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第370話 心構え

 ジェームスさん達がやってきた。

 今回の目的はマギの用事で、フレアリスとジェームスは用が無い。

 なんで付いてきたのかと言うと・・・。


「国防の為に新兵の剣術訓練を依頼してきやがった・・・。」

「ジェームスさんが教えるんですか?」

「そうなんだが、ちゃんと訓練所だってあるんだぞ。」


 責任者のコンロッソに任せておけば良いと断ってもしつこく勧誘されている。ハンハルトでは新兵の集まりも悪く、魔王国と違って海兵も育てなければならなかったので、兵士の育成に手が足りない。


「海は少し特殊な事も覚えないとならないですもんね。」

「そう、それに船酔いされても困るからな。」


 無理難題を押し付けられる前に逃げてきたとのこと。

 と、愚痴を言っている間にフレアリスとマギの姿が無い。

 気が付いたジェームスが目的を説明する。


「マギが魔法袋を欲しがってな。」

「ああ、ナナハルから聞きました。」

「・・・何で知ってるんだ?」

「知ったのは偶然だと思いますよ。なんでも魚の取引をした時に聞いたそうです。」

「魚か。この村じゃ魚は珍しいもんな。川魚は獲れないのか?」

「ササガキばっかりです。」

「あー・・・あれはちょっと、食い応え無いもんな。」


 そんなどうでもいい話をしている二人は放置され、マギはマリアを探しに行き、フレアリスはいつの間にかたくさん集まっているケルベロスの群れを見付けて目を輝かせて突撃していった。

 いつ戻って来るのか分からないので、マギは一人になった。

 本来は魔女を捜すなんて途方もない事だが、この村に住んでいるので問題ない。

 居場所はスーさんに教わっているので、すぐに見つかる。

 ・・・向こうからやってきた。


「私に用って?」

「魔法袋を作ってもらいたくて。えーっと、マチルダって人を探しています。」

「なんでマチルダなのー?」

「その人が作ってくれるんじゃないんですか?」


 マチルダはキンダース商会の所有者で、表には滅多に出ない。しかも、今はガーデンブルクで将軍になっているし、魔女である事は一部にバレていて活動も少しやり難い状態だ。それにしてはかなり自由にしているようにも見えるのだが・・・。


「あの子はしばらく大人しくしているつもりらしいわー。まぁ、立ち話してても疲れるし付いてきなさい。」


 マリアの住む家に付いて行くのだが、そこは家の中に家が有って、とても不思議な場所だった。マリアの作った魔法袋の中であり、今はとても明るいし、美しい森と小さな畑、川もあるしカラーやキラービーも棲んでいる。

 大きくもない室内にある椅子に座ると、直ぐに蜂蜜入りの紅茶が用意されるが、マギはその紅茶に気が付かず、不安の声を上げる。


「じゃあ・・・作って貰えないですか・・・。」 

「私が作ってあげるけどー?」

「えっ?!ほ、ホントですかっ!?」

「そんなに驚かなくてもー・・・。」


 マギが何故マチルダの方が魔法袋を作れたと思ったのか、それは単なる勘違いであったが、一般的にはマチルダの方がマリアよりも魔女っぽいのだ。

 印象の問題である。


「そもそもね、魔法袋を作れるのは他にも天使がいるけど、かなりの覚悟を必要とするわー。」

「分ってます、魔法袋の所有者は狙われるって事ですよね?」


 マリアはマギの目をじっと見詰めた。

 一瞬ドキッとするが、その目に吸い込まれそうなマギは、妙に腰から下に力が入る。身体が僅かに震えたが、恐怖とは違う。


「ふーん・・・まだ甘さがあるみたいだけど、覚悟は確認したわ。」

「あ、えっと・・・お金は無いんですけど、ボスクラムの殻と交換でもいいですか?」

「その背負っているの、殻だったの・・・?」


 リュックを下ろして縛り付けている殻を置く。

 大きさも輝きも、マリアが驚くほどだ。


「へー、これは凄いわね。」


 マリアが殻を魔力を籠めた指先で突くと、一部が欠けてコロンと落ちる。透明で透き通った小さな宝石のようなモノを拾い上げると、その石に魔力を籠めた。


「・・・あぅっ。」


 眩しい光の所為でマギが目を手で覆う。

 暫く輝いていたが、それがおさまるとマリアはにっこりとほほ笑んだ。


「これだけでキラービーの蜂蜜に匹敵する価値よ。知ってた?」


 マギは首を横に振る。


「殻にもたっぷりの魔素が含まれているし、武器防具に加工してもとんでもない価値になるわー。まぁ、加工できる職人が居ればだけど。」


 マギは魔法袋には興味があったが、殻の方は交換する材料程度にしか考えていなかったので、今度は縦に首を振る。


「お、お願いします。」

「せっかちねぇ。今から作っても三日以上かかるわ、袋の方も特別な布を用意しなきゃならないからねー。」

「もちろん待ちます。何ヶ月でも。」

「なんでそんなに欲しがるのー?」

「そ、それは・・・。」


 マギは今でも自分は役立たずだと思っていて、荷物運びでもジェームスやフレアリスに任せてしまっている。大きなリュックを背負っては戦えないし、重い荷物を抱えてしまっては動けない。そこで魔法袋が有れば軽くて済む。沢山のモノが入るし、旅にはとても役立つのだ。

 そして、戦いにだって参加できる。


「金儲けの為に欲しがるんじゃないならそれでいいわ。はっきり言うと、流通の均衡だって壊してしまうほどの危険アイテムだからね。」

「金儲けに使うつもりは毛頭ありません。あの太郎さんを見てたらそんな気にもなりませんけど。」

「あはは、太郎ちゃんねー。確かに、あの子を見てたら今までの世界も常識も壊れた気がするわー。いや、実際に壊れたのだけれど。」


 何かを感じて共感したのか、二人はくすくすと笑いだし、マギは少し心が落ち着いた。気を張って、気を張って、ずっと心に不安を感じていたのだが、それが晴れ始めたと感じていた。

 紅茶に気が付いたときは冷めていたが、それでも凄く美味しく飲み干してしまい、温かい二杯目が用意される。


「袋で思い出したけど、ファリスが会いたがっているわよー。」


 ファリスとは別の魔法袋の中に住んでいるデュラハーンの娘で、マギとは仲が良い。

 マギにとっては剣術を教える弟子であり、ファリスもマギに教わるのをとても喜んでいた。なにしろ、ファリスの住むところでは戦いも無く鍛える事も無く、生きる事に大変で、形式だけの国と兵士なのだ。


「どうせ時間かかるし行って来たら?」

「はい。」





 ドラゴンが来た。

 しかし、直ぐ帰った。

 何をしに来たのかと言うと、ガッパードが暫くしたら来る事を伝えに来ただけだそうだ。来たのはファングールと言うドラゴンでエンカの父親だ。しかし、しっかりカレーを食べて満足して帰るという、エンカにとっては少し恥ずかしい事実も残した。

 メイリーンとエンカがエカテリーナに謝るという、前代未聞の珍事件も起こしてして、フーリンがビックリしている。


「ドラゴンがなあ・・・。」

「そうね。」


 それを目の当たりにした二人は、マギが不在でよかったと思ったが、居ても関係なかったと思うようになり、オリビアも兵士達も、何時もの事のように受け入れてしまった。胃袋を掴んだエカテリーナは誰にとっても大切な存在になりつつあり、誰が言い出したのか不明だが、村の台所とも呼ばれていた。


「それにしてもガッパードさん以外も来るってなるとココじゃ拙いなあ。」

「そおなのぉ?」

「確かに小さいかもしれぬが・・・。」


 ナナハルとマナが思案を巡らしている太郎を見る。


「引っ越すか!」


 その言葉に子供達が何故か大喜びしている。

 場所はまだ決めていないが、候補地はある。

 ここから見える山の中腹で、丁度良い広さの高台のような場所と、小川が流れていて、木々も少なく雑草が広がっている。


「一ヶ月で間に合うのか?」

「まあ、正確に言うと新しく作り直すって事になるかな。」

「お手伝いして良いー?」


 そう言うマリナの頭を撫でる。


「今回は全力でやるから期待してるよ。」

「おぉー!」


 なんでフィフスが気合入れたの。


「資材は直ぐに集められるから問題は建築の方なんだよね。」

「家畜はどうするのじゃ?」

「半分移動させて、残りはエルフに任せようと思ってる。」


 田畑や果樹園も新しく作るし、小川を改良して溜め池も作る。

 トレントだけでなく、普通の木も移植して簡易的な森も作る。

 カエル用の池も作ろうか・・・。

 

「簡単に決めていくわね。」

「太郎君だからな。」


 手伝う気のなさそうな二人はエカテリーナの作ったデザートを満足気に食べている。

 子供達だけじゃなく女性陣に大人気のプリンだ。


「ポチの家も作ろうと思う。」

「ん、別に要らないぞ。」

「そう言うけどさ、迷いの森に居るケルベロスも順調に増えててこっちに来たがってるじゃん?」


 実際、今の村周辺をうろうろしているケルベルスは100匹を超えていて、他の土地からも集まってきているらしい。その中にはポチよりも体の大きい個体も居るが、ポチがトップであることを認められていた。

 何かあったんだろう事はチーズから教えて貰ったから知っているが、やはり群れには一番が必要らしい。

 ・・・俺は一番にならないからね。


「土地が足りるか?」

「足りなかったら少しぐらい山を崩してでも広げようと思う。温泉は遠いからこっちに専用の風呂場も必要だし、ちゃんとした水道も作れればいいかなって思ってるし。」


 グルさんに頼んで鉄を筒状に加工してもらう。

 以前頼んだら、ミスリル製のパイプを作ってきた。

 鍋や釜だってミスリル製がある。

 今度は魔鉄鉱で作るとか言ってた。

 もちろん作るのはグルさんじゃなくて、弟子夫婦だ。

 グルさんが完成品について渋い表情で評価するが、完璧との太鼓判である。


「太郎にしてはやる気満々じゃな?」

「んー・・・、まあ、子供達の部屋も一人一つ作ってあげたかったし。」


 大喜びする子供達と、反対に渋い表情のナナハル。


「一人一部屋とはまだ早いと思うがの。」

「こういうのは独り立ちとは違う。自分の部屋を持つ責任を覚えてもらえればいい。」

「ふむ。」

「それに、俺も平穏が欲しい。」


 夜の太郎のベッドはいつも賑やかで、だいたい子供の誰かが先に寝ている。

 特に最近はマリナとフィフスの二人がどちらが先にベッドで寝るか、変な勝負をしている。・・・もちろん他の子供達に負けるのだが。

 色々と悩んでいると久しぶりにうどんに抱きしめられた。


「お悩みですね?」

「そういや、うどんも新しく建てたら来る?」

「行きますよ。」

「引っ越したいトレントとかいるんなら・・・。」

「それは止めた方が良いわね。」


 もりそばがひょっこり現れる。

 うどんと一緒に居たら、いつの間にかココに居たとの事。

 巻き込まれただけらしい。


「なんで?」

「みんなご主人様の傍の方が良いに決まってるじゃない。」

「ご主人様?俺が?」

「自覚が無いとは言わせないわよ。」


 急に聖女っぽく振る舞うもりそばに、太郎は返答に窮した。

 

「じゃあ、ここはどうするんですか?」


 そう訊いたのはエカテリーナで、何度も改装を重ねた調理室や保冷室もある。毎朝の食事はココで作って太郎達が集まって来るのだから、太郎が引っ越してしまえば、誰が使うのかという問題もある。

 実は、もう一つの問題もあるのだが、それは口ではなく態度で出てしまった。


「な、なんで泣きそうになってるの・・・。」

「そのくらい察してあげてくださいねー。」


 スーの声がどこかヒンヤリしている。

 うどんがエカテリーナを抱きしめてよしよししている。

 マリナはなんで俺に「めっ!」ってしたの・・・?


「ここは改装して来客の宿泊用にするつもり。厨房は新しく作るよ。」


 胸をなでおろしているエカテリーナに、周りからは「良かったねー。」の声が集まっている。オリビアさんやグルさんみたいに、勝手に好きな場所に住んでいる人達とは違って、エカテリーナも家族に含まれている認識である。

 そういう意味ではククルとルルクも太郎とは別に住んでいるが家族という認識だ。

 家族だよ。

 うん。


「ここに置いてかれると思ってました。」

「置い行く訳ないじゃん・・・もしかして、そう思われてたん?」

「ほら、エカテリーナって、しっかりしすぎな部分が有るじゃないですかー、独り立ちも含めてここに残すんじゃないかー、ってですねー。」

「スーは付いてくる気満々だったでしょ?」

「当然ですー。」


 こちらは自信満々に胸を叩いている。


「なら、エカテリーナだって来るのは当然じゃん。」

「・・・そういう事は先に言って安心させるべきじゃな。」


 なんで、みんな頷いてるの・・・。

 俺、悪者?

 困り顔をしているとニコニコ顔のうどんに抱きしめられた。

 もりそばにも抱きしめられた。

 マリナとマナには頭の上に乗られた。

 どうやって乗っているのか見えないんだけど、軽いので気にならない。

 そんな俺を見て、エカテリーナは笑ったのだった。







※あとがき


遂に夏真っ盛り

暑くて寝れない夜にでも暇つぶしに!

という宣伝

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