは、まだ使った事の無い必勝の方法を隠していたからで、隙を作ろうと、右から左から繰り出される攻撃を順序良く対処していた。しかし、反撃の隙を見出す事が出来ず、スーとしては既に手詰まりだった。


 反撃しようと思うから動き辛いのであって、逃げるつもりならすぐに行動へ移せる。もう少し相手の強さを測りたかったが、余裕はゴリゴリと削られてゆく。

 剣を握ったまま魔法障壁と物理障壁を作り防御姿勢を作ると、相手が三方から突撃して来た。今までバラバラだった攻撃が同時となった時、それが逃げる好機を作った。スーは攻撃を受け止めずに真上へジャンプして逃げると、風魔法で更に高く飛ぶ。そこへ当然の様にジャンプして追ってくるのを舌なめずりして見詰めた。

 三人のうち二人が何かにぶつかって落下した。それは以前に太郎が飛びながら障壁を張るという、マナの消費の激しい魔法だったが、ジャンブ中に障壁を張って途中から風魔法で飛ぶという段階を踏んでいたので、正確に言えば同時発動ではなかったが、相手を驚かせるには十分だった。残った一人は障壁に気が付いて避けたものの、風魔法で飛ぶ事が出来ないようで、月明かりの空を飛ぶスーを走って追った。残りの二人も体勢を立て直して追いかけるが、既に追い付けない。


「いつでも逃げれるって言うのは心に余裕ができるモノなんですねー。」


 本当は戦って勝つことに強い価値観を持っているスーではあったが、この時ばかりはそんな価値観を投げ捨てた。斥候の役割は情報を持って帰る事であって、戦って勝つ事じゃない。そういう意味で、スーは以前よりも柔軟な思考と判断が出来るようになっていた。それはあのワンゴに負けた事と、太郎からの影響なのだが、大事な人と大切な仲間の近くに居る方が、勝つ事よりも重要だと知ったからでもある。




 追って来る三人の影を遠く引き離したが、今度は前方に影を見付けた。相手より早く発見できたのは空を飛んでいたからで、三人の居る屋根の下の窓は緑に覆われていた。

 あんな事が出来るのは一人しかいない。スーは直ぐに理解し緑の壁に身体を突っ込ませた。屋根の上の三人が気が付いても、何も出来ないままスーの身体が緑の壁に吸い込まれるように消えた。






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