第385話 安寧を貪る
完成記念パーティから五日後、父親とその娘のドラゴンはカレー三昧の日々を送り、最終的にレシピとその必要な食材を持って帰って行った。魔法袋は無いので、ベッドのシーツを風呂敷にして包み、ぶら下げて飛んで行く姿は、威厳の欠片もない。
エルフ以外の三人の国王は一年後の再会を約束し、それぞれの方法で岐路に就いた。
なのでハンハルト国王だけが馬車での移動となり、ガーデンブルク国王はマチルダが、魔王国のドーゴルはダンダイルが、エルフの国王は魔女のマリアが瞬間移動で送り届けている。
その中のマチルダは何故か直ぐに戻ってきて、しかもなかなか帰らず、マリアとナナハルとで、太郎の持つ図鑑を見ては唸っている。
そして、デュラハーン達がその図鑑の複製を作っているが、写真を再現する事は出来ず、苦心して近い色を作って絵を仕上げていた。
太郎曰く、かなり上手いとの評価で、ダンダイルなどからは芸術的な評価が高い。巨大魚の挿絵を飾りたいとの事で、一枚写しを頼んでいる。
主役であるはずの太郎は全く気にせず、いつも通りの生活に戻り、畑仕事を子供達と一緒に楽しんでいる。
世界樹の苗木も並行して増やし、村とは離れた場所で静かに暮らせている。
「そろそろかなー。」
「いくの?」
「ママがいっぱい増えるんだね!」
その言い方はどうかと思うけど、確かに各地に世界樹が植えられる訳だから、どこかでマナのそっくりな存在が生まれても不思議ではない。
以前も一度生まれているが、その時は大きい方に吸い込まれていったが、今後もそうなるとは限らない。
「あの時は私が居たから出てこれたけど、本来ならあの状態じゃ無理よ。私だって出るのに苦労したんだから。」
あっちの世界でのマナは枯れないというだけの不思議な観葉植物で、こっちの世界に転移するだけの力を蓄えていた訳だが、実際は殆ど魔力は残っておらず、電池で言うと1%も溜まっていなかったらしい。
それでも転移できたのはココの世界の神様との繋がりを残していたからで、戻ってくるのに500年近い歳月が流れているのだ。
「行くんでしたら何が有っても良いように剣術の訓練をしましょー♪」
手伝いに来たのではなく、ただ昼食の時間だと教えに来ただけのスーが嬉しそうに言った。確かに必要な事ではある。シルバかウンダンヌを使えば簡単に解決できるかもしれないが、余計な事件に巻き込まれてしまう可能性もある。
「力が有り過ぎても頼られて困るものよの。」
こちらは珍しく手伝いに来たナナハルである。
子供達の働きぶりを確認するという理由も有るが、モモを食べたくて来たのが本命であった。隣にバナナの木が有るのは不思議に思わない。
「バナナは確かに食べ易くて良いが、味はモモの方が良いの。」
「しっかし、良く見つけてきたね、バナナなんて。」
「植物図鑑のおかけじゃ。あんなものが太郎の袋の中で眠っているのは惜しい。」
「図鑑を使う事を忘れてたんだよ。最初から何でも揃うと思ってなかったしなあ。」
「太郎はこの世界に来て、最初に何をしておったのじゃ?」
「小さなテント張ってマナと住んでたよ。頑張って風呂も作ったけど、あの場所そのままで放置したから今はもう崩れてるんじゃないかな。料理も作れなかったからインスタントだったし。」
「い、いんすたん?」
「お湯を注いで3分待てばラーメンが食べられるやつ。ただ、もう持ってないし再現する事が可能でも自由に水が手に入らないと、冒険や旅向きでは無いからね。」
「水か。乾燥させたキノコを煮て戻すような物じゃな?」
「まあ・・・そんな感じ。」
話しをしている間に子供達が自主的に片付けをしてくれる。
農具小屋には色々な形状の農具が並べられていて、小屋の中も農具が並べやすいように棚も作られている。機械化が進む事は無く、基本は人力なのだが、水車小屋を利用している。
「良い畑になったな。」
「だよね。作物を育てる苦労は無いけど、配置と収穫のし易さは考えたからね。」
荷台が通れるような広さに調整したところと、小川を流した部分もある。この小川は最終的に決まった場所に流れるように調節が可能で、水に浮く果物を流せば、運ぶ手間が省ける。
「川を利用するとは、丸太を川に流すのと似ておるが・・・。これほどしっかり管理された川も珍しい・・・ふむ。」
大きな町では出来ない、管理された土地だからこそ、可能な運搬方法である。そうでなければ流している間に盗まれてしまうからだ。
「ツクモの所でも真似させると良いかの。ここでの運営方法は記しておいて、いずれ他でも利用できるモノは利用していけるようにするかの。」
「良いんじゃないかな、もっと理詰めすると鶏とか牛も別の管理方法があるけど。」
その話を聞いて子供達は可哀そうだと怒った。
ナナハルもあまりイイ顔をしなかった。
鶏を卵を産むだけの生き物にしてしまうのだから。
変わらない日々を送る。
陽が昇る。
雲が流れる。
雨が降る。
風が流れる。
陽が沈む。
何事も無く過ぎていく。
ただ、のんびりとした日々を過ごしていても、今日は明日の為に出掛ける準備をしている。特に持って行くのに必要なモノは無いが、キャンプセットやカレールーとパンなど、数日は彷徨っても困らないモノを詰め込んでいる。
迷子になって困ったとしても、シルバに頼めば瞬間移動で直ぐに帰れるのだ。
「移動の予定地はこの辺りで。」
地図を見て指で示している。
言われたのはシルバで、そこまで歩いて行くつもりは無い。
現地でどのような問題が発生するのか分からないから、警戒をして当然なのだ。
メンバーは当然俺と、マナ、スー、ポチ。追加でマリナとフィフス。子供達が付いてこないのは、畑仕事が有るからで、手が空けば何人か連れて行く予定だ。
準備が終わった今夜はエカテリーナも含めて外でバーベキューをして楽しむ。
肉と野菜もたっぷり有れば、子供でも出来る焼くだけの料理だっていい経験だ。
焦げてしまっても捨てるのは許さないと言ったから、子供達は真剣に火加減と焼き加減を凝視する。
結果を言うと、エカテリーナの助言もあって炭にしてしまうことは無かった。
「外で食べるなど祭事ぐらいなものだったのじゃが。」
バーベキューには天使とエルフも参加していて、酒を持ち込めば直ぐに酒宴にしてしまう。だが、それも良い。
住み込んでいるハーフドラゴンのエンカも、最近はよく混ざってくるようになり、いつしか食堂のメンバーに数えられている。
そんな楽しい席で、太郎はポチを背もたれにして早々に寝てしまっている。
誰も咎める者はいない、それどころか子供達が集まってきて太郎の傍で一緒に寝ている。ポチは迷惑そうな表情をする事も無く受け入れていて、綺麗に手入れされたふかふかの毛で包み込む。
満天の星空を天井とする必要のない生活をしているが、解放感に負ける事はある。いつものふかふかのベッドではない、鼓動が聞こえ、温もりと安心感のある獣に身を預けたくなるのだ。
「太郎ちゃんは不思議の一言では済ませられないわね。」
酔うと言う、いつものセリフである。
「我らの神様だからな。」
「本当に神様のように遠い存在になってしまうのも寂しいモノだぞ。」
「そうねぇ・・・。」
「太郎様のお家はココです。何処にも行ってほしくはないんです。」
エカテリーナの言葉にみんなが同意する。
エルフも、天使も、九尾もハーフドラゴンも、普段はあまり主張しないこの娘に強く主張されると同意してしまうのは、その主張ですら控え目だからだ。
家事全般を任せられる存在としては、ナナハルでさえ利用する事も有る。
だから指示もしないし教えもしない。
言う前に全て終わっているから。
「我々は太郎の虜になったのは間違いないな。」
「否定する必要もない話じゃ。」
毎日ではなく3日から7日ぐらいの間隔で遠くへ移動し、周囲の環境をある程度調べてから植える。直ぐに根付く世界樹を、本体であるマナがジーっと見詰める。
何をしているのか分からないが、なんとなく分かる。
ここに自分の心の一部を置いて行く、もしくは完全に持って行く。
そのどちらかなのだ。
初日から変わらないマナの行動に変化が有ったのは子供達も付いてきた日だった。
「この子、寂しがってる。太郎の優しさを知って諦めるんじゃなくて欲しがってる。」
その太郎は今回付いてきたハルオとハルマを連れて周辺の調査をしていた。凶悪な魔物の気配はなく、スーとポチとフィフスも確認を終えて戻ってきたところだ。
「ママが寂しくないのも羨ましがってるみたいだね。」
「意思のある植物という意味ならトレントと同じだけど、同じ世界樹なのに性格が変わるものなの?」
「確かに私の身体の一部ではあるんだけど、今のままだと遠く離れた時点で繋がりは途切れちゃうからねぇ。」
「トレントも植える?」
ふわっとした風が太郎の頬を叩いたのでシルバかと思ったが違う。
「お友達が欲しかったみたいね、近くにトレント植えて。」
「おっけー。」
今回はこれで解決してくれたが、苗木によるのか、場所や環境によるのか、謎の多い植物である。元々一本しか存在しないのを増やしたのだから、違和感を感じるのは当然ともいえる。
「あー、わかった、この子は最近の子ね。」
「何か違いが有るの?」
「記憶は分離するまで共有してるから、自分が世界樹であるという自覚と、その使命と、特に太郎の事は知りたいのよ。」
「分離した事で得られなくなる事が寂しいって事も有るのか。」
「知らなきゃただの木よ。ちょっと枯れにくくて大きく育つだけの一般的な樹木とおんなじなのよ。」
「楽しい事を知ってしまったから欲望を満たしたい、そして満たされる事が無いと知ったから友達が欲しいと。そういう流れかな。」
トレントを植え終わると、少しだけ空気が変わったのを感じる。
今までならそれで終わって帰るのだが、マリナが植えたばかりの世界樹に近寄って幹の部分に手を近づけると、何かを得たようだった。
「そーなんだ・・・じゃあ先に対処しないとね。」
「近くに魔素溜まりが発生してるって、ちゃんと周辺は調べたのよね?」
「調べましたよー。」
「じゃあ今発生したのかも?」
ふわっとした風が頬を叩いた。
「この近くって言うと・・・洞窟でもあるのかな?」
また風が吹いた。
あれ、さっきと違うな。
「太郎様、あの方角に洞窟があります。」
示したのは山のふもと辺りだ。
やっぱりシルバだったか。
「どのくらい先?」
「瞬間移動で直ぐです。」
「そりゃそーだ、じゃあ行こうか。」
直ぐに移動すると、到着早々洞窟の中から魔物が現れた。
ハルオとハルマがその魔物をあっさりと倒している。
洞窟内もそれほど強い魔物は出現せず、少し歩きにくい水溜まりを避けながら進み、問題なく深部に到着すると、既に到着していたフィフスが魔素を吸収して終わっていた。
「私の出番なしですかー。」
「俺も無いぞ。」
「パパに褒められたかったのにー。」
「残念でしたー!」
「え、あ、うん。もうちょっと慎重に頼むね。」
太郎がそれに気が付いたのは、ウンダンヌに教えて貰ったからで、シルバの瞬間移動で直ぐに全員を洞窟の外へと移動させる。
「え、なに?」
洞窟の入り口が崩れ、山の一部も崩れたが、避難済みなので誰一人として怪我をしていない。しかし、目の前の光景は衝撃だろう。
つい数秒前まで中に居た洞窟が山体崩壊で埋まったのだから。
「多分、急激に魔素を消滅させたのが原因だと思います。発生したばかりで内部も安定していなかったことも要因の一つですけど。」
「あの洞窟ってどんな理由で出来たのかは解る?」
「予想ですけど、元々は川だったと思います。」
「あの辺りには湧き水もあったよ。」
とはウンダンヌの追加の説明だ。
「って事で、褒められたいのは分からない事も無いけど、危ないからちゃんと待ってね。」
「はー・・・い。」
凄くしょんぼりしてて可哀想なのでとりあえず頭は撫でておく。
結果として余計な事が起きただけで魔素溜まりを消滅させる必要があったのは間違っていないのだ。
山が崩れた騒ぎは起きる事も無く、近くに村も街も無い場所だったので被害は無し。それで良しとしよう。
植えたばかりの苗木のトコロに戻ると、ゆらゆらと苗木が揺れている。
風は吹いていない。
「まあ、教えてくれたしそのくらいは良いよ。」
太郎がそう言うと、トレントまでもが揺れだした。
手からドロッと泥水を出して、トレントと世界樹の苗木の根の近くにかけると、どんどん吸収されていく。
「パパ、何も言ってないのに分かるの?」
「なんとなくね。」
少しだけ成長したトレントが赤い木の実を一つだけ出してくれた。
流石に人数分は無理らしい。
「お礼なんて良いから頑張って成長するんだぞ。」
何故か水蒸気が噴き出し、陽の光が当たってキラキラと輝いて見えた。
貰った木の実はハルマとハルオと半分コして食べた。
瑞々しくて美味しいとの事。
よし、帰ろうか。




