第56話 太郎の能力
「何をやったの?」
マナが太郎に言った。そのセリフには驚きの成分が多分に含まれている。残りは優しさの成分でも詰まっているのかな。
「教わった魔法を応用してるんだ。物理障壁を作って移動させただけだけど。」
それは自分達の足元にある土魔法で作られた円形の板だ。それで仲間全員を持ち上げて移動する。言うのは簡単だが、それと同じ発想が有ったとしても、可能にさせるだけのマナは想像もつかないほど消費している筈だった。いつの間にかグリフォンを見上げていたのは、太郎が自分達を前に移動させたからだ。そのまま移動し今はグリフォンの後ろに居る。
「凄い、この魔法からマナが漏れて、私の身体に大地のパワーが吸収されているみたいな・・・。」
その不思議な動きは何だろう・・・知っているけどつっこまないゾ。
周囲の木々は風圧と振動で何本も根っこから倒れていて、地面は凹んでいる。いない事に気が付いたグリフォンが俺達を探す。
「ちょっ!まっ・・・て・・・あれ?」
掴んでいた手をはなした隙に、太郎は飛んで行ってしまった。グリフォンの大きなお尻に剣を突き刺す。見事なほどに刺さったが、体格差が有り過ぎて効果はなさそうだ。直ぐに剣を抜いて身を引く。
「ただいま。」
「お、おかえりなさい。」
スーが返事してるって事は、動けるようになったんだ。
「威圧が全く感じられなくなったんだけど、今度は何をしたの?」
「見えない?」
自分達の周りには薄い膜が円形に張られていて、それが魔法障壁だと解るまでに時間はかからなかった。グリフォンがこちらを向く動作は意外と遅く、ノシノシと音をたてて振り返った。浮けるんだからくるっと回ればいいのに足を使っている。
「なかなか良い武器を持っているようだが、そんなモノで刺されても斬られてもすぐに傷は塞がるぞ。無駄な抵抗だったな。」
デカすぎて大したダメージにならないのは分かっていたから、試しにお尻を刺してみただけで、もっと皮と肉が薄い個所を重点的に攻めるしかない。しかし回復能力も凄いのかな?足元に接近するにはもっとスピードを必要としそうだ。
それにしても、何故かワクワクしてくる。こんなデカい魔物は初めて見たし、恐怖心がぐったぐたに煮えくり返るほど沸いても不思議ではないのだが、どこか現実味が無く、子供の頃に見た恐竜映画を彷彿とさせる。
「なにをそんなにニヤけているのだ。」
「なんでニヤニヤしてるんですか?」
グリフォンだけでなく、スーにも言われ、ポチなんか不思議そうな表情で俺を見ている。
「なぁ、特撮映画って好きで見てたけどマナは覚えてるか?」
俺の住んでいた部屋に置かれていた世界樹の苗木は、俺の行動を見ていた。余計な事も記憶していたくらいなのだから、これも知っていて不思議はない。
「あー、あのおっきなトカゲが襲ってくるやつでしょ。」
「そうそう、あの映画を見てる感覚に似ててさ、ついつい見ちゃうんだよね。」
「あんなのがいたらドラゴンより恐ろしいって思ったけど、あれは嘘の物語よね?」
「うん。」
「火を噴いたり、放射能まき散らしたり、プロレスやったり・・・。」
大きいとはいえ、特撮映画に出てきた巨大生物の方がデカいはずだが。
「こんな巨大生物がいたなんてね。フーリンさんもデカいの?」
「そりゃおっきいけど、ここまで大きくはないわ。」
「ちょっと見てみたい気もする。」
「俺は見たくないぞ。」
と、ポチ。
「やめてください、魔王国が滅んでしまいます。」
と、スー。
「・・・我を無視して楽しそうな・・・いや、怒らせるとはいい度胸だ。」
グリフォンが大きく息を吸い込んで口を閉じる。再び開いた時には真っ赤な炎が一瞬にして太郎の周囲を包んだ。草木が燃えるその中で、魔法障壁に守られているので何ともない。
「嘘でしょ・・・太郎ってこんなに強かったの?」
周囲の草木が燃え尽き黒焦げになっている。足元の草だけは今も燃えることなく青々としていて、マナは呆然とその草を見詰めていた。
暫くして炎が消えると、太郎達の姿を確認して顔が歪む。
「本当にこいつは何者だ・・・?」
疑問を無視し、マナに訊ねる。
「草を伸ばして捕獲してたやつあるよね?」
「あるけど、今はマナが足りないわ。」
「俺が水魔法を使った時に増幅させた奴を俺がマナにやったらどうなるの?」
「そしたら多分使えるけど・・・イメージとマナのコントロールとの波長を合わせるのはそれなりに技術が必要よ。」
「コントロールはマナに任せるよ。俺は譲渡するだけ。」
完全に怒りの表情に変わるグリフォンが、怒鳴り声を上げる。
「我を無視するなー!」
再び炎が吐き出されると、更に広範囲の森が燃える。あんまり燃やすと後で困らないのか・・・と、余計な事を考える余裕さえあるのは、炎が太郎の周囲だけを避けるように流れて行くからだ。本来なら魔法障壁が炎の魔力に耐えきれず砕けるのだが。
「蔓を伸ばしてあの身体に巻き付けよう。」
「うん・・・え?」
「俺は出来ないけど俺の魔力を使えばいいでしょ。」
「太郎の魔力が無くなっちゃうわ。」
「なんか良く分からないけど溢れてきて困る感じがするから、大丈夫じゃないかな。それに魔力が枯渇しても死ぬわけではないし。」
「うん、わかったわ。要するに炎に焼かれるより速いスピードで蔓を成長させればいいのね。なるべくたくさんのマナを効率よく流してもらいたいから私を後ろから抱きしめて。」
言われるままに後から抱きしめると、久しぶりに良い匂いがした。鼻から息を吸って吐き出す。
「わたしに押し込むつもりで流してくれればコントロールするから。」
持ちうる限りの魔力を可能な限り放出する。二人の身体から青白い光が放たれたかと思うと、魔法障壁の内側に伸びた蔓が埋め尽くされた。すると、障壁が消え、すぐさま炎が侵略してくる。
「凄い・・・太郎のマナってこんなに綺麗で温かくて気持ち良いんだ・・・。」
スーとポチは何が起こったのか理解する余裕も無く、蔓の動きに翻弄されていて、顔中が草の匂いに包まれていた。
炎が途切れると、今度は太郎達の姿が見えない。替わりに変な緑色の球体が有って、よく見るとそれは動いている。周囲の燃え尽きたはずの木々が元に戻っている。黒焦げた草叢が青々と茂っている。
「なんだ、何が起きている・・・?」
世界樹の身体には溢れ出るほどのマナが集中していて、コントロールに苦戦していた。周囲の草木が復活したのは溢れすぎて周囲に影響を及ぼした結果だった。
苦心してコントロールに成功した魔力が効率よく流れて行くと、それが形となって、蔓となって、真っ直ぐグリフォンに向かって伸びる。一本だけではなく何十本も。向かってくる蔓に異様さを感じながらもグリフォンの身体に届く前に三度炎が吐き出された。
蔓が燃えて灰となるが直ぐに新たな蔓が伸びてくる。ついに、燃え尽きる蔓よりも伸びて向かってくる蔓の方が多くなった。
「あっ?!」
逃げるという選択肢など、最初から持ち合わせていなかったグリフォンは前足の一つ一つが大きな爪で蔓を切り裂いたが、次の瞬間には視界全てが蔓で覆われていた。まるで植物で造られたオブジェのように、身体全体を蔓がまとわりつき、暴れて転げまわろうにも動くことすらできなくなっていた。
「あの化け物が・・・。」
そう言ったのはこの場にはいない。遠く離れた場所でその戦いを見物していた女性だった。
マリアとグレッグは世界樹を捕獲する為にコルドーに協力してもらい・・・半ば強制的に兵士を連れて国境にある砦に向かっていた。世界樹達との戦いに敗れ、死者まで出したにもかかわらず、マリアの言い分が通るのにはそれなりの理由が有る。
この神教国に対して、マリアは建国の前から関わっていた人物の一人で、建国資金の半分はマリアの私財から出されたものだ。宗教に興味が有ったのではなく、建国をする人物と親しかったわけでもなく、ただ、自分が利用しやすいモノが欲しいと思っただけだったが、利用される側もマリアが魔女だという事を知ったうえで、利用されることも納得して資金を出してもらっていた。マリアの助けが無ければ建国するに至らなかった可能性が高かったのは、理想と理念が有っても資金が無ければどうにもならなかったからである。他にもいくつかの理由が有って、マリアの能力と知恵も必要としていたから、建国者として名を刻まれているコルドー1世という人物は、理想と権利の半分をマリアに売ったことになる。
マリアにしてみれば今後の活動として、世界樹が消えた後の事を考えて大きな組織が欲しかったが、自らが先頭に立って実権を握る気など全くなかった。大き過ぎず小さ過ぎない国が自分にとって良い隠れ蓑となり、いずれは魔女という能力を生かして教皇の座を手に入れる日も有りかもしれない・・・。
という架空の未来予想図だったが、結局は世界樹が未だ存在している事を知り、自分自身の最終目的の為に世界樹の能力も手に入れようとしている。
その目標の世界樹の能力を今まさに目の当たりにして、感嘆の息を吐き出したのだった。
「あんなのが存在するなんて信じたくはないわね。」
「マリア様も倒すのに苦労していたというグリフォンですか・・・。」
「殺すのは問題ないのよ。生かして捕らえたかっただけで。」
「え、えぇ・・・。」
殺してしまえば出生の謎も解けなくなるし、あれほどの魔物を生み出した技術も理由も解らなくなってしまう。グリフォンは遠く離れた海の向こうからやってきた為、マリアの手にも届かなかった謎が幾つもあるのだから。
「あんな強引な方法で捕らえるなんて思わなかったけど、あの方法を使うにはグリフォンより多くのマナを必要とするわね。」
「グリフォンにも油断が有ったと思いますが。」
「そうね。でもそれは私にも言える事だから、今度は最初から全力で行くわ。」
世界樹と直接戦った時、最初から全力で燃やすつもりなら可能だったと思っている。そして、そうすれば良かったとは後悔しても無駄な事なので諦めているが、悔しい事に変わりはない。
「そういえば・・・逃げた商人達は確保できそうかしら?」
「無理かと思います。あの砦への定期連絡に間に合いませんでしたし、我々が到着する頃には通過した後でしょう。」
「ん~、あんまり強そうな連中じゃなかったけど、敵が増えると面倒なのよねぇ。」
「敵ですか?」
「あ、いいわ。今の発言は忘れてちょうだい。」
「・・・わかりました。」
二人は100人程の兵士を引き連れて砦に向かっている。あのグリフォンが戦っているのを見るのは特別珍しい光景ではなく、無理して挑んだりしなければ被害は無い為、基本的には監視に留めている。
そのグリフォンが巨大すぎて、飛んでいると姿が丸見えなので、驚く人も少なくなり、極まれに勝負を挑む冒険者もいて、脅威という存在から外れていたが、今日は驚くべき日となった。マリア達だけではなく、砦にいた警備隊の者達にも、その他の多くの人々があのグリフォンが明らかに負けたように見えたからだ。
「なんか最近驚くことばかりです。」
グレッグが疲れたように呟いた。




