第66話 マリアとグレッグ (1)
マナ達一行を見失って数日。破壊されて再建途中の砦で作業する兵士を眺めていた。特に指示を出す必要もない。基本的にはグレッグが代わりにやっているからだ。とは言っても、現在はコルドーの兵士ではなく、ガーデンブルクに所属している身なので、それほど長居する気もない。何しろ目的を見失ってはやる気も起きない。
大砲は空気を圧縮して放つただの空気砲なのだが、圧縮魔法を使用しているのではなく科学と魔学が融合した、魔導式と命名された技術を用いて造られている。空気を圧縮するのはそれほど難しくはないのだが、圧縮した空気を外部に漏らさないようにするのが凄く大変で、どうしても隙間から漏れてしまっていたのを魔法でカバーした形になる。もっと技術が進めば魔法なんか使わなくても造れるようになると思っているが、科学技術が衰退している現在は炸薬式の大砲の方が威力も高いし面倒もない。
魔法は誰でも使えるが、その人が持つマナの量にはある程度の限界があり、戦闘に耐えうるだけの魔法使いともなるとかなり優秀な存在ともいえる。大抵は、家庭で使う程度の許容量しかないのだから。
砦はすぐに修復されるが、大砲の材料は不足していて、これをなおすまで滞在していたら何か月必要か分からない。設計図と材料さえあれば誰でも造れるはずだと信じて、それらを用意する準備をした。設計図については一応残っていたので材料の手配なのだが・・・やはり必要となるのは資金であった。
「またマリア様が出すのですか?」
「恩は売っておかないとね。少し問題も起きてしまったし。」
「死んだ兵士達の事なら問題ないと思いますが。」
「私に関わったこと自体が問題なのよ。」
少し考えてから返答をする。
「それは・・・どういった意味で?」
「まぁ、まだ知らない事が多いから仕方ないわね。」
マリアには秘密が多い。コルドーの高位の聖者とも知り合いだった事に驚いた事も有ったが、何しろ知り合いが多すぎる。先生と呼ばれてもいるようだが、生徒と思われる者達を見ると年齢はバラバラだ。
「・・・マリア様って・・・。」
と、ここで止める。女性に対して年齢を訊くのは失礼だという風習は無いが、逆に言うと真実を知るのが怖い気がしたからだ。何しろグレッグが子供の時からその姿は変わらないのだから。あの頃は母親のように思い、時が経つと姉のように慕い、現在になっては手の届かない片思いをしている。
「私の事をもっと深く知りたそうな表情をしているわね?」
「あ、いえ、そんなことは・・・。」
「別に気にしなくても良いのよ。知りたかったら訊きなさい。あなたにはもっと活躍してもらいたいし、これからはもっと信頼していけるようになりたいわ。」
「え・・・それって・・・。」
「知りたいのならハッキリ言う事ね。」
マリアは知っている。自分の事を異性として、憧れではなく恋心を持って見詰めている事を。もちろん、知りたい事は答えるし、求められれば応えるつもりで待っている。時間はたっぷりあるので、マリアはモジモジとするグレッグを見て愉しんでいるのだ。
「ただその前にやることはやっておきましょう。」
「では砦の責任者が戻るまでには帰国の準備を整えておきます。」
マリアは頷いた。
マリア達一行は一度コルドーに寄り、借りた兵士達を解散させた後、一部の者に報告を済ませ、今度は二人で帰国の途に就いている。魔物に襲われる心配をする者などいない。グレッグはマリアを上官として守る気でいるが、二人になると気まぐれのように魔法の訓練をすることが度々あり、今回も内容だけならかなりのスパルタだった。
「私のところに来た時、意外と早かったぐらいだから、風魔法はお手の物よね?」
「飛ぶぐらいなら・・・もしかしてリバウッドまでですか?」
「一日で移動できるようになりたいわね。」
「うわ・・・。」
風魔法で空を飛ぶのが一般的にならない最大の理由が、コントロールの難しさで、マナの消費が半端ない。かなり訓練しないと地上を走った方が早いくらいで、グレッグが移動手段として使えるようになるのに一年を要したが、それはかなり優秀だったからだ。
「マリア様は飛びながら土魔法を放てますか?」
「出来るけど、そんな事に意味が有るの?」
グレッグが太郎達に逃げられた状況を説明すると、マリアの表情が変わった。
「そう言われればそんな報告してたわね、なに、そのマナの垂れ流しみたいな使いかた。そんなことしたら流石に半日も飛べないわよ。」
「自分で張った障壁に乗って移動とかは・・・。」
「障壁に乗る・・・?!」
何か不味い物を食べた後の様な拒否反応を示す表情だった。
「そんな馬鹿なことやったの?」
「あいつらがやったんです。正確に言うとあの男ですが。」
「水魔法も規格外だっけど、そこまで操れるのならゴーレムも造れそうね。」
「あのマナを使用したゴーレムというと相当巨大な・・・。」
「水魔法レベルを基準にしたら、城を凌駕する大きさにはなるわね。」
「あの男、あれで本当に一介の冒険者なんですかね?」
「そうね、ギルドで調べてみましょう。」
「そんなに簡単に情報を出しますかね?」
ギルドでの個人情報の扱いは意外に厳しい・・・と見せかけて緩い。ギルドの存在を極論してしまえば、冒険者の依頼を処理する能力を管理するために作られた組織であるから、登録した者達を優遇するシステムさえ作ってあげれば利用者は増えるし、利用者が多ければどこに有能な人物が居るのか直ぐに解かる。ただ、ギルドのシステムを作り上げたのはマリアではなく、冒険者達への仕事の斡旋を行っていた者達が仕事効率と管理を両立する為に作ったのだ。昔は各地のギルドごとに別々で取り扱っていた情報を統合したことによって、冒険者になって一旗揚げようと考える者が激増した。その所為で自称勇者も激増したが。
「基本的にはバレて困るような事は記録されていないはずよ。私だって持っているしね。」
ギルドカードを取り出してグレッグに見せると、それは金色のGマークが刻まれていた。当然だが内部の情報はそのままでは見れないので、マリアがどういう登録をしているのかは謎だ。もちろん、あの男を調べる事が出来るのだから、マリアの事も調べられる筈である。
「それに、有名人だとカードなんかなくても勝手に情報が広がるから。グレッグも今後の為に作った方がいいわよ。いつまでも同じ場所にいるとは限らないし、長い旅をするかもしれないし。」
「旅・・・将軍の座を退くのですか?!」
「あんなのただの飾りよ。まぁ、今のところ予定はないけど、どうなるかは判らないわね。」
「・・・飾りですか・・・。」
「そう。飾り。」
軍人として将軍というのは素晴らしい地位だと思っていたが、この人にとってはそれもどうでも良い事なのか。
もう一人の気になる存在についても訊いてみる。
「それにしても・・・あの娘というか、世界樹というか、何のためだったのですか?」
「あの能力を利用できたら最高じゃない?」
「それはそうですが・・・。あの娘の魔法って何が凄いのですか?」
「植物が育つ。」
「え?それだけですか?」
「そういう反応されるの知ってた。知ってたけど、もう少し考えて欲しいわね。」
「済みません・・・。」
「よく考えてみなさい、無節操に植物が育つのよ。何か制約はある筈でしょうけど、食糧問題が一気に解決するわ。食べ物をめぐって醜い争いをしなくて済むし。」
「飢饉の心配もなくなると。」
「魔力を自然力に変換できるとしたら、それはもう勇者レベルの魔法よ。ただ、勇者は破壊しかしないけど、世界樹は創造するから、もしかしたら対の存在なのかもね。」
「あの能力を持ったものが他にも存在すると?」
「存在しても不思議ではないけど、気が付きにくい能力ね。あの人が育てる花は綺麗だとか、あの人の作る作物は美味しいだとか、根拠のはっきりしない噂はよく聞くけど、それの本当の理由は良く分かってないもの。」
「なるほど・・・。言われてみれば同じ環境のはずなのに育ち方が違ったりしますから、そこに特殊な能力が加味されていると。」
「今まで研究も興味も無かったから私も想像の範囲を超えることはないわ。でも調べる価値が有るとなれば別。もっと多方面に研究しないと。」
二人は歩きながら会話していて、魔法の訓練をするのを忘れていた。
「さて、お喋りはこのくらいで、さささっと帰るわよ。」
まるで吹く風に乗るように浮き上がってゆくマリアの背中を慌てて追いかける。他の人に比べればマナの回復は早いと言っていたが、空を飛ぶとあっという間に枯渇してしまう。だからどれだけ効率よくマナを消費するかがカギとなる。無尽蔵にも思えたマリア様だって枯渇する事が有るのだから、あいつらの本当の恐ろしさはそれかもしれない。
「あら、少しは早くなったじゃない。」
空を高速飛んでいると周りの音が聞こえにくいので、会話をするときはかなり接近している。肩に腕を回し、耳に口が直接当たるんじゃないかってぐらいの距離なので、いつもいつもドキドキする。
離れるときはわざと突き放すようにして、マナを乱れさせる。最初の時は落下しそうになったが今は平気だ。まさか空中で戦闘する訓練が役に立つとは思わなかったし、あんな事をする男が現れるとも思っていなかったから、マナを枯渇させない事を考えていたが、逆に枯渇する勢いで消費したらどうなるだろう。
風の流れを無視して加速する。全身からごっそりマナが無くなるのが分かるが、それを無視して飛び続けると、10分程度で落下したが、いつも俺が落下するまで飛び続けるので想定内だ。
「どうしたの、そんなに加速ばして。」
「この程度じゃ勝てないです。剣術はまだ俺の方が上だったと思いますが、魔力は完全に負けてます。」
「そうね、でも地力なら勝っている筈よ。あの時の戦いの事は油断も有ったし情報も無かったから。・・・次は私も負けないから。」
落下するグレッグの身体を支えながら地上に降りると、普段は持ち歩かないマナポーションを取り出してグレッグに飲ませる。少ししか回復しないが、歩き続けるには問題ない。いつものように歩きながら魔法について話をし、効率のよい魔法の使いかたについて講義が始まる。グレッグの魔法はあまり威力がなく、破滅的な魔法を使う勇者の足元にも及ばなかったが、今は勇者になったその能力を如何なく発揮することで可能になった。・・・とは言っても、弱い勇者も存在する。成長スピードが早くなった事を除けば、訓練も修行も必要で、死んでも復活する能力を利用して成長するやり方は、精神は強くはなるが、人としての性格も歪んでしまう。
一度死んだことによるトラウマはなかなか抜けない・・・はずだから。あまり口にしたくなかったが、流石に確認してみる。
「ねぇ、死んだ時どうだった?」
「死んだって思う暇も無かったです。痛い程度でしたね。」
もっときつい修行にも耐えてくれそうなグレッグだった。




