第74話 買い物
今日は昨日と違って天気が良い。ご機嫌なマナが窓を開けて外を眺めている。スーもご機嫌に朝食を食べていて、俺は朝からへとへとだ。まぁ、昨日の夜にさっさと寝てしまったのが悪かったのだろうが、夜が明ける前から二人が俺のベッドに乗り込んできて、やりたい放題の満足するまでこってり絞られていた。
それを知っているポチは知らんぷりして、朝食の焼き魚の骨を綺麗によけながら食べている。器用だな。
「朝から焼き魚ってのも良いですねー。」
「生の方が好きって事は無いの?」
「生魚ですか?特にどっちが好きという事は有りませんよー。」
気が付いたら骨も食べていたポチは、何となく物足りなそうだ。サラダやパンは食べないがスープは飲むので俺の分を少し分ける。
「今日こそは色々見て回りたいですねー。」
「そうだな。とりあえず風呂を探したい。ポチも一緒に入れると良いんだけどな。」
「流石に無理でしょう。」
「だよね。」
朝食を終え、宿屋の主人とあいさつをしてから宿屋を出る。しばらくこの宿に泊まる予定なので、俺達がいない間に部屋の掃除をしたいそうだ。
「お気をつけて!」
宿の主人に見送られつつ商店街へ向かう。浴場も探しているわけだがもう一つ重要な事がスーから提案された。
「やっと食糧の調達が出来ますねー。」
「今度は長期保存できるやつを多めに買っとくか。たくさん買った方が交渉で値切り易いし。」
「それは良いですねー。スーちゃんの実力見せちゃいますよー。」
昨日と同じ商店街だが活気が段違いだ。漁に出ている船はまだ少ないだろうが、それでも鮮魚が運ばれているのを見ると市場らしくも感じる。てか、鮮魚のまま売るのかな?どうやって保存してるんだろう・・・。
ウロウロと店を見て回る。ケルベロスに気が付いて驚いている人もいるが、マナが背中に乗っているので飼い馴らされていると思ってもらえているようだ。
「この木片みたいのは何ですかね?」
「木片・・・?あー、これ鰹節じゃないかな。てか、カツオがこの世界の海に存在しているのか知らないし、カツオという名前の魚がいるのかも分からないけど。」
「かつおぶし?」
「確か魚を煮詰めて乾燥させたモノだけど、特にカツオじゃないとダメって言う理由は知らないから他の魚でも可能なのか・・・な?」
「なんか凄く良い匂いがしますー。」
「保存食としては優秀だし買っても良いと思うよ。」
「ほんとですかー?!」
スーがスキップしながら店に向かっていく。店員と何か話をしているようで、試食もしている。チェックは怠らないのは流石だなあ。あれ・・・?気が付いたらマナとポチがいない。
いた。何やってるんだろ?
「饅頭なのに湯気が出てる!」
「中の具に色々な種類が有るみたいだな。」
ポチとマナが鼻をひくひくさせている。朝御飯少なかったのか・・・。
「変わったペット連れてる嬢ちゃん。」
「わたし?」
「試食してみるかい?」
「するー!」
なんかやってるみたいだけど大丈夫かな。スーの方は・・・箱買いしてるのか。
耳が狸っぽい男の人から両手に何かを受け取っているマナは、片方をポチの口に入れて、もう片方を自分の口に放り込む。
「あったかくてあまくてほむほむしておいしー!」
「噛むと肉汁がじわっと広がって・・・うーまーいーぞー!」
マナどころかポチも叫んでるけど、なにが有ったんだ・・・。こっちにものすごいスピードで来た。
「太郎!」
「アレ買って!」
「ちょ、スーが来るまで待って。」
「はーやーくぅー。」
「お待たせしましたー。って何やってるんです?」
マナが積極的にスーの腕を掴んで引っ張る。
「えっ!えっ?えっ?!」
両手で箱を抱えているので、引っ張られる腕に抵抗できず、そのまま店まで連れていかれてしまった・・・眺めている場合じゃないな。追いかけよう。
「いらっしゃい!」
狸獣人の主人に笑顔で迎えられた。
「まん・・・じゅう?」
饅頭が湯気をたててズラッと並んでいる。良い匂いもするし、中身の具は色々なタイプが有るようだな。これ肉なの?何の肉?分からないけど美味しかった?
「どれにします?」
店の主人に催促された。もう完全に買わされる。
「これとね、これとね、これと・・・これもー!」
全種類ですね、分かります。
「あいよっ。」
紙袋に詰めている。高くはないけど凄い量だぞ。スーが荷物をどうしようか困って俺を見ている。邪魔だよね、わかってる。鰹節の様な保存食は小分けにして詰めてあるからそれを箱から取り出して俺の袋に詰める・・・周りに人が多いな、ちょっとそこの建物の陰でやろっか。
「たくさん買ったね。」
「だって魔王国には売ってなかったんですよー。」
「あー、そう言われればそーゆーの無かったね。」
裏でコソコソしてると、俺達と同じように裏でコソコソしている影が見える。思わず眺めているとスーがこそっと小声で言った。
「あんまり見ない方が良いですよ。」
「そうだな・・・。」
詰め込みを終えて、箱はそのまま買った饅頭を入れるつもりでいたのだが、ポチとマナが買った直後から食べている。あれは残らないな。箱は潰した。
スーは棒状の鰹節を折って口に放り込んでいるが、堅くない?そーやって食べるモノじゃないけどスーが満足してるならいいや。
「それにしてもポチさんもマナ様も凄い勢いで食べてますね。」
「え?」
マナの頬がリスのように膨らんでいる。満面の笑顔だ。可愛いな。
「店の人が少し心配そうに見ているし、お金払って安心させるか。」
「はい。」
まだ朝なのにお店の饅頭は殆ど無くなっている。マナの持っている袋から一つ掴んで食べると、確かに美味しい。でも、饅頭というか肉まんというか、食感的には間ぐらいだが・・・なんという食べ物だろう?俺の世界の常識がそのまま通じるとは思えないが、言葉や文字は俺に都合のいいように聞こえるし読める。お金を払っているスーの横に入り、店の主人にそのまま思った事を口にした。
「これ何饅頭なの?」
「これは海鳥の肉を使った肉まんです。」
「魚肉の肉まんも有るの?」
「こちらが魚肉になりますね。」
「おー・・・魚肉。」
「おススメはこっちのアズキの饅頭です。」
外見は同じなので割って中身を確認する。これは、ホカホカの湯気があふれる中に見覚えのある食材が入っていた。
「餡子だ。こっちにもあんまんが有るのか。」
「お客さん他の国から冒険者でしょ?よく知ってますね。」
「ん、あぁ・・・ちょっとね。」
「港が使えなくなって特産品が無くなってしまった頃に商品開発されたんですよ。」
「あー、それですぐ食べられるモノばかり売ってるのか。」
「もうすぐ港が使えるようになるって話ですから、また昔のように人で溢れるんでしょうね。」
それを楽しみにしているのは買う側ばかりではないという事を物語っている。商人にとって売込みにも力が入るのだろう。大通りの裏では人身も売買されているくらいだしな・・・。
「まいどありー。」
狸獣人の饅頭屋の主人に笑顔で送られて、その場を後にする。まだまだ見て回りたい場所は他にも有る。衣服関係はとりあえず困っていない。すこし前に洗濯もしたし、予備も有る。魔力の保有量で大きさが変わるマナに困る事が有るくらいだ。少し大きくなったな。
そのマナはポチの背中に乗って、まだモグモグと食べている。ポチは歩きながら食べるのには慣れていないようで、ポロポロとこぼしている。
多くの人が通り過ぎ、雑多な種類の店が色々な商品を並べ、賑やかさだけなら魔王国領のダリスの町と似ている。あの町は通りごとに種類が分けられていたから、店を探すのに苦労はあまりなかったが、ここではそういう分け方はしていないらしい。
「武具関係も新しい物とか欲しい物ってないよね?」
「そこら辺で売っているモノよりかなりいいモノを手に入れましたからねー。」
「あー・・・ダマスカスカ合金だっけ?」
「ダマスカス製のレイピアですねー。あれより良いモノとなると普通は手に入らないですよー。」
二人で話をしているとポチとマナがどこかへ行ってしまう。人が多いからすぐに見失いそうだと思ったが、あれだけ目立つコンビは他にいないよな。何しろ周りの人がポチを見て避けるからそこだけぽっかりと空間が出来ている。
「食欲お化けを放置するとまた何か食べそうだな。」
「そうですねー。首輪でも付けますか?」
「それは・・・スーも嫌だろ?」
「嫌ですねー・・・。」
そう言いつつ、視線は横を向く。賑やかの大通りの裏でも、違う理由で賑やかになっている。人が集まり、人が売買される。見たくはないが、それを知らないフリをしている人も多くいるのだろうか?この国は表と裏が近すぎる。
「あれ?」
見覚えのある姿が裏通りへ入っていく。
「マギさんですねー。」
なにが目的なのか、気になるが今は他の事に集中したい・・・と思いつつ視線をむける。キョロキョロとしているがすぐ他へ行ってしまった。誰か探しているようだ。そこへ別の少女が裏の扉から出てくる。綺麗な服を着ているが赤くて目立つ大きい首輪を付けられていて、足枷も付けられている。その隣には大きな男が立っていて、服装は少女より何倍もしっかりとしている。
「奴隷商人のようですね。」
スーの語尾が伸びない。
「あいつ・・・まだ売り物にならないと言ってますね。奴隷オークションまでに・・・。」
良く聞こえるな。俺には口を動かしてるぐらいしか分からないぞ。狭い通路に積まれている木箱や樽の陰に隠れて様子を見ると、男は少女の服の中に手を入れている。少女は身体を震わせ、俯いて涙を流した。見ているだけで腹が立つ。
「なにしてんの?」
気が付くと後ろにマナとポチが居た。マナは太郎が返事をする前に気が付いて背中にしがみ付く。もう饅頭を食べ切ったのか。
もう一度視線を少女に向けると、声は聞こえないが完全に泣いている。なぜ態々外に出してからそんな事をするのか、理由が分からない訳ではないが、解るのも嫌だ。
「そうか、腹が立つなら買い取ればいいのか。」
「えっ、それはちょっと!」
スーの声を無視して俺はその奴隷商人に近づいた。スーは気が付いていたが、俺は気が付いていなかった。ここからは見えなかったが扉の向こうには他にも人がいて、少女は一人だけではなく、他にも数人いたという事を。




